69話 森の住民

 翌朝、館で朝食をとっているとノーマンやウシカの家族、コナンの家族も集まりちょっとした送別会のようになった。

 いまはウシカやコナンも自宅で食事をするので久しぶりだ。


「ベルクどの、コナンどの、倅が厄介をかける。よろしく頼む」


 女ウシカに支えられ、ウシカが弱々しく俺たちに頭を下げた。

 森の中で視力を失うことは大変な苦労があるのだろう。

 完全に失明したウシカは急激に生気を失い、いまでは老人のようだ。


「ああ、心配するな。親父が考えるより子供は大人さ」

「すまぬな、ベルクどのには世話をかけ通しだ」


 なんだか湿っぽくなったので、俺はウシカの肩を軽く叩いて会話を切り上げた。


 見れば兄ウシカと弟ウシカが喉を鳴らし「くるる」と不思議な音を出して会話(?)をしている。

 よく分からないが幼いリザードマンが見せる不思議な行動だ。


 弟ウシカは留守番するらしい。

 彼は畑仕事をしたり、陶器を作ったりと土いじりが好きなようだ。

 孝行者で母親の手伝いをよくしている。


 コナンは落ち着いたものでフローラに「イヴァルを頼むぞ」と声をかけたくらいだ。

 イヴァルとはコナンとフローラの息子の名前で、ワイルドエルフの伝統的なありふれた名前らしい。

 コナンらしい名づけだと納得したものだ。


 フローラも一児の母として奮闘しており、落ち着きのある女性になった。

 俺はコナンがうらやましい。


「アシュリンも腹も大きくなったし無理をするなよ」

「えへへ、そんなに心配するな。わ、私がいなくてもちゃんとご飯食べるんだぞ」


 声をかけると、アシュリンはぼよーんぼよーんと肉を震わせた。

 どこの肉かは、いわぬが花だ。


「あとのことはスケサンやバーンと相談してくれ。いつも通りだな」

「わ、わかった。ベルクも気をつけてくれ。山の方じゃ助けに行けないから」


 アシュリンの言葉に苦笑し、俺は「わかった」と素直に応えた。

 世話焼きの彼女は本気で俺を守っているつもりなのだ。


 スケサンやピーターなどはこの場にはいない。

 できるだけ大事にしないよう、目だたぬように出発するためだ。


「じゃあ、往復で4日らしいから遅くても5~6日で戻ると思う。あとは頼んだぞ」


 俺はノーマンに「頼むぞ」と声をかけると、彼は「ヌー」と独特の掛け声と共に歩きだした。


 森の道は細い。

 ノーマンを先頭に、兄ウシカ、コナン、俺と1列縦隊になって続く。

 皆がそれなりに荷物を担ぎ、歩みは早くない。


 しばらく進むとカランとノーマンが土鈴どれいを鳴らす。

 すると最後尾の俺も同じものを応じて鳴らす。

 これはヌー人の知恵で、見通しの悪い森の中を仲間がはぐれていないか確認する術なのだそうだ。


「どうだ、疲れてないか?」


 日が高くなる前にノーマンが振り返り、兄ウシカを気づかった。

 兄ウシカは「大丈夫だ」とそっけなく答えたが、ノーマンは「休憩しよう」と荷物を下ろしてしまう。


「先は長い、ムリは禁物だ。火をおこして白湯を飲み、食事にしよう」


 兄ウシカは不快げに目を細めたが、異論はないようだ。

 荷物を下ろし、枝を集めに行った。


「冬の火おこしは枯れ草さえあれば簡単だ」


 ノーマンは懐から小壺を取り出すと、枯れ草の上に中身を落とす。

 するとあっという間に火が着いた。


「これは火の着いた炭と共に灰を入れてあるのだ。懐に入れておけば暖が取れるし、火おこしに便利だ」

「これはスゴい工夫ですね、壷を見せてもらっていいですか?」


 ヌー人の知恵だろうか。

 コナンが壷を受け取り、しげしげと眺めている。


「またこうして灰に埋めておけば長持ちする。燃えつきれば新しい炭に火を移せばいい」


 ノーマンは木の枝で炭を拾い、また壺へ戻した。


 俺たちは銅の水筒を火のそばに立て、湯を湧かす。

 冬の行軍はとにかく体を冷やさないことが肝心だ。

 ノーマンの指示は利にかなっている。


「今日は道中にあるオオカミ人の里で泊まる。日が暮れるまでに到着するかは五分だな」


 ノーマンの話によると、どうやらガイがいた里らしい。


「問題ないはずだ、話は通してある。ごちゃ混ぜ里に運び込む塩漬け肉を作っている里だ」


 説明を聞くに、間接的に交流はあったらしい。

 他にも商路はあるようだが、ごちゃ混ぜ里に好意的な土地を選んで進むようだ。


 喉を潤し、少しばかり食事をして出発となる。


 その後、小休止を2度、軽い食事のために大休止を1度とり日が暮れる前にオオカミ人の里に到着した。


 さすがの兄ウシカもつらそうにしている。


「よく歩いた、足のマメが痛むだろう。よく水で清めてこの軟膏を塗れ。マメはできるだけ潰さず布があれば固く縛れ」


 ノーマンは兄ウシカを褒め、色々と世話を焼いている。

 やはり年若い兄ウシカのことを心配して気にかけていたようだ。


 兄ウシカは目を細めたが、すぐに「かたじけない」と頭を下げていた。

 子ども扱いが気に入らないようだが、きちんと礼をいえるあたり彼は育ちがよい。


 オオカミ人の里は20戸ほどの集落だ。

 家は簡単な造りの1本柱の三角屋根、驚くべきことに毛皮で屋根が葺いてある。

 里には防衛施設はなく、獸避けの低い柵があるのみだ。


 よそ者が珍しいのだろうか、里人が遠慮がちにこちらの様子をうかがっているらしい。


  ノーマンは里長の家に挨拶に行き、すぐに数人引き連れて戻ってきた。

 どうやら里長と一族のようだ。


「これはこれは遠路よくおいでくだされた。ごちゃ混ぜの里長、ゆっくりなさってくだされ」

「ありがとう、俺の名はベルクだ。オオカミ人の里長、これは土産だ。帰りも厄介になる。よろしく頼む」


 俺はオオカミ人の里長と挨拶をし、ぶどう酒を1甕さし出した。

 酒は貴重なものだ。

 里長たちは大げさなほど喜び、返礼として宴を開くといわれたが、まだ旅の途中である。

 これを断ると「ならば、せめて食料を」とウサギを2羽もくれた。


「これは助かる。よく肥えたウサギだ」


 俺が礼を述べると里長は満足げに頷き、ニヤリと笑った。


 若いころ相当鍛えたのだろう。

 老いてなお里長からは精悍な雰囲気を感じた。


 そのまま里長の前を辞去し、隊商のためのゲストハウスに通された。

 オオカミ人の家屋には囲炉裏やかまどはなく、外で火をおこして調理をするらしい。


 焚き火にウサギをくべ、表面が焦げるほどコンガリと焼く。

 疲れを癒すために塩をたっぷりかけたウサギ肉は体に染み込むような旨さだった。


 翌日、まだ薄暗い時間に支度をし、里長に挨拶をして出発だ。


「里長、世話になった」

「帰りにもまた、是非ともお立ち寄りください」


 ここのオオカミ人はガイたちのこともあり、非常に友好的だ。

 この里長とは長いつき合いができそうである。


 里を出てしばらく歩くと、やや木が低くなり始めた。


「山に入った。ここからはキツいぞ」


 ノーマンが教えてくれたが、俺には森と山の境界がサッパリ分からない。

 地形を読み解くのはヌー人の能力だろうか。


 そこからは登り下りがあり、杖がなければへこたれそうな難路である。

 さすがに兄ウシカも目に見えて疲労し、ノーマンは頻繁に休憩をとった。


「ムリは必要ない。ヤギ人の里はここからは遠くない。休みながらで十分だ」


 ノーマンは頻繁に「ムリをするな」と兄ウシカをたしなめる。

 だが、兄ウシカも意地があるのか決して弱音は吐かなかった。


 そして、日暮れまで十分に時間を残し、俺たちは山の中腹まできた。

 この辺りはひどい崖崩れがあったようだ。

 もともと歩きづらい道だったが、メチャクチャに荒れた斜面は俺でもうんざりする険しさである。


「もうひとふんばりだ。見ろ、アレがヤギ人の里だ」


 ノーマンが示す先には岩を積み重ねたような大型のドームが数戸。

 山の中腹、世の中から忘れられたようなたたずまいだ。


「あれがヤギ人の里か」


 なんとも粗末で頼りない里――それがヤギ人の里に対する、俺の第一印象だった。




■■■■



おとウシカ


兄ウシカの双子の弟。

ごく幼少期よりスケサンに鍛えられたために心身ともに壮健。

土いじりが大好きで、よく窯場で陶器を作っている。

実は兄よりも気性が荒いのだが、感情が読み取りづらいリザードマンなので知る人は少ない。

アクティブな兄と比べ、ちょっとインドア派でオタク気質である。

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