63話 たぶんフス戦争

 溜め池の工事はすすむ。


 俺はイヌ人やウサギ人と集まり、伐根をしたり窪地の底を突き固めたりしていた。

 彼らは穴を掘ったり、なにかを埋めたりするのが実にうまい。


「うまいもんだ。俺は抜いた根っこを運ぶから続けといてくれ」


 俺は「よいしょ」と木の根を担ぎ、木の根が積み重ねてある場所に寄せて置く。

 こうして日陰に固めておけば、運がよければキノコやカミキリムシの幼虫が湧くときもある。


「そっちはどうだい? こっちはもう繋がりそうだよ。試しに水を流してみるから集まっとくれ」


 水路や堤など、調整が必要なところはナイヨやベアードなどドワーフの職人がスケルトン隊の指揮をとりつつすすめていたが、目処がついたらしい。

 イヌ人とウサギ人もわらわらと集まってきた。


「いまホネイチが蓋を外しに行ってくれてるよ。水道管が上手くいっていればもうじき流れてくるはずさ」


 そういってナイヨがしめす先には銅でできた筒がある。

 この工事のために特別に作った銅の水道管だ。


 待つことしばし、水がチョロチョロと流れてきた。

 イヌ人が小躍りしながら「やった」と、ウサギ人は控えめに喜んでいる。

 彼らは開墾の希望者、つまり溜め池のまわりに移住する者たちだ。

 溜め池の成否は比喩ではなく死活問題なのである。


「よし、水は大丈夫そうだ。ベアードは接続部を確認しとくれ」

「おう、問題がない場所は埋めて固定してしまおう。ホネジ隊は俺についてこい」


 なんというか、ドワーフはスケルトンの扱いに迷いがない。

 ベアードはさっさと水道管の確認に向かった。


「おっ、水が止まったな」

「ホネイチが蓋をしたんだね。いま流しても無駄になるし、500数えて止めるように指示したのさ」


 ホネイチもかなり成長し、細かな指事なしでもかなりの作業を行うのだ。


「しかし、ほとんど地面が水を吸い込んでるな。返しの雨や雨季を上手く使って水を溜めるしかないか」

「そりゃ、すぐには溜まらないさ。でも広がって沼を作るだけの水量はあるから大丈夫」


 ナイヨの言葉にウサギ人がホッと息を吐く。

 彼らはイヌ人に負けず劣らず気が小さくネガティブ思考だ。

 それは危険から身を守る術なのだが、なかなか面倒くさいヤツラなのである。


「ウサギ人もナイヨの作業を手伝ってみるか? 現場で流れを見るのもいいんじゃないか?」

「それもそうだね。使ってればちょっとした不具合もでるかもしれないし……ホネゾウ隊は里長に従うように。ほら、アンタらはついといで」


 俺はナイヨの作業を見れば工事の進捗が見れるのでウサギ人の気晴らしくらいのつもりだったが、彼女は整備のことまで思い至ったようだ。

 イヌ人は思わぬ大役に大喜びである。

 彼らは責任のある仕事が大好きなのだ。


 今はまだ秋の声が聞こえはじめた季節、農作物の作づけはまだまだ先だ。

 作業はのんびりと、だが着実に進んでいた。




☆★☆☆




「いいか、無理に狙う必要はない、広範囲にバラまくだけでも効果はある」


 里に帰ると、舘の防壁の上でスケサンが大勢集めてなにかをやっている。

 見れば柔を習っている者たちのようだ。


(おや? 見たことない稽古だな)


 皆が身長ほどの棒を持ち、素振りをしている。

 長柄の訓練であろうか。


「よし、狙いより速さを意識してもう一度、続けて2度放て」


 スケサンの指示で皆が棒を振るうと先から握りこぶし程度の石が飛び出した。

 石には思いの外の力を秘めており、楽に堀から倍ほども飛んでいる。


「なかなかのモノでしょう?」


 ぼんやりと訓練をながめているとコナンが声をかけてきた。

 右肩の悪い彼は長柄が扱えぬために列から離れていたのだろう。


「あれはね、スタッフスリングっていうんだそうですよ。投石紐を棒につけただけなんですが、数回も練習すれば石を飛ばせるんです」

「ま、狙いは別みたいだな」


 一応の的はあるのだが、当たる様子が全くない。

 とんでもない方向に飛んでいく石もある。

 これで狩りや戦いに使えるとは思えない。


「そうでもないぞ」


 訓練を終え、皆がくつろぐ中でスケサンが話しかけてきた。


「うーん、たしかにバラまけば相手の足も鈍るだろうけど――」

「うむ、それが狙いさ。オヌシが盾で投石を防ぐならどうするね?」


 スタッフスリングの軌道は放物線を画いていた。

 俺はスケサンの質問をうけ「こうかな?」頭上に腕を振り上げる。


「そうだ。そのがら空きの姿勢を弓兵に狙撃させる」


 いわれてみれば、この姿勢は体の前面が無防備になる。


「最近はスケルトンらに弓弦の張りかたや矢の作り方をコナンが仕込んでおる。弓の手入れを覚えたら稽古させるつもりだ」

「なるほど、誰でもスタッフスリングさえあれば石を飛ばせるか」


 たしかに初めて握った武器であれだけ使えるなら数が揃う。

 弓は覚えるのは時間がかかる、スケルトンたちが戦力になるのはまだまだ先の話だ。


「無論、スタッフスリングでも熟練者ともなれば十分に狙いはつけられる。継続して稽古をするのが肝心だ」

「この投げつける石も、銅で角を立てたようなモノを作れば威力も増すんじゃないですか?」


 俺は「なるほど」と頷いた。

 これなら守りの人手不足は解消されるだろう。


「私が精霊王から聞いた話だが、かの国で農民が使いなれた農具……荷車で仮の防壁を築き、殻竿や飛び道具を使い屈強な戦士団を撃退した戦いがあるらしい。練度や士気は工夫次第なのだろうさ」

「農民が、戦士をね――心情的には複雑な話だな」


 たしかに荷車で阻まれてスタッフスリングで石をぶつけられれば戦士でも倒されるだろう。


(精霊王ってのは知恵者だったんだなあ)


 俺は手渡されたスタッフスリングを持ち、談笑する皆を眺めていた。

 便利な道具が戦士を殺す、そんな話は好きじゃない。




■■■■



銅の水道管


銅は人体にとって無害な金属である。

また、銅の錆びである緑青も有害であるとする説は根拠に乏しく、こちらも無害と考える方が合理的。

ちなみに銅は鉄のように体に必要なミネラル成分であるが、銅鍋でカレーを長時間煮込んで数日間そのまま保存していた人が、銅の過剰摂取により中毒になった事例があるらしい。

酸性のカレーを調理し、長時間保存したことで銅を溶かしたそうだが、普通に考えたら銅鍋に限らず鍋のまま長時間保存するのはよくない気がする。

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