64話 ホネイチの1日

 ホネイチの朝は早い――と、いうよりも寝ない。


 早朝、ホネイチはホネシチ、ホネジュウを連れて巡回の仕事を終える。

 巡回とは外敵の接近や、里内のトラブルをいち早く見つけ、対処する役目だ。

 この仕事はいろいろと臨機応変の対応が必要になるので、指揮官であるスケサンを除けばホネイチとホネシというイヌ人のスケルトンしか任されることはない。


 朝日が昇るころカアン……カアンと間の開けた金属音が鳴る。

 一日の始まりを告げる鐘を鳴らすのもスケルトン隊の仕事だ。

 夜間の警備をしている分隊が櫓の鐘を打ち鳴らすのである。


 睡眠の必要がない彼らは城壁の上で深夜の警戒も分担して行っているのだ。


 スケサンを除き10人いるスケルトンたちは、警備に4人、巡回に3人、訓練に3人と夜間は3部隊に別れ活動していた。

 現在の訓練はスケサンの指導のもとで弓矢や投げ槍をメインにした飛び道具が多い。


 鐘の音と共に各家庭からは炊煙がたちぼり、ほどなくして農夫たちがバラバラと姿を現す。


「おはようございます」

「いつもお疲れさま」


 ウサギ人たちがホネイチたちに労いや感謝の声をかける。

 彼らはとても働き者で、スケルトンたちを『財を守る存在』だと考えているらしい。


 善良な働き者にとって無償で治安を守るスケルトン隊は信仰の対象ですらある。

 皆が丁寧な挨拶をし、ホネイチたちはいちいち槍を掲げて応じた。


 指揮官のスケサンと副官格のホネイチのみオリハルコンの兜を被っているが、あとの隊員は硬革のヘルメット、硬革の鎧、オリハルコンの槍と短剣を装備している。

 スケルトン隊は優れた装備の常備軍であり、こうして槍を掲げて見せることは里内の争いごとの一種の抑止力でもあった。


 やや遅れて舘でも炊煙があがる。

 これを合図にし、ホネイチたちは舘に戻った。


 舘ではスケルトン隊が集合し、指揮官のスケサンより訓示と1日の指示がくだされる。


「皆、知っての通り昨日ヤガーが目撃された。今日は防壁の工事は中断とし、ヤガーの討伐を行う」


 スケルトンたちは言葉を発することはないが指示を理解し、一斉に槍を掲げた。


「よし、ホネイチ、ホネジ、ホネク、ホネジュウは里に残り守りを固めよ。隊長はホネイチとする」


 呼ばれた者は列を離れ、分隊を作った。

 ちなみにスケルトン隊には女性と思われる骨格の持ち主もいるのだが、名前に差はない。


 ほどなくして、里長のベルク、狩人のバーンとフィル、日中の見回りを担当するトラ人兄妹も現れ、スケサンと並んだ。

 彼らにスケルトン隊を加えた12人がヤガー討伐隊となるらしい。


「ちょっと多くないか? 今回は子連れでもないんだろ」

「いや、余裕のある条件だからこそだ。ヤガーなどの危険に素早く対処できるように皆の経験を積みたい。ムリをさせるときにはムリを可能とする経験が必要なのだ」


 こうした会話などを聞くこともスケルトンたちにとっては経験の蓄積である。

 個体差はあるものの、スケルトンは重ねた作業や周囲の言葉などにより『この場合はこうする』などの知識を身につける。

 全くの未知の状況では命令を待つかたちになるため、迅速な行動ができない。

 こうして狩りや警備などの回数を重ねることは大切なことなのだ。


「ホネイチは里の住民と協力し、治安の維持に勤め、襲撃の警戒をするように。決してムリをせず、変事があれば即座に住民を舘へ避難させよ」


 曖昧な指示ではあるが、これでホネイチには十分である。

 雑用などを頼まれてもキチンと優先順位をつけ、場合によっては部下に任せることも可能だ。

 これは若いスケルトンにとっては稀有なことであり、スケサンの信頼も厚い。


「き、気をつけてな」

「ケガをしないようにしてくださいね」


 里長の妻アシュリンや、ヤギ人のモリーに見送られヤガー討伐隊は進む。

 わずか12人ではあるが里長に率いられた軍勢である。

 オリハルコンの槍が陽光を受けキラキラと輝く様子はなんとも勇ましげだ。


 その姿を見た里人は手を振り声援を送る。


 ホネイチも一緒になって手を振ると他の部隊員も一緒になって手を振った。

 こうしてスケルトンたちは『見送りのときは手を振って送り出す』と学習するのである。


 ホネイチは経験の豊富なホネジを櫓に配置し、ホネクとホネジュウと共に巡回を行った。


 少しずつ間隔を空け、3人で里の周囲を巡回していると、カアンと鐘が1つ鳴った。

 鐘1つは取り決めに無いが、櫓を見るとホネジが槍の先で里の中を示しているのが確認できた。


 どうやら里で変事が起きたと教えてくれたようだ。

 こうした応用が利くのもホネジの蓄積した経験のおかげである。


 ホネクとホネジュウと共に里に戻ると、クマ人の大男が新入りのネコ人の女に掴みかかって激昂しているのが確認できた。


 すぐさまホネイチは両者に割って入り、ホネジュウに里長の妻アシュリンを呼んでくるように指示をだす。


 クマ人は「そこをどけ」だとか「こいつは泥棒だ」などとわめいているが、ホネイチは毅然としてはねのける。

 あまりに騒ぐので槍先をピタリと向け、クマ人を黙らせた。


 この里では裁きは里長であるベルクか、その妻アシュリンの判断となる。

 騒動の元凶であろうネコ人もホネクにしっかりと取り抑えられていた。


「ど、どうしたんだ! ケンカをしちゃダメだろ!」


 すぐにアシュリンがホネジュウと共に現れ、事情を聞き始めた。

 彼女は当人同士だけでなく、ホネイチたちからも状況を聞き、周囲にも説明を求める。

 アシュリンはこうした調停には慣れており、その姿は堂に入ったものだ。


 聞き取りの結果、どうやらネコ人がハチミツを盗み食いしたのが原因と分かり、アシュリンはネコ人に相応の財物をクマ人に渡すように命じた。


「こ、今回はこれで大目に見るけど、盗みは重罪だぞ、骨を折られて追放されるんだ。次は許さないぞ」


 アシュリンは新入りの微罪ということで減刑したようだが、これに不満の声はでなかった。

 里人は身重の彼女が里のために働いている姿に感謝しているのだ。


 そのまま財物の引き渡しとなるが、クマ人も落ち着いているし問題はなさそうだとホネイチは判断した。

 ここからはスケルトン隊の出る幕はない。


 念のためにアシュリンの護衛としてホネクを残し、ホネイチは巡回に戻った。


 里は広くなり、見回るだけでも時間がかかる。

 途中で退屈していたウシカの子供らが手伝ってくれたが、すぐに飽きてどこかに行ってしまった。

 ホネイチも子供が気まぐれなことは学んでいるので咎めたりはしない。


 何事もなく日が暮れ、ヤガー討伐隊も無事に戻ってきたようだ。

 出迎えた里人が歓声をあげているのを感じ、ホネイチは巡回を切り上げて帰還した。


 討伐隊は多くの猟果を持ち帰ったようだ。

 ヤガー、鹿、アナグマ、ウサギが2羽、山鳥が数羽……ヤガー狩りのついでに狩猟も行ったのだろう。

 狩猟は軍事訓練に近く、スケルトン隊に経験を積ませたに違いない。


 里長のベルクが皆に声をかけ、解散となる。

 スケルトン隊のみがその場に残り、スケサンの指示を待つ。


「今日はご苦労だった。ホネシチがヤガーとの戦闘で負傷したため編成を変えるぞ」


 どうやらホネシチがヤガーに噛まれたようだ。

 だが、スケルトンは頭部さえ無事ならば時間がたてば回復する。

 問題はない。


 ホネイチはスケサンに訓練を受ける隊に加わり、みっちりと槍や弓の訓練をした。

 柔は稽古に加わるときのみだが、スケサンいわく「槍も弓も似たようなもの」らしい。


「ホネイチよ、今日はよくやった。オヌシが留守居として守れるのならば動きに幅が出る」


 スケサンは実に嬉しげだ。

 どうやら今日のことはホネイチの訓練でもあったらしい。

 ホネイチも口をパカリと開けて応じた。


 みっちりと訓練をし、朝日を告げる鐘が鳴る。

 また、新しい1日が始まったようだ。




■■■■



ホネイチ


ドワーフの骨格を持つがっしりとして背の低いスケルトン。

ごちゃ混ぜ里初期の『ベルクの家族』はホネイチに命令できるが、すでにホネイチに優先順位をつけるだけの判断力があるので重複して命令を受けても混乱することはない。

子供たちや里人と接する期間が長かったため、感情表現が非常に豊か。

だが、これは実際に感情があるわけではなく、人と接するうちに『この場合はこうする』と学習し身につけたアクションでしかない。

しかし、次第に経験を蓄積すれば『好ましいもの』『正しい行い』『感情』などを学び擬似的人格や思考を身につけるはず。

他のスケルトンと比べても腕っぷしはさほどでもないが(個体差がある)その積み重ねた良質な経験による判断力はスケサンの副官にふさわしいものといえる。

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