58話 人間が来たらしい

 雨季いつもはうっとうしい季節だが、今年は雨が少ないようだ。


「日照りというほどでもなし、イモはそれほど水を必要とせぬ。影響は少ない」

「うーん、ニンジンは今のところ葉が黄色くなる程度で問題ないですが、続くと困ります」


 畑仕事をしているウシカやウサギ人に話を聞くと、それほど困ってないが、続くと困るらしい。


「ふむ、雨水だよりの農業は安定せぬ。日照りに備えて貯水池を造りたいものだ」

「なるほど、そうなると川から水を引くのかな?」


 俺の言葉を聞いたウシカは「無理だ」と即座に否定した。


「川の流れは人の手におえるものではない。ベルクどのも増水や鉄砲水は見ただろう?」

「たしかに。アレを防ぐ方法など思いつかないな。なら井戸を増やすか」


 ウシカらリザードマンは川の流れと生きてきた。

 彼が無理だと断言するのだ、川の脅威をコントロールするのは不可能だろう。


 ならば次善の策として、井戸などを増やして地道に水源を作るしかない。


「ふむ、川の流れではなく、他の水源から水を引けばよいのではないか? ヘビ人の里に湧いた泉がある」

「ヘビ人の? なるほど、流れ出た水を引いてくるか」


 ちなみにヘビ人の集落に湧いた泉は小さな流れとなり、ごちゃ混ぜ里とは別の方に流れている。

 スケサンはちょくちょくスケルトンを増やしに岩棚に向かうので俺より詳しいのかもしれない。


「あの程度ならば流れをせき止め、簡単な溝でこちらに引けるだろう。だが、私よりもリザードマンたちの意見も聞きたいところだ」

「なるほど、ならばケハヤと、もう1人つれて行くのがいい」


 いまの里にはリザードマンが数人いるが、理由はさまざまだ。

 農業を学びに来ている若者もいるし、単純にこの地が気に入って遊びに来る者もいる。

 ただ、リザードマンの里が近いこともあり、純粋な移住となるとウシカとケハヤたちだけだ。


「じゃあ、スケサンにそっちは任せた。別にいま困ってるわけでもないし、駄目そうなら無理しなくていいからな」

「うむ、地形の問題もある。期待せずに待っておれ」


 スケサンはケハヤとリザードマンの若者をつれて出かけた。

 リザードマンたちは彼らの伝統的な先が二又に別れた骨の槍を持つ。

 オリハルコンの槍も渡してあるのだが、あまり金属製品を好まないようだ。


「さて、他はなにかあるか?」

「はい、かねてよりお伝えしていましたが、新しい畑を拓きたいんです」


 ウサギ人は数が多く、新しい耕作地を求めている。


「新しい蜂の巣箱を設置したいのですがーー」

「いまの肥溜めが一杯になりそうです」


 クマ人は養蜂の巣箱、イヌ人は肥溜め、やることは山積みだ。


「新しい畑はスケサンの水路がどうなるか分かってから場所を決める。巣箱は鍛冶場で作ってもらえ。肥溜めを掘るぞ、水場から離れた場所を選べ」


 こんなのは勢いだ。

 いろいろ考えて公平に決めるより、ガーッと進めた方が皆も納得するから不思議である。


 だが、今回はウサギ人がなにかいいたげな表情を見せた。


「心配するな、食料は足りてないんだ。水が来れば畑は拓く」

「いえ、そうじゃないんです。提案なのですが、いま休ませてる畑で花を育てるのはどうですか? 蜂が蜜を集められるように……その、ダメでもパコが食べられる種類をーー」


 俺が「名案だな!」とウサギ人を褒めると皆が「すごいな」「よく考えた」と続いた。


「よし、そっちは頼む。俺たちは肥溜めを掘るぞ」


 俺とイヌ人はオリハルコンのクワを持って歩く。

 最近はオリハルコンも普及しつつあり、農具にも使われているのだ。


 適当に居住区から離れて穴を掘り、人が落ちないように少しだけ縁を高くする。


 この肥溜めってヤツはスケサンの知恵で、糞尿と藁を混ぜて肥料にするものだ。

 肥料とはいえ、糞を撒き散らすわけだから生食は厳禁らしいけど実際に効果はあるらしい。


 欠点は臭いことだ。

 なるべく里から離して作ることになっている。


 あとは落下。

 すでに何人も落ちて大変なことになったのでこうして高くして、軽く蓋をするわけだ。


「もう1個くらい作っとくか?」

「そうですねえ」


 俺とイヌ人たちが新しい肥溜めに取りかかろうとした時「ちょっといいですか?」とコナンがやってきた。

 コヨーテ人を連れている。


「ん? どうした? ガイからの使いか?」

「はい、実はおかしな客がきまして……人間ヒューマンです」


 コヨーテ人によると、なんと人間が湿地帯の方から舟で現れたらしい。

 舟は喫水の浅いもので6人乗りだそうだ。


 人間たちは彼らの国から森の調査にやってきたらしい。

 湿地帯より離れておらず、川沿いのオオカミ人の集落を発見し、上陸したようだ。


「遠来からの客でありますし、いまはガイ様が歓待しています。ですが彼らは更なる奥地への調査を希望しておりーー」


 コヨーテ人の言葉に俺は「なるほど」と頷いた。

 オオカミ人の集落から奥地とはごちゃ混ぜ里のことだ。

 ガイはこちらに遠慮して確認をとりにきたのだろう。


「分かった。だが、今から往復しては日が沈む。今日は酒を届けるから明朝にでも来るといい。コナン、頼めるか?」

「はい、ですが万が一に備えて何人かつれて行きます。相手は6人ですからね」


 俺はイヌ人たちに「今日はここまでにしよう」と伝えて里に向かう。

 里の広場では狩猟から戻ったバーンとフィルが獲物の解体をしていた。


「おい、バーン、フィル、どちらかお使いを頼めるか?」


 声をかけて事情を説明すると、バーンが「面白そうっすね」と笑う。

 出遅れたフィルは少し不満げだ。


「それじゃあ、コナンとバーンと……おっ、アイツらでいいか」


 俺はウロウロしていたトラ人の兄妹に声をかけて同行させることにした。

 トラ人は何をやるにも飽きっぽく使い物にならないが、体が大きく腕っぷしも強いので周辺の見まわりをさせている。


「いいか、お前たちはコナンとバーンの護衛だ。油断するなよ」


 俺が発破をかけるとトラ人たちは「腕の見せどころだ」と喜んだ。

 こいつらはいつも暇そうで、抜けても影響が少なそうなのも人選の理由である。


「それでは支度をして、門のところで集合だ」

「どうせだから武装してビビらせるのどうっすか?」


 バーンの提案にトラ人たちが喜び、武器の倉庫に向かう。

 コナンは「やれやれ」と肩をすくめて酒倉に向かった。


(さて、人間か。いったいどんなヤツらんだろうな?)


 俺は残されたコヨーテ人に「頼むぞ」と声をかけた。




■■■■



喫水の浅い舟


おそらく9世紀ごろにヴァイキングが使用したクナール船に近い形状と思われる。

竜骨がなく1本マストのシンプルな構造で、推進力は横帆とオール。

クナール船は単純な構造だが、地中海世界やグリーンランドなどをまたにかけ、広い範囲で交易を行った。

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