57話 うらやまけしからん

 館の完成より季節は2度ほど巡り、春が来た。

 ただの溝だった堀にもイバラが広がりエグい感じになっている。


 地震より3年と少し。

 森は少しずつ落ち着きを取り戻しつつあり、移住者の流入は目に見えて減少した。


 現在のごちゃ混ぜ里は増えも増えたり39戸120人である。

 食料の自給は頑張っているものの当然のように間に合わず、大部分を交易に頼った状態だ。

 今では隊商やオオカミ人の集落と大量に食料を取引している。


 特にオオカミ人の集落ではイヌ人やコヨーテ人など近しい種族が集まり、狩猟と農耕が盛んだ。

 働き者のイヌ人と賢いコヨーテ人を強いオオカミ人が守る社会構成になっており、かなりの食料を生産してくれている。

 ごちゃ混ぜ里とは違い、長のガイを中心としたオオカミ人優位の社会を築いているが、うまく回っているようだ。


 ごちゃ混ぜ里とオオカミ人、リザードマンの里の間には簡単な獣道も拓かれ行き来も早くなった。

 ルートを定め、大人数で往復して作った道だが、あるのとないのでは大違いだ。

 これにより曲がりくねった川沿いを歩くよりも、半分ほどの時間で往き来できるようになった。

 直線距離では思いのほか近く、驚いてしまったほどだ。


 

 里の皆で変わったところはコナンとフローラ、そしてケハヤ夫妻に子が産まれた。

 特にコナンとフローラの子はエルフとヤギ人の混血だ。

 瞳のかたちは丸く、蹄もない。

 小さな角がある以外はエルフに近い姿だ。

 里では何度か死産や新生児の死もあったが、彼らは無事に過ごしている。


 アシュリンに懐妊の気配はないが、彼女は肥えた。

 人が増えたことで「里長の妻の仕事だ」と住民たちの間に入り、さまざまな調整をしてくれていたのだが……狩で森を駆け回っていたアシュリンが狩りを控えたのだ。

 仕方ないだろう。


 俺は痩せた女よりふくよかなタイプが好みだ。


(だけど、なんか思ってたのと違うんだよなあ)


 アシュリンはたしかにふくよかになった。

 だが、胸や尻が大きくなる様子が全くないのだ。

 不思議なことである。


「ど、どうしたんだ?」


 俺の視線に気づいたアシュリンが寄ってきたが、まさか乳が小さいことにガッカリしていたとはいえない。


「あー、いや……その、一緒に狩りに行かないか?」

「そ、そうか! えへへ、最近ベルクと出かけてないからな」


 俺は「できれば2人で遠くに行きたいな」と誘いアシュリンを喜ばせた。

 森歩きはかなり体力を使う。

 せめて健康的に痩せてもらいたい。


「……はあ、お二人は仲良しでいいですね。私ばっかり――」


 俺とアシュリンを見て恨み節を吐くのはヤギ人の娘モリーだ。

 モリーはすっかり結婚適齢期なのだが良縁に恵まれずにやさぐれていた。


「聞いてくださいよ、ピーターったらウサギ人のベッキーちゃんとケリーちゃんを家に連れ込んでいたんですよ……子供のクセにっ」

「はは、ピーターもやるなあ」


 ピーターはすっかり大きくなり、アゴヒゲも生え角も立派になった。

 数が増えたパコの世話を真面目にこなす働き者である。

 また、コナンやフローラと共に入門者が増えたヤーラの師範代もしていた。

 幼さの残る年齢だが、一人前に働き、指導力のあるピーターは同年代の憧れなのだ。

 そりゃ、モテるだろう。


「笑いごとじゃないですよっ! 弟が女の子に挟まれてキャッキャウフフと遊んでたのを目撃した私の気持ちが分かりますか!? なんであの子ばかり――」

「も、モリー、落ち着くんだ。ベルクも泣かしたらダメじゃないか」


 アシュリンが抗議してくるが、これは俺は悪くないだろう。


 モリーはいま、絶賛恋人募集中なのだが――うまくいかないらしい。

 トラ人やクマ人ともつきあってた時期があるのだが長続きしないのだ。


「なんでですか、私のなにが重いんですか? ベルクさんは私が編んだ服を喜んで着てくれたのに」

「そうだなあ、色々な価値観の種族がいるからなあ」


 モリーはかなり尽くすタイプのようだ。

 俺の場合、モリーは妹みたいな存在だし手編みの服をプレゼントされれば喜んで着るが……協調性が低いトラ人などには不評だったらしい。


「はあー、このままだといき遅れちゃいます。ベルクさんが貰ってください」

「そうだなあ、それも悪くないけどな」


 当たり前だが、これは冗談だ(念のため)。

 ヤギ人の体格は獣人の中でも小柄でモリーと俺では体格差がありすぎる。

 それが分かってるからこそ、こうして互いに冗談をいえるのだ。


「こ、こらっベルク! モリーとベタベタしたらダメだ」

「いいじゃないですかっ! ベルクさんは喜んでますっ」


 たしかに嬉しいのだが、嫁の機嫌も大事なので難しいところだ。

 まあ、アシュリンもモリーもふざけているだけではあるが。


「あーあ、お婆ちゃんから編み物や料理を一生懸命すれば良縁があるって教わったのにな……私も柔をすればよかったかも」

「も、モリーはかわいいのにな。獣人は見る目がなさすぎだぞ」


 アシュリンが慰めてるが、妹として家族としてのかわいさと、恋人や妻に求めるものは違う面もある。

 これはモリーがフラれた相手に聞かねば分からないことだろう。


 3人でダラダラと遊んでいたらホネイチが来た。

 どうやら俺を探していたらしい。


 ホネイチは輝くオリハルコンの兜とすね当て、硬革の鎧を身につけている。


 スケルトンたちは数を増やし、現在はスケサンを入れて11人だ。

 任務に忠実な彼らは治安の維持のためにも働き、パトロール中は武装することになっている。


 ちなみにホネイチはスケサン(オフィサー)の補佐でサージェントという役割らしい。

 彼の身なりは他のスケルトンよりも豪華だ。


「お、どうした?」


 俺が訊ねると、ホネイチは身ぶりでなにかを伝えようとしている。

 どうやら着いてきて欲しいようだ。


「スケサンさんがよんでるみたいですね」


 モリーが解読し、俺に伝えてくれた。

 彼女は骨語(?)がうまいのだ。


「そうか、すぐ行くよ。アシュリン、モリー、またあとでな。モリーは夕飯は館で食べろよ。ピーターも姉ちゃんに隠れて色々したいのさ」


 モリーがヒステリックな奇声をあげたが、あとはアシュリンに任せればいいだろう。


 ホネイチに従って里の居住区に行くと、こちらでもヒステリックな女の声が聞こえた。

 あまり近づきたくない。


「この商売女! ウチの亭主が貢いだものを返しなっ!!」

「なにを勘違いしてるんだか。アンタがいったように商売じゃないか? 食い逃げされるのは御免だよ」


 2人の女がもみ合い、スケサンが「やめぬか」と引き離している。


 女はイヌ人の女房とキツネ人の娼婦だ。

 イヌ人の亭主は居心地悪そうに小さくなっている。


「はあ、スケサンお疲れさん。大体の状況は把握した」

「うむ、里長としてこの場を治めてくれ」


 俺の今の仕事はこれだ。

 ごちゃ混ぜ里は急激に拡大したが、いかんせん寄り合い所帯。

 毎日どこかでくだらない争いが起き、その度に呼ばれて仲裁するのだ。


 力仕事もしているが、今はなんとなく畑や猟も個人や家単位で世話をすることが多く、あまりお呼びではない現実もある。


「あー、そこの亭主がサンディーに貢いで女房にバレたか」

「はんっ、アタシは自分の仕事をしてるだけさ。体を売って対価をもらう。なにが悪いんだい」


 サンディーとはキツネ人の娼婦の名前だ。

 細面だが、なかなかグラマーな体つきをしている。

 ふっさりとした尻尾の付け根がどうなっているのか確認したいものだが、残念ながら俺は相手をしてもらったことはない。


「別に悪かないさ」

「ちょっとなにいってるんだい!! このバカは子供の服のためにと取っといたヤギの毛皮を3枚もこの女にくれてやったのさ! 返して貰うよ!!」


 イヌ人の女房の言い分も分かるが、これは亭主が悪い。

 だが、正論を聞かされても彼女は納得しないだろう。


(感情を優先する者には感情で応える……スケサンから教えてもらったアシュリンの操縦方法だが、これがいつも助けてくれるんだよな)


 俺は「じゃあこうしよう」と争う両者の間に割りこんだ。


「亭主は今後、サンディーを抱くことは禁止だ。サンディーはお得意さんを失うんだから、これはサンディーの損だ」


 これを聞いたサンディーが声をあげかけたが「まあ最後までまて」と俺が止めた。


「次にサンディーは自らの仕事で得た毛皮を返す必要はない。これは女房にとっての損だな」


 これには女房のみならず他の女たちも否定的にざわつく。

 女衆にとって娼婦は男を誑かす悪人である。

 これは仕方ない面もある。


「そして俺だ。この場を治めた俺が、そちらの子供たちに肩かけのケープでも送ろう。これは俺の持ち出しだから俺の損だな。両者と間に入った俺がそれぞれ損をしたのだから納得しろ」


 この言葉にイヌ人の女房は面食らった顔をし、サンディーは嬉しそうにニンマリと笑った。


「最後にそこの亭主か。今後、サンディーを口説いたらパコの毛刈り用のハサミでチンコを切り落とすぞ! あとは女房にうんと叱ってもらえ!」


 縮こまっていた亭主は急に矛先が向いたために股間を押さえながら小さく「ヒエッ」と悲鳴をあげた。

 その様子がおかしかったので皆が笑い、その場は解散となる。


「見事に治めてみせたな。感服したぞ」


 スケサンが嬉しそうに声をかけてきた。

 スケルトンの隊長であるスケサンは羽根飾りがついたオリハルコンの兜を被り、いかにも立派だ。


「よせよ、毎回こうはいかないさ。たまたまだよ」


 これは謙遜ではなく本当のことだ。

 毎回こんなにキレイには治まらず、決闘までもつれ込むこともあるし、乱闘になったこともある。

 人をまとめるのは難しく、試行錯誤の毎日だ。


「あ、サンディーちょっと待て」


 俺はサンディーを呼び止め、モリーに男を誘惑する術を教えてやってくれと依頼した。

 効果があるかどうかは分からないが気休めにはなるだろう。


 ついでにピーターの姿を確認したら、たしかにウサギ人の女の子たちと楽しそうにしていた。

 うらやまけしからん。




■■■■



ごちゃ混ぜ里


森を襲った大地震の影響で、被災した難民や移住者を吸収し急拡大した。

寄り合い所帯であり、さまざまな価値観をもつ多くの種族が住むために喧嘩やもめ事が絶える日はない。

食料事情は生産に消費が追いついておらず、輸入に頼っている。

オリハルコンの道具は少しずつ使われるようになってきた。

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