50話 バーンの帰郷
(久しぶりに来たけど、なんにもないな)
バーンはかつての住まい、エルフの里跡に立って周囲を見渡した。
彼の故郷はわずか数年の間に廃墟ともいい難い広場になっている。
建物はごちゃ混ぜ里に再利用され、ほとんどが痕跡すら曖昧だ。
地には草どころか低木が生えはじめており、バーンの生家は藪になっていた。
(ま、変わったのはお互い様か)
バーンは自らの姿をかえりみて自嘲する。
硬革の鎧に兜、革の籠手やすね当てには銅の小板が縫いつけられている。
腰には鎌剣を
この見た目にも厳めしい武者鎧は彼の妻ナイヨが仕立ててくれたものである。
ヘビ人の鎌剣は「立派だから持ってけ」と里長のベルクが持たせてくれたものだ。
バーンが知る限りでは、森でここまでの武装をしている者はいない。
「さて、エルフの里だが……恐らくはここから奥の川を越えた辺りか?」
「いえ、手前に本拠地があります。越えた先には小さな集落が2つ。イヌ人の里はさらに先にあります」
この片耳のイヌ人は服を返してもらってからスッカリと大人しくなっている。
このイヌ人、成人した男だがどうにも頼りない雰囲気がある。
ぶち模様の髪の毛からちぎれた耳が見えて痛々しい。
「そうか、エルフの里に着いたら帰っていいよ。人質も殺さずに返してやるし」
バーンは確認するまでもなく、今回の騒動はエルフの年寄りたちの仕業だと確信していた。
地震でゴタついているいま、ごちゃ混ぜ里にイヌ人をけしかけ土地を取り戻そうと考えたのだ。
「いえ、エルフに騙されたのは事実。あの里にはひどい扱いの奴隷などはいなかった。一言いってやりたいから」
「わかるけどさー。だけど騙されるのも悪いし、下手したら殺されるぜ?」
片耳のイヌ人は「殺される」と聞いてギクリと表情を固くした。
あまり勇敢な気質ではないようだ。
「ま、いいんじゃね。俺はバーン、名前は?」
「ヘラルド。兄者の頭が割れちゃったし、たぶん、里長になると思う」
バーンは「あー、あれか」と納得した。
里長であったらしいヘラルドの兄はベルクの斧で頭骨をカチ割られていた。
「俺たちも初対面のときは半殺しにされたし、仕方ないね。歯向かったのが間違いだわ」
これを聞いたヘラルドは尻尾をペタりと倒した。
エルフの里があるという川までは距離がある。
歩きながらではあるが、バーンとヘラルドはいろいろな話をした。
もともと、エルフたちは他の獣人の土地に割り込むような形で入ってきたため他部族とはトラブル続きのようだ。
イヌ人ともめたこともあるらしい。
「でもエルフとは折り合いをつけていたんだ。それなのに騙すなんて――」
「それヤバイぞ。イヌ人の数が減ったと知れたら一気に猟場を奪われるな。エルフは縄張り意識が強いから近くにいる獣人なんか気に入らないはずさ」
思えばベルクやスケサンとやりあったのもそれが原因だった。
あの頭の固い年寄りどもが急に寛容になったとは考えづらい。
「鬼人を倒せればもうけ、イヌ人を減らす作戦だな」
「そんな! どうすればいいんだ!?」
ヘラルドはかわいそうなくらい動揺しているが、いまさらどうしようもない。
「イヌ人はどれだけいるんだ?」
「えーっと、3人死んだから……子供を入れて19? 違うな、20かな?」
バーンは「俺に聞かれても知らねえよ」と苦笑いをした。
「そんくらいならギリギリ移住してこれると思うぞ。多少バラけるとは思うけど、ごちゃ混ぜ里とオオカミ人の里――あとはヘビ人の里も人手がほしいだろうし、振り分けりゃなんとかなんだろ」
「振り分ける、バラバラになるのか……オオカミ人……ああ、どうすりゃいいんだ」
ヘラルドは「どうしよう、俺には決められない」と悩んでいるが仕方のない部分もある。
先祖代々の土地を離れるのはつらいことだ。
それを経験したバーンだから分かる。
(エルフのしでかしたことだしな)
バーンはなんとなく申し訳ない気持ちとなり、ヘラルドに同情した。
「ま、俺の口利きがありゃ悪いようにはならねえよ。バーン兄さんに任せときな」
「頼みます。兄者も死んじまったし、どうすりゃいいのかサッパリ分からねえ」
お調子者のバーンは安請け合いするが、なんの考えがあるわけでもない。
だが、ヘラルドは藁にもすがる気持ちでバーンを頼る。
これがまた、バーンは気分がいいのだ。
丸一日以上歩き、エルフの里に着く頃には上下関係ができあがっていた。
ヘラルドはすっかりバーンの舎弟である。
「アニキ、あそこです」
「そうか、コイツを鳴らしてくれよ」
ヘラルドはバーンから銅板を預り、木槌で叩く。
カァン、カァン、カァンと鳴り響く金属音は森にはない音であり、遠くまで響きわたる。
エルフの里からは弓や槍を持った者がわらわらと姿を見せた。
「何者だ! ここはエルフの土地だ!」
「俺もエルフさ、わめくなよフィル」
それに応えてバーンは兜をぐいっと上に上げて顔を見せる。
「――バーンか!?」
「そうだよ、族長と話がしてえ。イヌ人とのことでね」
エルフたちはバーンを観察するように遠巻きにしている。
追放された者が戻ることは珍しいし、なによりバーンの出で立ちが完全な戦支度なのだ。
「ずいぶんと待たせますね」
「まあな。待たせるだけ値打ちが上がるとでも思ってんのかね」
バーンが見たところ、里はかなり小さくなっている。
分封をかなりしたのだろう。
(んで、分封先でヤギ人やらイヌ人と揉めてるわけだ)
バーンはなんともいえない複雑な気分になった。
身内が他人に迷惑をかけていると聞くのは嫌なものだ。
「バーン、追放されたオマエが里に入ることは許されん、しかし特別に――」
「いや、そういうのいいんで」
バーンは苦笑いしか出てこない。
本拠地といえば聞こえはいいが、里の規模を見れば住民は20人もいないだろう。
こんなに落ちぶれても虚勢を張り続ける同胞に悲しみさえ覚えた。
「これは交渉や挨拶じゃねえ! ごちゃ混ぜ里とイヌ人は手を組んだ、さっさと詫びを入れるか逃げねえとヤベエんだよ!」
バーンが声を張り上げると、奥から族長と長老たちが出てきた。
長老衆の数が少ないのは分封先に行ったのであろう。
その内の1人はバーンの父だ。
「バーンよ、追放された身で戻るのは重罪だぞ」
「そうだ、里の秩序を乱すでない!」
長老たちは口々にバーンを責める。
追放された者を見下し、掟を盾にして拒絶しかしない姿にバーンは失望した。
(なあんだ、こんなにつまらないヤツラだったのか)
バーンの冷めた視線にも気づかず、長老たちは里の内側で騒いでいる。
「俺の姿を見ろ! 戦支度だ! イヌ人を騙してごちゃ混ぜ里と争わせ、弱ったイヌ人を攻めようって魂胆はバレてんだよ! カンカンに怒った鬼人が子分のリザードマン、オオカミ人、ヘビ人、イヌ人を引き連れて来るぞ! 100は下らねえ、さっさと詫びを入れろ!」
これはカマをかけただけの言葉ではあった。
だが、族長や長老の反応を見るに予想は当たったようだ。
口々にバーンを罵り、隣のヘラルドにも「裏切り者」だの「獣人風情」だのと暴言を吐いている。
「バカが、なんで分からねえかな」
ごちゃ混ぜ里の生活に慣れ、ドワーフと子を成し、他種族と交わることが『当たり前』になっていた自分にバーンは気がついた。
里にいたころは自分もこうだったのかと思うと恥ずかしくなる。
「もうこの地には先がねえ! 見ろよ! この鎧を、銅の剣を! こんなの身につけたヤツラがワンサカくるんだよ! 死にたくねえヤツは俺と来い!」
「黙れ、そんなことがあるものか!!」
長老の1人がたまらず声を上げた。
それは『鬼人が来るはずがない、こないでくれ』という願望だが、これに勢いを得たものが口々に続く。
「いつから鬼人の手先となった!? 祖霊も祀れぬはぐれ者が恥を知れ!!」
「我らエルフは太古より根づきし森の民だ! 祖霊の恩を忘れたか!!」
また伝統、伝統だ。
だんだんと腹が立ってきた。
「勝手なことをいうんじゃねえ! ごちゃ混ぜ里では俺がエルフの祖だ! いままでの祖霊は祀れねえが鬼人はエルフの伝統を許してくれる! 共に木を植え、共に森に祈りを捧げてくれるんだ!!」
「自らを祖とは思い上がるか! この痴れ者め!!」
もうなにをいっても無駄だとバーンは諦めた。
イヌ人をけしかけたのはエルフ、これが分かればいい。
「ヘラルド、わかったろ? どっちがイヌ人を騙してたか」
「ああ、でもいいのか? 同族なんだろ?」
バーンはこれには答えず、肩をすくめて見せた。
しかし、
いままで沈黙していた族長の発言にバーンは足を止めた。
「バーン、オマエの、いやアシュリンとコナンも含めて罪を許す。油断を誘って鬼人を討ち取れぬか?」
族長が口にしたのは卑劣でバカバカしい提案だ。
だが、その表情は真剣そのもの、冗談ではないらしい。
(なるほど、そうきたか)
バーンは目を閉じて数瞬ほど考えをまとめる。
(アシュリン様は、コナンは里に帰りたいだろうか……自分は――)
そんなの、考えるまでもない。
バーンは「無理だね」とハッキリと答えた。
「俺もコナンもアシュリン様も身を固めてな。俺は子供も産まれるんだ! 親父よ、聞こえたか!?」
バーンの父親は無言だ。
他の種族と交わった自分たちを責めるのか、喜んでいるのか、その表情からはうかがい知れない。
「バーンよ、考え直せ。お前とそのイヌ人を殺すこともできるのだぞ?」
「やればいいさ、俺とヘラルドはよしみで危機を伝えに来ただけだ。帰らなければそれが攻撃の合図になる」
バーンは自分でも驚くほどに落ち着いてることに気がついた。
(なんて狭い世界なんだ。エルフの里ってやつは)
族長の焦り、長老たちの怯え、里の若者たちの動揺。
里にいたころには見えなかったことが目について仕方がない。
「あばよ、次はもっと奥まで逃げろよ」
今度こそバーンは歩きだした。
背後から声がかかるが振り返ることもない。
「ヘラルド、少し離れたらイヌ人の里に帰って仲間を連れて逃げてこい。腹いせに攻撃されるかもしれねえ」
「あ、ああ。いいのかい?」
バーンは「大丈夫だ」と頷いた。
(やべえかな? ま、なんとかなんだろ)
20人の受け入れ。
少し不安もあるが分散させればなんとでもなるとバーンはタカをくくっていた。
「まて、バーン! 待ってくれ!!」
その時、背後から声が声がかかる。
フィルだ。
「俺も行くよ、連れてってくれよ!」
フィルは息を弾ませながら追いついてきた。
バーンは少し身構えたが、フィルの様子を見て警戒を解く。
「どうしたんだよ? いいのか、俺たちは故郷ともめてんだぞ」
「それはこっちのセリフだ! そんなにシャッキリしちまって、どうしちまったんだよバーン! 俺はお前がなにをしてそんなにデカくなったのか知りてえんだよ!」
バーンは「なんだそりゃ?」と笑い、フィルの背中を叩く。
「もうすぐ子供が産まれるからかもな。女房はドワーフなんだ」
「ドワーフ!? お前がドワーフと?」
この反応が普通だとバーンは思う。
ごちゃ混ぜの里がおかしいのだ。
「アシュリン様は鬼人に嫁いで大切にされてるし、コナンの嫁さんはヤギ人のかわいこちゃんだぜ?」
「マジかよ!? なんかめっちゃ怖いんだけど!」
なんとなく女の話をすれば打ち解けるもので、ヘラルドも交えて大いに笑った。
(これなら上手く行きそうだな)
バーンはドワーフの女の胸と尻がいかに大きいかを雄弁に語り、フィルとヘラルドを驚かせた。
ここからは余談ではあるが数日後、今回の騒動がエルフの仕業だと知ったベルクはすぐさまスケサンとホネイチを連れて報復に動いた。
しかし、里にたどり着いたときにはもぬけの殻。
エルフたちは再度、いずこともなく姿を消したようだ。
そして、大量の移住を安請け合いしたバーンは皆に叱られることになる。
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鎌剣
鎌の形をした武器は古くから存在し、エジプトのケペシュ(儀礼用?刃は外側)、ギリシアのハルペー(刃は内側)、エチオピアのショーテル(刃は外側)などが有名。
特にハルペーはギリシア神話にてペルセウスがメデューサを討ち取った剣としても知られている。
ヘビ人の鎌剣もハルペータイプだ。
しかし、内側に刃がついている形状では先を引っかけて力任せに引き裂くような使用法になると思われるが、使い心地はどうだろうか。
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