49話 ひ弱な襲撃者

「悪いねえ、アタイが手伝えればよかったんだけどさ」

「気にするな。俺は力仕事に向いてるからな」


 これは井戸の掘削作業だ。

 俺の前にはすでに深い縦穴があり、中ではホネイチが懸命につるはしを振るっている。

 雨季に入り、土が少しゆるんだために鍛治場で作業を開始したのだ。


 穴の底でホネイチが掘り、そこで出た土砂を引き上げて捨てるのが俺の仕事だ。

 土砂の引き上げ作業はナイヨが滑車を作ってくれたから楽なものである。


「おっと、合図だ。引き上げるぞ! 当たらないように気をつけろよ!」


 ホネイチが穴の底でロープを引き合図をする。

 すると俺が引き上げるわけだ。


 はじめは俺も一緒に掘ってたんだが、どうしても穴の中での作業は体のサイズ的に厳しいので断念した。


 引き上げた土砂を捨て「下ろすぞ! 気をつけろよ!」とホネイチに合図をしてから板を下におろす。


 その時、カィン、カィン、カィンと金属を打つ音が聞こえた。

 これは異変を知らせるもの、しかも乱打は襲撃だ。


「ホネイチ、敵襲だ! ロープに掴まれ!」


 俺はホネイチを穴から上げ、急いで武器を取りに向かう。

 するとコナンが「これを」と鎧と斧を差し出してくれた。


 この鎧は丈夫なエルフの衣服に煮固めた硬革ハードレザーを張り合わせた逸品だ。

 これに銅の斧頭を持つ手斧と黒曜石の穂先を持つ槍を手にする。

 時間がないので身支度はこれだけだ。


「遅いぞ、ベルク」

「仕方ないだろ? 井戸掘ってたんだよ」


 音の鳴る方に向かうとスケサンに咎められた。

 スケサン、アシュリン、ケハヤ、ホネイチ、コナン、戦えそうな者は全員が揃っている。

 おそらく外にいるのはバーンだ。


 集まるのは俺が最後だったらしい。

 皆がそれぞれ石や銅の武器を手にしている。


「見よ、バーンが追われている。敵は獣人が10人前後、まだいるかもしれぬな。これまでより数が多い」

「ふうん、バーンのやつ上手く挑発してるな」


 見ればバーンは巧みに敵を引きつけて、煽りながら逃げてくる。

 この状況を見れば襲撃者たちと交渉の必要は全くない。


 敵はオオカミやキツネのようなピンと立った耳を持つ種族だ。

 パッと見で金属の武器は見あたらない。


「よし、アシュリン。敵の先頭のヤツの足を止めてくれ。ここから弓で援護して他にも敵がいたら銅板を叩くんだぞ」

「わ、わかったぞ!」


 アシュリンが大弓を引き絞り、バーンを追いかけてる獣人を射かけた。

 矢は狙いを過たず先頭の獣人の太ももに命中し、後続2人を巻き込んで転倒する。


「敵は数は多いが間抜けだ! 突っ込め!!」


 俺は獣のような雄叫びを上げて敵に飛びかかる。

 少数の争いを制するのは個人の武勇だ。

 派手に暴れてビビらせれば勝つ。


 転倒している間抜けには目もくれず、勢いのままに続く敵の腹に槍をぶちこむ。

 隣の敵には至近距離から斧を投げつけた――斧はドスンと音を立てて敵の胸に食い込んだ。


「オオオオオオオォゥッ!!」


 戦いの高揚感が脳天を痺れさせ、股間を衝き上げる。

 武器を失った俺は、逃げ出した敵に食らいつき、押し倒して耳を噛みちぎった。


「そこまでだ、敵は逃げたぞ」


 首を絞めて敵にトドメを刺そうとしたところで、スケサンにポンと肩を叩かれた。

 見れば戦いは終わっているようだ。


「味方に被害はない。完勝だ」

「そうか、でも半分は逃げたみたいだな」


 見ればスケサンが1人を捕虜にし、転んでいた敵はコナン、ケハヤ、ホネイチで囲んで降参させていた。

 片腕が悪いコナンも、いまいち動きが悪いホネイチも、武器を持って囲めば敵は怯えて降参するしかない。


 俺に耳をちぎられたコイツを含めて4人が捕虜。

 やっつけたのは俺がやった2人だけだ。

 こうした戦いは意外と殺すまでは戦わず、動けなくなった時点で捕虜になることが多い。


「いやー、参ったっす。いきなり追いかけてくるんだもんなぁ」


 バーンがのんきな顔して戻ってきた。

 わりと余裕がありそうだ。


「お疲れついでにコイツらの身ぐるみ剥ぐから手伝ってくれよ」

「了解っす。じゃあコッチの女を脱がすっす」


 俺たちは死者も含めて獣人の身ぐるみを剥ぐが、毛皮の服に石や骨の武器……大したモノを持ってない。

 だが、裸に剥くのは戦意を奪う意味もある。

 武器や服を奪われると人は不安になり、抵抗できなくなるのだ。


 俺の黒曜石の槍も銅の斧も回収したが、槍は穂先が割れていた。

 骨にあたったのだろう。


「まあ、毛皮は洗ってヘビ人との交易に使えばいいし、石器はオオカミ人らに渡せばいいか」

「そうですね、女はどうしますか?」


 コナンが遠回しに『繁殖用に使うか?』と訊ねてくるが、俺は襲撃者を里に迎え入れるほど寛容にはなれない。


「いや、とりあえず並べて尋問するとしよう――おい、オマエらは何者だ?」


 さすがに10人以上の襲撃は組織だった攻撃だろう。

 いつものはぐれ者とは一緒にできない。


 俺が「なんとかいえ」と獣人たちに重ねて訊ねると、押し黙っている。

 そこで俺は適当に選んだヤツの頭を斧で砕いた。

 とたん獣人たちはパニックとなり暴れるが、スケサンやコナンに軽く押さえつけられる。

 獣人たちは大した体格でもないし、根性もない。


(なにか変だぞ?)


 盗人はまだしも、いままでの襲撃者はトラ人とかクマ人みたいに勇ましいヤツらが多かった。

 コイツらはイメージが違うのだ。


「いいか、質問に答えなければ1人ずつ殺す。オマエらはわざわざここを狙ってきたのか?」

「ひひ、答えたほうがいいっすよ。この怖い鬼人は人を殺したくて堪らない人っすからね」


 バーンが失礼な感じで脅すと、獣人たちは震えながら事情を話し始めた。


 まず、コイツらはイヌ人。

 オオカミ人より一回り小さく、かなり人間ヒューマンに近い姿をしている。


 地震で居住地が破壊され、生活の基盤が揺らいだところに『ごちゃ混ぜの里には食料が唸るほどある』と聞かされ、里をあげて襲撃を試みたらしい。

 バカバカしい話だが、生活が苦しいときに繰り返し『アイツらは悪いやつらだ』『鬼人が他の種族を奴隷にして搾取している』と聞かされればその気になってくるものだ。


『そんなに悪いやつなら奪ってもいいのではないか』

『他の種族を助けてやろう』


 だんだんとイヌ人もその気になり今に至るというわけだ。


(バーンを狙って襲撃してる時点で怪しいもんだがな)


 俺が苦笑いし「どう思うよ?」と皆に訊ねる。


「ふん、正義のお題目がつけば略奪の抵抗感が薄れる。典型例な略奪者だな」

「この阿呆がリザードマンの里に行かぬとは限らぬ。殺してしまいたいな」


 スケサンは偽善を嘲笑い、ケハヤは仲間を気づかって殺せと口にした。


「ふうん、それで? 誰にそそのかされたんだ?」


 俺が重ねて訊ねるとイヌ人たちは「エルフだ」と口にした。


「う、うそだっ!!」


 いままで黙っていたアシュリンが叫んだ。


「コイツ、悪いことしてエルフのせいにしようとしてるんだっ!!」


 この剣幕を見て、イヌ人たちはアシュリンたちがエルフだと気づいたようだ。

 これは無理はない。

 彼女らはワイルドエルフ独特の装束やペイントをしていないのだ。


「コイツっ! コイツっ!」


 アシュリンは弓を振り上げ、イヌ人たちを打ち据える。

 イヌ人たちは身を寄せあって耐えているが、時折「キャイン」と悲鳴が聞こえた。

 弓で殴られれば皮膚が裂け、血が流れる。

 少しばかりやりすぎではあるが、俺も襲撃者に対してそこまで庇いだてをする義理もない。


「そ、その嘘ばかりつく舌を切り取ってやるっ!」


 頭に血がのぼったアシュリンが銅のナイフを抜いたところでコナンとバーンが割って入る。

 さすがにまずいと判断したのだろう。


「やめましょう、ここで殺したら真偽が分からなくなります」

「そうっす。俺がコイツとエルフの里に行くっす、確かめてきますよ」


 バーンが「オマエがリーダーだろ?」と片耳のイヌ人を指名する。


「俺が戻るまで他のイヌ人は人質にしといて欲しいす。俺が戻らない場合はベルク様とスケサンが報復してくれれば――」

「わかった、万が一の場合はナイヨと腹の子は任せろ。俺の子として育てる」


 俺の言葉を聞いたバーンが驚きで目を丸くしたが、これは危険な任務だ。

 女房子供の心配をしたままでは進退を誤る。

 鬼人はこうして王が戦士の家族を預り、戦士の身になにかあれば王がその子弟にエリート教育を施す。

 こうして強い軍を維持していたのだ。


 ちなみに俺も親父が早くに戦死したので他の鬼人の子供らと教育を受けた。

 まあ、あまりよい思い出ではないが。


「バーン、無理するなよ」

「う、嘘だったらコイツらの皮で絨毯を作ってやる!」


 それからすぐに身支度を整え、バーンは片耳のイヌ人を連れて出発した。


 正直、片耳が行ってしまえば残りのイヌ人たちはお役御免ではあるが、とりあえずは面倒を見る。


「ま、逃げてもいいけど、残ったやつは片耳も含めて皆殺しにするからな」


 俺が軽く脅しつけると、イヌ人たちは大袈裟に震え上がった。

 よほどアシュリンの薬が利いたようだ。


 ちなみに死んだイヌ人たちの遺体は雨季の差し入れとしてケハヤ夫妻とホネイチによってリザードマンの里に届けられた。

 これは他に使い道がないからだが、ずいぶんと喜ばれたらしい。




■■■■



イヌ人


オオカミ人よりも小柄で見た目が人間ヒューマンに似ている。

社会性に優れている反面、その場の空気や同調圧力に弱く、今回のようなことも『皆がやるなら』で行ってしまう危うさがある。

性格は穏やかで正直。

イヌに似た耳や尻尾を持つのが特徴。

コボルドと呼ばれることもある。

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