40話 骨と製炭

 新たなスケルトン。

 しかし、どうも反応が鈍いようだ。


「おーい、反応しないな?」

「うむ、生まれたてのスケルトンに意思や思考はない。だが簡単な指示に従うことはできる」


 スケサンが「座れ」と命じると、スケルトンはその場にあぐらをかいた。

 固唾かたずを飲んで見守っていた皆が「わっ」と驚きの声をあげる。


「ただ、はじめはごく簡単な指示だけだ。例えば――」


 スケサンが「糸を紡げ」と命じても、スケルトンは動かない。

 指示に従わないようだ。


「動かないな」

「うむ、指示を理解できないのだ」


 スケサンが「繊維を掴め」「私の動きを真似よ」と指示をし、糸紡ぎを始める。

 するとスケルトンはスケサンの動きを真似て糸紡ぎを始めた。


「生まれたての子供と同じだ。色々させるうちにできることが増える」

「なるほど、だが他のスケルトンのように人を襲ったりはしないのか?」


 俺の疑問にスケサンは「大丈夫だ」と断言した。

 スケサンがいうには、古戦場で生まれたスケルトンが他者を襲うのは「戦え」という生前の指示をおぼろげに守っているためらしい。

きちんとした手順で新たな指示を与えると従順に従うそうだ。


「ふうん、スケルトンは死んでからも命令に従っていたのか、大したもんだな……ところで、コイツの名前は?」

「ふうむ、名前、名前か――そうだな、ホネイチだ。ホネイチよ、いまからこの場にいる者の顔を覚え、その指示に従うのだ。よいか、間違ってもこの者らを傷つけてはならぬ」


 スケサンの両目が怪しく光り、ホネイチと名づけられたスケルトンはコックリと頷いた。


「よいか、指示を同時にしてはならぬぞ。はじめは1つずつだ。バーン、やってみよ」

「え? 俺っすか、えーと、右手を上げろ」


 バーンの指示でホネイチの右手がカクッと上がる。

 それを見たナイヨが「腕を上げてなんになるんだい」と呆れた様子を見せ、皆がどっと笑った。

 どうやらホネイチも受け入れられたようだ。


「動きがカクカクしてるな?」

「うむ、少しずつ繰り返せばなめらかな動きになる。暇そうにしていたら声をかけてやることだ」


 ただし、指示の終わりはきちんと伝えないと危ないらしい。

 例えば『まっすぐ歩け』という指示に『どこまで』がないとスケルトンは歩くことをやめないのだ。

 これもスケルトンが慣れてくれば自分で加減はするらしい。


「色々覚えていくのなら、そのうちスケサンみたいになるのか?」

「ふむ……不可能ではないだろう。ただ、それは長い時間の積み重ねが必要だ」


 スケサンによると、何度も何度も指示をこなし、学習すれば『この地の平和を守れ』などの曖昧な指示でも最適な行動をとるようになるらしい。


「ほれ、バーンはそろそろ右手を下げさせてやらぬか」

「あっ、右手上げるの止めていいっすよ」


 その後、皆でワイワイとホネイチをかまっていた。


 いまは珍しいだけのスケルトンだが、いずれスケサンのようになるのならば大変なことではないだろうか。


(ひたすら命令をこなし、食べず、寝ず、疲れを知らない無敵の軍団――)


 俺は頭を振って変な想像を追い払った。

 いくらなんでも考えすぎだ。




☆★☆☆




 ここは、ごちゃまぜ里からほんの少しだけ離れた場所。


 炭焼き窯を作るのにナイヨは『煙も出るし、火事の心配もあるからね』と場所を変えたのだ。

 ここに炭焼き窯と薪小屋、簡単な作業小屋を作ることにした。

 いずれ近いうちにコナンの陶器を焼く窯も移すことになるだろう。


 雨季も終わり、里は建築ラッシュを迎えたようだ。


「いいかい? このくらいの力加減で土を叩いて固めるんだ。崩しちゃいけないよ、全体的に叩いて固くするんだ」


 ナイヨが炭焼き窯を造り始めたが、彼女はホネイチの使い方がうまい。

 穴堀りや土こねなど単純な作業を具体的に指示し、ホネイチも混乱することなく作業を進めている。


「すごいな、こんなに大きな窯を造るのか?」


 俺は炭焼き窯だという盛られた土の大きさに驚いた。

 高さはないが、幅はちょっとした小屋のようなサイズだからだ。


「いいや、これは外周だけさ。熱を閉じ込めるために分厚く土を盛る必要があるからね。あとは、ここからこんな感じで煙突を作るよ」


 ナイヨがいうには始めに木枠のようなものを作り、それに土を被せ突き固めて窯を造るのだそうだ。


「木枠なら燃やせるからね、それを取り除いたら本番さ。薪を並べて焼くわけだよ」

「なるほど、しっかり固めたあとなら支えの木枠を焼いても問題ないわけか」


 この土を突いて固める技術はドワーフの好むところだ。

 バーンに聞いた話ではベッドも石のように固めた土で、寝ると体が痛くなるとぼやいていた。


「里長さんに手つだってもらうなんて悪いね。力が強いから助かるよ」

「いや、気にするな。それより、この土を固めるのは大変だな」


 俺もホネイチを手伝い、こんもりと盛られた土を叩いていく。

 はじめは大きな手杵で突き固め、徐々に軽く小さなものに変えていくらしい。


「そうだねえ、3人がかりなら交代しながら4日……いや、ホネイチが休まず叩いてくれるから3日くらいで固め終わるはずさ――その前に雨を防ぐ屋根もいるか」

「おいおい、そんなに固めるのか。今でもカチカチに見えるんだけどな」


 固くなった土はナイヨにいわせれば「まだまだ」らしい。

 休み休み、叩いていく。


 そして3日目の朝には信じられないくらいなめらかな手触りの窯が生まれていた。

 まるで川原の石のようにすべすべしている。


「これで中の木枠を燃やしてしまえば完成さ。次からは窯に薪を並べて炭にできるよ」


 ナイヨは火口から中に入り、木枠を燃やすための薪を積み上げた。

 火口も窯の中も高さが低いが、ドワーフであるナイヨには苦にもならないらしい。


「本当はね、火口に蓋をして炎の熱を閉じ込める。だけど今回は木枠を焼くだけだから火口は開けたままだよ」


 ナイヨが火をともすと、勢いよく薪は燃え上がる。

 しばし見守るとボフッボフッと凄い音をたてて窯の煙突から煙が吹き出した。

 まるで製炭の始まりを告げる狼煙のようだ。


 その煙を見上げるホネイチは、心なしか誇らしげに見えた。




■■■■



製炭


製炭の歴史は古く、人類は新石器時代あたりから炭をつかっていたようだ。

かつての日本でも木炭が家庭の主なエネルギー源であり、全国で生産されていた。

しかし、1970年代ごろから急速に需要を失い、今では備長炭や岩手切炭などのブランド炭くらいしか生産されていない。

木伐り3年、窯作り10年、炭焼き一生ともいわれる奥深い仕事とされる。

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