19話 森イモ
ウシカを拠点に招くにあたり、古い家は壊してしまうことにした。
ここから拠点まで俺たちは何度も行き来しており、自然に道ができているからだ。
空き家で注意を引いて拠点に招かれざる客を呼び寄せたくはない。
「リザードマンは同族で争うこともあるが、狩の対象にはしない。現れたら我が姿を見せれば大丈夫だろう」
ウシカはそういってくれるが、やってくるのがリザードマンと決めつけるわけにもいかない。
「いや、ちょうど薪小屋を作る予定があったし、いい機会だ。こいつを使うよ」
取り壊しといっても、そもそも木の支えに草や葉を重ねただけのものだ。
この人数でかかればあっという間に解体される。
「ウシカさん、迎え入れたからには遠慮はしないぞ。これを担いでくれ」
「すまない、礼をいう。我らはウシカと呼び捨ててほしい」
こき使われるのに礼をいうとは律儀なやつである。
さすがに懐妊中の女ウシカには無理だが、こうして同じ作業をすればエルフたちと馴染むのも早いだろう。
「排水溝と火を焚いてた穴は仕方ないな。さすがに埋めるのはめんどくさいし」
「穴はそのままにして、そのうち木の種を植えましょうか」
コナンの提案により、穴はそのまま。
そのうち果樹でも植えることにしよう。
移動中、ウシカは何度もつまずき、ふらついている。
全く見えないわけではないようだが、かなり目は悪いようだ。
「アシュリン、少し歩みをゆるめてくれ。身重の女ウシカが転んでは一大事だ」
「そ、そうだなっ。すまない」
アシュリンは振り返り、女ウシカを気づかうように速度をゆるめた。
なぜか「ベルクはやさしいな」などと、こちらをチラチラ見ながら喜んでいるが、よくわからん。
「アシュリンはな、オヌシが身重の女を気づかったのが嬉しかったのだ」
スケサンが小言で教えてくれたが、俺にはわからない。
他の妊婦を気づかってなぜアシュリンが喜ぶのか。
「女はな、他の女の扱いをみて男の気立てを測るのだ。気を引こうとして他の女に冷たくすると『自分も冷たくされるかもしれぬ』と疑うものだ。それでよい」
俺は『ウシカがつらそうだから歩みをゆるめろ』と指示するのを避けただけだ。
弱さを見せては夫としての面目が立たぬと思い、身重の女ウシカを口実にしたのである。
それがアシュリンの意にかなうとは不思議な話だ。
「スケサンは物知りだな」
「なあに、長生きするとはこういうことだ。オヌシもいずれはこうなる」
俺は「そんなものかな」と苦笑いだ。
まさか骨に女性についてレクチャーされる日がくるとは思わなかった。
(考えてみたら、スケサンてなんなんだろう?)
今では自然に受け入れているが、本当に謎の存在だ。
退屈しのぎと成り行きで俺といるわけだが、いつまでこうしているのだろうか。
(ま、考えても仕方ないな)
俺はおかしな考えを捨てた。
考えても分からないことは悩むだけ無駄だ。
そうこうしてるうちに拠点にたどり着いた。
「ウシカ、ここが俺たちの家だ。低いが柵があるから、出入りには気をつけてくれ」
「承知した。出入り口の位置を覚えねばな」
目が悪いウシカのために目立つ色に塗装するなど工夫があってもいいかもしれない。
「目立つように出入り口を炭で黒く塗るか?」
「それはいいんすけど……家を増やすまで作業場で寝てもらうのもなあ」
バーンが「ほら、妊婦さんだし」といいづらそうにする。
さすがに新入りのために家を明け渡して我慢しろとはいえないし、バーンもそのつもりはないのだろう。
「アシュリンと俺が一緒の小屋で寝るのはどうだろうか? そうすれば――」
「そ、そ、そうだなっ! ふ、夫婦だしっ!」
いまでもアシュリンが夜中に来て、ことが済めば朝まで寝ているのだ。
なにを今さらとは思うが、アシュリンは大照れである。
「ふむ、別居なのはベルクの国の風習かなにかだと思っていたが、そうでもなさそうだな」
「ええ。アシュリン様がうじうじ悩んでましたからね」
スケサンとコナンが明らかに聞こえるように嫌味を口にした。
俺だって母親以外の女性と暮らしたことなんかないし、しょうがないだろ。
話を聞けばウシカたちはベッドを使わず、干し草などで眠るそうだ。
アシュリンのベッドを俺の小屋に運び入れて引っ越しは完了。
ベッドの高さが違うので離して置いたらアシュリンは不満だったようだが……そのうちベッドのサイズを大きくすべきかもしれない。
「あとは……そうだな。ここでは特に掟があるわけではないが、基本的に相手が嫌がることはダメだ。あとは木を切ったら種を植えるくらいかな?」
俺はウシカにここの掟を教えようとしたが、あまりにもルールがなさすぎた。
ここにウシカたちの風習も加わるのかもしれない。
「なにからなにまですまぬ。この厚意に応える術はないが感謝する」
「もう仲間だ、気にするなよ。子供が産まれたら大きな家を作ろうか」
ウシカはじっとなにかを考えていたが、意を決したように1つイモを取り出した。
「約束だ、イモを育てる方法を伝えたい。そして我はベルクどのを見損なっていたようだ。許せ」
彼がいうには、まずイモの栽培法を教えるように強制されるか、下手をすればイモを取り上げられて殺されるまで考えていたようだ。
「これほど厚く受け入れられては自らの邪推を恥じ入るばかりだ」
「当然の用心だろ? 気にしないさ」
俺がウシカにいわれたことを返すと、なにが面白いのかスケサンが笑いだした。
「うむうむ、両者共にいさぎよい爽やかな態度ではないか。バーン、コナン、オヌシらはどう見たか?」
スケサンがバーンとコナンに水を向けると、2人はばつの悪そうな表情を見せる。
元々、彼らはリザードマンに対してわだかまりがあったのだ。
俺とアシュリンが強引に決めてしまったが、彼らは納得をしたわけではなかったのだろう。
スケサンはそれを見抜いていたらしい。
「まあ、悪い人じゃなさそうなのはわかってよかったすよ。なあ?」
「……そうだな。思ったよりずっと理知的だ」
彼らもいきなり胸襟を開くとはいかないだろうが、それなりに感じるところはあったようだ。
「スケサン、気を使わせたな」
「なあに、気にするな。私も森の農耕には興味があるのだ」
スケサンがにやりと笑う。
少し偽悪的な物言いにエルフ達が笑い声を上げた。
彼らのなかにスケサンの人のよさを疑うものはいない。
俺も含め、皆が少なからず世話になっているのだ。
「まずは食事にするか。歓迎会とはいかないけどな」
「ふむ、ならばイモを使ってほしい。栽培法の説明にもなる」
ウシカはイモの形を確認しながら切り分ける。
そして、芽が出ている部分のみを残し、少しだけ水を張った器に置いた。
「これは……?」
「こうして芽の部分を水に浸けておけば芽が伸び、根が生える。それを土に埋め返すのだ」
その説明に皆が興味津々である。
エルフは完全な狩猟採集生活だ。
単純に珍しいということもあるだろう。
「埋めるのはどこでもいいのか?」
「いや、黒い土を好むようだ。埋めて4ヶ月でこの大きさになる。季節がよければ育った芽からツタが伸び、実も収穫できるだろう」
ウシカの説明によると、イモはあるていどの間隔を空けて植えるそうだ。
次は農地を作ることになるだろう。
■■■■
森イモ
森で自生しているイモ。
さまざまな種族が食用としている。
滋養強壮に効果があるとされ、人里ではなかなか手に入らない薬扱いをされることもあるようだ。
育った芽からはツルが伸び、ムカゴと呼ばれるわき芽が成る。
ウシカは実だと勘違いしているが、これは栄養繁殖器官であり、植えればそのまま森イモとなる。
ムカゴの味はイモに近い。
また、森イモの若い茎はアク抜きをすれば食用になる。
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