20話 開墾のスタート
森イモは不思議な食べ物だ。
ネットリとした食感があり、焼くだけでもかなりうまい。
さらに滋養強壮に利くといわれ、元々はウシカも目のために食べ始めたのが栽培への一歩だったようだ。
「それで奥さんが懐妊したんだから強壮効果は本物だな」
「そうだな。だが窮地を招いたのだから痛し痒しだ」
生真面目なウシカは俺の冗談が通じていないのか、微妙な反応だ。
翌日から畑を作るために木を切り始めたのだが、これが手間がかかる。
俺、ウシカ、コナンの3人がかりで切り株の根の回りを掘り進めるのだが、全く抜ける様子がない。
木を抜くことがここまで重労働だとは思わなかった。
「これは……かなりの手間だな。正直あなどっていた」
「はあ、はあ、本当ですね。これはちょっとキツい」
あまりの苦行にコナンも根を上げた。
もともとエルフはあまり伐根をしないらしい。
里の拡張期には行ったようだが、当時のコナンは幼く眺めていただけのようだ。
「この根は深く、手強いな。太い根は切らねばならないだろう」
「そうか。石斧を用意しよう。少し休んでいてくれ」
作り始めた畑は拠点のすぐ隣だ。
俺が作業場に石斧をとりに行くとスケサンと女ウシカがいた。
妊婦の女ウシカを1人にするのも不安だったのでスケサンがついていたのだ。
本来ならばウシカと女ウシカを留守番にしたかったのだが、ウシカが伐根に志願したためスケサンが留守番をしている。
彼らは
さすがにリザードマンとはいえ人妻と2人で留守番するのにコナンやバーンでは具合が悪い。
ちなみに女手のアシュリンはバーンと狩にでかけた。
こちらはまあ、浮気の心配はないだろう。
「ふむ、なかなか手強そうだな」
「ああ、ウシカはリザードマンの里で女ウシカと2人で伐根をし、畑を作ったと聞いたが恐れ入る。男3人でもヒイヒイいってるよ」
ほど近い場所での作業はスケサンからも見えたらしい。
女ウシカが恐縮しているが、俺たちと馴染んでいないことを差し引いても彼女はとても慎ましやかだ。
実直なウシカと貞淑な妻は似合いの夫婦なのだろう。
(俺とアシュリンって、どう見えてるんだろうな?)
少し気になったが、わざわざ作業中の人妻に相談することでもないだろう。
俺は石斧を持って切り株に戻った。
「なんだ、休憩くらいしてくれよ。俺がサボったみたいじゃないか」
切り株に戻ると2人はまだ根を掘り進めていた。
穴はかなり深く、根はかなりのところまでむき出しになっている。
今は三本の太い根が宙に浮かんだ切り株を支えている状態だ。
「あ、すいません。なんだかキリのいいところがなくて」
「はは、たしかにこいつを片付けなきゃキリがつかないよな。ちょっと押してみるか」
俺はウシカにも声をかけ、全力で切り株を押した。
地面に食い込んだ根はバキバキミシミシと悲鳴をあげるが、抜けることはない。
「ぷはっ、ダメだな。やはり根を切ろう」
そこからはまた、地味な作業だ。
水を多く吸った根は硬く、石斧を容易に弾く。
根気のいる作業になった。
「根の下で火を焚くのはどうだ?」
「うーん、これだけ水を含んでいては厳しいですね」
かなり時間をかけて一本の根を切った時には、2人はかなりの部分まで残りの根を掘り出していた。
「これならいけそうだな。ふんっ、ぐぬぬ」
再度のチャレンジ、支えが減った切り株はねじれるように動き、そのうちに地から切り離された。
「ぶはっ、やっと1本か」
「ああ、この辺りの木を伐り、植えつけが終われば反対側の森も少し拓きたい。古老から森イモは旅を好むと教えられた。交互に畑を移し、イモを植えるのだ」
俺はウシカの言葉を聞き「うえっ、キリがないな」と舌を出した。
畑を2面つくり、交互に芋を植えるらしい。
「大丈夫だ。こちらが終われば4ヶ月の間があるのだ。時間はある」
「なるほどね、励みになるよ」
切り株を穴から取り出し、振り返るとかなり大きな穴が空いていた。
ウシカいわく、この穴に黒い土を埋めれば芋がよく育つそうだ。
その時、ポツリポツリと雨が降り始めた。
「雨季が始まる」
「そうですね、これは雨季の雨だ」
ウシカとコナンが空を見て声を呟いた。
俺には全く分からないが、雨に違いがあるようだ。
(……雨季ね、どうなることやら)
俺は先日の長雨を思いだし、ため息をつく。
担いだ切り株はずっしりと重たかった。
☆★☆☆
その夜。
「ふうむ、それは連作障害だ。小麦などでも見られるが、同じ土地で続けて作物を育てると地が痩せ病を発するともいわれている」
「そうか、我らの言い伝えには理があるのだな」
スケサンとウシカがイモの作付けについて意見を交わしている。
ウシカの話によると、リザードマンは採取したイモを少し残し、植え直す半栽培を古くから営んできたようだ。
完全な畑をはじめたのはウシカのようだが、ノウハウの蓄積はあったようである。
女ウシカは目の利かないウシカのそばで甲斐甲斐しく助けているようだ。
リザードマンの女性はこうなのであろうか。
夫に尽くすタイプのようだ。
「切った木を割りたい。明日手伝ってくれ」
「わかったよ。でも先に薪小屋を作る必要があるんじゃないの?」
火を挟んだ向かいではコナンとバーンが雨季の備えを相談しているようだ。
「こんなに擦り傷を作って……こ、この葉っぱは化膿どめになるから」
「ああ、すまんな。助かるよ」
俺はといえば、アシュリンに世話を焼かれている。
彼女は女ウシカに刺激されたのか、妙に俺の世話をしたがるのだ。
薬草らしき葉っぱを噛みしだき、木の根を押したときについた擦り傷に塗り込んでくれている。
「痛いか?」
「いいや、もう大丈夫だ」
これだけのやり取りでうっとりと笑っているのだが……ちょっと面倒くさい。
(それにしても、増えたなあ)
始まりは俺1人だった。
しかし、いまはこうして人が集まり賑やかにしている。
(故郷を捨てた俺に、こんな日が来るとはな)
俺は人の縁の不思議さを感じ、ここに集まった皆に感謝をした。
■■■■
名もなき集落
ふらりと現れた鬼人が作った集落。
まだ磨製石器と毛皮ていどの技術力。
製陶や皮なめしの技術に加え、農耕が始まった。
狩猟に頼る食料事情はやや不安定だが、十分。
ただし、塩は備蓄を消費するだけのようだ。
現在の戸数は4。
鬼人 1人
謎の骨 1人
エルフ 3人
リザードマン2人
合計7人
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