第317話 イルモート討伐戦④ ベリアの誇り

 ベリア、どうしたというのだ。

 せっかく我が戦斧を与えたというのに、なぜイルモートと戦わない。

 このままではお主の体が壊れてしまうのだぞ?

 このイルモートは我やラシャプといった神々の力さえ超えておる。

 それだけに攻撃を受け続けて立っているのも奇跡というものだ。


 それに助けに来た部下共をなぜ逃がすのだ?

 人の力が集団の力だということは、今の我は知っておる。

 友を取り返さんと向かってきた若者らのように、

 我が子を助けようと命を捨てた父親達のようにな。


 今さら一人で立ち向かってどうするつもりだ。

 さぁ、戦斧を振り下ろすのだ。


 ……何? 人を待っているのだと?

 あぁ、あのメルカルトが精神の内に棲んでいるフェルネスのことだな。

 確かに神の庇護を受けているお主らが挑めば万に一つの勝機もあろう。

 

 おお、ようやく待ち人が来たようだぞ。

 息を切らして駆け付けるとはいじらしいではないか。

 よし、イルモートの中には憎きバルアダンもいる。

 さぁ、戦斧を振り下ろすのだ。


 どうした、なぜ戦わぬ。

 あのフェルネスはお主の部下であったのだろう?

 戦わねば、奴は壊れてしまうのだぞ。

 人は絆を大事にするのであろう?


 まったく、何を考えておるのだ。

 人というものがようやく理解できそうだと思っていたのに、

 また分からなくなってしまった。


 ベリア、どうしたというのだ。

 傷だらけの体で、なぜそんなに笑う?

 フェルネスの強さが愉快だというのか?

 お主の魂から湧き出でるこの感情は、何といえばいいのだろう。


 ……誇り?

 この感情が人の誇りなのか?

 全てを力でねじ伏せる我の誇りとは違うものだな。


 ……お主の精神に過去の記憶が浮かび上がってきおった。

 なるほど、興味深いものだな。

 メルカルトの奴が精神の内に潜むのも分かるような気がする。

 眠って過ごした我はなんともったいないことをしたものか。


 ……ほう、これはお主がフェルネスを騎士団に入れた時の記憶だな。

 弱者を一方的に叩きのめしておいて、なぜ笑っておるのだ。

 反抗し、隙あらば倒そうとする相手をなぜ愉快気に受け入れているのだ。

 ほれ、またお主の勝利だ。相手は泣きべそをかいて惨めなことよ。

 

 ……少し時間がたったようだな。

 フェルネスも騎士らしくなったではないか。

 上官として厳しいことを言っているようだが、顔は笑っておるぞ。

 奴と共に戦うのがそれほど楽しかったのだな。


 ……おや、お主でも落ち込むことがあるのか。

 フェルネスをかばって足を失うとは、存外に甘い奴だ。

 部屋に酒瓶が散らばっているな。

 己の未熟を酒で逃げるとは浅ましいものよ。

 いや違うな、奴が自分のせいだと気に病んでいることが辛いのか。


 ……ベリアよ、人は弱いものだな。

 あの記憶以来、お主は自信を失ったのだ。

 部下ごときを気にして強さを求めるようになったのだ。 

 義足となっても自身はクルケアン最強であると見せつけたかったのだ。


 ……挙句の果てにバルアダンに敗北をするのだから世話はない。

 しかし不思議なものだな。

 お主は負けたはずなのに、なぜかすがすがしい表情をしておるぞ。

 我ならば怒りで国の一つも滅ぼすほどだが。


 ……ほう、奴はハドルメにも、クルケアンにも反逆をしておったか。

 道理でラシャプが気に入るはずだ。

 もしかすると我らに一番近い人間かもしれんな。

 

 ……なのにお主はまたフェルネスを打ち負かし、人の側に引き寄せおったな。

 しかし奴の人生にも同情するぞ。

 節目という時にお主という存在が邪魔をするのだから。

 それに今度ばかりは奴に怒りを見せているではないか。

 所詮、人も獣の本性には抗えないのだ。


 怒り?

 確かにこれは怒りの感情だ。

 だが憎しみがないのはなぜだ?

 悲しんで怒る獣なぞ見たこともないわ。


 ふむ、長話をしすぎたか。

 どうやら血だらけのお主と話している時間はもうないようだ。

 フェルネスを見るばかりでなく、いい加減に戦うがよい。

 さぁ、戦斧を振り下ろすのだ。


 ベリアよ、分かったぞ。

 お主はもう戦斧を振り下ろす力もないのだな。

 このダゴンに止めを刺したほどのお主だ。

 これまでも激しい戦いで傷ついていたのだろう。


 ベリア、どうしたというのだ!

 その軋んだ魂を、傷ついた体を引きずってなぜフェルネスの前に立つ?

 お主をかばい続けて倒れた奴を助けようというのか?


 ベリア、どうしたというのだ。

 なぜ笑っているのだ。

 なぜ喜んでいるのだ。


 お主、我に自慢しているのか?

 強く成長した部下を、そして導いてきた自分を誇っておるのか。

 人の誇りとは奇妙なものだ。

 思えばあの父親達もそうであったな。


 ……父親?


 そうだベリア、我は知っておるぞ。

 それは父親の誇りというものだろう。

 やはり人というのは不思議なものだ。

 血の繋がりがなくとも家族を作るのだから。


 ベリアよ、ならばその誇りを我に見せてみろ。

 さぁ、戦斧を振り下ろすのだ。


 


 ……ベリアよ、まだ我の声が聞こえているか?

 そうか、もういいのだな。

 眠るがいい、人の勇者よ、そして強き父親よ。

 お主は確かに世界最強の神に勝利したのだ。

 振り下ろした戦斧の一撃のみをもってな。



 クルケアン百層の大廊下において、イルモートは左腕と左足を失った。流れ出る血は下層の魔獣石に滴り落ち、魔獣へと変化させていく。都市の半分が崩れ落ちるように陥落し、無事なのは時計塔と薬草園などの外縁部の新しい建築物、そしてクルケアンを囲むようにつくられた水路のみであった。だが、都市の機能はもはや果たせていないとはいえ、北壁とその上にそびえたつ中層以上の建築物はいまだ健在である。

 その廃墟の中をイルモートは爪と牙を壁に突き立ててよじ登っていく。しかし、オシールらハドルメ騎士団と魔人達は生まれたわずかな時間を最大限に利用し、二百五十層の元老院の議場にて陣形を整え、最後の戦いの準備をまさに終えようとしていた。

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