神殺しの階段

第200話 雄牛の封蝋③ エルシードからバァルへ

〈エリシェ、ギルアド城の私室にて手紙を書きながら〉


 兄様、わたしがイルモートの波動を感じて目覚めた時、外宮の精神を以って広寒宮にいるはずの兄様と連絡をしようとしたのですが、叶いませんでした。兄様は何処へいるのでしょうか。


 あの時、兄様が魔人の軍勢と戦う直前に、わたしはサラ導師に導かれ時を超えました。勇敢な友人達とは離れ離れになってしまい、今の世に辿り着いたのです。

 

 肉体を持たず、精神と魂だけが時を超えたイルモートはこの時代で人の赤子として誕生することになりました。兄様と戦い、戦争を引き起こしたことを後悔していたイルモートにとって、やり直すことは彼の望みでもありました。


 海の底の神殿でイルモートの復活を待っていた時、ついに彼の波動を感じたのです。従者のアッタルがわたしを目覚めさせてくれました。人としてイルモートと共にクルケアン神殿で暮らし、成長する日々はとても穏やかで美しいものでした。そして、ふふっ、嬉しい事にアッタルも人として生きているのですよ。


 勿論、イルモートは元気です。もうイルモートとしての記憶はありませんが、変わらずわたしの手を取って野原を走り回り、シロナズリの花冠を作ってくれました。力はまだ残っていますが、それを正しい方向に用いるべく努力しています。


 そうそう、あのイルモートがやっとわたしに愛をささやいてくれたのですよ。ナンナ様が唄うような、月の光の下で、というようにはいきませんでしたが。多くの人がわたし達を祝福してくれました。

 それは神が人に与える祝福よりも、とても温かく、優しい祝福でした。なぜならこれまで過ごしてきた中で一番嬉しかったのです。……人と共に生きてきてよかった。


 驚いたことに、兄様が世界に顕現した時とそっくりな人がこの世に現れました。兄様も人として生きてくださるのかと、一瞬喜びましたが、残念ながら魂の色は別でありました。

 でも兄様の祝福をその身に宿し、イルモートと共に行動しているのを見ると在るべき姿の様で嬉しく思います。

 ……いや、それは嘘です。兄様がいないことを寂しく思います。欲深いわたしは更に幸せを望むのです。この幸せな地上で三人一緒に笑っていられたら、と。せめて兄様にわたし達のことは心配しないでと伝えたい。


 いつか、兄様がわたしの想いを知ってくれるよう、わたしとイルモート、そして兄様だけが開くことのできる雄牛の封蝋を施した手紙を書いています。イルモートが転生しても、わたしが神の力を失っても、兄様が人として生まれ変わっても、魂さえあれば封蝋が解けてこれまでの私の想いが伝わるように。偉大な兄様を象徴する雄牛が私たちを導いてくれるはずです。


 そうそう、兄様に似ている人は近々、戴冠と婚姻の儀を挙げるそうです。なんでもわたしとイルモートを祝福してくれたハドルメの人々が婚姻の儀の用意をしてくれていたのですが、クルケアンの神殿長たる身では他国では都合が悪いということで、取りやめになったのです。少し残念ですが、楽しみが先に延びたと思って、イルモートと恋人との時間を楽しもうと思います。それで山積みとなった婚姻の道具をどうしようかと相談していた矢先、わたしの友人であるイスカ様が提案なさったのです。クルケアンとハドルメの和平のために、新たなる王の婚姻を皆で祝福しようと。

 その時のその王の狼狽ぶりは面白いものでした。友人の方がからかい、想い人の方は顔を朱に染めて固まってしまいました。風流を重んじるナンナ様ならきっと怒るような展開でしたが、こういうお祭り騒ぎも楽しいものでした。イルモートにはナンナ様流で婚姻を申し込んで欲しいですけどね。

 

 兄様、兄様がいないこと以外、全てが順調すぎて怖いくらいです。今後も楽しいことがたくさん続いていくでしょう。これから起きることを巻き手紙にしたためておきます。嬉しいことが多すぎて足りなくなるかもしれません。


 エルシードより

 いつの日か兄様がこの手紙を読むことを願って



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