第155話 賢者の死⑤ 神の意地

〈ガド、闘技場にて〉


「前衛、突撃」


 俺はシャマールを先頭とした前衛に突撃を指示した。俺達の中でシャマールが個としては一番実力が高い。バァルと切り結んでしばらくの時間を稼いでほしかった。彼に続く飛竜とラメド将軍達は、申し訳ないがいわば囮だ。神を突破して逆包囲なんてできるわけがない。


「バァル、先の借りを返しに来たぞ!」

「シャマール! よかろう、お主は我が剣の相手に相応しい」


 バァルとシャマール、神兵とラメド将軍がぶつかり合う。その両翼で槍騎兵が俺達を囲むように突出していった。


「イルモートは炎の壁を両翼に、ミキト、ゼノビアは俺と共に左翼へ、アッタルとシャンマはエルシードの護衛をしながら、前へ進め!」


 そして俺はガルディメルに目で合図を送る。この決闘の鍵をなるのが彼だった。


「サラ導師が決闘まで持ち込んでくれる。その後はどうバァルに勝つかだ」


 イルモートの私室で俺達は寛ぎながら作戦会議をしていた。ゼノビアとミキトはシャンマを抱えるようにして寝台の上に胡坐をかき、子供扱いされまいと逃げ出そうとするシャンマを押さえつけている。

 エルシードはアッタルの注意もあり、その中に混じりたい気持ちを抑えて、椅子に座っている。イルモートは戦いの前の緊張感を崩されて苦笑をしていた。


「ガド、君は勝つと簡単に言い切るが、戦神である彼の力は巨大だ。その一撃は空を割き、大地を穿てば亀裂が走る。彼一人でも僕達に勝利を得ることができるのだ。それをしないのは人にその責任を取らそうとしているに過ぎない。しかも広寒宮から神兵である鉄塔兵を連れてきている。勝ち目などない」

「あぁ、手加減をされた一撃でのされた俺にはよく分かる。決闘に持ち込むのはゲバルの兵を守るためだ。どうせ戦いが避けられないのであれば、犠牲は少ない方がいいだろう?」

「ガド、死ぬ気か? どうせバァルはその後でこちらの民を殺すのだ。ならば逃げた方がいい」

「だ、そうだ。どうする? ミキト、ゼノビア、シャンマ」

「ここで逃げても、次は神獣騎士団だしなぁ、選択肢があればよかったんだが」

「エルシードの助けをしないままで? 私は御免被るわ」

「ガド隊長についていきます!」

「だ、そうだ。すまないな、ガルディメル」

「ガド、君は怖くないのか、死というものが」

「死にたくない。当たり前だろ、だから生きるために考えるんだ。俺達の目標は勝つことじゃない。生き残ることだ」


 バァルに正面から勝とうとは思わない。神兵を抑え込み、時間を稼ぐ。夕日まで持ちこたえるかどうかが俺達の達成目標だった。


「バァル様に逆らう迷い人よ、身の程も知らず挑みかかるとはな。その愚かさを死して悔やむがよい」


 鉄塔兵と呼ばれる彼らが、その名を示すように、穂先だけでなくその柄も鉄である槍を構えて突撃してくる。その馬も人界の産ではなく、駆けていくその馬蹄は地面に大きく跡をつける。その馬から繰り出される槍の一撃は容易く俺達の命を奪うだろう。イルモートの炎の壁を突破して距離がたちまちに五アスク(約三十六メートル)まで狭まった。


「ミキト、ゼノビア、火槍マドファに弾を装填、狙い定め、三、二、一、発射!」


 イルモートとその民達に供与された武器は火槍マドファ短筒槍アルケビュス用にイルモートの力を込めた弾丸だった。


「ガド、こんな兵装でいいのか? 正直、神殺しの兵装もあるのだ。……バァルが言ったことは正しい。追い詰められたとはいえ、僕は神に挑む為の知識を民に与えてしまった」

「言っただろう、殺すのではなく、生き残るのだと。サラ導師は、全てを救うといったんだ」

「まったく、人を理解したつもりでいたが、かほどに欲張りとは」


 笑うイルモートにセトの面影を感じ、俺は少し表情を曇らせたらしい。察した彼が俺の肩を叩いく。


「生き残ったら君の友人の話を聞かせてくれ。……そうだ、こういう時、君の友人ならどういうんだい?」

「セトなら、こうするな」


 俺はイルモートとエルシードの肩を抱いた。


「そしてこう言うんだ。元気よく腹の底から、さぁ、行くぞ! ってな」

「隊長、私達を置いていかないでよ!」

「あぁゼノビア、シャンマ、あいつらの輪に突撃だ!」


 皆で輪になって肩を組む。置いてけぼりにされそうになったゼノビアが軽く俺の足を踏んだ。エルシードとイルモートが笑いながら、胸をそらして息を吸った。


「「さぁ、行くぞ!」」


 二人の掛け声に俺達も大声で応えた。


 イルモートの祝福を受けた火槍マドファが、炎と共に騎士へ向かっていく。もとより飛竜に装着していた火槍マドファは俺達では持ち運びできない。イルモートの炎壁で彼らを正面に誘導する必要があった。


 正面から炎の壁を突破した騎士に弾丸がその腿を貫いた。落馬したその騎士は怨嗟の声を上げて地に倒れた。心臓や馬に当たらなかったことを安心しつつ、残り二騎を注視する。一騎は火槍マドファの準備に時間がかかるとみて直進し、もう一騎は大回りでミキトとゼノビアの背後を取ろうとしていた。

 俺は正面の敵に向かって駆けだす。道すがら落馬した鉄塔兵の駿馬を勝手にもらい受け、駄賃に止血止めの包帯を投げる。自分の細身の槍を持って相手を見ると、馬の歩を緩め、品定めをするように俺を見ていた。


「鉄塔兵を落馬させ、更に包帯を投げつけるとは聞いたこともないわ。面白いヒトよ。だが、手加減はせぬぞ、我らはエルシード様を連れて戻らねばならぬのだ」

「勝手に来たんだ。勝手に帰ればいいのではないのか?」

「寒天宮にもいろいろあるのだ。ヒトよ。バァル様とエルシード様だけが我らの希望だ」

「こちらを巻き込まなければそれでいいんだが……。でもお互い手を引けないみたいだしな」


 老齢の鉄塔兵は頷いた後、鉄槍を握りしめた。槍の突き合いを望むのだろう。一撃で決めようなんて古風で生真面目な決闘だ。天界も色々な性格の住人がいるらしい。


 老槍兵の鉄槍と自分の衛士用の細身の槍、相手の甲冑と比べても明らかに不利だった。何とか馬首を巡らして相手と一直線になるように馬を御する。


「鉄塔兵のナハルだ。ヒトよ、お主の名は?」

「クルケアンの衛士にしてバルアダン中隊第二小隊長のガドだ」

「良い名だ。では始めるか」


 お互いが馬を数歩後退させる。呼吸を合わせるかのようにしばし互いを見つめた後、馬の腹を拍車で叩く。鐙に体重をのせ、相手に気づかれないよう片足を折り曲げて鞍に乗せる。距離が一気に縮まり、槍の穂先がぶつかる寸前に鞍を蹴りつけて飛び上がった。ナハルの槍が空を突く。


「何、尋常な立ち合いではないのか? 衛士としての誇りはないのか!」

「守り切ることが俺の衛士としての誇りだ。誰も殺させはしない」


 半回転しながら短筒槍アルケビュスをナハルの耳元で発射する。轟音を立ててナハルの鼓膜が破れ、耳から血を吹き出し落馬する。そしてその弾丸は、ミキトとゼノビアに槍を突き立てようとしたもう一つの鉄塔兵の背中に命中した。体制が崩れたその騎士にミキトが火槍を発射する。鉄槍ではじかれたその弾丸は勢いを減じて騎士の甲冑を穿った。敵兵に大量の血が流れていないのを見て安心する。


「ふう、あっちは何とかなったか。ナハル、意識はあるな?」

「あぁ、卑怯者と思ったが、仲間を助けるために身を投げ出したのか」 

「そうだ。貴方が言った通り俺は衛士だ。仲間の命が最優先だ」

「見事だ、ガド。さぁ、止めを刺すがいい。これは決闘だ」

「断る。俺の話を聴いていなかったのか。誰も殺させはしない、そういったんだ。ほれ、爺さん、負けを認めたのならあいつらを引き取って手当でもしてこい」


 ナハルがよろけながら起き上がり、俺の胸倉を掴んだ。


「止めを刺さねば己と仲間が死ぬぞ、甘い理想で大切な者を守れるか! そんなことではいつか痛い目にあうぞ」 

「もう、誰も殺させはしないんだ。守れなかった後悔を味わいたくはないんだ。だからこれが俺の戦い方だ。そう家族に誓ったんだ!」


 ナハルは驚いたように俺の顔を見て、掴んだ手を放した。代わりに鉄槍を掴み俺に持たせようとする。


「負けだ。その証にこれを持っていけ。お主の細身の槍では戦えぬ」

「こんな重い鉄槍、扱えるわけはないだろう。天界の住民と同じにしないでくれ」

「少しだが私の力を注いだ。しばらくは軽いだろう。戦利品だ……持っていけ」

「有難く受け取る。ミキト、ゼノビア、右翼の援護に行くぞ!」


 中央はシャマールによって持ちこたえている。しかし、バァルが本気を出す前に騎兵を叩かねばならない。俺はナハルの馬に乗ってミキトたちの許へ急いだ。

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