第123話 我が名を捨てて
〈戦士たち、イズレエル城とギルアドの城にて〉
「旅団の規模ですが、イズレエル城の兵の半分はクルケアンに戻さねばなりません。この城までの二つの砦はクルケアン本軍の管轄となるのでそこに兵力を割くとのことです」
サリーヌがラメドからの指示書を基に、各部隊の兵数を整理し、バルアダンと共に旅団編成作業に当たっている。
ハドルメとの会談を三日後に控えながら、バルアダンは急な旅団編成の任務に忙殺されていた。会談の時に隙のない編成を見せつけ、交渉を有利に運ぶために必要と命じられても、数字のみで編成ができるわけはない。傷病者、退役が近い者、士官の能力など総合的に判断するには時間がかかるのだ。
「無理をしないでバル、アナトさんが明日には神殿の文官を派遣してくれると約束してくれましたから」
二人の距離が縮まり、サリーヌは二人の時はバル、と呼ぶようになっていた。彼らはそれなりに充実した生活をしているのだが、ガドやウェルから見ればまだまだもどかしい。この忙しい時間に僅かでも敬愛する上官に休みを取ってほしいと色々と画策しているのだが、二人とも生真面目であり任務を第一に考えるため失敗が続いている。
サリーヌの試算では、バルアダン混成旅団の下に集まる戦力は騎兵一個連隊五百騎、歩兵二個連隊千人、弓兵三百人、砲兵百人、工兵百人、総兵数二千人となる。輜重兵のみはクルケアン管轄でイズレエル城への補給業務をこなす事になる。
「突貫力として、また連携のために飛竜が十体程必要だな、……父に願い出てみるか」
飛竜は百五十体ほどにその数を減らしている。そして敵対するハドルメは六百体近くいるのだ。辺境の砦に回す余裕はないはずだが、神獣騎士団と連携をとるためにも必ず確保せねばならない。
バルアダンはため息をつきながら手紙を書くために筆をとった時、扉を叩く音が聞こえた。サリーヌが対応し、リベカを連れて応接室に入った。
「バルアダン殿、貴方の小隊をお借りしてもよろしいでしょうか?」
「リベカ殿、明日の会談に関してですか?」
「ええ、ギルドとして国交を結ぶ場合は技術支援も視野に入れております。暫定国境線まで赴き、あの城の様子を直接観察したい。技術水準なども分かるでしょう」
「分かりました。会談の前に滅多なことは起きないと思いますが、私の中隊をお連れ下さい。サリーヌ、君に指揮を任せる。ガドと連携して一刻程、偵察をしてきてほしい」
サリーヌは少し逡巡したが、思い直して了承した。自分たちが偵察に行っている間、アナトに声を掛けてバルアダンに気晴らしをしてもらおうと考えたのだ。
「では部隊に召集をかけます。半刻後に部屋にお迎えに上がります」
「よろしくお願いするわ。ごめんね、お邪魔をしてしまって」
「い、いえ、どちらも任務に変わりありません」
イズレエル城の中央部の広場でアナトはニーナと共に騎士の訓練を指導していた。サリーヌは別組織の上官に直接声をかけることはせず、副官のニーナに伝言を頼んだ。
「バルアダン様と旅団編成に関する打合せですね。ええと、神獣騎士団との地上部隊との連携方法、と。では兄に伝えます。きっと喜んで行くことでしょう」
「ありがとうございます。半分、こちらも上官の気晴らしにと考えていました。ではニーナ神官、よろしくお願いします」
「……わかりました、サリーヌ小隊長。あ、あの、出来ればニーナと呼んでいただけますか?あ、いや、何でもありません」
「あぁ、良かった。ではニーナ、私の事はサリーヌと呼んでくださいね」
「……いいのですか?」
「きっと、いいんです」
サリーヌはハドルメの神官が現れた時、ニーナが、お爺ちゃん、と言葉に発したのを確かに聞いた。あれがレビの祖父代わりのヤムであるならば分からないでもないのだが、そうなるとニーナはレビの記憶を持っていることになる。魂の記憶が瞬間的に蘇ったのか、それとも彼女は最初から……。いや、それはどっちだっていいのだ。大切な二人が生きていて、自分が歩めなかった人生をレビがニーナとして過ごしてくれるのなら。だからこそ私はレビをニーナと呼ぼう。
「おぉ、ニーナ小隊長ではないか、何か任務はないのかね?」
「ザハグリム殿……。たった今、バルアダン中隊に任務が来ました。ガド小隊長に半刻後に北門の詰所まで部隊と馬を率いて来るように伝えてください。ハドルメとの暫定国境線への偵察です」
「ははっ、分かったとも。任せてくれたまえ!」
ザハグリムは覚えたての敬礼を嬉しそうにすると、駆け足でガドの下まで走っていた。
悪い人ではないのだ。上層という箱庭で暮らしたひずみが彼にはあるのだろう。自分もサリーヌとして機関に所属していた時は彼とは逆の意味でひずんでいたのだろう。できる限り助けてあげて、バルやアナトの力になって欲しかった。
「サリーヌ、馬の都合をつけておいた。俺の隊のゼノビアがリベカ様と同乗する。それを中央に配置して前衛が君の部隊で、後衛が俺のとこでいいな?」
「ありがとうガド、魔獣の生き残りが出た場合に備えてガド小隊は防御と逃走を念頭に置いておいて。敵はこちらが引きつけるわ」
「了解だ、では騎行に出発しますか」
「……偵察だからね、こちらからは手を出さないこと。ではリベカ様、小隊のゼノビアに案内をさせます」
その頃、ハドルメ国のギルアド城では、オシールとシャマール、そして南側に大きく迂回してたどり着いたアバカスがイズレエル城を眺めていた。
ギルアドの城は、魔獣の遺骸を、ヤムの月の祝福で城に変化させたものである。材料は魔獣の遺骸であり、触媒は魔獣の魂とその内にある過去のギルアドの城の記憶だった。よって城の作り自体は堅固だが設備が圧倒的に不足している。クルケアンと対抗するためにはまだ時間が必要だった。城の内部では五千人が居住し、この城だけは四百年前の往時の活気に満ちている。
「兄上、クルケアン側から偵察らしき騎士の一団が出てきました」
「ほう、あれはバルアダンの部下ではないか。サリーヌとか言ったな」
「それにギルド総長のリベカもいる」
「そうか、アバカス、お主の顔見知りか」
「あの老婦人が握る技術はクルケアンの至宝だ。恐らく今回の会談で一番我々が欲する人材だぞ?」
「俺はバルアダンとアナトが欲しいのだがな、さてシャマールよ」
「はい、兄上」
「魔獣を二体解き放つのだ。あくまでも偶然を装ってやつらに襲撃を掛けろ。バルアダンの部下の力を知りたいし、こちらもお主が出て魔獣を討ち、ついでに恩を売っておけ」
「了解しました。国境の内側に誘導して魔獣の遺骸は回収します」
「あぁ、ハドルメの民の魂を集めるためにもそうしてくれ」
ギルアド城の地下室からヤムの実験で合成された大型魔獣が解き放たれ、黒き大地を経由して国境線に向かっていった。
魔獣は大地を轟かせながら疾駆し、バルアダン中隊に涎でぬれた牙を向けたのであった。
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