第114話 稚気と老人

〈老人たち、車輪のギルドの工房にて〉


「で、どうだったのだ?敵の力は」


 ギデオン達がアバカスと戦った翌朝、車輪のギルドの工房で、カムディが部下に友人でもあり同志でもある老人達の治療をさせていた。


「まったく歳を考えんか。特にギデオン。六十を過ぎて冒険の真似事などするな」

「反省はする。だから次は勝つさ」

「……ヒルキヤ、数十年かけてこの男の性格を矯正しなかったのはお主の責任だぞ」

「成人後の教育は親でも友でも無理だ。少なくともここ十年近くはカムディも責任を分かち合わなければならんぞ?」


 カムディは二人とも軽口を言い合っている様子をみて安心した。偵察をしてくると言いだした時は呆れて開いた口がふさがらなかったのだ。やがて落ち着いたヒルキヤ達から報告を受けて、敵は思ったより厄介らしいと判断する。

 カムディは評議会に隠れて魔人に対する武器開発をこの十年間続けてきたのだ。職人は血よりも濃い絆で結ばれており、秘密が漏洩するはずもなかった。そしてその武器開発において外海からきたギデオンの知識は大いに役立っていた。いよいよその武器を使う時である、そうカムディは決心する。


「剣が通じぬか。ギデオン、亡きべリアなら勝てていたか?」

「そうだな、べリアのように人として武の頂点にいる者達なら抗しきれる。ただ、設計者オグドアドに対して我らクルケアンの者で戦えるのは、ヒルキヤの息子のラバンと孫のバルアダンくらいだろう、なぁ、ヒルキヤ」

「そうだな。特にバルアダンは別格だ。あのべリアよりも強いだろう。孫自慢ではないぞ?しかし、ラバンはこの十年ほど軍務から遠ざかっている。魔人相手には戦えん」


 ヒルキヤの息子ラバンへの過小評価を受けてギデオンは抗議する。


「おい、ラバンがこの十年、何もしていなかったと思うのか?」

「私のせいで追放となり、城外の農園で鋤や鍬を振るっているはずだが?」

「お主の血が流れておるのだ。鍬を振りながら南門の衛士に訓練をつけておる。衛士だけでなく騎士団からも上官のように慕われておるぞ。北伐の状況如何によっては軍務への復帰もあるはずだ」

「そうか、血は争えんな、だが嬉しく思うぞ。しかし動けぬ私に代わってよくラバンも見ていてくれたな。感謝する」

「あぁ、実はな儂とカムディの武器の実験にも付き合ってもらっている。両親の代わりに私が表で動きます、とのことだ。いっておくが強制はしていないぞ?」

「お前ほどあっけらかんと策謀をめぐらす者もおらんな。いいさ、あの子が選んだ人生だ」


 カムディは武器の試作品を指さし、ギデオンに指し示した。


「その実験のことだが、ギデオン、火槍マドファなら通じそうか?」

「衝撃は与えられる。だがまだ改良が必要だ。今のままでは三人で扱う小型の砲だ。これを一人で扱うようにせねばならん。発射まで時間もかかり、魔人の動きには合わせられん」

「やはりお主が提案した短筒槍アルケビュスか。お主が外海から持ってきた短筒槍アルケビュスの複製を何とか作れるようになったが、性能までは追いつけぬ。まったく外海の世界の武器が恐ろしい。海が静まれば攻められるのではないかと心配しておる」

「その可能性もある。あれから数十年、外海の国は軍事を恐ろしく発展させていよう。はやくこのクルケアンの内紛を鎮めねばならん。外海がずっと荒れていた方がいいというのは皮肉だな」

「カムディ、その複製した武器はどのくらいあるのだ?」

火槍マドファが十丁、短筒槍アルケビュスが五丁だ。修理・交換を考えても二個小隊分しかない」

「丁度いいさ、魔人に抗するには少数精鋭であるべきだ。しかしどの隊に配給する?」

「ラメドの奴に頼んでおいた。北伐にから帰った後、騎士団もしくは衛士を中隊規模で融通をつけろとな。その長にラバンを推しておいた。ラメドも快諾したよ。貴族への復帰は無理だが、中隊長ぐらいなら下層民でも問題はない」


 そういって手当の終わったギデオンは、そそくさと工房から出ていこうとする。


「おい、ギデオン、少しはおとなしくしないか!今度は何を企むつもりだ」

「支部長としてセトたちに打合せをしてくるのだ。家族と仕事と両立出来てるとは何と幸せなことだ。お主ら、老い先短い老人の邪魔をするものではないぞ」

「……なら仕方ない。ギルド長として許可しよう」

「あぁ、あと、少しだけ探索をしてくる」

「ギデオン!」


 ヒルキヤの咎めに、ギデオンは珍しく苦笑いで応えた。


「クルケアンの歴史を調べてくる。カムディ、アバカスはな、クルケアンの民の所為で妻と魔人化させられたのだ。ヒルキヤ、お主も同じ気持ちだと思うが、儂は今、魔人に哀れみを抱いておる。いずれは全面的に殺し合う運命にせよ、せめて真実は知っておきたいのだ」

「なら私もだ!私も行くぞギデオン!」

「膝の怪我が治ったらな。サラ導師にお主の膝の治療を依頼してくる。月の祝福で何とかなるはずだ。あの婆さんに会うのは怖いが仕方ない」

「分かった。すぐに合流する。それまで危険な真似はするなよ」

「勿論だ。儂を信用しろ」


 あきらめ顔のヒルキヤ達を見てギデオンは破願しながら小塔へ抜ける扉を開いた。孫のセトに会える嬉しさで彼の足取りは軽い。三十二層のアスタルトの家に工房に着くと上機嫌で玄関に飛び込んだ。


「セト、エル、爺ちゃんがきたぞ!」

「おや、朝っぱらから騒がしい。まったくお主はいつまでたっても子供よな」

「げぇ、サラ婆!」


 ギデオンはすぐさま後ろを振り返り、入ってきた時と同じ勢いで外に出ようとした。


「分別のある老人が逃げるんじゃない!お主にはいいたいことが山ほどあるのだ、ソディ、奴を扉から出すな!」

「かしこまりました。サラ導師」

「ソディ、お前裏切るのか……」

「いえ、車輪のギルドの利益のために最善の選択をしたまでです。ギデオン様はもう少し落ち着かれた方が良いかと」


 扉の前にソディとその両側にサルマとマルタが並び立つ。


「サルマとマルタまで! お主たちを自分の孫のように思っていたというのに」

「ギデオン様、本当のお孫さんが冷たい目で見てらっしゃいますよ」


 サルマの言葉に奥の通路を振り向いたギデオンはセトとエルシャの姿を確認する。その呆れ顔を見てギデオンは観念した。


「……それで、昨日の夜、魔人と一戦したというのか!歳を考えぬか愚か者めが!」


 ギデオンが肩を落として叱られている。気の毒に思ったのかマルタが紅茶とお菓子を差し出した。ギデオンはそれをほおばりながらぽつりぽつりとサラに報告を続ける。


「ねぇ、エル、何だか僕が怒られている気分になるんだ」

「セトが怒られているときとそっくりね。流石はメシュ家の血だわ」


「アバカスが魔人だと?」


 サラの叫びに一同が驚いた。工房にいたエラムとイグアルもサルマの知らせに驚いて駆け込んでくる。


「アバカスが、あんな気のいい奴までもがクルケアンの敵なのか!フェルネス然り、アバカス然り……」

「ギデオンさん、アバカスさんは僕たちに優しく接してくださいました。渾天儀シャマアストのギルドにも誘ってくれたほどです。教えてください!あの人がなぜ僕たちの敵なのかを!」


 ギデオンは一同に説明を始めた。アバカスは魔人としてその妻の魂と合成させられていること、そして遥か昔にハドルメの民をクルケアンがその犠牲として捧げていたことを告げた。ハドルメの民のその名を続けて聞くことになり、驚いたセト達は教皇との一件をギデオンに伝える。


「そして、サラ婆、ヤム導師のことを伝えに来た。あの男は恐らくハドルメの民の生き残りだ。またこれはソディの調べで分かったことだが、ヤムは設計者(オグドアド)の指導者だ。旧フェルネス隊とヤムとアバカス、それが組織の中心人物と判明した。しかし組織に属さない協力者は未だ分からん、そんなところかの、ソディ」

「はい、北伐へ行く前にアサグ機関からの情報提供を受けました」

「あのアサグからの情報か!フェルネスのこともある。神殿は設計者オグドアドと協力関係にあるがいずれは対立をするとみるべきか。恐らく対抗できる組織を増やしていきたいのだろう。……なるほど我らはそれに当てはまる」

「御慧眼の通りです。情報ではフェルネス隊の神殿への協力は二年程とのこと。その前後から設計者オグドアドと神殿は全面対立になるのでしょう」

「ニンスンの一件から師匠を疑ってはいたが、やはりそうか。貧民街の魔獣騒ぎでの死は偽装であって裏でクルケアンの破局のために動いていたに違いない」


 一同の話を聞いて、エラムは不安を感じていた。アバカスから勧誘を受けた組織はこの世界を揺るがすほどのものだったのか、そう気づいてサラにすがるように心中を吐露する。

 

「サラ導師、設計者オグドアドとはどういう集まりなのですか?前にアバカスさんに勧誘を受けたことがあります。……僕は利用されるのでしょうか」

「エラムよ、お主はシャヘルといい、アバカスといい、人を引き付ける力があるな。性格的に人を魅了するセトとエルとはまた違う。恐らくその生き方に共感する者が多いのだろう。アバカスが声を掛けたのはそういうことだ。……設計者オグドアドはなクルケアンを破壊し、最初から作り直すことを目指す集団だ」


 ギデオンはセトを覗き見た。孫が大好きなクルケアンが陰謀に巻き込まれているのに、いつになく平静なのだ。


「おや、セト、クルケアンを壊すと聞いて怒らないのかい?」

「昔なら怒ったよ。爺ちゃん。でもね、クルケアンの建築材料がハドルメの民が魔獣石化したものだと教皇様に聞いたんだ。……殺されかけたけどね。だから今はもしその人たちが安らかになるのならば破壊されてもいい。少なくとも僕の力が強くなって、印の祝福で多くの魔獣石を解放できるようになったらそうするつもりだなんだ」


 ギデオンは教皇がセトに危害を加えようとしたことを知ると、顔を真っ赤にして再び外に飛び出そうとした。恐らく教皇を殴ろうとしているのだと予想したソディがサルマとマルタに指示を出して進路をふさぎ、シェバが羽交い絞めにして椅子に座らせる。


 サラはその様子を呆れたように見ながら、ふとある考えに至った。


「恐らく神殿も設計者オグドアドもセトの力が満ちているのを待っているはずだ。しかし神殿と設計者オグドアドの目的は同じではないはずだ。やはり神殿を調べるしかないか」

「そうだ、サラ婆、車輪のギルドから正式にアスタルトの家に依頼する。費用も出す。クルケアンの真実の歴史を知るための調査だ。でなくば彼らと只の殺し合いだ。解決も何もない」

「そうだな、それがよかろう。エル! アスタルトの家はその調査を引き受けるか?」

「はい! 引き受けます。神殿長だったシャヘル様の望みでもあります。わたし達が真実を知らずしてどうしてクルケアンを変えていけましょう!」


 よろしい、サラは満足げに頷いた。


「評議会が終わり、北伐が終わったらその調査を開始しよう。遅くとも十日後には開始できるはずだ。セトとエルはギデオンと共にそのための手がかりを調査しておけ。シャヘルが守護者を派遣するといっていた、その言を信じるわけではないが、今の段階で手を出されることはないはずだし、安全のためにも、シャヘルの協力者が派遣された段階で本格的な調査を行う。また、エラム達は引き続き施薬院の仕事を行え。評議会への工事計画書の報告もせねばならん。あぁ、ギデオン、報告ご苦労だった。お主でもきちんと仕事はできるのだな」


 褒められて嬉しそうな顔をするギデオンだが、思い出したように叫び声をあげて席を立った。


「しまった、あと一つ依頼を忘れていた」

「やれやれ、褒めたばかりでこれとはな。いったい何だ」

「サラ婆、ヒルキヤの奴も怪我をしていたんだ。月の祝福で直してくれないか?」


 神殿や評議会に露見すれば大事になる一言をギデオンは漏らしてしまった。ソディが頭を抱え、サラは顔に血が上って罵倒する。セトはヒルキヤってバル兄の追放されたお爺ちゃんだよね、とエルに確認していた。


「この愚か者めが! ヒルキヤの件を大勢の前で口外することか!これだからお主には仕事を任せられんのだ!」


 ギデオンは再び肩を落とした。

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