第61話 友

〈バルアダン、作戦会議をしながら〉


 魔獣だけでなく、魔人も生み出していたことを知ったサラ導師は神殿の暴走を止めるべく関係者に招集をかけた。ダレト、レビ、セト、サリーヌだけでなくラメド校長、イグアル導師、タファト導師もここに集まったのだ。

 サラ導師が本気なのは魔獣工房と先日の魔人騒ぎ、そしてシャヘル神殿長の失踪もあり、手をこまねいているほど状況が神殿に有利になると考えたのだろう。


「施薬院の館を急襲し、誘拐された者を助ける。魔獣や魔人が出てきた時点で飛竜騎士団や軍を出動させ、神殿の陰謀を広く市民に示すのだ」


 だが、そのサラ導師は魔人との戦いで全身を強く打っており、痛みを耐えているようだ。イグアル導師が学び舎に留まり指揮に徹するよう説得するが、彼女は頑として聞かない。前元老プロ・ナギであり神官出身でもあるだけに、責任を感じているのだろう。ラメド校長がとりなして、彼女は前線で指揮を執るということで決着がついた。


「セトの観測で目的の館は北壁に面していることが分かった。私やサリーヌが魔力によって干渉し侵入路を作り侵入する。向こうもまさか壁を伝ってくるとは思うまい」


 先日まで寝たきりであったダレトが、サリーヌの魔力干渉について尋ねる。この男もまだ無理をしているらしく、すこし顔には汗が出ていた。


「サラ導師、サリーヌの魔力干渉はそれほどのもので?」

「あぁ、恐らくこの子は私と同じ月の祝福持ちだ。最近、自分の力が落ち込んでいるのでもしやと思ったが、これで納得した」

「そうですか、サリーヌが――」


 ダレトが考え込んでいるのは、妹に力があるのを嬉しく思う反面、希少な月の祝福者をめぐってクルケアンの上層部が干渉してくることを疎ましく思ったのだろう。サリーヌもダレトの考えを読んだらしく、全員の前に立ち、時折ダレトに視線を向けながら宣言する。


「アサグ機関を飛び出してきた、サラ導師の内弟子サリーヌです。月の祝福者としてこれから軍や神殿、評議会と渡り合う覚悟はできています。皆様もそのようにお知りおきください」


 その言葉を聞いたダレトは天井を見上げ、やがていつもの表情に戻った。恐らく説得を諦めたのだろう。もしかしたら、レビが過保護は良くないと、彼の足を踏みつけた事にもよるのだろうが。

 サリーヌは侵入路について図面を用いて経路を指し示していく、もし敵の反応が早ければ撤退し、セトの印の祝福で元通りに戻すとのことだった。ここに至り、セトを危険な目にあわすのかと私の方が考えてしまう。そんな私を窘めるようにレビが足を軽く踏む。


「バル様、ダレトと同じで悩まないの。サリーヌもセトも覚悟はできているんだから」

「分かったよ。いつまでもダレトのようには悩まないさ」

「おい、どうしていちいち俺の名を出す?」


 声が聞こえたダレトが軽くこちらを睨んだ時、サラ導師が咳払いをしてそれぞれの役割を説明し始めた。

 前衛は私とダレト、サリーヌ、レビが務め、誘拐された者の救出と場合によっては魔獣・魔人と戦闘をする。中衛はサラ導師とセトが務め、状況判断と外壁通路の確保、救出者の輸送を行う。後衛はイグアル導師、タファト導師、ガドで負傷者の治療や後方からの奇襲に備える。ラメド校長は頃合いを見計らい、軍や飛竜騎士団に通報し、彼らを率いて現場に急行する役目となった。

 決行までの時間も言い渡され、その間に慌ただしく準備を始める。セトは私と一緒に戦えるのが嬉しいらしく、隣に座ってあれこれと質問をし始めた。


「そんなに浮かれるものじゃない。いいか、命を第一に考えるんだぞ」

「うん、分かっているんだけど、僕も強くなりたいんだ。印の祝福についてはまだ分からないことだらけだけど、行動すれば何かを掴めるような気がして」

「……エルには伝えたのか?」


 セトの体が硬直する。この様子では伝えてないらしい。でもその気持ちも分かるのだ。セトが命をかけると知ったら、エルも必ずついてくるだろう。悪戯やかくれんぼとは違う戦闘の場に、彼女を巻き込みたくないのは私も同じだった。


「今朝、エルに何かあるんじゃないのって疑われたけれど誤魔化してきちゃった。帰ったら一緒に謝ってよね」

「あぁ、一緒に謝ろう。でもほっぺを抓られるだけで許してくれるかな」

「だよね。最近力もついてきたし、手加減ってものを知らないんだよ、エルは」


 さて、どうやって宥めればいいのかと、セトと二人で真剣に悩む。二人で言い訳を考えていた時、サラ導師が私とダレトを彼女の私室までくるよう呼び出したのだ。


「皆には言えなかったのだが、例の黒騎士が出てくるはずだ。お主らが勝てないのであれば誘拐者の救助は諦め、最初から襲撃に切り替える」

「彼らを見捨てると?」


 知らず、私の語気が強くなっていたらしい。だがその感情をサラ導師は正面から受け止めてくれる。


「その通りだ。だが私も悩んでいるのでな、お主らの意見が聞きたかった」

「私の意見など分かっているでしょう。ダレト、君はどうなんだ」

「勝つためには襲撃のみ、それは正しいと思う。こちらには月・太陽・水と希少な祝福者が揃っている。導師達の魔力で外から攻撃すれば館ごと破壊して終わりだ」

「だが、それは……」

「まぁ聞け。俺もサラ導師もできることなら救出したいんだ。悩んでいるのは、こちらにも犠牲者が出るという事だ。奇襲ならともかく救出をするには手がかかりすぎる。レビやガド、セトがいないと不可能だ。それに俺とお前は前線だ、守りたいとは思っていても実質は難しい」


 理想と現実の間で私達は揺れていた。堂々巡りする議論の中で私は一つの提案をする。結局、味方を増やし、数で挑むしかないのだ。


「フェルネス隊長に味方になってもらいましょう。サラ導師、これなら問題ないはずです」

「だが神殿が魔獣工房の件を、ただの不幸な事件として握り潰したのはクルケアンの支配者層がそれを黙認したという事だ。軍ですら魔人のことをある程度は承知のはず。果たして動くかな」


 サラ導師が考えるには騒ぎを大きくし、市民にその存在を知らしめて神殿と軍に圧力をかけることだった。シャムガル将軍が味方をしてくれているとはいえ、その部下には神殿と関係の深い者も多い。今回の騒動では駆け付けた末端の兵士に目撃をさせ、市民に噂を広めさせるのだという。ゆえに、ラメド様が軍と飛竜騎士団を連れてくるのは詰め所にいる兵士や巡回をしている騎士なのである。またその噂にクルケアンの英雄と誤解されている私を組み込んで尾ひれをつけるらしいが、市民の支持を背景にセト達の安全を保障させると言われれば頷くしかない。

 

「恐らく、飛竜騎士団の高官こそ神殿と繋がっている可能性がある。フェルネスを疑うわけではないが、万一のことを考えると危険だぞ」

「隊長に限ってそんなことは!」

「信じることと信じたいことは別だぞ。だが、魅力的な提案でもある。……奴は昔からイグアルやタファトの友人でもあるし、賭けてみるか」


 ラメド校長が使者として向かうこととなり、私はほっと安堵の息をついた。だがここで最初の課題が立ちはだかる。私とダレトが黒騎士に勝てるかどうかという事だ。


「それで、お主達は黒騎士に勝てるのかな。無謀と勇気は違うゆえ、勝算を聞かせるのだ」

「……少なくとも肋骨の数本は叩き折りました。万全の状態でない以上、ダレトと二人であれば次は勝ちます」


 私はダレトと顔合わせ、そう断言した。サラ導師が頷き、これで後は実行のみとなった。サラ導師の私室を辞し、露台バルコニーに降りた時、ふと北の黒き大地を見てしまう。いずれ北伐と称して魔獣の棲み処と言われるあの大地に進軍するはずだが、クルケアンはその時、どのような陣営となっているのだろう。魔人と魔獣を率いて進軍するのであれば、それは人と魔獣の戦いではなくなっているのだ。そして魔獣がいなくなったあと、残った力を神殿や軍はどう使うのだろうか。


「なぁ、ダレト。いったいどの集団が正しいんだろうな」

「おい、何か難しく考えていないか」


 ダレトは私の頭を小突いて、そのまま頭を揺さぶり始める。


「お前は真面目過ぎるんだ。神殿や軍の立場、いや出会う全ての人の立場でものを考えるから迷うんだ。いいか、誰のことも、誰の味方もしなくていい。自分のしたいようにしろ」

「それもそれで迷うんだが」

「仕方ない、なら俺やセトの味方でいろ。それならば当初の目論見通りで都合がいい」


 最初に出会った時、ダレトは仮面を被っていた。神殿に復讐するため、私とセトを利用しようとしていた彼は、今は笑って私を仲間にしようとしている。


「今も神殿に復讐をするつもりか?」

「……そうだな、神殿だけでなくクルケアンにはびこる悪い奴らを退治するっていうのに変更だ。まったく、お前やセトのせいで野望が大きくなったじゃないか。一人ではとてもできないから、責任を取れ」

「ひどい言いがかりだ。断固抗議するぞ」

「抗議は自由にどうぞ。横にいて聞いていなければ意味はないものだしな」

「残念なことに、いま君は横にいるのだが?」

「……抗議を開始するのはこの戦いが終わった後にしよう。逃げ足の速さを見せてやる」

「なら追いかけっこの天才であるセトとエルを巻き込むぞ? 逃げられると思うなよ」


 ダレトが顎に手を当てて考えているのは、真剣に逃げきる方法を考えているのだろう。

 ……だがおかしな話だ。最初は彼が私とセトを求めていたのに、今度は逆で追いかける方になるとは。だが、それでいい。色々と悩むよりも、この男が求める先を追いかけていればいいのだ。セトやエルのために、クルケアンの市民のために、そして私のためにも。

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