第31話 神様がしたいこと

〈セト、学び舎にて〉


 セトは自分を見ていた。目の前に友人達と楽しんでいる自分を見て思わず叫ぶ、みんな僕はここだよ、セトはここなんだ、と。だが、バルアダンもダレトも誰も気付かない。どうしようもないこの虚無感にとらわれて、セトはセトを見続ける。

 空気が一瞬張り詰め、セトは自分に逆に見つめられた。「彼」はセトに問いかける。


「セト、だめじゃないか。こんなにも隙を見せて。魂が抜けやすいんだから乗っ取られてしまうぞ」


 なぜみんな気付かないのか、セトは訝しんだ。「彼」が発した言葉を周囲の誰もが聞こえていないのだ。まるでこの瞬間は彼が存在していないかのように、皆は談笑している。

 その談笑の声が小さくなり、世界は闇につつまれ、セトと「彼」だけになる。


「封紙は受け取ってくれたかな。君だけでなく水色の瞳をしたあの子に渡してほしいんだ。今の僕では直接渡せない」

「あの雄牛の封蝋の手紙を書いたのは君なのか、君は一体誰だい? 僕を知っているのか?」

「知っている。あぁ、そして僕は君が嫌いだ。ヒトのすべては滅んでしまえばいい」

「なぜ?」

「ヒトが僕の家族を奪ったからさ」


 どうやら自分は彼の仇らしい、そして水色の瞳とはエルのことだろうか?セトはそう考えた。


「家族を奪った? 何か迷惑をかけたのか、それとも人違いかのどちらかだと思うけど」

「どちらでもない。……終局が始まる前に、彼女に封紙を渡したい。さぁ、あの手紙に君の魔力を流し込むんだ、そうすれば僕が直接この封紙を彼女に渡すことができる。さぁ、早く、ここの彼女がここに来るまでに!」


 ……魔力を与えていいのだろうか?雄牛の封蝋は神の力をもって何かを封じている印象を受ける。これを解放してしまったらなにか災厄がおきるのではないか、セトはそう考え躊躇した。


 その時、暗闇の世界にもかかわらず、人が近づいてくる気配がした。


「あ……」


  目の前に少女が現れた。彼女が歩いてきた軌跡は、青く光っている。また、彼女から発せられる光が結界のように闇を押しのけていった。そして彼女はまっすぐ「彼」の前に立った。


「あぁ、依り代とはいえ、本質はまるで変っていない!セト、また会おう。その時までに封紙に魔力を通してもらうぞ。それまで封紙は預けておく」


 現れた娘は「彼」に向かって手を伸ばす。

 瞬間、セトは頬に痛みを感じた。感覚が戻ったのだ。気が付くと自分は仲間に囲まれていた。


「セト? セトよね?」

「僕だよ! エル、い、痛い!」

「おっかしいなぁ。なんかセトが別人みたいだったので、夢じゃないかとつねってみたんだ」


 ひどい確認方法もあったものだと、セトは抗議する。セトは頬を引っ張られながら、先刻の「彼」は何者だろうか、また体を乗っ取られはしないかと考える。


「セト、やっぱりあなたおかしいわよ。つねられているのに考え事をしているなんて! 何かもっと強い衝撃を……」

「ま、まって、エルシャ、大丈夫、大丈夫だったら!」


 間一髪、エルシャの拳骨を回避したセトはバルアダンの背後に隠れて、抗議した。


「おやセト、昼過ぎに行っていた雄牛って、このことかい?」


 ダレトが手紙を発見した。セトは慌てて回収しようとするが、ダレトはそれを許さない。


「ん、セト、これはちょっと危険なものだ」

「危険なもの?」

「あぁ、手紙の中にも、封蝋にもそれぞれ別の魔力を感じる。手紙の魔力を封蝋で抑えている感じだ。どこで手に入れた?」

「実は、この手紙、掃除をしていた時に本棚の裏で拾ったんだ。てっきりサラ導師のものかた思ったんだけど、違ったみたいだ」

「預かるよ。僕が調べてみる」


 セトは厄介ごとをダレトに任せることができて安堵した。しかしダレトを危険な目に合わせないかと心配する。そんなセトの心情がわかったのか、ダレトは大丈夫、僕も無理はしないから、といって片目を閉じた。


「みんな、待たせたな」


 その時、エラムとトゥイが学び舎に到着した。


 レビの家となった学び舎に、セト、エルシャ、エラム、トゥイ、ガド、レビが揃った。エルシャが、やや興奮気味に皆に提案する。


「みんな、レビの部屋、すっごい広い! ねぇ、レビ。ここを時々アスタルトの家の集合場所にしてもいい?」

「いいわよエル。あたいもさみしくないし」


 みんな口々に賛同をするものの、ガドは静かに笑って佇んでいる。エルが心配して問いかけるが、首を振ってガドは応える。


「いいんじゃないかな、アスタルトの家の隠れ家みたいだ。ここでみんなと楽しく遊べるのはきっといいことだと思う。前に住んでいた人も、家が暗いままでは嫌だろうしね」

「変なガド、バル兄みたいな話し方だぁ!」

「そうそう、みんな夕食はとった?そろそろ観測しにいくわよ!」

「おお!」


 アスタルトの家の子供たちは、学び舎を出て、百層に向かう。


「浮遊床で下層の一番高いところまで行ってくる。夜は遅くなるので、帰りにここによって仮眠をとるよ」


 セトのその言葉に頷いて見送るバルアダンとダレト。二人は子供たちの姿が完全に見えなくなったあたりで、大人の相談を始めた。


「ダレト、その手紙は何だ、エルとセトの様子がおかしかったのはそのせいじゃないのか?」

「そうかもしれない。バル、この封蝋を見てくれ、これは始まりの力、神の使いを表す雄牛の神獣だ。まがいなりにも神の力を示して、封じるものはいったい何だ。僕だけでは限界があるので、サラ導師と相談してくる」

「わかった、先に百層の大廊下で待っている。そこで例の件の情報交換といこう」


 賢者ヤムの残した本のこと、魔獣のこと、神官アサグのこと、神殿長のこと、教皇の考え、など彼らが確認することは多い。弟分たちがのびのびと訓練生の生活をしている間、自分たちは情報を集めるのだと、そう気負っている二人がいた。

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