第254話 混沌の気配 re


 鳥籠〈スィダチ〉の入場ゲート付近には、旧文明の廃車や多脚車両ヴィードルが大量に放置されていた。鳥籠の玄関口が廃品置場ジャンクヤードのようになっているのは、森の民が何処からかガラクタをかき集めてきたからではなく、過去に壁の周囲を掘り返したさいに出土したからだと言われていた。


 核防護施設に避難するさいに、旧文明の人類が乗り捨てていったモノなのかもしれない。いずれにせよ、迷路のように入り組んだ廃車の間を駆け、蟲使いたちを強襲していく。


 蟲使いたちは襲撃者である自分たちが、まさか奇襲の対象になるとは考えていなかったのか、不意の攻撃になす術もなく射殺されていった。蟲使いの中には用心深く手強い者たちもいたが、多くの場合、彼らは談笑していて、その中には捕らえた女性を強姦しようとする者たちまでいた。


 本格的に降り出した雨の中、私は慎重に、けれど素早く行動し彼らを一掃していった。人質を盾にする蟲使いには〈自動追尾弾〉を撃ち込んで的確に処理し、向かってくる者には〈貫通弾〉を撃ち込んでグチャグチャにして周囲にいた者に恐怖を植えつけていく。人質を取るような卑劣な相手に慈悲は必要なかった。


 ちなみに捕らえられていたのは女子どもばかりではなかった。男たちも捕らえられていて、危うく死ぬまで強制労働させられるところだったと、彼らは一様に感謝したあと、口々に〈イアエー〉に感謝した。私が〈イアエー〉の使徒だと言い出す者もいたが、もちろん私は聖なる大樹の使徒でも何でもない。


 住人たちからの感謝もほどほどに受け取ると、入場ゲート付近で待機していたハクのもとに救出した住人たちを向かわせた。


 ひとりになるとワヒーラから受信している簡易地図ミニマップを開いて、周囲に武装した者たちがいないか確認する。ふと顔を上げて、遠くから聞こえてくる銃声に耳を澄ます。鳥籠の中心地からは、相変わらず断続的に銃声が聞こえてきていたが、その勢いは衰えていた。スィダチの居住区画で行われている戦闘も終わりに近づいているのだろう。


 短い警告音が内耳に聞こえると、鳥籠の中心地を離れてこちらに向かってくる武装集団の姿が地図に表示される。その集団の中に住人の反応は確認できなかった。戦闘に見切りをつけて撤退を始めた蟲使いたちなのだろう。


「それでも、逃がすわけにはいかないか……」

 そうつぶやくと、廃車が何台も積み上げられている場所に飛びのって、腹這いになってライフルを構えた。


『自動追尾弾を選択しました。攻撃目標を指示してください』

 弾薬を〈自動追尾弾〉に切り替えると、女性の声をした事務的な合成音声が内耳に聞こえる。しばらくすると、通りの向こうから蟲使いたちが姿を見せる。


 攻撃標的用のタグを貼り付けていると、何人かの蟲使いが私の存在に気がついて、こちらに向かって射撃を開始する。しかしほとんどの銃弾は見当違いの方向に飛んでいき、直撃すると思われた銃弾もシールドの膜にはじかれていく。


「この戦いかたに慣れるのは危険だな」

『どんな戦いかたのこと?』カグヤの声が内耳に聞こえた。


「シールドに頼る戦い方だよ」

『攻撃目標を確認。〈自動追尾弾〉の発射が可能になりました』


 合成音声を聞きながら標的を確認したあと、引き金を引いた。撃ち出された弾丸は無防備に走っていた蟲使いたちの身体からだを貫いていくが、ひとりだけ勘の鋭い男がいた。男は鋼鉄製の義手を犠牲にして致命傷を免れると、従えていたカマキリの変異体に指示を出しながら真直ぐ向かってくる。


「カグヤ」

 ライフルから手を離すと立ち上がる。

「あいつの足を止めてくれ」


『了解』

 走っていた男の異常な速度で、彼が特殊な義足を使用していることが分かった。インプラントの類を使用しているのならば、カグヤがシステムに侵入して動きを止められるはずだ。ホルスターからハンドガンを引き抜くと、翅を広げながら飛び掛かってきたカマキリを射殺し、それから男に銃口を向ける。


 走る速度が徐々に落ちてくると、男は不思議そうな表情を浮かべて立ち止まる。ホログラムの照準器が浮かび上がると、男に照準を合わせて引き金を引いた。甲高い銃声と共に撃ち出された弾丸は男の身体を完膚なきまでに破壊し、彼の息の根を止めた。


 人体改造で手に入れた頑丈な身体を持ち、痛みを感じない装置を使用していても、すべてを破壊する〈貫通弾〉の前では無意味だった。


 バラバラになって飛散する肉片を見ながら、地図を確認してカグヤにたずねる。

「これで終わりか?」

『うん。この区画に武装した人間の反応は残ってない。住人も全員救えたみたいだし、珍しく何のハプニングも起きないまま目的が達成できたね』


「毎回、こんな感じだったらいいんだけどな」

『そうだね』カグヤがクスクスと笑う。


 廃車の間を歩いていると、真っ黒な物体が多脚車両の錆びたフレームの奥に埋もれていることに気がついた。ツル植物の絡みついたフレームを退かすと、日の光を吸い込んでいるかのような、光を反射させるこのない表面塗装を持った黒色のコンテナが姿を見せる。


「これは輸送コンテナなのか?」

 首をかしげると、カグヤの声が聞こえる。

『ウェンディゴのコンテナに似た特性を持っているのかも』


「それが本当なら、貴重な遺物だ……どうしてそんな貴重なコンテナがこんな場所に?」

『それはね』赤髪の女性が姿を見せる。

『ちょっとした理由があるんだよ』


「理由?」白い軍服を着た女性にたずねる。

「マーシーはコレについて何か知っているのか?」


 拡張現実で投影されている女性は、〈母なる貝〉の管理者でもあるマーシーが自分自身を人間の姿で再現した女性だ。彼女はコンテナのそばまで歩いていくと、ずれた眼鏡の位置を直しながら言う。


『ずっと昔に――この辺りがまだ〈スィダチ〉になっていない頃のことだけど、ここで作業していた森の子供たちのために、物資を運んできてあげたことがあったんだよ。そのときに使用したコンテナを回収し忘れていたみたいだね』


「忘れていたって……」

 マーシーは照れくさそうに微笑む。

『物資もなくなっちゃって、コンテナを使用する機会もなくなったからね。だからそれは仕方ないと思うの』


 コンテナのひんやりとした黒い装甲に触れる。すると触れた箇所を中心にして装甲の表面が波打つように動くのが確認できた。


「まだ生きているみたいだな」

『日の光と熱でエネルギーが常時充電されているからだよ』と赤髪の女性は言う。

『それにこのコンテナは元々、輸送機で使用していたものだったんだよ』


「輸送機についているコンテナは?」

『あっちは兵員輸送専用のコンテナで、こっちは多目的コンテナ。だからウェンディゴのコンテナと同じで、〈空間拡張〉も使用できるはずだよ』


 コンテナの周囲にある廃車や多脚車両のフレームを退かしながら言う。

「いずれにしろ、驚くほど貴重な遺物だ。このコンテナも使っていいのか?」


『もちろん。輸送船にあるモノは、私を含めて、すべてキャプテンに使用権限が与えられている』

「そうか……それなら、この無意味な戦闘が終わったら〈スィダチ〉の族長に許可を貰ってコンテナを回収するか」


『許可?』マーシーが首をかしげる。

『許可なんて必要ないよ。これはキャプテンのものでしょ?』


「俺たちの社会には、旧文明に比べたら稚拙なものだけど、それでも色々と決まり事があるんだよ」

『面倒だね』


「そうでもないさ。決まり事があるから、この世界で人々はまだ秩序を持って生きていられる。廃墟に暮らすレイダーたちを見れば、いかにルールが大切なのかマーシーにも分かってもらえるはずだ」


『わかるよ。この森だって同じようなものだし。それならさ、ここに放置されている廃車の山も頂戴すれば?』


「鉄屑なんて貰ってどうするんだ?」

 彼女の言葉に思わず顔をしかめる。

『資源として再利用するんだよ』


「あぁ、そういうことか」と納得する。

「けど、それは大仕事になるから、簡単には決められないな」


『どうして?』

「リサイクルボックスがないから資源として再利用するためには、横浜の拠点に一度運んで、それから〈建設機械〉に放り込む必要があるんだ」


『うん?』

 女性が首をかしげる。すると彼女の綺麗な赤髪を伝って雨粒が滴り落ちる。彼女は現実にそこに存在していないから、本来なら雨に濡れることはなかった。だからその雨粒もリアルタイムに再現しているものなのだろう。


『それならさ、地下トンネルにある〈建設人形〉を使えばよくない?』

「地下に運ぶのか?」

『ううん、〈建設人形〉をここまで連れてくるんだよ』

「〈建設人形〉にはそんなこともできるのか」


『〈建設人形〉にも色々なタイプがあるからね。地下トンネルにある機体は資源を回収して再利用することができる。だから放置されている鉄屑はどんどん利用しちゃおう』

「ずいぶんと協力的だな、マーシーは俺に何を期待しているんだ?」


『いつでも私が望むのはひとつだけだよ』

「教えてくれ」と、歩きながらたずねる。


『富士山の麓にある防壁の管理。だからキャプテンには、壁の管理に必要な拠点の建設をしてほしい』

「地下トンネルの先にある洞窟のことなら、すでに予定には入っていたよ」


『よかった。この森で最も重要で、それでいて危険な場所は〈混沌の領域〉との境にある防壁だからね。管理を怠ることはできない』


「わかってる。……それにしても、輸送機にコンテナ、それに〈建設人形〉か。遺物がこうも簡単に手に入ると、本当に貴重なモノなのか分からなくなるな」


『普通だよ』となりを歩いていた女性が言う。

『もっとすごい機械や兵器なんて、この世界にはいくらでもある』


『例えば?』

 カグヤが訊ねると、彼女は即答する。

『キャプテンの刀とか』


『ヤトのこと?』

『戦いを見せてもらったけど、あれこそ遺物の名に相応しい品だよ』


「あの人造人間には毒が通用しなかったけどな」と右手首を見ながら言う。

『それはキャプテンが上手うまく扱えてないからだよ』


「そんなこと、どうして分かるんだ?」

『だって、あれは〈混沌の遺物〉でしょ?』


「たしかにそうだけど……なんで分かったんだ?」

『〈混沌の気配〉を観測したからだよ』

 赤髪の女性は眼鏡の位置を直しながら言う。

『あんなに邪悪な気配をまとっているモノなんて、〈混沌の遺物〉くらいだよ』


「〈混沌の気配〉ね……」と、暗い雨空に視線を向けた。

『でも、多用しないほうがいいかも』


「使い続けると、何か問題が起きるのか?」

『混沌との接点をこの世界に創ることになる』


「接点……それが出来るとどうなるんだ?」

『〈混沌の領域〉に続く空間のゆがみが発生してしまう』


「それは恐ろしいな」

『本当に怖いのは、使用者が混沌に呑まれることだよ』


 私は顔をしかめて、それから言った。

「混沌に意識を支配されるとか、そんな感じのことが起きるのか?」


『私は真面目に言ってるんだよ』

 赤髪の女性は私の前に立つ。

『例え〈不死の子供〉たちでも、混沌から逃れることはできない。混沌が支配するのは肉体だけじゃなくて、魂だとか精神と呼ばれるようなものだからね』


 ハクを囲んで立っている住人が見えてくる。

「大丈夫だ。彼女は……〝ヤト〟は、俺を支配したりなんてしないさ」


『キャプテンが混沌について何を知っているのかは私には分からないけれど、混沌を信用しちゃダメだよ。それが混沌の神々のやり口なんだから』


「安心したところで、魂にまで喰らいつくか……」

『うん、だから刀の扱いには充分に注意してね』


「了解。忠告に感謝するよ」

 ハクのそばには、先ほど助けた少女とリンカが座っていた。そのリンカは太い眉を八の字にしながら言う。


「本当に全員を救い出したんだな」

「言っただろ、心配する必要はないって」


「最初は気がおかしくなったのかと思っていたけど、レイラはすごいんだな」

「まぁな」適当に返事をして、それから集まった住人に目を向けた。


『あっちの戦闘もひと段落したから、住人は私が警護するよ』

 カグヤがそう言うと、通りの向こうから攻撃型ドローンが飛んでくるのが見えた。五機のドローンはレーザーガンの銃身を突き出しながら、我々の周囲を威嚇するように飛行する。気がつくと、鳥籠の中心地で鳴り響いていた銃声も聞こえなくなっていた。


「それなら、あとはカグヤに任せるよ」

『了解』


「なぁ」

 リンカがドローンを見ながら言う。

「その奇妙な機械もレイラのものなのか」


「そうだ」

「異邦人は何でも持っているんだな」


 感心しているリンカを見て思わず苦笑する。ずっと森の奥で暮らしてきたリンカの目には、たしかにそんな風に見えるのかもしれない。けれど廃墟の街で暮らすことは、彼女が思っているよりも大変だった。それでも森の暮らしと比べたら、大抵の場所は住みやすいのかもしれない。


 ハクを連れて〈スィダチ〉の中心地に向かうと、死体に向かって槍を突き立てている守備隊の人間を多く見かけるようになった。彼らは襲撃者たちの中に生存者がいないか確かめているようだった。


 燃えていた家屋は雨のおかげで鎮火していたが、居住区画の状況はひどいことになっていた。至るところに人間や昆虫の死骸が横たわり、市場にも砲弾が降ってきたのか、そこで売られていた食料にも多くの被害が出ているようだった。


 ミスズたちと合流して、ヌゥモやアルファ小隊の無事を確かめたあと、イーサンのもとに向かった。イーサンはマツバラと一緒にいて、茜色の甲殻を身につけるゲンイチロウと何かを話している最中だった。そのゲンイチロウは笑顔で私を迎え入れると、何度も感謝を口にした。


「我々はレイラ殿から受けた恩に報いるためなら、なんでもするぞ」

 怪我をしたのか、頭から血を流していたゲンイチロウがそんなことを言う。

「それなら」と私は言う。「俺からひとつ提案があるんだ」

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