第197話 居住区画 re


 通路から滅茶苦茶めちゃくちゃに破壊された部屋に、そして破壊された壁を通ってまた通路に抜けながら移動を続けた。その間、融解ゆうかいし液状化した金属に触れないように、破壊された壁を通過するときには頭上に注意して走らなければいけなかった。


 走っているとき、ふと通路に視線を向けた。すると紺色の床につなぎ目があらわれて、その場所を中心にして床が左右に開いていくのが確認できた。そして床下から持ち上がるように、充電設備に固定された〈アサルトロイド〉が姿を見せる。


 その機械人形は女性を思わせる優美なフォルムを持ちながら、戦闘を目的に軍事用に開発されている機体で戦闘能力は極めて高い。旧文明の鋼材が使われた軽くて頑丈な装甲によって保護され、腕の先に組み込まれたレーザーガンは、殺傷能力が非常に高いモノになっていた。


 施設の床から次々と出現した〈アサルトロイド〉は民間施設警備用に調整されたモデルだったが、外見からは軍事用の機体との差があるようには感じられなかった。おそらく性能面でも変わらないのだろう。警備用の機体の標準装備は暴徒制圧のためのテーザー銃だったが、床から出現した機体の装備は明らかに軍用規格のレーザーガンだった。


 その〈アサルトロイド〉の機体は白を基調とした塗装がされていて、脚部や腕の先に青色のラインが入っていた。その機体が起動して、ぎこちない動作で最初の一歩を踏み出すと、機械人形を固定していた充電設備が床下に戻っていくのが確認できた。


 ギリシャ神話に登場する単眼の怪物にも似た大きなカメラアイがフェイスプレートの奥で赤く発光すると、〈アサルトロイド〉は走っていた我々に腕を向ける。鈍い射撃音と共に高出力のレーザーが発射されて、我々が走り抜けた壁を傷つけて溶かしていく。レーザーが直撃していたら、致命傷になっていたかもしれない一撃だった。


「警告なしの射撃か、どうやらシステムは俺たちを本気で排除したいみたいだな」と、イーサンが言う。「このまま〈アサルトロイド〉の相手をせずに逃げるぞ!」


 視界の先に地図を表示して周囲の動体反応を確認する。バグのれは居住区画の通路を埋めるほど溢れていて、その正確な数を把握できないほど増えていた。そしてそれと同時に、〈アサルトロイド〉のモノと思われる反応も多数出現していた。


『我々二対スル敵対的ナ行動ハ――』

 機械的な合成音声を耳にして通路に視線を向けると、無数の〈バグ〉に組み付かれた〈アサルトロイド〉の姿が見えた。バグの周囲にはホログラムで投影される多数の警告表示が浮かんでいたが、バグに文字が読めるはずもなく、アサルトロイドに対して強酸性の液体を吐き出し続けていた。


「動くものなら機械でも容赦しないのか……」

『でも』とカグヤの声が内耳に聞こえる。

『これでバグも警備システムの攻撃対象になった』


 目の前に飛び出してきたバグに銃弾を撃ち込みながら言う。

「そもそも警備システムはどうして今までバグを野放のばなしにしてきたんだ?」

『居住区画の警備システムが、施設全体のシステムから切り離されていたからだと思う』


「どういうことだ?」と、前方を走っていたイーサンが言う。

『居住区画は元々、何の権限も持たない外の人間を簡単に受け入れていた』

「廃墟の街からやってきた人間を受け入れたように、システムはバグすらも受け入れていたのか?」


『外部からの侵入を許すほどに、システムの警戒レベルが引き下げられていたんだと思う。この地を去った旧文明の人々がどうしてそんなことをしたのかまでは、さすがに分からないけどね』


「監視カメラの映像で見た戦闘はなんだったんだ?」とカグヤにく。

「警備システムが何かに反応して、機械人形を派遣していたように見えたけど」


『居住区画に割り当てられていた警備のための機械人形が、施設に侵入したバグと戦っていたんだと思う』

「割り当て?」

『うん。でもそれは施設全体の警備システムから見たら、きっと些細ささいな戦力だったんだと思う』

「入植者たちが手にした端末で操作できる程度の警備部隊だったってことか……」


 無抵抗の〈アサルトロイド〉が破壊されると、ついに機械人形はバグに対して攻撃を開始した。しかしバグの勢いは止まらない。アサルトロイドの立っていた通路はバグの大群に呑み込まれてしまい、あっという間に姿が見えなくなってしまう。けれど高出力のレーザーが撃ちだされる鈍い発射音は聞こえてくる。


 我々はバグと機械人形の戦闘に巻き込まれないように、出口に向かうことだけを考えて移動する。


 突然、脇腹に強い衝撃を受けたかと思うと、私は吹き飛ばされ通路を転がる。顔を上げると〈アサルトロイド〉がこちらに向かって腕を動かすのが見えた。腕の先に取り付けられたレーザーガンの射出口が輝き出すと、その腕に向かって銃弾を数発撃ち込んだ。しかし銃弾は青色の薄膜にはじかれ壁に食い込む。


『あの機体には〈シールド生成装置〉が搭載されてるんだ』

 カグヤの声を聞きながら身体からだひねって発射されたレーザーをけると、すぐに立ち上がって次の攻撃に備えた。


 すさまじい打撃音が聞こえたのはそのときだった。


 施設の壁に反響する轟音が聞こえた次の瞬間、〈アサルトロイド〉が吹き飛んで壁に叩きつけられるのが見えた。その衝撃はすさまじく、機体が衝突した壁は大きくへこんでしまう。しかしシールドを発生させていたアサルトロイドの装甲に、目立った損傷は確認できなかった。


 アサルトロイドはすぐに立ち上がり、攻撃を再開しようとしたがそれは叶わなかった。ウミが操作する戦闘用機械人形がアサルトロイドに組み付いて、攻撃する隙を与えなかった。しかしそれはほんのわずかな間だけだった。ウミの機体は改良され強化されていたが、それでもアサルトロイドに力負けしているようだった。


 ウミはアサルトロイドの胴体を蹴り飛ばし壁に叩きつけると、その隙を利用してアームを素早く変型させる。右手の指が収納されると、手の甲が開いて銃口が出現する。その銃口を叩きつけるように、敵の胴体を殴りつけた。その瞬間、先ほど耳にした打撃音が聞こえてアサルトロイドの装甲が破壊されて内部パーツが周囲に散らばる。


 ウミがアサルトロイドの破壊に使用した兵器は、海岸で入手した軍の端末に残されていた設計図をもとに製造した〈電動ガン〉だった。ウミが使用する機体のためにペパーミントの手で特別に改良されたモノで、電動ガンから撃ちだされるのは圧縮された超高密度な旧文明期の鋼材で、すさまじい威力を発揮するものになっていた。


 しかし射撃のさいの反動も大きく扱いづらい兵器だった。そのため、ウミが操作する機体でも、関節にかかる負荷を考慮して数発の射撃しか行えないようになっていた。


「ありがとう、ウミ」

 立ち上がりながらそう言うと、彼女は私をかばうように前に出る。

『まだ終わっていません』

 もう一体のアサルトロイドが我々のすぐ近くの床下から出現した。


 アサルトロイドが起動して、機体を固定していた充電設備が床下に消えた瞬間、機体の背後から一気に接近するイーサンの姿が見えた。


 アサルトロイドはすぐに反応して腕を振って払いけようとするが、イーサンは腰を落として避けるとそのまま機械人形のふところに入り、装甲の間に見えていた首元の保護カバーにナイフを突き入れた。するとアサルトロイドは腕を振り上げたまま動きを止める。それはまたたく間の出来事だった。


「行くぞ、レイ!」

 イーサンの言葉にうなずいたあと、ウミと一緒に走り出した。

『さっきのすごかったね、どうやってアサルトロイドを停止させたの?』


 イーサンはコンバットナイフを黒革の鞘に戻しながらカグヤの質問に答える。

「高周波ブレードだ。こいつでエネルギー供給に関連する重要な配線を切断したんだ。けど機体を制御するコアは生きているから、すぐに対策して再起動する。だから時間稼ぎにしかならない」


『そんな場所にケーブルがあるって、よく分かったね』と、カグヤは感心する。

「アサルトロイドを何体かバラして研究したからな」

『軍事目的に製造された機械人形を簡単に破壊する情報屋がいるとは思わなかったよ』

「簡単じゃないさ、何度も死にかけた」


『イーサンがやられるなんて想像できないけど』

「傭兵として生きていくには、賢く立ち回らなければいけない世界だからな。こう見えても努力しているのさ」


 居住区画の出口が近づくと、工事中だと示す警告表示を多く見かけるようになった。

「私たちが施設に入ってきたときには、なかったものですね」と、エレノアが反応する。

『多分あれだよ』と、カグヤは監視カメラの映像を我々と共有する。


 その映像には〈重力子弾〉によって破壊された壁の修復作業を行っている複数の〈作業用ドロイド〉の姿が映し出されていた。しかし機械人形が修復していたのは居住区画の外につながる大きな横穴で、他の場所は放置されたままだった。


「破壊された壁の修復をしているのか」

『それでも施設のシステムは完全に居住区画を見放しているようだけどね』

「どうしてそんなことになっているんだ?」

『推測だけど、限られたリソースを最深部の封鎖に利用したいからなんじゃないかな?』


 カグヤの言葉にうなずく。

「旧文明期の人間が、〈混沌の領域〉を封じ込めるためにこうじた苦肉の策か」

『うん。〈混沌の領域〉を広げないためにも、施設の維持に必要のない居住区画はシステムの外に置かれたのかも』


「レイの攻撃で介入を余儀よぎなくされたの?」と、エレノアがく。

『さすがに施設全体を破壊しかねない兵器の使用を、システムは許せなかったんじゃないのかな』

「施設が破壊されたら、〈混沌の領域〉は際限なく広がってしまう……」


『だから今は必死になってレイを捕まえようとしている』

「そもそも侵入させたのが間違いですね」

『これも推測だけど、奴隷商人は傭兵たちを連れて何度か施設を訪れていたのかもしれない。だからシステム側のチェックが甘くなっていた可能性はある』


「どうしてそう思うのですか?」

『私たちに対して生体スキャンが行われたけど、それはあくまでも人擬きウィルスの感染確認や、汚染物質を除染するためのものだった。本来なら武装の確認を行う必要があったと思うんだけど、それもされなかった』


「気がついたときには、警告するので精一杯だったってわけか」とイーサンは言う。

「でもその考え、間違ってないと思うぞ。武器の確認を行っていたら、最初の入植者たちも居住区画に入ることすらできなかったんだからな」


『それにシステムは、レイのハンドガンに対して何の強制力も持っていなかったのかもしれないね』

 カグヤの言葉にイーサンは首をかしげる。

「警告以上のことをされたことがあるのか?」

『砂漠地帯で色々あってね』


「〈紅蓮ホンリェン〉で何かあったのか?」

『ううん、鳥籠じゃなくて砂漠に墜落していた軍艦の側で、軍に所属していた人擬きと戦闘になったことがあったんだ』

「旧文明の人擬きか……〈データベース〉になにかされたのか?」


『強制的にハンドガンの使用を禁止された』

「それは興味深いな」


 イーサンはそう言うと天井から降ってきたバグの攻撃をける。そのバグは出鱈目でたらめに配置された複眼の間に二本の長い触覚しょっかくを持っていて、それをビクビク動かすと、大顎を開いて甲高い鳴き声を発した。私は弾薬を〈貫通弾〉に切り替えると、バグの頭部に向かって弾丸を撃ち込んだ。


 バグの頭部を破壊した弾丸はそのまま真直ぐ進んで、通路の向こうからやってきていたアサルトロイドに迫った。しかし弾丸はアサルトロイドの周囲に発生した強力な磁界によってらされ、射線上にいたバグの身体からだをズタズタに引き裂いて、そのまま壁に食い込む。


「貫通弾がかない?」と、困惑して思わず言葉が口にでる。

『〈重力子弾〉を使う人間が相手だからね。さすがに何も対策しないまま機械人形を出してくることはないと思うよ。あのアサルトロイドの装備は軍で使用されるモノだし』


「そんな冷静な分析はいらない」

 咄嗟とっさに横に飛び退いて床を転がりながらレーザーをかわした。

『ウミがやって見せたように、一気に接近して銃弾を撃ち込むしかない』


 アサルトロイドは我々に対して追撃を行わず、周囲にいたバグに高出力のレーザーで攻撃を行っていた。バグの強固な甲殻すら安易に貫通するレーザーによって、化け物のれはあっと言う間に処理される。


おぞましい姿を持つバグは強酸性の体液を吐き出してアサルトロイドを攻撃するが、シールドによって防がれてしまう。

 しかし捨て身の攻撃を行うバグに組み付かれると、一瞬にして形勢が逆転する。バグのブヨブヨした肉から滴り落ちる粘度の高い体液で、アサルトロイドはバランスを崩して倒れてしまう。


 その瞬間を狙っていたのか、小さなバグが次々とアサルトロイドの上に圧し掛かる。すると周囲のバグが小さな個体を一斉いっせいに噛み殺していく。その死骸からこぼれる臓器や強酸性の体液がアサルトロイドの装甲を溶かして機体を破壊していく。


『もうすぐ出口です』と、ウミが手を伸ばした。

 彼女の手を取って立ち上がると、我々はその場を離れた。

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