第140話 食堂 re


 工場地帯で行われた激しい戦闘から数日、私は拠点の食堂で考え事をして過ごしていた。拠点の食堂にはヤトの若者が数人いて、戦士たちが会話をしながら食事を楽しんでいる様子が見られた。おそらく夜間の拠点警備をしていた者たちなのだろう。


 戦士たちは夜勤明けに食堂に来ては、仲間たちと食事をしながら会話することをひとつの息抜きとして楽しみにしていた。それもそのはずで、朝食は素晴らしかった。これほどの食事が食べられるのなら、夜勤明けの疲れた身体からだを引きってでも拠点の食堂に来る意味があるのだろう。


 ふわふわのパンケーキを口に運んでいると、私の正面に座っていたジュリが少々呆れながら言う。

「よく朝からそんなに食べられるよね」

 私は肩をすくめると、コーヒーを口に含んだ。


「ジュリは食べないのか?」

「俺はもう食べたから」と、彼女は短い髪を揺らした。

「なら食堂になにしに来たんだ。もしかして俺に会いたかったのか?」


「違うよ……もちろんレイには会いたかったけど、目的は別にある」

 ジュリはそう言うと、ニヤついた顔で私を見た。

「ずいぶんと耳がいいんだな」

『そうだね』と、カグヤも私に同意する。

『誰に聞いたか知らないけど、ジュリは戦利品を物色しに来たんでしょ?』


「まぁね。売り物になるような品物があったら、私が管理することになるから」

「ジュリとヤマダが管理するんだ。そうだろ、ヤマダ?」

 彼女のとなりでパンケーキを頬張ほおばっていたヤマダがうなずく。そのさい、ヤマダは右目から耳にかけて大きなあざがあるのが見えた。


 なんでも幼少のころに火傷をしてしまって、それ以来、顔に火傷のあとが残っていると言っていた。出会ったころは火傷の痕を長い黒髪で隠していたが、今では髪をひとつにまとめていて、火傷のあとなんて少しも気にしていなかった。


 ヤマダは育ての親と共に鳥籠間の交易をする隊商で働いていたが、ギャングの襲撃に遭い、不運なことに両親を殺されていた。彼女は気丈に振舞っていたが、時折ときおりひとりで泣いているのを何度か見かけたことがある。一緒に捕らえられていた女性たちと同様に、彼女の心の傷もまだ癒えていないのだろう。


 彼女は拠点で生活する女性たちと一緒に食堂で働こうとしていたが、ヤマダの商人としての経験を生かしてもらおうと考えて、ジュリと一緒に働かないかと提案して、彼女は快諾かいだくしてくれた。


「今回の探索はすごく大変だったって聞いていたから、すごく心配だったんだ。でもレイが無事に戻ってきて良かったよ」

 ヤマダはそう言うと微笑ほほえんでみせた。


「俺は別に心配してなかったけどな」

 ジュリが強がってみせるのを、彼女は微笑ましい表情で見ていた。

「そうだね。ジュリはレイのことをすごく信頼してるから」

 ジュリは少しも気にしていないフリをしていたけど、耳が真っ赤になっていた。


「でもジュリが期待するような戦利品はないと思うぞ」

 パンケーキをゆっくり咀嚼そしゃくしたあと、ジュリにそう言った。

「そうなのか?」と彼女は頬を膨らませた。

「目的は工場で入手できるかもしれない〈設計図〉だったからな。戦利品はオマケみたいなモノだ」


「設計図? もしかして機械人形の?」

「そうだ。ペパーミントが有効的に活用してくれるはずだ」

 私はそう言ってコーヒーを口に含んだ。

「そうなんだ……。でも、オマケの中にお宝があるかもしれない」


「あまり期待し過ぎないほうがいい」

「どうしてさ」

「ガッカリしたくないだろ?」

 ジュリはオレンジジュース的な味がする飲料に口をつけてから、天井に目を向ける。

「たしかにガッカリするのは嫌だな」


 ヤマダがパンケーキを食べ終えたのを確認すると、私は席を立った。

「そろそろ行くか」

 ジュリとヤマダはうなずくと、食器が入ったトレイを持ち上げた。

「レイのトレイは俺が持っていくから、レイはそこで待っていてくれ」


 ジュリはそう言うと、ヤマダと一緒に食堂のカウンターに向かった。

 私は二人の背中を見ながらカグヤにたずねる。

「ミスズがどこにいるか分かるか?」

『ナミと一緒にウェンディゴのコンテナにいるよ』


「コンテナに? 何をやっているんだ?」

『ジュリが〈ジャンクタウン〉で手に入れた金属製の棚があったでしょ?』

「ヨシダのジャンク屋で仕入れたやつか」

『うん。その棚を使って物資の片付けをしてるみたい』


「ごちゃごちゃしていたからな……。それなら、ついでにミスズの手伝いをするか」

『そうだね。今から行くってミスズに知らせておくよ』

「ありがとう、カグヤ」


 自律式小型掃除ロボットが健気けなげに働く掃除の行き届いた廊下を歩いていると、ジュリは頭の後ろで手を組みながら言う。

「探索には俺も連れて行ってほしかったな……」


「でも工場地帯はすごく危険だって噂を聞く」とヤマダが言う。

「私たちが一緒に行ったら、レイたちの迷惑になるんじゃないのかな。商人たちも怖くて近寄らないような場所だし」

「ふぅん。なぁ、レイ。工場はそんなに危ない場所なのか?」


「ああ」と、私はうなずいてから言った。

「人擬きがあちこちにいて、危険な傭兵が悪巧わるだくみをしているような場所だ」

「傭兵? 〈遺物〉の探索はスカベンジャーの仕事だろ? どうして傭兵が工場なんかにいるんだ?」

困惑するジュリを見ながら、私は頭を横に振る。

「さあな。俺にも分からないよ」


「なぁ、悪巧わるだくみってなんだ? そんなにヤバイことをしてたのか?」

『大量の人擬きを捕まえて、檻に入れていたんだよ』とカグヤが答える。

「人擬き?」と、今度はヤマダが首をかしげる。


 ジュリとヤマダが所持する端末を介して、二人にはちゃんとカグヤの声が聞こえていた。基本的に拠点にいる人間には、端末に接続されたイヤーカフ型のイヤホンを耳に挟んでもらっていた。端末を使った通信は、カグヤとウミの声を聞く以外にも、広い拠点で互いに連絡を取るための手段としても活用していた。


 それに拠点には〈ヤトの一族〉がいて、部族は日本語が話せない。ヤトの若者たちの間で日本語を学んでいる者も数人いたが、全員が日本語を理解している訳ではなかった。ヤトの言語を知っている私以外の人間とも意思いし疎通そつうができるために、翻訳機が必要になる。だから拠点の人間は、翻訳機能を備えた端末とイヤホンが必需品になっていたりする。


 ちなみに〈ヤトの一族〉が使用する端末は、体温や熱で充電が行われる高性能な端末で、ペパーミントに提供してもらったモノだった。


「どうして傭兵が人擬きを捕まえていたんだろ?」

 エレベーターに乗り込みながら、軍服の袖を折っていたヤマダの質問に答える。

「詳しいことは分からないけど、そういう依頼を受けていたみたいだ」

「そっか、秘密の依頼だったから口封じのためにレイたちを必死で攻撃したんだね」


『たしかに口封じがしたかったのかもしれない』とカグヤが答えた。

『私たちは最初、〈ウェンディゴ〉が狙われているのかと思っていたんだ』


「それは仕方ない。ウェンディゴも貴重な遺物だからな」とジュリが言う。

「でも人擬きなんて捕まえて、なにをしようとしていたんだろう」

 ヤマダはそう言いながら、ジュリの寝癖を直した。

「見世物小屋かな」と、ジュリは首をかしげた。


「人擬きを見世物にするの?」

「〈ジャンクタウン〉では普通のことだよ。射撃のまとにしたりするし」

「それって、なんだかすごく邪悪な行いだよね」

「邪悪なもんか、人擬きは人を喰うんだぜ」


「でも人擬きだって元々は人間だったんでしょ?」

「そうだけど……」

 ジュリが返答に困っていると、エレベーターが目的の階で止まる。


 私は歩きながら、脇腹に手を当てる。するとカグヤの声が聞こえた。

『老人型の変異体に蹴られたところがまだ痛むの?』

「痛みはないけど、まだ少し違和感がある」

『老人か……あんな化け物が工場にいるなんて、全然知らなかった』

「工場は狭い範囲しか探索されていない。もしかしたら、工場の深部にはもっと恐ろしい化け物がいるのかもしれないな」


『スカベンジャーたちが工場の探索を避ける理由がなんとなく分かったよ』

「……そう言えば」と、私は思い出しながら言った。

「工場で手に入れたヴィードルはどうなった?」


『ペパーミントが整備してくれてるはずだよ』

「それなら、あとでペパーミントに会いに行くかな……」


 地上に向かうためのエレベーターに乗り込むと、旧式の警備用ドロイドが礼儀正しくお辞儀をしてくれた。

『イッテラッシャイマセ』

「ああ、行ってくるよ」と、私は笑顔で答える。


「ペパーミントに会いに行くときはさ、俺も一緒に行ってもいいか?」

 エレベーターが音もなく動き出すと、ジュリが不安そうな顔で言った。

「ジュリは毎日、ペパーミントに会っているんじゃないのか?」

「ううん」と彼女は頭を振る。

「最近は忙しいみたいで、整備所にこもりっきりなんだ。仕事の邪魔もしたくないから……だからペパーミントには会えてないんだ」


「ペパーミントにだけ仕事を回し過ぎたか?」

「うん……」

「作業用ドロイドが造れるようになったから、これからはもう少し楽ができると思うけど」


「仕事ばかりだとまいっちゃうから、ペパーミントを連れてどこかに遊びに行こうよ」

「そうだな。今度〈ジャンクタウン〉に行くときには、ペパーミントのことも誘ってみる」

「よかった」と、ジュリは微笑む。


 ウェンディゴのコンテナ内にはミスズとナミ、それからミスズたちの手伝いをしていたヤトの若者たちが数人いた。戦士たちは〈アルファ小隊〉の面々で、我々がコンテナに入って行くと、胸の前で握った両拳を合わせる〈ヤトの一族〉独特の挨拶をしてくれた。私も彼らに倣って同様の挨拶を返した。


「レイラ、おはようございます」と、ミスズが言う。

「おはよう、ミスズ。ナミもおはよう」

「おはよう、レイラ殿」

 ナミは撫子なでしこいろの綺麗な瞳を私に向けると、笑顔を見せてくれた。


「ずいぶんと片付いたな」

「皆さんが手伝ってくれたからです」と、ミスズは微笑ほほえむ。

 金属製の棚には各種弾薬が整然と並べられていて、今まで乱雑に物資が詰め込まれていた空のプラスチック箱は、棚の側に重ねて置かれていた。


「俺たちも手伝うよ」

「いえ、もう終わるので大丈夫ですよ。それより、工場で手に入れた〈遺物〉をレイラに確認してほしいです」

「回収した〈遺物〉はショルダーバッグの中か?」


 テーブルに載せられていたショルダーバッグを見ながら訊ねると、ミスズはうなずいて、工場で入手していた〈遺物〉を取り出してテーブルに並べていった。


「端末がいっぱいだ」と、ジュリが目を輝かせる。

「すべて作業員たちのロッカーに入っていたものです」とミスズが言う。


 数十個ある端末のひとつを手に取る。端末はカード型のモノで、紙のように薄いディスプレイがついていた。ジャンクタウンでも比較的安い値段で入手できる端末で、〈データベース〉の〈ライブラリー〉に接続して、旧文明期の映画や書籍を購入して楽しむために人々が使用している端末だった。


 私は手に持っていた端末をひっくり返して眺める。端末の持ち手にはクマの可愛らしいキャラクターのシールが貼られていた。

「少し手入れしたあとに端末のデータを初期化すれば、それなりの値段で売れそうだ」と、ジュリは端末を確認しながら言う。


 彼女の言葉にうなずきながら言う。

「またペパーミントの仕事が増えそうだな……」

「カグヤが手伝ってくれたら、俺にもできる作業だから大丈夫だ。それより、こいつを見てくれ」


 ジュリが差し出したヘアゴムを受け取る。

かみめか?」

 それは何の変哲もないヘアゴムだったが、四角い小さな金属片が付いているのが確認できた。

「これはね、こうやって使うんだ」


 ジュリは私からヘアゴムを受け取ると、自身の端末にヘアゴムの金属片を触れさせながら端末を操作した。するとヘアゴムについていた小さな四角い金属片から、ホログラムの赤いリボンが投影されて空中に浮かび上がった。


「綺麗に投影されるんだな。ヘアゴムはホログラムを利用したアクセサリーなのか?」

「うん。表示したい絵を端末で自由に切り替えることができるんだ」

「売り物になりそうか?」


 ジュリは腕を組んでうなる。

「少し前までなら、〈ジャンクタウン〉で流行はやっていたから、それなりの値段で売れただろうけど……今は微妙かな」


「そんな流行りゅうこうがあるのか……知らなったよ」と、私は感心しながら言う。

『私も知らなかった』とカグヤが同意してくれる。

『ジャンクタウンで、そのタイプの髪留めを使ってる人間を見かけない理由が分かった』


「なぁ、ミスズの姉ちゃん。髪留めはどれくらいあるんだ?」と、ジュリはミスズにく。

「それが……」と、ミスズは困った顔でショルダーバッグをひっくり返した。

 するとバッグの中から大量の髪留めが出てきて、テーブル上にヘアゴムの小さな山ができあがる


「髪留めだけでも百はありそうだな」と、私はいくつか手に取りながら言う。

『ミスズたちにはロッカールームを重点的に探索してもらったからね』とカグヤは言う。

『ヘアゴムは売れるか確認して、それでダメなら拠点の子たちに使ってもらおうよ』


「そうだな。それで他には何があるんだ?」

「こういうのもあります」

 ミスズはショルダーバッグから、色取り取りのシリコンバンドを取り出して並べていく。


「今度は手首に付けるタイプのモノか」

『ウェアラブル端末だね』と、カグヤが言う。

『レイ、試しに手首につけてみてよ』

 黒いシリコンバンドを手に取ると、左手首に通した。


「どうやって使うんだ?」

『見てて』

 カグヤがそう言うと、シリコンバンドからホログラムディスプレイが浮かび上がる。どうやら情報端末と同じような使いかたができるようだ。


「これは高く売れそうだな」と、投影されたディスプレイを眺めながら言う。

「うん! これはめずらしいタイプの端末だ」と、ジュリはうなずく。


「珍しいのか? こういったモノは、結構な数が世の中に出回っていると思っていたけど……」と、テーブルに大量に載せられていくシリコンバンドを眺めた。


『端末だって知らないで、みんな使ってるのかも』

 カグヤの言葉にジュリとヤマダが同意する。

「その可能性はある。俺だって端末だって教えてもらわなければ、気がつかなかったと思う。端末にはディスプレイがついてるのが当たり前だと思ってるから」


 シリコンバンドをテーブルに戻すと、ミスズが取り出した白銀色の細長いブロックを持ち上げる。

「カグヤ、このブロックには見覚えがあるだろ?」

『レイのハンドガンを手に入れたときに、一緒に入手した専用の弾倉だったよね』

「ああ、そうだ。ミスズ、こいつは何処で手に入れたんだ?」


「それもロッカーに入っていました。よく分からないモノだったので、持ってくるのを諦めようとしたんですけど、厳重に保管されていたので、もしやと思って、全部持ってきました」

「全部? どれくらい回収したんだ?」

「五本ありました」と、ミスズは細長いブロックを取り出していく。


『いい機会だからさ』とカグヤが言う。

『ペパーミントにこのブロックを調べてもらおうよ。もしかしたらハンドガンの改造のヒントになるかも』

「そうだな」と、私は白銀に輝くブロックを持ち上げながらうなずく。

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