第137話 傭兵集団 re


 工場の地下は車両の総合試験場になっていて、広大な空間をヴィードルで自由に走行することが可能になっていた。その試験場には走行試験のための障害物や、攻撃の標的が設置された状態で残されていた。


 また試験場にはアスファルトが敷かれ、一部には砂利まで用意されていて地上に近い環境が再現されていた。その試験場を眺めていると、支柱の数が極めて少ないことに気がつく。しかしどれほど考えても、支えのない天井が崩落しない理由が私には分からなかった。


『ねぇ、レイ。この部屋に設置された端末から入手できそうな設計図のダウンロードが終わったよ』と、カグヤのやわらかな声が内耳に響いた。

「ありがとう」

 私はそう言うと、塗装が所々剥がれていたヴィードルの装甲を撫でる。


『その試験用の車両も回収するの?』

「ああ、できることなら持って帰りたい。この場所でひっそりとくさらせるのは、あまりにしい車両だ」

『ヴィードルは腐らないよ』

「カグヤ」


『わかってる。いつもの例えなんでしょ』

 カグヤはそう言うと、インターフェースに表示されていた索敵マップに目印をつけた。

『試験場の奥に資材の搬入口はんにゅうぐちがあるから、そこから車両を外に運び出すことができる』

 視界の先に拡張現実で表示されていた索敵マップを拡大表示したあと、すぐに搬入口の位置を確認する。


「ミスズたちの状況は?」

『ウェンディゴが人擬きのれと交戦状態になっていることは、すでに〈アルファ小隊〉に連絡してある。ミスズたちも探索を切り上げて、ウミと合流するために行動を開始した』

「なら俺たちも地上に行こう」


『それならさ、このヴィードルに乗って行こうよ』

 カグヤがそう口にすると、手前に止められていた車両の防弾キャノピーが開いた。

 多脚車両である〈ヴィードル〉は自動車ほどのサイズがあり、車体中央にある球体型の操縦席を中心にして左右合わせて六本の脚がついている。


 軍用規格の車両には、それに加えて車体前方に人の手のように器用に動く二本のマニピュレーターアームが取り付けられている。接触接続で操作権限を手に入れた四台の車両は、軍用規格の特殊なモデルで、それぞれが異なった武装を搭載していた。


 カグヤが遠隔操作している車両は、コクピットの下部に〈ガトリングレーザー〉を搭載していて、他の車両同様、黄色と黒のストライプ模様の塗装がされていた。


 そのすぐとなりには小型の〈レールガン〉を搭載した車両が二台あって、兵器は専用の強化フレームによってコクピットの上部に固定されていた。その奥には多連装のロケットランチャーを搭載した車両が止まっている。ロケット弾は小型で、弾頭に赤い塗装が施されていた。


『レイ、乗らないの?』

 車体に収納されていた梯子式の乗降ステップに足をかけると、操縦席の状態を確認しながらカグヤにいた。

「ヴィードルはちゃんと動くのか?」

『うん。試験場から地上に行くくらいならなんとかなる』


 ヴィードルのコクピットは簡素な造りだった。シートの周囲に取り付けられた操作パネルと操縦桿、それにスロットルレバーにフットペダルがある。全天周囲モニターが搭載されているからなのか、足元の視界を確保するために操縦席はコクピットの中央にフレームで固定されていた。


「座り心地は期待できなさそうだな」

 座席は骨組みがき出しで、草臥くたびれたクッションが申し訳程度にのせられていた。

『仕方ないよ。車両の走行テストは遠隔操作で行われていて、試験中は基本的に人を乗せないようになってるから』

「そうか……」


『ねぇ、レイ。こっちに来て』

 操縦席から顔を上げると、カグヤが操作する偵察ドローンの姿を探した。ドローンは試験場の端に並べられたテーブルの近くで静止していた。

「カグヤ、それは?」と、テーブルに近寄りながらたずねた。

『試験用に軍から提供されていた兵器の予備だよ。これも持って帰ろうよ』


「ヴィードルをこっちに寄せてくれ、操縦席に詰め込む」

『了解』

 カグヤは四台のヴィードルを遠隔操作して、ノロノロとテーブルに近付ける。その様子を見ていて、使い物になるのか心配になる。


「本当に大丈夫なのか?」

『大丈夫だよ。整備すれば問題なく使える。むしろ整備も何もしていないのに、これだけ動いてくれていることのほうがすごいと思わない?』


 ヴィードルの操縦席に予備の〈レールガン〉や、〈ロケットランチャー〉を詰め込んでいく。レールガンは全部で三基あって、車体の左右に取り付けられる〈ミサイルランチャー〉のコンテナも二組あった。多連装で追尾機能のあるマイクロ・ミサイルを発射するタイプのモノだ。


 〈ガトリングレーザー〉は細い角筒を四つ重ね合わせたような形状をしている。ヴィードル用のガトリングレーザー自体が試作品なのか、レーザーの発射口を備えた角筒をつなぐためのケーブルは、青色のビニールテープで乱雑にまとめられていた。そして残念なことに、ガトリングレーザーは一基しかなかった。


 レーザー系の武装は〈レールガン〉同様、エネルギーを多く消費するため、実戦での運用が難しいのかもしれない。その証拠に、ガトリングレーザーのとなりには予備の〈小型核融合電池〉が置かれていた。


 その〈小型核融合電池〉は、自動車に使用されるバッテリーをひと回り小さくしたような形状をしている。旧文明の〈鋼材〉で覆われたシンプルな四角い箱からは、接続用のフラットケーブルが伸びていた。もちろん予備の電池も回収する。電池はズッシリと重たかったが貴重なモノだったので、嬉々としてヴィードルに積み込んでいった。


 ヴィードルに乗り込んで移動の準備をしているときだった。作業の手を止めると、工場の上空を旋回させていた〈カラス型偵察ドローン〉の映像を確認しながら言った。

「カグヤ、あれが見えるか?」

『レイダーギャングかな?』

 カグヤはそう言うと映像を拡大表示した。

『……ううん、違う。装備がしっかりしてる。あいつら傭兵だ』


 我々がいる建物の反対の道路、前方一キロほどの場所に、〈ウェンディゴ〉の姿がよく見えそうな煙突があった。その煙突につながる建物の中から、大勢の人間が走り出てくるのが見えた。枯茶色の戦闘服を着こんでいる集団で、ボディーアーマーを装備した者もいたが、大半は長袖シャツにチェストリグにベルトポーチだけを下げた軽装の者たちだった。


 傭兵はたちまち百人ほどの集団になり、それぞれが五人から十人のグループに分かれ、物陰に隠れながら〈ウェンディゴ〉に近付いてきていた。武装集団は旧式のアサルトライフルを手にした者がほとんどだったが、狙撃銃やロケットランチャーを装備している人間の姿も確認できた。


『連中の狙いはウェンディゴだね』

 カラスの視点が変わると、道路脇の構造物に隠れながら近づいてくる大型戦闘車両の姿が見えた。

 ヴィードルのシステムチェックを行いながら地上にいるウミと連絡を取る。


『安心してください、レイラさま』と、ウミの凛とした声が内耳に聞こえた。

『すでにアルファ小隊は戦闘のための適切な位置に移動しています。もちろん、私もいつでも応戦可能な状態です』

「了解、俺もすぐに行く。それまで無茶はしないでくれよ」


『レイラさま、交戦こうせん規定きていはいかがなさいますか?』

「自由射撃だ。ウミに近づくモノはすべて敵だと思え。ミスズも通信を聞いているな。自由射撃だ。俺たちに手を出そうとしたことを連中に後悔させるぞ」

『わかりました』と、ミスズの緊張した声が聞こえた。


 武装集団は四百から五百メートルほどの距離を保ちながら、〈ウェンディゴ〉に対して攻撃を開始した。射撃によるマズルフラッシュや、発射されたロケット弾が飛んでいくのが上空から確認できた。私は広大な試験場を横断して、速度が出ないヴィードルに苛立ちながらも冷静になろうと努めた。


『レイ、搬入口はんにゅうぐちを開くよ』

 カグヤがそう言うと、なだらかな傾斜を上るヴィードルの先で、地上につながる隔壁かくへきが開いていくのが見えた。搬入口は〈ウェンディゴ〉が待機していた通路の、ちょうど反対側の道路につながっていた。


「カグヤ、このまま移動して連中の側面から強襲しよう」

『了解』

 偵察ドローンが操縦席に入ったのを確認すると防弾キャノピーを閉じた。それから振り向きながらたずねた。

「試験場の搬入口は閉じてくれたか?」


『もちろん。試験場の電源も切っておいた。でも、私たちとの接続はそのままにしてあるから、搬入口からいつでも侵入できる』

「助かるよ。あの地下の広大な空間は、工場を探索するさいの前哨基地として使える」

『人擬きがいっぱいなのに、まだ探索を諦めないの?』


「短時間の探索で、これだけの収穫があったんだ。きっと工場の奥には、俺たちが驚くような〈遺物〉が眠っているはずだ」

『その可能性はあるね。この工場を管理していた企業は軍需産業に力を入れていたみたいだし、思いもよらない兵器が見つかるかもしれない』


『レイラさま、これより武装集団に対する攻撃を開始します』

 ウミの声が聞こえると、上空のカラスから受信する俯瞰映像ふかんえいぞうを通して〈ウェンディゴ〉の車体上部にある細長い角筒が動くのが見えた。攻撃目標は重機関銃を連射しながら近づいてくる敵の大型戦闘車両だった。


 ウェンディゴに搭載された〈レールガン〉に向かってエネルギーが集中的に供給され、砲身の周囲に放電による電光が発生するのが見えた。

 傭兵たちが使用する無骨な大型戦闘車両は、ウェンディゴの動きに気がついて、ヴィードルの周囲にシールドの薄膜を発生させた。そのシールドは強力なモノで、ヴィードルを覆う青い薄膜がハッキリと視認できるほどだった。


 しかしウェンディゴの攻撃に対しては、あまりにも無力だった。高密度に圧縮された鋼材がレールガンによってすさまじい速度で撃ちだされると、車両の周囲に発生していたシールドを簡単に貫いて、ヴィードルを瞬時に破壊してみせた。

 爆発音がとどろくと、広範囲にわたって車両の破片が散らばり黒煙が立ち昇る。


 しかし武装集団は戦闘に慣れているのか、破壊されたヴィードルを見ても取り乱す様子が一切見せなかった。彼らは姿勢を低くして、道路脇にある構造物を利用しながら前進してきていた。そのため、ウェンディゴの重機関銃による掃射は彼らに対して、あまり効果的ではないように見えた。


 上空のカラスが移動して視点を変えると、アルファ小隊の動きが確認できるようになった。ウェンディゴから二キロほど先には、海水を汲み上げる施設があって、その施設につながるようにパイプラインが伸びていた。それらの太い配管や貯蔵タンクに隠れるようにして、ミスズ率いるヤトの戦士は移動していた。


 アルファ小隊は時間をかけて慎重に移動して、ウェンディゴに攻撃していた集団の側面に陣取ると、集団に対して容赦ようしゃのない攻撃を開始した。カラスから受信する映像には、アルファ小隊が使用しているレーザーライフルから発射される光線がいくつも確認できた。


『レイ、私たちも敵の側面に出るよ』

 カグヤの言葉に反応して視線を動かすと、前方の建物の間から空に向かって立ち昇る黒煙が確認できた。

「ヴィードルの武装は使用可能か?」

『大丈夫だと思う』


 すぐに振り返ると、三台のヴィードルがしっかりとついてきているか確認する。

「なら全弾使い切るつもりで集団を攻撃してくれ。今は弾薬を節約するより、この局面を切り抜けることだけを考えよう」

『了解』


 構造物に隠れながら〈ウェンディゴ〉を攻撃していた集団の姿を確認すると、三台のヴィードルが一斉いっせいに攻撃を開始した。〈レールガン〉からすさまじい速度で飛翔体が発射されると、集団が遮蔽物として利用していた構造物もろとも傭兵の身体からだがズタズタに破壊されていく。


 傭兵の千切れた手足や、上半身が回転しながら宙に吹き飛ぶのを見ていると、後方から空気をつんざくような甲高い破裂音が聞こえた。

『ごめん、レイ!』

 カグヤの声に振り返ると、レールガンを搭載していたヴィードルが黒煙を上げているのが見えた。


「暴発したのか?」

『うん。やっぱり整備していない武器を使用するのは無理があった』

 武装集団からの反撃をけるため、カグヤの遠隔操作で三台の車両は建物の陰に隠れる。


「ほかの車両は?」

『まだ攻撃できるけど、エネルギー効率が悪いみたいで連続の使用に耐えられない……』

「思い通りにはいかないな」と私は溜息をついた。

『どうするつもりなの、レイ?』

「いつものように生身で戦うさ」


 ヴィードルの操縦席にバックパックを残したまま飛び降りる。すると何処からともなく銃声が聞こえてくる。すぐに物陰に隠れると、応戦してきた傭兵の攻撃を避ける。

「ヴィードルはウェンディゴのコンテナに収容してくれ」

 私はそう言うと、損傷していたヴィードルに視線を向けた。

「そいつは動かせそうか、カグヤ?」


『ちょっと大変かも。爆発する危険性もあるから、〈レールガン〉は諦める』

 空気の抜ける間抜けな音と共に、くすぶっていたレールガンの本体がヴィードルから切り離されて地面に落ちる。

「気をつけてウェンディゴまで戻ってくれ」

『分かってるよ』


 カグヤの遠隔操作で移動を開始した四台の車両が建物の向こうに消えるのを見届けたあと、ウミと連絡を取る。

「ウミ、そっちの状況は?」

『敵の増援を確認しました』

「またか」と、私はうんざりしながら頭を振る。


『ですが、少し様子がおかしいです』

「おかしい?」

 上空にいるカラスの映像を確認する。


 傭兵が大量に出てきていた建物から、血塗ちまみれれになった仲間の身体からだを引きるようにして後退する傭兵の姿が確認できた。その男は片手で仲間を引きりながら、もう片方の手でアサルトライフルを構えて射撃を行っていた。傭兵が攻撃する先に何がいるのかは、カラスの位置からは確認できなかった。


「仲間割れか……? ミスズ、そこから状況を確認することはできるか?」

『いえ、でもすぐに確認します』

「気をつけてくれ、ミスズ」


 インターフェースを操作して、ミスズのガスマスクから受信する視点映像に切り替えた。ミスズは迷路のように複雑に張り巡らされた配管の間を走り、建物に素早く近付いて行く。それから道路脇の構造物に身を隠しながら、傭兵が攻撃を行っていた建物内部を覗き見た。


 薄暗い廃墟を背に、痩せ細った〈老人〉が立っているのが見えた。

『……おじいちゃんの人擬きですか?』と、困惑するミスズの声が聞こえた。


 しかしその〈老人〉は、ただの人擬きではなかった。何も身に着けていない老人の肌は深紫色をしていて、脂肪がなく強靭な筋肉が細い身体からだにくっきりとあらわれていた。禿げ上がった頭部にピッタリと貼り付いた皮膚からは、頭蓋骨の形がハッキリと見て取れた。そして驚くことに、その身長は三メートルを優に超えていた。

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