第37話 第二種秘匿兵器 re


 奇妙な〈守護者〉との会遇かいぐうから数日、我々は廃墟の街で探索と地図の作成を続けていた。

 国道沿いには軍の検問所跡があって、機械人形の残骸や劣化して使い物にならなくなった軍の装備品が放置されていた。検問所は道路を通行止めにする形で行われていて、兵士のための詰め所も道路脇に設けられていた。


 ヴィードルから降りると、周囲に警戒しながらプレハブ小屋のような詰め所の内部を確認していく。建物の扉はなくなっていて、室内には雑草が生い茂り、使えそうなものはなにもなかった。


 とうの昔にほとんどの部品が持ち去られてしまった軍用規格の車両を眺めていると、ミスズが操縦していたヴィードルが突然、地盤沈下に巻き込まれて轟音を立てて縦穴の底に落下していった。異常な事態に驚きながらも、道路にできた大きな縦穴の側に慌てて駆け寄り、ミスズの無事を確かめる。


 瓦礫が散乱する深い穴の底、砂煙の向こうに見えるヴィードルの車体には、目立った損傷は確認できなかった。

「大丈夫か、ミスズ?」

 しばらくの沈黙のあと、彼女の声が内耳に聞こえる。

『……はい。ヴィードルが自動で姿勢制御を行ってくれたので無事です』

「そこから上がってこられるか?」

『えっと……はい。たぶん、大丈夫です』


 ミスズはヴィードルのマニピュレーターアームを使って瓦礫がれき退かせると、壁に近づいて、それから動きを止めた。

「どうした、ミスズ?」

『えっと……この先に通路が続いているのが見えます』

「通路」と、私は首をかしげる。「地下に通路があるのか」

『はい。通路の奥になにかがあるのが見えます』

「わかった。そこで待っていてくれ、俺もすぐにそっちに向かう」


 周辺一帯の索敵を行っていた〈カラス型偵察ドローン〉が戻ってきて、検問所の側にある〈電波塔〉の上に着地する。それからカラスは、くちばしを使って器用に羽を整えていく。それは太陽光で充電するさいに、ドローンだと怪しまれないための行動だったと思うが、あまりにも自然で、本物の鳥にしか見えなかった。


 カラスにそっくりな偵察ドローンの仕草を見ながら、ガスマスクを装着すると、縦穴の先を覗き込んだ。

『汚染はされていないみたいだけど?』と、カグヤの声が内耳に聞こえる。

「地盤沈下で砂煙が立っているからほこりが気になる」

 私はそう言うと、着地のさいに怪我をしないように、しっかりと足場を確認してから穴の底に飛び降りた。


 ヴィードルの照明装置を使って暗い通路を照らすと、瓦礫の先に少しばかり広い空間があるのが見えた。そこには軍の弾薬箱や物資が入った木箱が積み上げられていた。反対の通路も気になったが、先に物資が積まれている部屋を確認することにした。


 弾薬箱には銃弾がぎっしり詰まっていた。ジャンクタウンにある〈軍の販売所〉で手に入れられるモノと同じ旧文明期の技術で製造された弾薬だった。保存状態がいいのか、新品同然で問題なく使用できそうだった。


 ミスズが乗るヴィードルを側に呼ぶと、重機関銃の弾薬を補充、装填そうてんしていった。それが終わると、ミスズと協力して状態のいい弾薬を回収し、ヴィードルの後部に取り付けられた小型コンテナの中に積み込んだ。


 木箱の中身も確認していく。木箱は密閉されていたが、近くにバールのようなものがあったので、それで箱をこじ開けていく。毛布や大量の〈放射線防護服〉が入っていた。それに食料が詰まった木箱もあった。


 なんとはなしに木箱に入っていた〈国民栄養食〉を手に取ると、白地に赤色の字で商品名が書かれた特徴的なパッケージを開けて、ブロック状の栄養補助食品をかじってみた。味は普段食べているものと変わらなかった。どういうわけかくさってはいなかった。そもそも腐るモノなのかも分からなかった。


 回収できそうな物資をまとめると、ヴィードルの小型コンテナに積み込んでいく。

「全部は持って行けそうにないですね……」

 ミスズの言葉に私はうなずく。

「そうだな」

「残りはどうするのですか?」

「弾薬はレイダーギャングに使用されないように、ここで爆破処分したほうがいいと思う」

「なんだか勿体もったいないですね……あの、私が拠点に運ぶのはダメでしょうか?」


 腕を組むと、ミスズの提案についてあれこれと考える。

「それだと、この場所と拠点の間を何度か往復することになるよ」

「それでも構いません」


『でも』と、カグヤが疑問を口にする。『毛布も防護服も、そんなにいっぱいあっても仕方ないと思うけど』

「全部、売っちゃうのですか?」ミスズは困ったように下唇を噛む。

『ほしいの?』

「はい、ほしいです。あの、えっと……上質な毛布とか放射線防護服とかって、ジャンクタウンにある軍の販売所でも入手できるモノですけど、やっぱり高くて、どうしても買うことができない人が沢山いるので……」

『そういった人たちにタダであげるために欲しいの?』

「はい……ダメでしょうか?」


 私はバールのようなものを持って、部屋の奥にある木箱を開いていく。

 木箱には大量の銃火器が入っていた。ハンドガンやアサルトライフル、狙撃銃もあった。食料品を専門に生産している〈三十三区の鳥籠〉でこれらの物資を売ることができれば、それなりの利益りえきが期待できそうだった。


「なら、こうしよう」と私は言う。「ここにある物資をミスズがヴィードルで運ぶのを手伝ってくれるのなら、毛布や防護服は全部ミスズにあげるよ」

 ミスズは首をかしげた。

「あの、でも、ある程度の物資を運ぶことは予定にあったので、それだと私だけがとくをすることになると思います」


「それで構わないよ。それに、ヴィードルで運ぶっていっても大変だよ。拠点で荷物を降ろすときには、ひとりで全部やらなければいけないし」

「レイラは一緒に来てくれないのですか?」と、ミスズは不安げな表情をみせる。

「ここで物資を見張っていなきゃいけないからな。俺たちがいない間にレイダーギャングたちがやってきて占領せんりょうしたら大変なことになる」

「そうですね……」


 物資を毛布で包んだあと、複座型コクピットの後部座席に綺麗に詰め込んでいく。

 それから二人で通路を引き返して、地面が崩落したときの瓦礫がれきを取り除いて、物資を積み込むための作業空間をつくって、そこに木箱を運んでいく。私は素手で作業したが、ミスズはヴィードルのマニピュレーターアームを使ってまとめて木箱を運んだ。あらかた木箱を運び終えると、コンテナに入りきらない木箱をロープで括り付けた。そしてミスズにヴィードルを操縦してもらって、走行の邪魔にならないか確認する。


「では、行ってきます」と、ミスズが緊張した声で言う。

「気をつけてね」

 ミスズを見送ってから、カラスに指示を出して周囲の索敵を行ってもらう。


『ミスズ、張り切ってたね』カグヤの声が内耳に聞こえる。

「そうだな。ひとりで行かせるのは危険だと思うけど、ミスズの操縦とヴィードルの脚なら、拠点まで安全にたどり着けると思う。けど何が起こるか分からないから、しっかりサポートしてあげてくれ」


『分かってる。それでね、ミスズはクレアの診療所に来るまずしい人や、身体が弱くて働けない人、それに孤児こじたちにタダで毛布や防護服をあげるんだってさ』

「優しいんだな」

『普通、そんなことする人はいないけどね』

「この世界じゃ生きるも死ぬも、自分の努力次第なところがあるからな」

『泥水にさえがつく世界だからね』


「イーサンの目からは、俺もあんな風に映るのかもしれないな」

『情報屋のイーサン? どうしてイーサンが出てくるの?』

「前に言われただろ。お前はまるで別の世界から来た人間のように『無垢むく』だって」


『たしかに言ってたね。ミスズも海の底にある東京の施設からやってきた。それまで地上の人と関わりがなかったし、受けた教育も違う。だから普通の人と違う考えかたができるのかもしれない』

 大規模な鳥籠には教育機関があると知っていたが、地上の世界では、まともな教育を受けている人間はほとんどいなし、学校なんて見たこともなかった。


 物資の整理が終わると、さきに安全確認だけを済ませていたもう一方の通路に入っていく。通路の先にはびた梯子はしごがあって、地上の詰め所に繋がる入り口があった。確認のために梯子を使う。


 入り口を施錠せじょうするのに使用していた錠前じょうまえはひどく腐食ふしょくしていて、触れるだけで簡単に壊れた。地上に繋がる重いてつふたを持ち上げると、土や草、それに小さな昆虫が隙間から落ちてきた。私は辟易へきえきしながら通路に戻る。


 通路の突き当りには、階級の高い兵士に割り当てられたように見える小部屋があった。壁には綺麗な女性のポスターが飾られていて、私はしばらくビキニ姿の女性を眺めた。旧文明の広告に登場する人間は、男女問わず驚くほど綺麗な容姿をしている。

 それから舞い上がるほこりちりにうんざりしながら部屋を物色していく。


 机の下に隠されていた金庫を見つける。電子ロックだったが、カグヤがあっという間に開けてくれた。金庫の中には銀色のカードがいくつかと、恐ろしく重たい長方形の――まるでインゴットのような白銀のブロックが六個、それと見たことのないハンドガンが三挺ちょうあった。


 ハンドガンは旧文明期の〈遺物〉にも見えたが、シンプルな形状をしていて、一般的に使われているモノと外見に大きな差はなかった。

 ハンドガンを手に取って銃口を壁のポスターに向ける。手に馴染んで扱いやすく、とくに欠点は感じられない。弾倉を抜いて確認する。弾倉自体は特殊な構造をしていたが、隙間から見える弾薬は、火薬を使用する通常の弾薬が装填されているように見えた。


『試しに撃ってみたら?』

 カグヤの言葉にうなずくと、ほこりっぽい部屋を出る。

「そうだな。この部屋には、もう何もなさそうだ」

『さっきの〈データカード〉だけど、〈接触接続〉で情報を読み取ってみたよ。中身は軍の作戦資料だった』


「何か、有益ゆうえきな情報は?」と質問する。

『街のあちこちにもうけた検問所の位置を示す地図と、そこに配属された人員名簿があったけど、名簿はいらないかな。有益な情報は――ちょっと待って……この場所に似た物資の保管施設の位置情報がいくつかあったよ。それ以外の情報は、データベースに関する権限が必要になるから確認できない』

「そうか……保管庫は荒らされていなければいいな」

『そうだね』

「でも探索はまだできないな。まずは〈二十三区の鳥籠〉に行かないといけない」


 梯子を使って地上に向かう。草を掻き分けて詰め所を出ると、入手したハンドガンの弾倉を抜いて、弾倉に込められた弾丸を自身が所持していたものと入れ替えた。暴発の心配はなさそうだったが、念のためにできることはやった。

 それからハンドガンを構えると、旧文明期の鋼材を利用して建てられた構造物に照準を合わせる。通常の弾薬では壁の表面に引っ掻き傷ほどの小さな傷しかつかない。


 けれど引き金はロックされていて、引くことができなかった。

「どうなっているのか分かるか、カグヤ?」

 ハンドガンに視線を落としながらいた。

『確認するからちょっと待ってね』

「ああ」

『……えっと、それを使うにはシステムの初期化をしたあとに、使用者の生体情報を登録する必要があるみたい』


「ID銃か、初期化と登録はすぐにできるのか?」

『うん。使用者は登録されていないようだから、レイが持っているデータベースの権限で簡単に登録できると思う』

 カグヤの言葉のあと、銃を握っていた手のひらに静電気にも似た軽い痛みが走る。

『登録が完了した。これでこのハンドガンを使えるのは、レイだけになった』


 すると突然、内耳に通知音が聞こえた。それから合成音声による事務的な女性の声が聞こえてきた。

『第二種秘匿兵器、■■■■が、■■■■所属のレイラ・■■■用に初期化、登録されました』


『専用弾倉を装填してください』


【選択可能弾薬】

 通常弾〈炸裂弾頭〉

    〈非炸裂弾頭〉

 ライフル弾〈炸裂弾頭〉

      〈非炸裂弾頭〉

 ショット弾〈標準散弾〉

      〈焼夷散弾〉

      〈スラッグ弾〉

 自動追尾弾〈標準弾頭〉

      〈徹甲弾〉

 火炎放射

 ワイヤーネット

 小型擲弾


【使用者制限あり】

〈各種■■■■専用弾頭〉

 貫通弾〈対物弾頭〉

 反重力弾〈■■■■専用弾頭〉

 重力子弾〈■■■■専用弾頭〉

 ―――

 ――


 インターフェースに表示された弾薬の種類に圧倒される。

「こんなに多くの弾薬が使えるのか?」

『うん。どうやら高密度に圧縮された特殊な鋼材を使用した専用の弾倉があって、それを装填すると、選択した弾薬が使用時に瞬時に生成されるみたい』

「専用の弾倉……もしかしてこれのことか?」


 さきほど入手していた長方形のブロックを手に取る。インゴットのような白銀のブロックはずっしりとしていて重たかった。

『うん。それだね』

 もう一度ハンドガンを壁に向けて構えた。


 ハンドガンの横に拡張現実で表示されている項目を思考だけで操作してみるが〈通常弾〉しか選択できなかった。専用の弾倉を使用しなければ弾薬の選択は不可能だった。


 通常弾を選択すると、銃身のスライドが左右に開いてハンドガンの形状がわずかに変化した。スライドの上部にはホログラムで投影される照準器が浮かび上がっていた。私は〈ホロサイト〉を見ながら、目標に照準を合わせて引き金を引いた。すると空気の抜ける小さな乾いた音がしただけで、騒がしい銃声はしなかった。


『弾丸は壁を貫通したみたいだよ』とカグヤが言う。

 構造物に近づくと、指先で弾痕を確かめた。

「弾薬は今までのモノと同じなのに、どうしてこんなにも威力に差が出るんだ?」

『発射されるさいに、なにかしらの効果が付与ふよされているのはたしかだけど、私にはそれが何かまでは分からない。拠点にある整備室が使えれば調べられるかも』

「そうか……それは困ったな」


『何が?』と、カグヤは疑問を口にする。

「整備ができなければ、まともに装備の運用ができない」

『それなんだけどさ、さっき拳銃と一緒に手に入れたデータカードの一枚に、メモ書きみたいなモノが残されていたんだ。そこにはハンドガンの整備が必要ないみたいなことが書かれてた』


 銃器を扱った経験がある人間なら、武器の分解と組み立てを頻繁に行わなければいけないことは分かっていると思うが、このハンドガンはそれが必要ないらしい。

『複雑な機構きこうだからいじるなってことかな? ハンドガンには〈自己診断機能〉と〈自己修復機能〉が備わっているんだ』

「そんなことまで自動でやってくれるのか?」

 いぶかしみながら入手した貴重な兵器を改めて眺めた。


「メモには他に何が書かれているんだ?」と、私はカグヤにたずねた。

『ちょっと待ってね……えっと『何処へ行くときでも身につけていろ。警備関係のゲートも騙せるから問題ない。食事のときも手放すな、糞をするときもトイレに持っていけ、シャワーを浴びるときもだ。それが汚れたり濡れてしまうことは心配するな、兵器には不要なものを排除する〈自己防衛機能〉が備わっている。眠るときも持て』それから……』


「それから?」

『女と寝るときも、兵器は手元に置いておけ……だってさ』

 カグヤは小声でそう言った。

「本当にそんなことが書いてあるのか」と、私は苦笑する。

『書いてあるんだからしょうがないでしょ!』

「そうか」と、私は笑いをこらえる。


『それで、レイ。もっとハンドガンを試さないの?』

「そうだな……今はあまり目立ちたくないからな。ミスズが戻ってくるのを大人しく待たないといけないし」

 私はそう言うと検問所の側に引き返した。


『ところで』と、カグヤがつぶやいた。『初期化するときに、秘匿されて黒塗りになってた情報があったでしょ?』

「あったな。すぐに視界から消えて、弾薬のオプションが表示されたから、ちゃんと確認することはできなかったけど」

『レイラの情報を知っているみたいだったね。所属がなんたらって』


「俺は別に冷凍保存されてないけどな」

『何それ?』 

「ハンドガンのソフトウェアが製作されたのは旧文明期だろ? 俺はその時代のことを知らないし、その時代に生きていなかった」

『それなら、どうしてレイの情報が存在してるんだろう?』

「どうしてなんだろうな」


 ヴィードルを使った物資の輸送は順調に進んだ。

 保育園の地下にある拠点での積み下ろしは、ミスズがひとりで行うには大変だったが、警備用ドロイドと家政婦ドロイドの助けで、問題なく作業ができた。それでも日が落ちるまでに輸送作業は終わりそうになかったので、私は検問所で野営することになった。


 ミスズは納得していないのか、物資を諦めようとしていたが、私がゆずらなかった。手に入れたモノを売って資金を手に入れたいという下心もあったが、ミスズがほしいと言った物資は諦めたくなかったのだ。彼女が初めて私に頼んだモノだったし、彼女の喜ぶ姿を見たかった。


 夜には何体かの人擬きが道路から縦穴の底に落下してきたが、バールのようなもので対処できた。そして驚くべき収穫もあった。

 試しに入手したハンドガンで人擬きを攻撃してみると、頭部を損傷した人擬きを無力化するだけにとどまらず、完全な死を与えることに成功した。それは明らかに、ハンドガンが弾丸に付与した効果によるものだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る