第165話こういうのが本来の仕事なんですよ俺


 子爵と将軍揃って目が覚めたという報告を受け、俺はマシロとクロエを引き連れて一階にある休憩室へと向かった。


 降りてくると扉前には彼らの関係者らが人だかり形成していたが、俺が到着したと同時に緊張気味な表情しつつ波が引くかのように離れていく。


 自分とこの上司が立て続けに醜態晒すような真似したのだから気が気でないのだろう。


 その点はこちら側にも幾らか責任あるので申し訳なくは思うとして、馬鹿正直に言うわけにもいかないので黙って置こう。


 周囲の反応に鷹揚な面持ちで応じつつ俺は室内へと足を踏み入れる。


 政治的配慮考えたらどちらから先に声をかけるべきか少し迷ったが、フォルテ将軍の方は重苦しい空気を纏って俯いていたので、まずは自国の人間の方を選ぶことにした。


「ご気分は如何ですかなデフォン子爵?」


「あっ、おっ、あぁいや、そのまぁ悪くはないといいますか……」


 声をかけられたデフォン子爵は王都からの使者として振舞おうとしたが失敗した。露骨に顔を強張らせて視線が宙を彷徨い気味だ。


 無理もない。なにせ俺の半歩後ろにド畜生共が退屈そうな表情しつつ見てるのだから。


 また半狂乱するかもしれないと危惧したが、顔を伏せて俺の方に目を合わせないという自己防衛でギリギリ踏みとどまったらしい。威厳は微塵もないがとりあえず会話成立はしそうな感じだ。


 労わりつつ何故こんな事になったか軽く説明を求めてみると、相手はポツリポツリとだが王都で二人に散々な目にあったいきさつを語ってくれた。


 やっぱりな。


 話を聞き終えた俺は内心で軽い溜息吐きつつそう評する。


 マシロとクロエのやりすぎもないわけじゃないが、概ね自業自得だから同情はせんがね。しかしまぁこんな不運な巡り合わせあるもんなんだな。


 ただまぁそれは子爵個人のメンタルトラウマな一件であり、今回の訪問内容に関しては別の話。


 なので俺も話を聞く以上は深堀りする気もなく、二、三度相槌の頷きをした後には節令使としての顔を作って背筋を伸ばした。


「過去の経緯は置いといて、来て早々災難であられましたな。とにかくもまずは宿泊先にて休まれるが良いでしょう。部下に案内させます故に本日はこれにて仕舞としましょう」


「…………そ、そうですな。すまないがあちらの将軍らの見物が終わるまでの間は節令使殿の御言葉に甘えさせて頂こう」


 俺。というより俺の左右に居る奴らと顔合わせないで済む口実を掴めるようで安堵したのか、子爵は使者としての体裁を半ば放り出して素直に応じる。


 子爵に従ってきた王都の役人らは何か言いたげな顔をしていたが、先程の光景を目にしてたからか口には出さずに黙って首を垂れて従う意を示す。


 これにて王国側の使者一同の滞在中の方針は半ば決まったと言えよう。


 勇者の代理人であるディクシアとアリステラー以外は滞在中俺と会話するのは避けるだろうし、精々大会見物する以外にあちこち探りを入れる行動力も見せはしない筈。


 報告は「当地は平穏無事である」という類のありきたりな表現で済まされる事だろう。


 思わぬ事故に便乗した形となったが俺の悩みの種が一つ減った事実を今は喜ぶとしとこう。


 マシロとクロエの姿に落ち着かない様子を見せる子爵らを宥めつつ、俺は室外に控えてる部下等に御一行を滞在先への案内を命じた。


 小走りに部屋を出ていく王国側の面々の背中を見追った後、俺は思考を切り替えて次の声掛けを待ってた魔族一行に向き合う。


「お待たせして大変申し訳ない。将軍の方は何か怪我や不調はおありですかな?もしあるならば改めて医者を手配しますが」


「……いや、俺は大丈夫だ。そこまでの怪我はない」


 俺の声掛けにフォルテ将軍は短く答える。


 先程と比べて声に強さも張りもなかったが、デフォン子爵と比べたら顔色も悪くはなく冷静さは回復してるように見えた。


 更には視線合わせようとしなかった子爵と比べて、こちらは険しい顔しつつも俺と俺の左右に控えてるド畜生共から視線を逸らす真似はしないでいた。


 流石は一軍を預かる武将で個人としても勇猛で鳴る男か。周りへの面子もあるとはいえメンタルリカバリーも遅くはない。


 そんな感心を抱いていると、フォルテ将軍はゆっくりと立ち上がり、数瞬程躊躇うような素振りを見せたかと思うと、驚くべき行動をとりだした。


「まずは改めて謝罪させて頂く。こちらの一方的な都合にて手を煩わせてしまい大変申し訳ない」


 片膝をつき深く首を垂れて謝罪の言葉を口にしたのだ。


 これには魔族側も驚きの声をあげ、中には止めようと将軍の方に手をかける者もいたが、彼は無造作にそれを払いのけて言葉を続ける。


「そして約束通り、俺は負けた身としてこの地に滞在する間はそちらの者の僕として命を聞くことを誓おう。不肖な身ではあるが誠心誠意付き従う」


 言い終えたフォルテ将軍を顔を上げてクロエの方を視線を向ける。その表情に偽りどころか冗談の欠片もなく、本気と書いてマジと読むぐらいには本気であった。


 いやそういう約束だったけどさ、いざ実行されたら自己満足出来る本人以外困るやつなそれ。


 外国の一将軍をだ、節令使とはいえこっちはたかが一伯爵。しかも伯爵本人でなくその居候で、しかも氏素性定かでない十代後半の女のパシリになんかさせられるわけねーだろ。


 外交問題以前にそんな話広まったら真っ先にバッシング受けるの責任者の俺だからな。


 王都の人間から「何させとんじゃボケェ」と詰られたら平謝りするぐらいに駄目なやつ。場合によっては首飛ぶぞ。政治的か物理的かは知らんが。


 常識的に考えれば、すぐさま強い口調で申し出拒絶してこれ以上の軽挙妄動許さずに宿泊先へ追い返すとこ。


 だが二m近くある巨漢の鬼が真顔で一歩も辞さない雰囲気漂わせてる姿には、そういう言動を採り難いものを感じさせる。


 こう、なんか迂闊な事を言うと逆キレして締め上げられそうな感じというか。それをやられたらそれもそれで外交問題レベルに不味い。


 進む地獄引くも地獄。


 前門の虎後門の狼。


 まさにそう言った言葉が似あう状況に俺は衝動的に頭抱えたくなった。


 しかし頭抱えるわけにもいかない。


 俺の返答を待つフォルテ将軍と、俺と将軍双方の次の発言を固唾を飲んで見守る周囲。


 このままダンマリ決め込むわけにもいかんな。


 仕方がない。相手が不快がって締め上げにくるの覚悟でここは申し出断って解散させよう。


 渋々と決断した俺はなるべく穏便な言葉を脳内で選び出した。


 のだが。


「くくく、不急不要。必要無き労苦の徒労は無価値なる塵となりて」


「そんなもんいらないし目障りだからさっさと帰って寝てろ。と、クロエは言ってるわー」


「……!?」


 身も蓋も無い露骨なお断り発言をするマシロとクロエに対して、声にならない声を上げたのは果たして誰だったか。もしかして自覚無いだけで俺かもしれんけどね。


 いやそうなんだけどもう少し言い方考えろやド畜生ども!


 二人の発言を聞いたフォルテ将軍は怒るかと思いきや、首筋に刃を当てられたかの如く血の気を引かせて震えつつクロエを凝視していた。


 他の魔族も非礼な発言だと分かりつつも反駁出来ない空気を察してか不安気に沈黙してる。


「……その強さに敬意を表して傍仕えさせてもらいたいのだが。そうでなくては非礼の詫びの一つも出来ぬ故」


「あのさー、そんなデカい図体に付き纏われたらうっとしいわけー。それに自分の世話ぐらい自分でやれますー」


「……」


 辟易したような表情を浮かべてマシロはにべもなく言い放ち、クロエも投げやり気味な笑みに同じような感情を乗せてフォルテ将軍を見下ろしてる。


 これ以上の問答は相手を不快にさせる程度の想像力は働いてるらしく、彼もすぐには次の発言をしなかった。


 重苦しい沈黙がしばし続いたが、やがて冷や汗滲ませつつフォルテ将軍は意を決したのか再び口を開いた。


「で、では、僕やら世話やらの話は無しとして、その、滞在中は可能な限り共に行動させてもらう許可は得られないだろうか?」


 物好きと言うか怖いもの見たさここに極まれりというか。


 正直そこまでして傍に居たとこで得られるものなんざなさそうなんだがな。


 多分強さの秘訣と力の一端とか、そういうの探りたい気持ちで言いだしてるんだろうけど。


 そういうレベルに居る存在じゃねーんだわコイツラ。


 無駄だから辞めとけ。と、強く言ってやりたいんだがね普通なら。


 けれどもまぁ単に傍について回るぐらいならいいかと思う。常にどこでもでなく、大会中とか外回りのときぐらいの同行ぐらいなら角も立たないだろう多分。


 提案した側が僕やらパシリ志願を取り下げてくれてるんだから妥協するならこの辺だろう。


 すぐさまそう判断した俺はフォルテ将軍を立たせつつ上司として許可する旨を告げた。


「分かりました。そちらの言い分ある程度受け入れましょう。常にとは行きませぬが、滞在中は将軍が私共と行動を供にすることを認めます」


「よろしいのか?」


「ですがあくまで客人としての同行ということでお願い致します。自ら取り下げた以上は周りの者を心配させるかのような言動はお控え頂きたい」


「わかった。節令使殿の厚意と配慮かたじけない」


「ではまず今日と、出来れば明日ぐらいまでは休まれるがよいかと。明後日以降の事は必ずお知らせしますので、それまではどうか待っててくだされば」


 勝手に話を進めているが、チラッと背後を見ると当事者な筈のマシロとクロエは退屈そうな顔をして成り行きを見ていた。


 面倒くさくなったから俺に押し付けられたらそれでいいや。と、でも考えてるのだろう。


 思わず「お前らの話やぞ!?」と言いたくなるけど俺もこれ以上揉めたくないから我慢だ我慢。


「ささっ、今日はお疲れでしょうから早く戻られて休んでください。後で酒食をお送りしますので遠慮せず飲み食いして英気を養われますよう」


 これ以上話が続くとまた再燃しかねないので、俺は愛想笑い全開で半ば急かす様に将軍らに支度を促しつつ、部屋の外に居る役人らに此方の案内も命じた。


 あとは程々に接待しつつ在留魔族らに世話は任してしまおう。元々安否確認と近況調査が目的という建前だから民間人との顔合わせに問題もないだろうし。


 とにかくも思わぬトラブルの軌道修正は出来たと思いたい。明後日以降の事は明後日以降の俺に任せよう。


 面倒な奴らを全員送り出したらもう今日は仕事おしまいだ。


 大会前で疲れてるのに更にドッと疲労伸し掛かってもう寝ちまいたいよ。





「そんなことがありましたか。いやはや昨日お伺いしなくて正解でしたな」


「まったくですな。疲れのあまり礼を失する発言をしかねないとこでしたので」


 翌日、俺は応接室にてアーベントイアーさんらフォクス・ルナール商会御一行を迎えて茶を飲みつつ歓談していた。


 挨拶がてらに昨日の思わぬ騒ぎを語り終えると、アーベントイアーさんはしおらし気にそう言ったが、面白そうな笑みを浮かべつつなので「見物料払ってでも立ち会いたかった」とか思ってるのだろう。


 俺も完全に他人事なら分からなくもない気持ちなので指摘する無粋な真似はせんがね。まったく、人の不幸は蜜の味とは言うものだな。


 そう言いたげな表情を隠すためにカップに口を付けて温くなった茶を一息に飲み干す。


 数秒程の仕草であるが、その間に薄目で向い側に座る一行を改めて確認。


 先代当主兼独立商人のアーベントイアーさんと、彼の背後に護衛として立つ老傭兵のセルゲ・リッチ。


 そして随員の中には商都へ赴き商会との話し合いをした際にも同席してた者も数名混ざってる。量としては護衛含めても七〇程しか来てないとはいえ、質としては割と真面目であるな。


 夏の話し合いにて取り決めた事を進める為に本腰入れてきたのだろうが、それにしてもこの時代からしたら対応が早いものだ。


 喉を潤し、カップを置く。それを合図に俺は表情を引き締めて前を見据えなおした。


 なお、左右に侍って当然のように椅子に座り飲み食いしてるド畜生共はガン無視な。居るだけで護衛として成り立つとはいえ体裁整えてくれと言いたいがな!


「さて、特に予告も無く来訪されたわけですが、アーベントイアー殿は今回の用件はどういったもので?」


「あぁうん。言ってしまえば夏の話に関してですな。現状報告だけなら手紙か使者出すかで済むのですが、どうせならヴァイトの支店含めてそちらの現況を直に見たくなりまして」


「なるほど」


「それに今は格闘技大会という祭りもやってますからのう。人や物が盛んに往来するであろう今の時期を見れば、この地の力を私らが推し量る一助にもなりますし」


「単なる野次馬根性であって欲しかったですな。あなた程の商人に値踏みされる程にまだ完成されてるわけでないので」


 苦笑交じりに俺は率直な感想を述べた。


 まだ二回目だぞ。単なる見物人増加なら歓迎だが、真面目に調査や力量図られとかされる完成度じゃないんだわ正直。


 願わくば今回だけの見て見誤った認識は抱かないようしてもらいたいね。


 俺の心情を読んだのか、アーベントイアーさんは喉を鳴らして手を横に振る。


「レーワン伯御心配召されるな。一度見ただけで見切るような浅慮なぞしませんぞ私は。あまり見聞きしないような事業というのは一年かそこらで完全に上手くいくなぞ早々ないのですから」


「そう仰って頂けたら気が楽になります」


 どこまで本心で言ってるか分からんじいさんだが、ここはひとまず額面通り受け取っておこう。


「それで改めて伺いたいのですが、商会の方は如何なされてるので?」


 俺の問いにアーベントイアーさんは顎を摩りつつ「そうさのう」と呟きつつ語りだした。


 北部三州から募った従業員らのヴァイト行きに関しては第一陣を年内には送る算段がついたこと。


 それとは別に今ある支店の拡張及び大山脈方面へ向かう人員をこれもまた年内に派遣させ、年明けまでには着手させる見通しだということ。


 周囲の不審を少しでも逸らす為に、ヴァイトに市場拡大の余地があると喧伝する名目にてヴァイト州との投資や取引を増加させる事で当主らと決めたこと。


 話だけ聞けば実に景気の良い話である。どんな物事もコレみたいに気分良い話を聞きたいものだ。


 昨日みたいな出来事があったから猶更ストレスフリーな会話内容に安堵を覚える。


「しかしまぁこれらは第一歩を記したに過ぎませんからな。人や物や金を引き入れたからには停滞させてたものを一気に進めていきませんと。まっ、伯は既に承知とは思いますがな」


「いえ、アーベントイアー殿の御言葉肝に銘じておきまする。自覚してても他者から指摘されて念を押しておかないといけませんからね」


 商会からの助けで大山脈調査も通信施設事業も地元経済のテコ入れも前進するとはいえ、今後を考えたらこれでも遅いぐらいなのだ。


 となれば、微速前進でも確実さ前進にしたいし、可能な限り大きな収穫を得ておきたい。


 その為に俺も気を抜かずに事に当たらねば。と、改めて身を引き締める気分にもなろう。


 今後を見据えて成功率を上げる為にも、アーベントイアーさんみたいな人間の関心を呼び込む手段を講じて行き続けるしかないのだ。


 格闘技大会もまだ二回目なのに変に意義が高まってきそうだなこりゃ。


 しかしあれだな。


 アーベントイアーさんと情報交換しつつ、頭の隅で俺の感情が愚痴りだしている。


 こうして外交や経済関係でその筋の人らと話し込むのが本来の仕事とはいえ、お祭り騒ぎ一つにも頭悩ますとは、もう少し気楽に楽しみたいもんだよな。


 小市民的ながらも偽りなき感想。


 と同時にだ。


 俺が言うようにこういうのが本来の仕事なんですよ俺。嫌なら最初から取り組むんじゃないよ。


 己の愚痴に対して、己の回答は我ながら冷然としたものであった。

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