第162話少し話をしましょうか

 2トップ共々しばし一室にて寝かす事になり、御供達は茶や菓子など与えて小休止させる事にした。


 起きた事は仕方がない。数分前や二年近く前に時間を巻き戻すなぞ不可能なのだ。あるがままを受け入れて対処していくしかない。


 思考停止言うな。こっちも疲れてんだよ精神的に。


 本音言うと全員追い返して自室直行して寝たい気分なんだよ俺。


 本当なら少し時間空けた後で対応したがったが、時間を無駄にする愚を犯すのもなんなので、この間にディクシア、アリステラー両名を執務室へ招いて話をすることにした。


「すまないな。そちらもロクに旅装解いてないだろうに。一段落して然るべき状態で話をしたかったものだ」


「あっ、いや、私どもは構わないのですが……」


 騎士二人は「そこじゃないだろ」と言いたげな顔しつつも恐縮そうに頭を下げて俺の言葉に応ずる。


 執務室のすぐ外にはターロンら数名の護衛を控えさせている。室内には俺とマシロとクロエのみだ。


 状況次第では逃がすわけにはいかないのでな。マシロとクロエ居るから大丈夫だろうが、まぁ万が一というわけで。


 俺は執務室の椅子に深く腰掛けて軽く息を吐き出す。左右にマシロとクロエが立っており、興味なさげに勇者の仲間であろう騎士らを見ている。


 他意なぞ微塵もない、ただ視線を向けてるだけ。次の瞬間には別の方へ移動してるかもしれない程の軽いもの。


 しかし先程の出来事を見た直後のディクシアとアリステラーにとっては、身を硬くするには十分なものがあった。


 ただでさえ話す内容が内容なのだ。緊張するのも無理からぬことであり、場合によっては身の危険すら考えるのも被害妄想と笑い飛ばせないだろう。


 先程の繰り返しになるが、これもまた仕方がないと言うべき事だな。


 勝手に緊張を加速させつつある相手側に内心で軽い同情しつつ、俺は公人の表情を崩さぬままに本題を切り出した。


「それで卿らは私にどのような話を持ち込んできたのかね?なんとなく察してるとはいえ、直接聞きたいものだな」


 俺の促しの言葉にディクシアは表情を強張らせつつ懐から一通の手紙を取り出し差し出してきた。


「勇者様からお預かりしてきた物です。それで、もしよろしければ手紙の内容を声に出して読んで頂きたく思うのですが」


「どれ拝見しよう」


 普通なら従者。居ないなら左右に侍ってる居候のどっちかが手紙を受け取り俺に渡してくれるが、誰も受け取り手居ないので俺は身を乗り出して直接受け取った。


 俺の所作に騎士二人は軽く驚きの表情を浮かべてくる。


 発言を奇妙に思う事なく受け入れてすぐさま受け取るという、一見おかしくはないがこの場では異質なリアクションというわけで驚いたのだろう。


 普通はしないからな良いとこの貴族出の高官がそんな気安い事なぞ。


 相手に確信へ至る材料を一つ与えておいて俺は封筒から手紙を取り出した。




 レーワン伯様こんにちは。この間は剣のプレゼントありがとうございました。


 本当は会ってお礼を言いたいのですが、僕は今こちらに来られません。なので、僕の仲間にあなたの件を任せる事にしました。


 出来ればでいいので、事情を話してくださると助かります。その内容次第では、僕はあなたに会いたいです。


 もしかしたら同じ世界の日本人かもしれない人と話が出来たら、うれしいです。どうか、よろしくおねがいします。



 勇 英雄より




 と、日本語で書かれた内容を俺が淀みなく音読して、更に「所々漢字使ってないとこあるな。今時の高校生ならそんなもんか」とコメント付け加えた。


 ディクシアとアリステラーは懐から一枚の紙を取り出しており、確認するかのように俺の顔と紙を交互に見た後、先程の所作のとき以上の驚愕の表情で俺を凝視する。


 多分あの手に持ってる紙にはコッチの世界の言語版があるんだろうな。大事な確認とはいえご苦労な事で。


 相手側の反応を予想してたので、俺は身分やこの世界のTPO的に無礼な態度に関して何も言わず黙って相手を見据えるのみ。


 しばし重い沈黙が続いたが、ようやくディクシアが汗を一筋垂らしつつ震える声で問いかけてきた。


「れ、レーワン伯。も、もしやあなた様は本当に……?」


「恐らく卿らの考えてるのとは幾分か違うかもしれんが、ある程度は当たってるな」


「それは、その、どういう事ですか」


「どうもこうも。私は勇少年のように召喚されたわけではない。転生という形でこの世界のこの国で生まれ育ってる者だから、厳密には生粋の日本人ではないのだよ。まぁスキルのお陰で日本の情報は常に最新だがね」


 あぁついに言ったなぁ。


 ターロンのときのようなバレでなく、かといってモモのときのようなバレでもない。バレたら面倒そうな立場に居る人間相手に面と向かって断言しちゃったのは地味に大きい。


 心構えする時間は多くあったので今の所は左程カミングアウトに対する感慨は湧かないな。


 なので冷静と余裕という資源をこの場において俺は独占し続けることになる。


 相手側の狼狽を無視して俺は腕組みしつつ問うた。


「私がこうして明かした。卿らは一応信じるという形となる。それを踏まえて、他に何を聞きたいのかね?」


「そ、それは……」

 

 ディクシア達とて道中で対応話し合い行ってた筈だし、なんなら勇少年からもしもの場合になったら訊ねておいて欲しいと頼まれてることもあるだろう。


 けれども立て続けに想定外ともいえる出来事に遭遇して失調気味らしい。如何ともし難い顔をして沈黙してしまった。


「まぁ落ち着き給え。ではまず簡単にだが私の話をさせてもらおうか」


 内心溜息吐きつつも、俺は相手側が落ち着こうとする合間に手短にこれまでの事を語る事にした。


 無論、カミカリ様のこと、俺がこれから成そうとしてること、そして王国に対しての冷めた心境など幾つかは伏せてはいる。


 初対面の相手というのもあるが、勇少年本人ならまだしも、その仲間というのは基本的に貴族連中か爵位はないが家柄の毛並み悪くない連中かで構成されてるだろうしな。


 そんな相手に俺の引き籠り計画のことなんざ口が裂けても言えねぇわ。

 

「……ということで、こうして私はこの地にて民草の為に働いてるわけだ。お分かり頂けたかね?」


「あっ、はい。それはもう御立派であります」


「伯のお人柄は噂でしか知らぬ身でしたので、驚きではあります」


 二人の騎士は茫然の最中であるのか理解してるか怪しい感じに曖昧な相槌を打ち返してきた。


 心情は概ね察してるので態度に関して咎める気も怒る気もないので、俺は二人の反応に頷きつつ腕を組みなおした。


「それでだ。改めて問うが、卿らは私に何が聞きたいのかね?勇者殿も私の正体探りたいだけではないのだろう?」


 俺が言うと同時にマシロとクロエがいつもの投げやりな笑みを浮かべつつ軽く身を乗り出す動作を見せた。


 左右に控えてた二人の動きにディクシアとアリステラーは露骨に身を硬くして絶句してしまう。


 おうこらタイミング狙っただろド畜生共。


 俺の発言と同時に動き見せるとか、相手が「下手な事言ったら始末する気だ」と誤解するだろうが。


 いや、それ狙いなのは分かるけどよ牽制の為に。余計な真似も発言も先んじて封じたいんだろうけど。


 動機が面白半分で適当にそれっぽくしてみたなの見え透いてるから感謝する気微塵も無いがな!


 内心でド畜生共を罵りつつも、表面上はいかにも示し合わせた風な無表情を決め見つつ、俺は三度目の問いかけを試みる。


「答えたまえ。答えられる範囲でなら私も答えよう。しかし言わなければ答えようがないのだがね」


「……、し、失礼致しました。非礼お許しくださいませ」


「恐れながら申し上げますと、節令使様がこんなにも直接明かしてくださるとは思わず、私ども大変戸惑い隠せずに」


「さもありなん。だがまぁ驚き慄いてばかりでは話も進まないだろうし、子爵と将軍が目を覚ます前にさっさと済ませておこうではないか」


「畏まりました。それでは……初歩的な質問なのですが、何故今まで黙っておられたのですか?素性明かして経緯説明すれば国王陛下をはじめとして大勢の方々に頼られる身となるのに」


 ディクシアの質問に俺は失笑を堪えるのに些か苦労した。あまりにも愚問すぎたからだ。


 誰が信じるんだよ。


 証明しようとスキルの一端見せようにもロクに見もせず聞きもせずに拒絶したのお前らだからな?


 書記官として勤めてた頃思い返せば、あのまま更に意地張ってアピールしてれば、理解されるどころか狂人として遇されて伯爵家当主の座を引きずり降ろされて山奥の僧院に幽閉でもされてるわ。


 言動がそのまま通じるなら苦労なんざしねーよ。それ以前の問題だったんだよ俺は。


 まぁあれだ。その辺りは俺が自身を過大評価してこの世界を過小評価した自業自得の面もあるので今更言い募る真似はせんがな。


 ただ仮に明かして信じられたところでだ、全面的に信用されるとは限らないと俺は断言してもいい。これも薄々分かっていたが痛い目見て確信した事だ。


 適当におだて上げて俺のスキルを利用するだけ利用して、利益は自分らで独占して俺にはそれで生じた負の部分を押し付ける。そして最後には損切りする算段だったろうよ。


 勇者すら自分らの為に利用する気満々な連中が転生者の俺に友好的な協力関係築く努力するとは思えん。


 泥を一身に被せるつもりの腐れ貴族共に明かすリスク高すぎなんだよ。


 と言うことをぶちまければ気が楽だがそうもいかない。


 なので俺は精々穏やかで優雅な微笑み浮かべつつ静かにこう答えた。


「転移者はともかく転生者という存在は古今東西あまり聞かないものだ。それ故証明する術もない以上は信じてもらうのも難しいだろう。此度も勇者殿が気づいたからこそ私も明かす覚悟があっただけだ」


「なるほど……」


「そういうもの、なんですかね。いや確かに仰るとおりとは思われまするが」


 ありきたりな言い分に対してディクシアとアリステラーは顔を見合わせ、互いに腑に落ちない表情をしてるのを確認しつつも追及はしてこなかった。


 あくまで代理人として探りを入れてきたにすぎないのだ。深く突っ込むには信頼関係も身分も足りなさすぎる。


 これぐらいが限界だろうな。こうして話の場を設けて尚且つ上の人間の発言へ反応させてるだけでも寛大な処置もんだぞ普通。


 今回は俺という存在が確かなものである事実をもって勇少年の精神安定の一助になればぐらいで収まって欲しいもんだね。


「それで他にあるかね?」


「あっ、あの、それでは。今回の件を機会に、勇者様のお味方になられるおつもりはありますでしょうか?」


「……」


 アリステラーにそう問われた俺は即答を避けた。


 迷ってるからではなく、儀礼的な沈黙だ。


 何事も即答が尊ばれるわけではないからな。即答しすぎて「コイツちゃんと考えて喋ってるのか?」と疑われるのも心外だし。


 コレに関しても俺的には愚問だな。


 勇少年個人には大変申し訳ないし、この世界に住まう人間としては良心が痛んでもいる。


 だが俺は俺の保身の為に勇者には生きた盾として精々世間の注目を引き付けておいて欲しいのだ。


 味方になるということは、戦場では何かと支援しないといけない。守る為や体裁整える為に人や金を投じなきゃいけなくなり、しかもゴールが見えないので破産するまでつぎ込む可能性大。


 戦場以外だと貴族共相手に権力争いしてでも勇者を擁護する為に奔走しないといけない。場合によっては恨みを一身に受ける覚悟もせにゃならん。


 それで得られるのは勇者やその仲間からの感謝の言葉のみ。というのは、損得勘定という言葉が嘲笑してきそうなぐらい割に合わないだろうが。


 この時代の感覚で言うなら、望外の名誉とか末代までの誉れとか、そういう自己陶酔的な表現で満たされる要素になるかもしれん。


 しかし俺は現代地球人に片足突っ込んでる(と自分では思ってる)のでそういうのいらないんだよなぁ。


 俺がそこまでする義理人情はない。


 更にハッキリ言うと、勇少年が何もかも放り捨てて逃げ込んでこない限りはあまり関わりあいたくない。逃げてきたら保護ぐらいはするがな。


 こちらも本音をぶちまけるわけにもいかんので、公人の領域を半歩すら出ることなく静かに首を横に振る。


「……それは出来ないな。卿らも私の事を噂程度とはいえ存じてるだろう?王都に居た頃の評判を顧みれば、勇者殿にとって足枷に成りかねないと思うのだがね」


「しかし一州を統治されてる節令使というお立場は軽くはないかと思われますが」


「それもまた少しはこの国に関する知識あるならば知っておろうよ。如何にこの地が軽んじられてるような地であるか。助力などと畏れ多くて言えないな」


「それはそうなのですが……」


「私なんぞよりも王都には勇者殿を手助けしたいと申し出る熱意ある高位高官の方々も多くいるだろう?彼らの力を集めれば後ろ盾としては国で指折りの勢力間違いなしだ」


「いや、その。そうなんですが」


 両名とも最早取り繕う気もないのか、目に見えて歯切れの悪い感じを出して黙り込んでしまった。


 そんな様子に俺はなんとなくであるが、勇少年を取り巻く状況も未だ安定してないのを察した。


 彼というより、彼の仲間達にとって貴族やそれに準ずる類の有力者のお誘いは多々あれども信ずるに値する者は極僅かなのだろう。


 無節操に受け入れていれば、俺が言ったように王国でも五指に入る大勢力にすぐさま成れる。それは宰相どころか王家に勝るとも劣らない権勢も夢ではない程に。


 しかし己の欲望を満たすのが権利と義務と本気で思ってるような腐れ貴族どもの善意なぞ打算塗れ。勇者の存在を掲げて甘い汁吸うのが魂胆だろう。


 助力を得れば得る程後日が怖くなるやつだ。利息もブラック金貸しも裸足で逃げるぐらいのやつを課せられてそうだ。そして少しでも臨んだような益得られないと掌返して攻撃してこよう。


 加えてだ。富や権力を得過ぎると権力者側からあらぬ疑いや妬みを持たれる。挙句にそれを理由に排除しにかかるだろう。


 自分らで呼んでおいて?と、思われるだろうが、ああいう連中は自分本位で自己正当化や自己弁護が名人レベルに上手いからな。


 都合の悪い事はすぐに忘れるし、一度召喚成功してるから「勇者様の代わりは呼べばいい」と始末した次の日にはそう考えて実行する。実に愚かしい奴らなのだ。


 かといって、勇者の立場をある程度構築するにはまったく集めないわけにもいかないのだろう。


 現状は王家からの体裁保つ為の支援と、彼女らが率いてた配下を中心に目通りの叶った志願者で編成した部隊のみ。質は良いかもしれんが量としては心もとない。


 勇少年を支えてる残念美人三人はそれぞれ身分ある者だからその辺も分かってしまうのだろう。


 だから少しでも力が欲しくても簡単に集められない現状。今回の来訪も、勇少年のささやかな願い叶えるついでに助力求められたらという狙いもあるのだろう。


 と、俺は予想してみたり。


 日本人同士の誼でド田舎でもいいから節令使とその州を味方にしたい切実な事情は察してやるが、まぁ頑張ってくれやとしか言えないね。


 ともすれば少し薄情と思われるかもしれない俺の返答を、目の前の騎士らはどう受け止めどう報告するのか。


 そして勇少年はどう考えてどう決断するのか。


 流石の俺も人様の心情に関しては完全に看破出来ないので、黙々と自分の仕事をやりつつ見守るしかないのである。

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