第160話おもてなしの心(虚しい言葉)(後編)

 恐怖のあまり錯乱気味となった子爵殿を州都庁内にある休憩室の一つに押し込め、落ち着き取り戻すまでしばし様子見することに。


 まさかこんな因縁があったとはビックリだよ正直。


 一々アイツラのプライベート詮索する気もないから自己申告ない限り知りようがないとはいえだ、貴族とのトラブルに関してはせめて一言欲しかったわ。いやまぁ結果論だけどな。


 ただこの件を前向きに考えると口封じの機会でもある。


 王国の使者がこの体たらくということは、形式的以上のやりとりせずに済むし、変な探りを入れられる心配がなくなったわけだ。


 何か言ったり探ろうとするものならマシロとクロエを前に出すだけで強制的に黙らせられるしなあのトラウマっぷりだと。


 今の時期というか俺が赴任して以降の動きはなるべく目を向けられたくない。情報ソースは俺が提出する報告書のみにしときたい。


 駄目押しに軽く脅しかけてでもその辺り徹底したいと考えるなら、子爵殿には悪いが滞在中は悪夢を見てもらうのもやぶさかではないな。


 少しばかり人の悪い思考をしつつも、俺は突然の出来事に唖然としてる王国側の人々に対しての応対を進めていく。


 長である子爵が寝込んでる間、代わりに俺に対して改めて挨拶をしてきたのは武官である護衛隊長の二人であった。


 文官でないのは、どうもあくまでド田舎の州まで外国の皆様ご案内感覚だったので地位の低い者を中心に集ったらしく、節令使とピンで対応出来る者が居ないからだ。


 休憩室前で上司の身を案じて右往左往するしかないレベルの小役人しか居ないので、代わりに武官で立場がそれなりにある者が代理という事になった。


 いかにも騎士とか正統派な職業が様になってるようなイケメンの方が右隊長のディクシア殿で、グリーンの色合いの髪をショートにしてる女性の方は左隊長のアリステラー殿という。


 彼らも身分や立場としては他よりマシ程度とはいえ、此度は隊長に任じられてる上に、元の所属が勇者護衛騎士団でしかも勇者直属として護りについてる立場ならば一応目通り叶えても差し支えないだろう。


 俺個人は別に誰でも構わんのだが、周囲の目や体裁を気にしなくてならんからね公式の場だし。


「突然のご無礼お許しくださいませ。節令使様の面前であのように取り乱しだすとは思わず」


「何故突然あのようになったのか、私どももまったく分からずじまいでして」


「……いや、気にする必要はない。子爵殿も長旅の疲れで気の迷いを起こされたのだろう。使節団としての任務は概ね終えたようなものだし、滞在中は静養されたらよかろう」


 恐縮して頭を下げる二人の騎士に俺は理解ある目上の者風な顔をして労わりの声をかけてやる。


 まさか俺の後ろに控えてるド畜生共に突っかかった末路とは言えないわな。


 こちらの内心など知らずに寛容さを示されて再び頭を下げる二人に、俺はさっさと話を進めていく事にした。


「随員らには既に宿を手配してあるのでそちらにご案内致そう。使者殿や卿ら含めて護衛何名かの滞在先には節令使公邸を用意してある。私は使ってないので遠慮なくそこで寛がれるといい」


「せ、節令使様の所をですか?いや、しかし王国の使者とはいえ、節令使様のお住まいを使うなどと畏れ多いです」


「気にするな。今も言ったが私はあの邸宅使ってないのでな。こういう時ぐらい使わないと維持費も勿体ないのだ。遠慮せず使ってくれ」


「は、はぁではお言葉に甘えて。格別のご配慮感謝致します」


「よいよい。遠路遥々来られた客人に少しでもこの地で過ごしたことを良いものと思って欲しいだけの話。他に何かあれば遠慮なく申し出てくれ」


「……では、早速一つお頼み申し上げたい事がありまして」


 俺の発言にディクシアが意を決したように顔を上げた。


 何を言い出すかは分かってたが、礼儀上は「何かね?」と訊ねておこう。


 促されたディクシアは隣に居たアリステラーと顔を見合わせて頷きあった後、再び俺の方へ顔を向ける。


「ご多忙の中で大変恐縮ではありますが、実は折り入って大事な話がありまして、此処ではなくどこか場を改めてお話を致したいのですが」


「よかろう」


「立場を顧みれば、節令使という要職に就く伯爵家当主に対して非礼は承知……えっ?」


 俺の即答に騎士らは唖然としたのか数瞬呆けた顔して俺を凝視した。


 最終的には勇者の名前持ち出して了承させるつもりだっただろうが、最初は難色示されるの覚悟してたんだろう。


 普通はそうだろうけど、俺も君ら来た時点で一応覚悟は決めてるからねぇ。それに大会前だからこういうのはさっさと済ませておきたいわけよ。


「卿らが私に何を話したいかも察してるつもりだ。ただまぁ今すぐというわけにはいかんな。ひとまず子爵や卿らは滞在先に赴いて旅装を解いてきなさい」


「それはよいのですが……」


「心配せずともすぐにでも話はしよう。卿らが一息吐いてる間に、私はブラク・ヘイセ王国の者の応対をしたくてな」


「な、なるほど、そういうことでしたら、子爵様が落ち着き次第、私どもは宿泊先へ移動致しまする」


 思わぬ進展の速さに脳が処理追いつてないのか、二人は露骨に狼狽したような表情浮かべつつも、ぎこちなく礼を施して謝意を示す。


 それに対して鷹揚に頷いてると、州都庁の役人の一人が小走りに此方へ寄ってきた。


「ご報告致します。ブラク・ヘイセ王国の御一行が門前まで来られておりますが」


「承知した案内して差し上げろ」


 話を区切るにはちょうどいいタイミングだったので、俺はひとまず話を終えた二人をその場に残して前へ向き直った。


 眼前には、案内役に導かれながら向かってくる十数人の魔族の姿が映った。





 胸を逸らして堂々とした足取りで先頭を歩くのはこれまた堂々とした体躯の魔族の青年であった。


 身長は二mぐらいあり、礼服を着てても隠せないはち切れんばかりの筋肉質な体格をしている。


 ボサボサ感と切り揃え感の間ぐらいの髪型をした銀髪、やや黒味かかった赤銅色の肌と、頭部にそそり立つ一本角など、体格含めてまるで鬼みたいだなという感想を抱かせる。


 後日知ったのだが、この世界の遥か東には実際に鬼は居るらしく、ブラク・ヘイセ王家の先祖は東の鬼と西のオーガ種の混血であったという伝承を持つらしい。


 彼こそが、ブラク・ヘイセ王国にて王家に連なる身であり勇将として名が通ってるフォルテ将軍。まさに戦いの似合いそうな見た目まんまな男だ。


 周囲の役人や兵士がその外見に些か気圧されてるのを横目に見つつ、俺は魔族の客人らを出迎える為に更に数歩進み出た。


「遠路遥々ようこそお越しくださいましたフォルテ将軍。私、この地を預かるヴァイト州節令使リュガ・フォン・レーワン伯爵と申します」


「うむ挨拶痛み入る。俺はフォルテ・パウラ―という者だ。此度はプフラオメ王国の者らに無理を言って来訪させてもらった」


 フォルテ将軍は良くも悪くも肩肘張った場は馴染まない性質らしく、一言二言挨拶を交わし終えると陽気な笑みを浮かべて俺に握手を求めてきた。


 俺が言うのも変な話であるが、立場の割な気軽さに驚いた。


 しかしここは相手に合わせてやるのが正解だろう。と、俺は差し出された手を握り返す。


「堅苦しいのはここまでにしておこう。此度は格闘技大会などという面白そうな祭りの見物に来ただけの観光客だ。伯も俺らの事を過剰に気にする必要なぞないからな」


「将軍のお言葉誠に感謝致します。このような地に外国の地位ある方を迎える事なぞ滅多にないので、何か至らぬことがありましたら遠慮なく申し出てください」


「いやいや俺も戦場や演習で多少の不自由は慣れてるつもりだ。それと比べたら今の所は特に不満などないぞ」


 立ち話を続けるのはいいが、椅子のある所に場を移すべきではなかろうか?


 と、ふと考えて彼の背後に居る随員らに視線を向けると、彼の側近故に慣れてるからか、大して気にした風もなく直立不動のままこちらの会話を聞いていた。


 いやあなた方が気にしないならいいんだけど、俺のとこの役人達や、少し離れたとこで待たせてるディクシアら王国の面子が少し不安げに見てるからさ。


 一応外国の要人というのを意識してないのか、フォルテ将軍は機嫌よく立ち話を続けていた。


「いやしかしあれだな。案内された場所には驚いた。出来立ての兵舎を提供されるとはな。祭りを催す時に突然の来訪なので安宿も覚悟してたとこだ」


「いえ、流石に他国の客人をそのような場所には案内出来ませんのでね。本来ならばもう少し良い所を提供したかったのですが」


「気にするな。俺もだが兵士らも真新しい建物で寝泊り出来て喜んでおるわ。それに、銭湯とか言う湯あみ専用の小屋にも驚いた。お陰でここに来る前に旅塵洗い落とせてスッキリした!」


「早速お役に立ててなによりでございます」


「あの城壁のような関所でも風呂を振舞われた時もだが、伯は珍しき事をしておるなと思うたとこよ。貴賤問わず使えると説明されたときは驚嘆したものだ」


「民あっての私どもと心得ておりますれば。様々な事を試して民の営みを案じるのもまた勤めであります」


「然り然り。伯の殊勝な心がけを聞かせてやりたい者は大勢居るだろうなぁ!なればこそ、その想いが格闘技の見世物を一州上げての催し物として押し上げたのだろうな」


 どうやらヴァイト州入りしてからの短時間で見聞きした物に対して好意的らしい。半分は外交的な礼儀だと差し引くとしてもだ。

 

 その流れでプフラオメ王国入りして腕の立つ者と腕試しした話など、機嫌よく饒舌になってるフォルテ将軍に相槌を打ちつつ、俺は内心で安堵の溜息を洩らした。


 先程のデフォン子爵の件もあるからな。このまま聞きに徹して喋るだけ喋らせた後は機嫌よくお帰り願えそうだ。


 幾らなんでもトラブルの追撃は勘弁して欲しいとこだ。いやここで何か起きたら外交問題フラグだしね。


 このまま何事もなくおもてなしにご満悦のままお別れしてもらいたいよマジ。


 などと考えてた時だった。


「それでな、頼み込んでようやく噂の勇者殿にだな……」


 気分よく喋ってたフォルテ将軍の口が急に止まる。


 挨拶の時点で少し屈んで俺のほうだけに視線向けてたからか、姿勢変えようと身体を起こした際に彼の視界が俺の背後を映し出していた。


「レーワン伯」


「な、なにか?」


「伯の後ろに居る白い服と黒い服の女はどういった者らで?」


 数歩離れた所に居たマシロとクロエに視線を固定させたフォルテ将軍の問いかけに俺は心の中で唸り声を上げる。


 なんだよいきなり。またこいつ等何かやったのか?いやそれなら子爵のときみたいに即座に反応あるからな。


 それともこれから何か起こるのか?


「……レーワン家の客分として滞在しておりまして、今は私の護衛を務めてる者らですが、それが何か?」


 発言スルーして話題転換したくて堪らないが、TPO的には無視するわけにもいかず、努めて平静を装いつつ紹介する。


 しばしマシロとクロエを無言で凝視してたフォルテ将軍は、冷や汗を一筋流しつつ口端を笑みで歪めてみせた。


「……強いですな。しかもかなりのものだとお見受けする」


「あっ、いや、その……護衛ですので将軍の仰る通りそれなりに腕は立ちます。ですが、将軍の御眼鏡に叶うかといえば、その、言う程ではないですぞ。あくまで護衛としてはそれなりでして」


 何かヤバイ流れに傾きそうなのを本能的に察知した俺は、強張った笑みを浮かべて卑屈っぽく主張してみたものの、魔族の青年将軍は俺の戯言を信じはしなかった。


「いや分かる。一軍の将としてだけでなく、一武人として幾多の強敵と戦った身だからこそ感じるぞ。この者らから強き者の気配を濃厚に感じる」


 感じなくてええわそんなの!ベタなバトル漫画みたいな展開に持ち込むなや!!


 思わずそう怒鳴りつけたくなる衝動を堪えつつ、俺はフォルテ将軍と、鬼のような風貌の魔族に凝視されても平然と駄弁ってるド畜生共を交互に見る。


 和やかそうな空気に変化が生じたのに気づいたのか、再び周りがざわつきだす。


 上司の言動に慣れてるからか直立不動で待機してた魔族らも戸惑い気味な表情を浮かべだす。


 やや離れたとこで推移を見守ってたディクシアらも剣吞な気配を感じ出したのか、止めるべきか否かと迷うような仕草をし出す。


 やべぇよやべぇよ。


 間を置かずにまたトラブル発生とか勘弁してくれ。つーか、流れが何か似てるのなによ。天丼ネタとか少なくとも今は望んでねーよ俺。


 俺を含めたこの場全員の危惧はすぐさま形となる。


 凝視したまま不動だったフォルテ将軍だったが、突然大股に歩を進めだす。


 俺の横を通り過ぎ、マシロとクロエのすぐ目の前まで来た将軍は、二人を見下ろしてこう言い放った。


「お前達、中々強いと見受けた。よければ手合わせを所望したいんだが」


 場が凍り付いたような雰囲気を感じた。


 厳密には、魔族側は「何言ってるんだこの人」的なやつで、王国の使者側は「何か不味い事が起こりそう」的なやつでフリーズだな。


 俺含むヴァイト州の人間はマシロとクロエの強さ知ってるが故のこれからの展開を想像してだった。


 かなり強いのは分かる癖に強さの度合いは見切ってないとか、馬鹿かよアンタぁ!!


 命知らずな発言に俺は意味不明な唸り声を出して額に手を当てるしかなかった。


 相手の望むままやらせてやるのもおもてなし。とかな話じゃねーからな。

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