第161話一応悪気ない奴をわからせしてしまう無情
フォルテ・パウアー。
召喚勇者達の存在が引き金となり引き起こされた大陸規模の大動乱。後の世に「勇者厄災時代」など幾つもの忌むべき言葉を称される事となる時代。
大小含め数十か国が戦乱の世へ叩き込まれた時期に、国として秩序を保つことに辛うじて成功した魔族の国ブラク・ヘイセ王国。
その功労者が当時から勇将として名を馳せてた彼であった。
軍部の力を背景として果断な行動力と指導力を発揮し、国内の混乱を最小限に抑え込み国力の維持に努め、更に周辺国の混乱を利用して軍事行動を起こして領土を三割拡大させるなど、国の発展に貢献。
その功により伯爵家を興す事を認められ、彼個人の功績へ敬意を示すという名目で一代限りの公爵位を当時の国王から賜ることとなった。
後には軍出身ながらも宰相にまで上り詰め「鉄の軍人宰相」として国内外で知られる事にもなる。
だが王の信任を得てたとはいえ、荒政行った際の独断専行や苛烈なまでの治安維持、それらに伴う反対派への容赦ない弾圧などは問題となり、当然ながら反発する者は貴賤問わず少なくなかった。
反対勢力からの激しい反発や暗殺騒ぎに幾度も遭遇しており、それら悉く恐れる風もなく傲然と退けていく姿に敵味方問わず彼を命知らずと評した。
味方の一人からある日「貴殿は常に失脚や暗殺の危険が付き纏ってるが止まる事はない。それは怖くはないのか?」と問われた。
それに対して彼は遠い目をして静かに一言だけ答えたという。
「昔、ヴァイトという遠き地で経験した恐怖に比べたらまだ生きた心地がするものだ」
この発言に首を傾げる者も居れば、その単語のみで何かを察して納得した者も居たという。
余談ではあるが、彼が国内を安定させて以降、まだ内戦が終結してない某国に住まうとある人物らに、無理をしてでも毎年王国の物産品を送り届けてるという話は暗黙の事実である。
どうしてこうなった。
いきなり無駄に闘志沸かせてる魔族の将軍と、無礼無関心無感動のトリプルアタックと言わんばかりに興味なさげにそれを見上げるウチんとこのド畜生共。
周りがただならぬ空気を察して固唾を飲む中でのこの温度差。
俺も咄嗟の事に声もなく事の推移を見守るしかなかった。
いや、即座に止めないと駄目なやつだけどね。この場合どっち止めるかで少し躊躇いが生じた。
フォルテ将軍止めたら受け答え次第では揉める。かといって突っ立ってるだけのマシロとクロエを窘めるのも変な話なわけで。
そんな時間にして十数秒程度の躊躇いも、事態を加速させてしまう羽目となる。
「返事はどうだ?そちらにとっても強者との戦いはまたとない機会だと思ってるのだが」
「やるわけねーですわー。なんでそんな面倒な事して面白いのー?」
「くくく、不慮不見識な不可解不可式」
無礼千万な物言いに周囲の空気が更に重くなる。俺もやるだろうなと予測出来ててもいざやられたら二の句告げれんわ。
目の前で失礼な返事をされた当の将軍は、驚きに数瞬目を瞠ったが、すぐさま勝手に何か納得して頷きだした。
「なるほど。いきなり外国の身分ある者と戦えと言われて万が一後難があれば困るだろうし、それを承知で受ける程の益も無いと躊躇うか」
よかった勝手に都合の良い解釈してくれたお陰で怒ってなさそうだ。
いや、よかったじゃねーわ。
そうじゃねーんだよ。アンタの目の前にいる二人は正真正銘面倒だから嫌がってるんだよ!
内心でセルフノリツッコミしつつ、俺はこのまま会話されたら不味いという思いから慌てて合間に入り込む。
「……フォルテ将軍。そちらのお考え通り、身分の事もありますので、あまりこういう荒事は私どもも些か困ります故、御不満でありましょうが、私に免じて此処は引いて頂けると」
「ふむそうだな……」
顎に手を添えて考え込む仕草をみせるフォルテ将軍。その姿に周りも少しだけ安堵の空気が漏れた。
この一、二分でテンションの上げ下げ具合エグイわ。これだけで精神的に疲れすぎて参りそうだわ。
だが魔族の将軍は周囲のメンタル疲労などお構いなしらしい。しばし考え込んだ後に口を開いてこう言ってきた。
「ならこれならどうだ。もし俺が負けてもこの件は関係者の胸の内に仕舞い不問とするし、負けたら滞在中はお前らの僕にでもなってやろう」
「しょ、将軍!?」
「そのような約束を安易になされるとは!」
この発言には流石の魔族の側近らも仰天して声を上げるも、将軍は自信に満ちた笑みで宥めにかかる。
「無論法に触れるような真似や無理難題に関しては拒否させてもらうがな。しかし一軍の将を顎で使う機会なぞ滅多にないのだ、手合わせ受ける価値はあると思うぞ?」
凄いなコイツ。いや悪い意味でだが。
自分の武勇への自信もさることながら、下々の者が身分高い者に命令する機会を、さも上質で魅力的な景品と思ってる図太さとか。
まぁこの世界のこの時代の価値観ならこの提案に飛びつく輩も居ないわけではないか。階級社会の中で大手を振って無礼講出来るのは人によっては気分いいわけだし。
あながち的外れではないのは認める。しかしこの男はあの二人がそんなのに喜んで飛びつく類のと本気で思ってるのか?
半々か。と、俺は即座に判断した。
半分は信じて疑ってない。しかしもう半分は即答での拒絶に即答で反撃する為に咄嗟に浮かんだのがソレなのだろう。
すぐに出たのは過去に一度ならずそういうやりとりした経験でもあるのかもしれん。で、上手くいったから悪手ではないと思ってる。
いずれにせよこんな提案受ける奴らじゃない。現に表情が「何言ってんだこいつ?」と言わんばかりに小馬鹿に仕切った笑み絶やしてない。
かと言ってまた即座に拒絶混じりに暴言吐かれたら困る。
百歩。いや千歩譲ってウチの国のウチんとこの州ならギリOKだよヒュプシュさん相手の時みたく。
だけど外国の身分ある相手には不味い。本人が良くても世間体としてアウトなやつ。
こうなれば仕方がない。要望に応じるが適当に負けてお茶濁すか。
あからさまに手を抜けば将軍は不満覚えるだろうが、後は側近の皆さんに宥めてもらうなり、接待漬けにでもして機嫌治してもらうかでリカバリー図ろう。うんそうしよう。
互いに何か言いださないうちに俺は行動に移る。
「わかりました。そこまで仰るなら応じさせましょう。ただし、こちらとしては後日の厄介事にならぬようにこの場限りで済ませて遺恨なきよう誓約してもらいたい」
「おお流石はレーワン伯。話が分かる御仁でありがたい!そちらの不安ももっともだ。すぐに誓約書の一枚二枚署名させて頂こう!!」
要求が通って機嫌よくなったのか、フォルテ将軍は豪快な笑い声を上げつつ、後ろに控えてる側近らに準備を命じ出す。
手合わせをやる流れになって騒然とする周囲を強いて見ないふりしつつ、俺はマシロとクロエに声をかけた。
「こうなれば仕方がねぇ。接待プレイでわざと負けてやれ。一撃喰らったフリして参りましたとか言えばいいだろ」
「八百長とか超不正ー。レーワン伯爵様ともあろう方が腐れ小物ムーヴかましてカッコわるー」
「くくく、偽りのバトルファイトに不完全燃焼の疑念は芽吹き乱れ」
「俺だってこんな馬鹿な真似したかねーよ。本当あの魔族何考えてやがんだよ。こっちは忙しいんだっての」
すぐ近くに居る魔族御一行を覗いつつ俺は奥歯を鳴らして苦い顔を浮かべる。
さっさと挨拶済ませて大会準備するか、明日以降に備えて早めに休息とっておくかしたかったのに、俺らからしたらバトル脳の鬼野郎の我儘とか面倒しかない。
気分害そうが構うもんか。適当に負けて終わらせたい。
俺の非好意的思惑など知った風もなく、フォルテ将軍はその場で書き上げた誓約書を片手に再び俺らの方へ歩みよってきた。
紙面にはまだ墨が乾いておらずに文字が滲んだ文面が並んでる。要約したら「何があっても文句言いません言いがかりつけません」と書かれてる。
そこにブラク・ヘイセ王国の印と将軍直筆のサインがあるのを確認して、俺も渋々ペンに名前を記す。
一応はこれで遺恨なき戦いを行える段取り整ったわけだが、場所に関してはこの場で良いということになった。
「会場とやらは大会直前なのだろう?無理を言ってるのは俺の方だからここでも構わぬよ。気遣い無用だ」
気遣いしてねーし、半端な配慮するならそもそもやるなよ。
と、反射的に言いそうになったがグッと堪えて無言で頭を下げておいた。
「それで、相手なのだが……」
フォルテ将軍はしばしマシロとクロエを凝視した後、迷いなくクロエを指さした。
「白い服羽織った女も強いのだろうが、そこの黒い服の女は更に強いと見受けた。恐らくかなりのものだろう」
正しくも愚かな選択をしたフォルテ将軍に俺は内心で頭を抱えた。
中途半端に嗅覚効くとこんな悲劇が起こりうるんだなぁ。
どちらもかなり強いのだろうと分かり、更にはどっちが強いのかも分かる。
なのになんでその強さの尺度は分からないかなぁ。
自分の強さに自信あるから精々互角か一歩先か否かぐらいにしか考えてないんだろうなぁ。
指名されたクロエは驚きも怯みも微塵もなく、キョトンとした顔をしてマシロと顔を見合わせた後、軽く肩を竦めて前に出てきた。
州都庁のメイン通路はにわか闘技場のようになった。
観客兼壁は俺含む州の人間、王国側に使節一同、魔族の国の一同。
州側は概ねクロエの強さに不安はなく、外国の客人相手に何かしでかすのではないかという不安が強い。
王国側は急展開についていけず互いにを顔を見合わせたり、言葉もなく眼前で始まろうとしてるストリートファイトを見ている。
魔族側はというと、上司の外交儀礼無視したような要求に嘆息していたが、戦う事に関してはあまり不安がってはない。
「まぁ大丈夫だろう。将軍は我が国でも五指に入る武芸者。冒険者としても職務の片手間でランクBを勝ち取る程だ」
「数年前に、幼体とはいえマンティコアを一時間に渡る死闘の末にお一人で討ち取られたのだ。その辺の者なぞ相手になるまいよ」
「戦場でも武器を持った兵隊十数名をあっという間に斬り伏せてしまわれる剛の者。あの女子に下手な怪我させないよう手加減してくれればよいのだが」
すみません。そこの黒い奴はSランク冒険者で成体マンティコアをワンパンKOしてて兵隊二〇〇〇を数十分でほぼ皆殺しにしたんです。
余裕を見せる魔族側に俺はそう叫びたくなる衝動に駆られた。
言ってもすぐには信じて貰えないだろうし、なにより対峙した段階まできたら事実述べて戦意喪失させる暇もない。
頼むからおもてなしの心から接待プレイしてくれよ。年一ぐらいは空気読んでくれよ。
俺の無言の祈りを尻目に、愛用であろう剣を抜き放ったフォルテ将軍は悠然と構えた。
「無手か?正直武器を持たぬ者を斬るのは如何と思うが、望むならそれもよかろう。手加減無用だ遠慮なくかかってこい!!」
「……」
相手側の威勢の良さに感応せず、クロエはいつもの投げやり気味な笑みを消して面倒そうな顔を浮かべて一歩踏み出し。
次の瞬間には相手を地面に叩きつけていた。
「!?」
「はっ?」
突然の光景に周囲は何が起きたのか分からず茫然自失して立ち尽くす。
地面に叩きつけられたフォルテ将軍自身すら、何が起きたか理解追いついてないのか、痛みに呻かず絶句してた。
俺もあまりの速さに驚きはしたが、他より耐性あったのですぐさま立ち直った。マシロは当然の結果と言わんばかりに欠伸を一つする。
二mぐらいの大男を一瞬にして地に這い蹲らせたクロエは別に誇るわけでもなく、無感動に相手の後頭部を見下ろしていた。
時間にして一分と経過してないだろうが、感覚としてかなり長く感じる自失の後、魔族側は目の前の光景をようやく受け入れて悲鳴を上げた。
「しょ、将軍ー!?」
「大丈夫ですか!?お怪我は!?」
「いや、何が起きたのだ?魔法でも使ったのか相手は」
「魔力の気配は何もなかったぞ!なんだこれは!?」
見る限りだと完全にクロエの勝ちだが、一応は相手が降参宣言してないので継続中なので将軍の部下等は駆け寄るべきか迷い慌ててる。
他の者らも異様さに言葉を失いクロエを見てるしか出来なかった。
空気読めとか、接待プレイとか、言う事きくのはその時の本人の気分次第かよド畜生。
いや、なんか予想はしてたけどよこのオチ。悪いのばかり叶ってて気が滅入りそうだ。
ベッドに倒れこんで今すぐ夢の世界に現実逃避したいとこだが、節令使の立場としてはそうはいかんのが悲しいとこ。
対応に困って動けない周囲の中で俺はすぐさまフォルテ将軍とクロエの方へ駆け寄った。
「将軍、しっかりなされよ。どこぞ怪我されたのなら、立ち合いはここで終わりすぐさま治療を致しましょうぞ」
「……い、いや、大丈夫だ。身体痛むがこの程度なら戦いでは珍しくも無い」
俺に声をかけられて我に返ったフォルテ将軍は叩きつけられた身体を庇いつつも立ち上がる。
瞳には驚愕はあれども戦意はまだ残っており、支え杖代わりにしてた剣を改めて握りなおしてクロエを見据える。
度し難い。これ絶対「油断しただけだ。こちらが先に仕掛ければ勝機ある」とか考えてるやつだよ。
自分が瞬殺されたの信じられない気持ち分かるけど、身をもって体感したんだから潔く引いてくれてもよかろうに。
俺のウンザリに共感したわけではなかろうが、クロエは面倒くさそうな表情すら浮かべず無表情になっていた。コイツも似たような感想抱いたのかね?
それを証明するかのような光景が目に飛び込んでくる。
一声吠えて斬りかかったフォルテ将軍。普通ならその速さと力から繰り出す斬撃は一刀で大概の者らは即死であろう。
しかし、普通でない存在からしたら彼もまた有象無象の一つに過ぎなかった。
一撃必殺の斬撃は指先で払いのけられ、払われた勢いで態勢崩した将軍の身体を、剣を払いのけた指先がUターンして同じように払いのける。
鬼の巨体は軽く数mは飛んでいき地面に叩きつけられた。
ここで終わりかと思いきや、クロエはスタスタと倒れ伏してるフォルテ将軍の方へ近寄り顔を近づける。
何事かと思った瞬間、全身に寒気が走る。鳥肌が立っていて、気を抜くと震えてへたり込みそうになる。
周囲も似たような状況なのか誰もが青ざめて己の身体を押さえてる。中にはへたり込んだ奴もいた。
クロエの背中を見てると湧き上がる震え。
素人でも分かる。いや、本能が悟るのだ。
今、殺気を放ってるのだ。本物の殺意が滲み出てるのだアイツから。
マシロ以外はその殺気に呑まれてしまってる俺含めて。
殺気を放ってたのは僅か数秒足らず。しかしその数秒は気の弱い者なら殺気だけで死ぬのではないのかと思わせる威圧感と畏怖があったと思う。
少し離れてた俺達ですらそうなのだ。至近で尚且つ直接向けられたフォルテ将軍は堪ったものではないだろう。
立ち上がり、こちらに踵を返したクロエはマシロと俺と視線が合うと、いつもの気怠く投げやりな笑みを浮かべ、勝利宣言代わりに親指を立てて見せた。
一方のフォルテ将軍は倒れ伏したままであったが、殺気の呪縛が解けた部下達に支えられつつ起き上がろうとしてた。
血の気が完全に引いて白くなったその表情は、つい数分前まであった威勢の良さは消え去っており、憔悴しきっていた。
「ま、参った。俺の負けだ。俺の思い上がりで伯らに迷惑かけて申し訳ない……」
全身を震わせつつ、魔族の将軍は絞り出すようにそれだけ告げて気絶した。
まさか歓迎するつもりで迎えた相手側のトップが短時間で続けて州都庁の一室で寝かせる羽目になるとか。
どっちも自業自得だからド畜生共責めるわけにはいかんとはいえ、初手でおもてなし失敗してて笑えないんですよ。
残りの滞在期間何かあるんではないかと不安感じつつ格闘技大会やるんか俺。
あまりの幸先の悪さに指示を出しつつも俺は思わず天を仰がずにいられないのだった。
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