第144話去った後の評判、そして帰還

side:フォクス・ルナール商会の人々




 フォクス・ルナール商会当主が住まう邸宅。


 商都内に公用私用と幾つか邸を保有しているが、ここは彼らの本拠地ともいえる建物だった。


 王国各地に店を構えるだけあり、仕事場も兼ねたその屋敷は節令使の屋敷を除けばレーヴェ州内で一、二を争う広大な所であった。


 常に人の出入りがあり、どこかしらで誰かが居るような屋敷も、当主の執務室とその付近の廊下や小部屋などは限られた者しか足を踏み入れることは出来ない故に静かなものである。


 今、その執務室には数名の男女が居た。


 フォクス・ルナール商会現当主であるリールとラーフの双子の姉弟。傍らに控えるのは老傭兵であり身辺警護の責任者を務めるセルゲ・リッチ。


 彼らの向い側の椅子に腰かけてるのは、先代当主であり個人商店チャレンジャーの店主であるアーベントイアー。


 他に先代の頃から仕えてる側近数名。この場に居るのは商会の中枢ともいえる顔ぶれであった。


 地下水を汲み上げて各所に配した管から流すことで得られる涼気により、夏を迎えた季節でありながらも他の部屋と比べて過ごしやすい。


 だがそれでも暑気を完全に駆逐出来ないのか、滲み出る汗を時折ハンカチで拭きつつ彼らは話を続けている。親子としてではなく、商人としてのやりとりではあるが。


 アーベントイアーは二つの顔を都合よく使い分けてるとはいえ、最近は基本的に一老商人としての顔の方を使っており、滅多な事で古巣である商会の名を持ち出す真似はしていない。無論、相手の勝手な解釈を進んで是正もしないが。


 当主の座を双子で引き受ける条件として、当面の間は後見人として子を補佐する役目を引き受けてるが、それとて最初の一年でほぼ引継ぎを終えており、子供らはともかく本人は形だけになってると思っていた。


 しかし今回は久方ぶりに先代当主の面を出してのやりとり。


 それほどの案件を彼らは抱える事になっているからだ。


 側近らとて、都内に居る者に召集をかけただけであり、本来なら各地に派遣してる者も呼び寄せてるべきだと、アーベントイアーは思ってる。


「では、北部三州の従業員らは一旦王都の店へ?」


「そうだ。どうせ纏めて送るなら、わざわざレーヴェまで来させてそこからヴァイトへ行くよりか、王都経由でもよかろう。国を横断させる時間も手間も惜しい」


「確かに父さんの仰るとおりですけど、集めて編成終える間に、早く到着した者らが王都の栄えを身をもって知った後にヴァイトへ素直に行くかどうか。クビをちらつかせたとこで王都なら辞めても何かで食べていけますし」


「姉さんの言う通りです。此処まで来させるなら遠くに来すぎて諦めもつくでしょうが、ケーニヒ州は良くも悪くも国の中間に位置してますから、それこそ嫌なら帰れも通じる恐れも出ましょう。レーワン伯には申し訳ないですが、ヴァイト州はまだ評判もイマイチなわけで」


 現当主である子供らの意見にアーベントイアーは不敵な笑みを口端に閃かせた。


「そんな奴らはどうせ此処に来ても同じことを言うぞ。誰だって都会の味を知ればそれより劣る処に好き好んで行くわけない。なら集める場所は王都でも変わりないだろう」


「それなら」


「他所の州が安定してるならケーニヒやレーヴェでなくてもいいんだ。しかし今のご時世で難しいからな。まだ安心して人を掻き集められて一定期間滞在出来る余裕ある場所を選んだそれだけの話」


 笑みを崩さず、試すかのような目線を双子の当主らに投げかけつつアーベントイアーは言葉を続ける。


「だからだ、お前らのうちのどっちかが王都に出向いてそいつら説得してヴァイトに送り付けろ。何のための二人で一人の当主だ。こういうとき便利だろうが」


「いや確かにですよ、僕か姉さんどちらかは近いうちに王都に出向く必要あるでしょう。北部三州にある支店の規模縮小に関して色々やりますから」


「ならいいじゃないかついでにやってこい。俺ならごり押しでもなんでもして一人残らず行かすぞ?俺は出来るんだからお前らだって出来なくもなかろう?つーかやるの前提なんだからやれ」


「……父さんのそういうとこ僕ら尊敬と同時に嫌ってもいますからね今更言うのもなんですけど」


「レーワン伯爵様相手には人の好さそうな感じでしたけど、伯が父さんのそういうとこ知ったらどう思うことか」


 二人は自分とほぼ歳の変わらぬ若い貴族の才と誠実さを匂わせる顔を思い浮かべる。


 年齢や責任ある地位に居る立場、それに己の才能への自負や現状を超えようと行動する姿勢など、彼らはリュガへ共感故に親しみを感じていた。


 先日の邂逅で出来た縁を今後も大事に育んでいきたいと思うが故に、二人は己の父の破天荒さに僅かながら不安もあったのだ。


 実の子でもたまについていけないと思う事あるのだから他人だと更にではないか?


 悪くなる事はないかもしれないがこれ以上良くもなくなるかもしれないのではないか?


 この有能だが個性が強すぎる父任せで大丈夫か?


 その辺りの危惧を込めた息子と娘の軽く毒の籠った言葉も、辣腕家で名を馳せてる老商人の面の皮一枚も貫くことはなかった。


 アーベントイアーは声を建てずに喉を軽く鳴らした。


「伯は俺の性格なんて既に看破してるかもしれんな。それでもイイ性格してると思って受け入れて一緒に一儲けしようと考える御仁だろうよ」


「そこまで父さんを信じるに値されてるとは。レーワン伯は私たちが思う以上に寛大なお心の持ち主なようで」


「いんや。単に何かに巻きこんでも左程心が痛む必要のない奴とか思ってるんだろう。事を急いで成す為なら時に劇薬も飲む気概を持つべきと考えそうな方と見受けられたしな」


「えぇ……」


 呆れ交じりの呻きは、リュガへのものか父へのものか。或いは両者に対してか。


 いずれにせよ、双子の当主は父の意見を渋々ながら是とするしかなかった。


 実際問題事は一刻を争うと評しても過言ではなかった。


 既に北部三州の一部店舗は移住に応じた者達の第一陣を送り出してる。という報告を受けている。


 リュガがヴァイト州で何を行っていくかを全て把握してはないが、一日も早く人手不足を解消して州内の整備を進めたいと考えてるのだけは確実。


 恩を売りつつ食い込む機会。そこから新たな商機へと繋がるのなら今がその時であろう。


 どちらが王都へ行くかは左程揉めずに決められる。


 どちらが行ってもいいが、念のため王宮内や王都に住む富豪や商人らの社交関係の確認した上で姉か弟か決めるべきであるが。


 赴く日時を決め、赴いた後に必要な資金と物資の試算して用意を整え、片方が不在の間に何か生じた場合想定して幾つか互いに決めごとを定め、不正をやらかした者へに処罰をはじめとして出発までに二人で優先して片付けるべき案件を片付ける。


 他に幾つもあるが、これらを通常業務と自分らの商会含めた商人らの綱紀粛正やリュガ関係の仕事と並行して行う。


 当面続く激務に、そういうのにある程度慣れてる筈の商会の面々も思わず顔を見合わせて軽い溜息を吐きあう。


「一世一代の大きな稼ぎの匂いがしてるんだ。精々頑張って俺や先祖の稼ぎを維持してくれよ」


 一人それを楽し気に眺めるアーベントイアーは他人事のようにそう嘯くのであった。






side:王都の人々



 レーヴェ州からもたらされた急報は、夏を迎え始めた王都に住まう王侯貴族らを仰天させた。


 貴族の、しかも侯爵という高い位の者が国に対して反逆行為を働いたのだ。


 王家や国を支えるべき貴族にあるまじき行動。


 厳密には、建国初期のまだ王権確立しきってない時期に貴族に叙せられた者が反乱を起こした例も幾つかある。未遂に終わったが王や王族に不満を持って事を起こそうとした者も今まで居た。


 しかし建国から四百年以上経過しており、尚且つレーヴェ州という国内でも三指に入る栄えた州の省都にて発生したという事実は軽くはない。


 普段は宰相らに政務の半ばを任せてるような国王ですら彼らを呼び出して詳細報告を求めた。


 宰相や大臣らは最初誤報か他国の仕掛けた罠を疑ったが、冒険者ギルドからも報告が上がった事で事実と判明した後にしばし絶句した。


 貴族らは理解が追いつかないのか第一報がもたらされた時の反応は鈍かった。しかし時が経つにつれて事実を受け止め始めると顔色を変えて浮足立った。


 特にワルダク侯爵が属していた第一王女派の貴族らは動揺の極みであった。


 ある者は血の気が引きすぎたのかその場でへたり込み、ある者は他の派閥の謀略だと喚いた後にすぐさま王に直訴しべしと怒鳴りだし、ある者は顔色悪くしつつも騒ぎの中を抜け出していずこかへ駆け込みだす。


 反応は様々であるが、共通した認識がある。


 それは自分らが属する派閥は終わりであろうという悲しき現実。


 終わるだけではなく、これから幾人かが永遠に家名と共に消えるだろうという恐怖。


 第一王女派の頭であったアクドイ侯爵は突然の暗転に長い時間茫然自失していたのが命取りとなった。


 我に返って如何様な保身に走るべきか考えるべく屋敷に逃げ戻ろうとしたところを、宰相の命によって派遣された近衛騎士達によって拘束されてしまったのだ。


 あくまで単なる情報の確認する目的の取り調べ。という触れ回りであるが、実際はワルダク侯爵の起こした反逆の共犯者前提の逮捕であるのは誰の目にも明らかであった。


 それより前には王直々の命によって近衛軍の一部がワルダク侯爵家の屋敷へと向かい、親族や使用人を例外なく片っ端から拘束したという話も入ってきている。


 ここからどれほどの粛清が起こるのかと、貴族らは戦々恐々とした。


 逆に喜色を浮かべつつも努めて歓喜を爆発させるのを控えてるのは、マルシャン侯爵属する第一王子派の貴族達であった。


 無論彼らにも不安がないわけでもない。


 長い歴史ある貴族ともなれば政敵だろうが喧嘩してようが何かしら縁故が育まれてるのだ。


 更に万が一の為の保身として別派閥に細い糸程度の繋がりを構築してる者も珍しくはない。今回の一件で累がどこまで及ぶか不明もあって心の隅に落ちつかぬ気持ちが残っている。


 ただ、今この瞬間だけはそれを忘れて歓喜を噛みしめたい気持ちが圧勝していた。


 自分らの同士であるマルシャン侯爵が大功を建てた事と、派閥の一つを事実上潰せる事の二つは彼らを喜ばせるには十分なものであった。


 数年前に彼がレーヴェ州節令使の座を得たことで権力武力財力の増加が成せただけでも意義はあった。


 このまま王位継承定まるまで地位に留まってくれればよかったのだが、よもやこのような大功を建ててくれるとは嬉しい誤算。


 彼らは溜り場にしてる一室に集ってささやかな祝杯を上げつつ、南方に居る同士をあらん限りの美辞麗句で称えた。


 第一王子というだけでも他の王族より有利とはいえ、勝率は上がるに越した事ないし、それをする為の行動はやっておいてもよいのだ。


 彼の率先して実践した行為を無駄にすべきではない。王都に居る我らは彼の功績を使って更なる優勢を築き上げていくべきだ。


 気を良くした彼らは今後如何にこの功を利用していくかという話題や、第一王女派の狼狽ぶりやもうすぐ降りかかるであろう転落ぶりの予想を肴にして、彼らにしてはささやかな宴会を続けていくのだった。


 王都に住まう貴族の99.9%はマルシャン侯爵の手柄とそれによって生じる波乱に関心が行っており、リュガの事なぞ誰も微塵も触れていない。


 中には報告書に書かれた部分が目に留まる者も居たが、僅かながらの助力と記載あっては「あの変わり者もたまには人の役に立つのか」と呟いてすぐさま忘れられた。


 リュガにとっては予測してたとおりの流れとなった。或いは願望ともいうべきか。


 極僅かに属するのは、弟であり当主代行を務めるヒリューと彼個人と親しい幾人かの貴族。


 そして、贈り物の一件からリュガが気になって仕方がない勇者である勇英雄と、彼の事を信じてるが故に一応は気にかけてる彼の仲間達ぐらいのものであった。


 とにかくも、王都も夏の盛りに相応しいような騒ぎが王宮を中心に起こっていくのだが、それはまた別の話。


 








 退屈も時にはアリだな。平穏という有難み実感すると。


 太陽の熱に顔を顰めつつ俺はそんな事を思った。


 商都を出てから約二週間経過した。


 現在俺らはヴァッサーマン州の森林地帯と大山脈に挟まれた細い道にある脇道にて小休止中。


 明日の昼ぐらいにはヴァイト州関所に到着予定である。


 滞在中の詰め込み過ぎなテンプレイベントラッシュの後だと、行きは退屈に思えた旅路も何事もなく終わる事への安堵感が勝る。


 特に平成辺りは「これで魔物の突然の襲撃とかないなら最高に穏やか日々ですね」などと口にして、モモから「軟弱者め」と吐き捨てられていたな。ありゃヴァイトに戻ったら何かやりそうな予感するわ。


 そんな他愛ない考え事を出来る余裕というか暇が今ある。どうせ帰ったらまた頭悩ます日々になるんだから今ぐらい深く考えず帰路に就きたいもんだな。


 あとその頃には王都にも商都の騒ぎの話は届いているかもしれない。


 賄賂攻勢エゲツないだけで済むわけなく、そこからそこそこ溜まった不正や腐敗の掃除をする羽目になってる商都。


 単なる小悪党の暴発が意図的に起こされた反逆に格上げされた所為で、久方ぶりに宮廷内が蜂の巣つついた騒ぎになる王都。


 今後起こるであろう大きなうねりの前ではちょっとした騒ぎ程度だろうが、この夏は彼らなりに心穏やかでない夏として記憶に残るだろうなぁ。


 波紋を生じさせた一人である俺が言うのもなんだが、あとは勝手にやってくれとしか言えない。


 俺は俺で自分の統治してる場所でやる事は沢山あるのだ。同じ国とはいえ遠くの州の騒ぎに逐一首を突っ込む余裕なぞないぞ。


 まだ夏は始まったばかりであり、終わる頃にはどうなっていて、どこまで進展してるころやら。俺も俺以外も。


 とりあえず今はもう少し涼しい風吹いてもらいたいもんだ。と、自然に向かって心の中で愚痴るとするか。


 革袋に詰めた生ぬるくなった水を飲み干しつつ、俺は今後の事にそんな風な思いを馳せるのであった。

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