第141話さらば商都

 そしてついに迎えた滞在最終日。


 夏の気配を色濃く感じさせる雲一つない青空と、照り付ける日差しが宿の外に出た俺達一行の五感に訴えかけてくる。


 日本の夏のような蒸し暑さでないだけマシだな。と、思いつつ俺は大きな欠伸をする。


 結局あの後数時間ぐらい三人揃ってダンマリしたまま月見して終わったよ。


 気まずいとかではなかったが情緒もへったくれもありゃしねぇ。部屋に送り返されるその瞬間まで何も起こらなかったわ。


 普段は空気読めるくせにあえて読まない振舞いするというのに、人には詮索一つさせず黙秘とかフリーダムってレベルじゃねーぞ。


 お陰で疑惑晴れずに寝付くのに苦労して今のザマだよ。商都出たら馬車に引っ込んで寝るぞ絶対に。


 しかも珍しく迂闊さ出した昨晩の事なぞなかったかのように、俺の左右でバイクに乗ってるド畜生どもはいつもどおり投げやり気味な笑みを周囲に振りまいていた。


 一晩経ってるから今更蒸し返すわけにいかず俺は不機嫌そうに周囲を見渡す。


 俺の護衛もせずマシロとクロエにあっさり渡した面々は俺の不機嫌さを察して一様に気まずそうな顔をしていた。


 ターロンは配下らの準備確認と称してさり気なく俺の視線から抜け出し、モモは嘘を吐けないからか視線は逸らしていないが口をへ字に曲げて沈黙。


 視線を受け止め損ねた平成は露骨に目を泳がせて「いや、あの、さ、昨晩はお愉しみでしたかね?」と下手糞なお約束台詞言ってきた。


「おい冗談でも次そんな事言ってみろ。一週間ぐらい鉄首輪と鉄枷付けた上でガチな牢屋に叩き込むか、ターロン達に頼んで死ぬギリギル攻めるスパルタ訓練してもらうかを命ずるからなマジで」


「そ、そんなに!?いや我ながら言わない方がマシだった的な馬鹿な発言とは思いますけどそんなに怒らなくても」


「この世界で言論の自由行使出来るのは受ける側の機嫌次第っての覚えておけよ転移者さんよぉ」


「す、すみません。謝りますからその目が笑ってない笑顔でそう言うの勘弁してください」


 結果として俺の不機嫌のはけ口となった平成は泣きそうな顔して頭を下げる。そんな平成を離れたところで見てたターロンとモモは「馬鹿な奴め」と言いたげな生ぬるい視線を向けていた。


 俺と平成のやりとりを聞いてた筈のマシロとクロエは特にコメントもなくせせら笑うだけだった。


 そうこうしてる内に供の者達全員の準備が終えた報告を受け、愛馬に騎乗する前に背後に立つ宿の者らに向き直った。


 あからさまに厄介払い出来て嬉しそうな支配人一同。送り出す笑顔でさえようやく居なくなってくれる安堵感に満ちてる。と、思うのは被害妄想かねぇ?


 まぁ原因が原因なので俺も怒れるわけもなく、精々気持ちよくわかれようと努める事とした。


「色々世話になったな。短い間であったが我らの為に苦労を掛けてしまった事を謝罪する」


「いえお気になさらずに。これもまた私共の仕事ですので」


 支配人が一同を代表してそう述べつつ会釈する。


「またいつか、伯爵様が商都を訪れた際は街のまだ御覧になられてない場所をゆるりと見物出来る事を願っております。その際ですが、我が宿に負けず劣らず魅力的な宿も商都には多々ありますので、それらにお泊りになられるのもまた違いを楽しめましてお勧めですぞ」


「……うむ。また来る際はそなたの助言役立てるとしよう。最後まで気遣いすまぬな」


 遠回しに「もう二度とウチに来るんじゃねぇ」と言わんばかりの長口上に対し、俺は気まずさを顔に出すまいと堪えつつ優雅な貴族スマイルで丁寧に応じるのであった。


 手配した商会から事前に多額の金銭貰ってる筈だし、俺も最後の礼含めて何かある都度そこそこ金銭出した。利益で言うならほぼ半年分の売り上げに貢献した筈だ。


 なのだがお金積めばいいって話でもないのはよーく分かるわけで。


 宿や借家経営してる人間からしたら死人の一人出ただけで評判怪しくなるわ、死んだ部屋なんて事故物件扱いになるわでろくでもないというのに、滞在中でトータル三百以上のグロ死体積み上げられるとか廃業視野に入れるレベルだわ。


 頭から塩ぶっかけられて帰れコール言われないだけ温情と割り切って素直に支配人らの拒絶を受け入れよう。


 白々しさが透けて見える旅の無事を祈る言葉を背に受けつつ、俺は愛馬に騎乗して周囲の者達に出発の声をかけた。


 俺を中心にして前後左右を固めるような隊列をしつつ宿の正門をくぐっていく。


 門を出ると数十騎程の武装した兵士らを引き連れたエルト男爵が待ち受けていた。


 俺の姿を見た男爵は馬から降りて恭しく頭を下げる。


「お待ちしておりました。私を含めこの場に居る騎兵四〇騎にてレーワン節令使様を省都正門までご案内しお見送り致します」


「マルシャン侯の代理というわけか。ご厚意かたじけない」


 レーヴェ州節令使府が現在猫の手も借りたい忙しさなの知ってるので、見送り不参加されても構わなかったが、ここはわざわざ見送り派遣した節令使の先輩の顔を立てて歓迎するとしよう。


 鷹揚に頷いて同意を示した俺はエルト男爵率いる兵士らを先頭にして再び行進を開始した。


 午前中な上に未だ準警戒態勢敷かれてるような状況とはいえ、そこは商都と称される程栄えた場所である。


 兵士や自警団が怖い顔して街中を歩きまわってる以外はいつもと変わらず、大通りには露店が立ち並び人々が品々を売ったり買ったりする平和な光景が見られた。


 騎馬の集団な上にエルト男爵指揮下の兵らが道を開けるよう声掛けしたので住民らの視線が俺達に集中する。


「レーワン伯爵様じゃないか?ほら、あの左右に居る女の子とか変な乗り物あるし」


「本当だ。もう帰られてしまうのか」


「いやいやなんでも宿に強請やら盗みやら連日おしかけては追い払ってたとかいう話聞いたぞ。嫌気が差したんじゃないかね?」


「はー、それは申し訳ねぇな。この間の奴らといい、俺らの街にあんな奴らが他所から来たお人に迷惑かけるなんてな」


「助けてもらってありがたいことよ。しかも食べ物や酒まで無料で配ってくれるし」


「同じ貴族でもこの間騒ぎ起こした奴とは大違いだ。ああいうお人ならまた来てもらいたいよ」


 好奇の視線向けつつ住民達のそのような声が耳に入って来る。


 中には大声上げて俺らに感謝の言葉を述べる人も居たので、俺は軽く手を振って反応してやって愛想を振りまく。


 ひとまず現地の人達の印象は悪くはなさそうだ。願わくば細く長くでいいからこのまま記憶に残り続けてもらいたいものだな。


 今のご時世考えるとだ、自分の治める州優先とはいえ、他州の民とていつ何かしらで関わる機会もある以上良い印象持たれてた方がいい。


 そういう点では目論見は今のところ上手くいってるのでどこまで維持されるかは今後の関わり次第か。


 商人らとの関りは継続していくだろうし、それ経由で何か出来ればいいな。


 そんな事を考えながら行進は続いていき、三十分程経過した頃には正門に設けられた検査場前まで来ていた。


 普通ならここでも荷物や人相改めをした上で出ていく事になっている。犯罪者やご禁制品の流出防ぐ為なので当たり前であるが。


 だが俺らは特に検査も受けず悠々と通過する。


 身分や立場もあるが、人員の大半がロクに外出てないのと、此処で購入した品々はチェック受けた商人らが宿に運び込んだ物ばかりなのが判明してるという理由もある。


 これから外に出ようとしてる人々の怪訝そうな顔を横目に俺達は商都の正門を出た。


 入るときもそうだが、いざ出るとなると少しばかり感慨はある。この短期間滞在で色々あったものだから猶更。


 あえて注文つけるなら、もう少しエンジョイ的な意味の思い出作ってたら感ずるモノも増大してただろうよ。


 次いつ来れるか分からないが、機会があれば今度はご機嫌な気分オンリーで過ごしたいものだ。


 それまではどうか色んな意味で平穏を保ってて欲しいもんだね。などと、そんな考えが頭に浮かぶ。


 なので潜り抜けると同時に僅かに生じた感慨も仕舞い込む事が出来た。


 外に出ると来る時と同じでこれから中に入ろうと列を作る人々の光景がある。


 違いがあるとすれば、道から少し外れた所に簡易的な天幕を張った集団がこちらを待ち受けてるところか。


 待ち受けてたのはフォクス・ルナール商会の双子当主と、先代であり一独立商人であるアーベントイアーさん。そして冒険者ギルドのマスターであるアランさんらギルド関係者達だ。


「お待ちしておりまたぞレーワン伯」


「お待たせして申し訳ない。卿らも多忙だろうに朝早くから見送りの為に」


「いえいえ。今日逃せば次にお会いしてご報告すべき事も先になってしまいますので、この機を逃すわけにもいきません」


 脇道にそれて合流してそのような挨拶を交わしあう。


 出てすぐ小休止となってしまったが、どうせ今日は久々の野営確定なのだから今更慌てて進むこともない。


 愛馬から降りて用意された椅子に腰を下ろす。傍にはいつもの面子を控えさせて俺は彼らと応対することに。


 なお、出た時点で見送り済ませてもよかったのだろうがエルト男爵も同席させている。彼経由でマルシャン侯の耳にも一応情報いれておかないといけないしな。


「ではまず私の方からご報告を」


 口を開いたのはアランさん。彼が用件は解体作業の途中経過報告及び現時点で終えた素材の引き渡しである。


 初日から一心不乱に無茶した成果があったのか、解体作業は既に六割完了しているという。


 臓器や血液などすぐさま確保しないと危ない物を優先的に保護。残りの部位も腐敗や損傷具合を見極めつつ無事な部分を解体してる最中。


 ただ急ぐあまり昼夜問わず作業続けたが故に今日明日は解体係らに休息を命じたらしい。


「冷凍は交代で絶やさずにしておりますし、確保すべきとこは確保してるとはいえ、貴重な素材を腐らず恐れが生じる事をお許しくださいませ」


 そう言って深々と頭を下げて謝罪するアランさんを俺は手で制した。


「ドラゴン解体技術を持つ貴重な人材に倒れられても困る。卿の判断は正しいものであるし、それによって咎めるような真似はしない。職員らには身体を労わるよう伝えてやって欲しい」


「必ずやお伝え致します。伯爵様の御寛恕誠に感謝致しまする」


 アランさんは謝辞を述べた後、俺に促されて報告の続きを語る。


 今朝方までに終えた双頭竜の素材(ギルド買い取り品は除く)と、並行して冒険者ギルド内にある解体場で行わせていたその他の魔物も現時点で解体終えた分をこちらに運び込ませているという。


 残りに関しても終えたのを一定数纏めたものを船便にて送る旨も告げられた。


 露骨には言わないがレーヴェ州外の治安に不安があるから陸路は避けたいのだろうな。その辺の微妙な情勢も流石に把握してるわけか。


 説明を聞いて納得した俺は改めてアランさんらギルド関係者に礼を述べつつ、左右に控えるマシロとクロエの方を見た。


「この話終わったらアイテムボックス仕舞い込むが構わないな?」


「おけおけー。まぁでもさー、そっちで適当に売っ払ってもよかったんだけどねー。どうせ持ってても無駄だしー」


「くくく、不急不要の産廃のマウンテン」


「お前らにとっちゃそうだがお前ら以外にとってはお金積んでも欲しいものなんだから文句言うな」


 そんなやりとりはしたが、とにかく収まるとこに収まるので、今回の目的である解体及び素材回収も半分は達成出来るようでなによりだ。


 それ以外の話に関しては後日改めて書簡を使者に持たせて伺う事となった。当面のやりとりはそれで行うしかないという。


 文通なぞ迂遠にも程があるが、この時代の文明水準及びアランさんも俺の用件以外に仕事は山積みなので仕方がない。


 ひとまずギルドの話に納得したので、次に俺はフォクス・ルナール商会の面々の話を伺うことにした。


 とは言うものの、彼らとの深いお話合いは寧ろ後日改めてやることだ。


 現地節令使府の人間が居る前でヴァイト州のあれこれに関して大っぴらに話す事なぞ無理だしな。


 なので主にお別れの挨拶混じりの雑談となった。


「ひとまずのお別れとはいえ少し寂しくなりますね。よもやあのような事が起きるとは」


「本当はもう少し他に紹介したい方や案内したい場所もありましたのに残念ですわ」


「此度は誼を結ぼうと招きに応じただけのこと故に気になさるな。今後も良い付き合いをしていけばおのずと機会もあるでしょうからな」


 恐縮する双子当主に対して俺はそう言って慰めた。


 実際問題あんな大事に遭遇して余波も深いものとなると想像し難いわけで。これに関しては俺も不本意拭えてないが事故と思うしかなかろうよ。


「節令使殿の仰る通り。これから我が商会や私なぞも深い付き合いをしていくのですからな。世話になる日も遠くはないでしょうし、建設的な考えをしていく方が健全ですな」


 若造三人がやや湿っぽいやりとりしてるのを聞いてたアーベントイアーさんが笑いつつ意味ありげな口調でそう言った。


 これに反応したのは同席してたエルト男爵であった。不思議そうな表情浮かべて小首を傾げる。


「アーベントイアー殿、それはどういう意味でございますかな?」


 商人が貴族や役人と懇意にしたがるのはよくある事であるし、政治関係で便宜図らないなら多少は個人的な付き合い行うのも黙認されてるようなもの。


 だが辣腕家として名を馳せる老商人がいかにも何か匂わせる言い方をすると、素直に返答ないと承知しつつも問わずにいられない心境となるのだろう。


 エルト男爵の疑問に対してアーベントイアーさんは微塵も動じた風もなく皴の多い頬を撫でつつ悠然と向き合った。


「意味も何もそのままでございますよ。ヴァイト州には昔から支店構えておりますし、伯との交流を機会に店舗の拡大を考えておりますのでな。商会として市場開拓の機を感じた次第で」


「なるほどそうでしたか。これはとんだ無礼な物言いをしてしまい誠に申し訳ない」


「いやいや構いませぬよ。マルシャン侯爵様の側近として些細な事にも目を配るのは当然の事です。こちらこそいらぬ疑心を誘うかのような発言申し訳ありませぬ」


 芝居かかったような恭しさでアーベントイアーさんは軽く頭を下げる。それにエルト男爵も慌てて頭を下げ返す。


 無理矢理だがそれを感じさせぬ風に疑念を有耶無耶にしてのけたな。


 二人の会話を聞いてた俺は呆れと感心入り混じったそんな感想を抱くのだった。


「さてあまり長話をしてレーワン伯のお帰りをお止めするのも申し訳ないですし、この辺りでお開きといたしますかの」


 謝罪しあった直後アーベントイアーさんが声を張り上げて提案してきた。


 このまま解散して逃げるつもりだろう。だがまぁ確かに別れの挨拶にしては長い気もせんでもないか。


「ですな。私らもそろそろ仕事場に戻らないといけませんし」


「ですね、また手紙なり使者を派遣するなりで連絡すればいいですしね」


「ですわねぇ。レーワン伯にはとんだ足止めをしてしまい申し訳ありませんわ」


「あっ、その、ですな。ここからまた長旅となりますがお気をつけてお帰りくださいませ」


 各々もアーベントイアーさんの提案に賛同して腰を上げる。男爵以外は提案者の意図を察したようで早口であった。


 俺も一つ頷いて椅子から立ち上がった。


「卿らの厚意誠に感謝する。見送りはここまでで結構だ。私達に気にせずに職務に戻られるがいい」


 マシロ達に引き渡された素材回収と再出発の準備を促しつつ俺は彼らにそう告げる。


「色々ありましたが、遠路遥々来て良かったと思ってる。今後ともよしなに頼むぞ」


 半分社交辞令だが半分は本音だ。


 目的も果たして得るものはあったのだからトータルだと良かったと思うぞ。


 出会った人達に別れを告げて愛馬に騎乗する。


 商都の広大な正門を一瞥して、次いでどこまでも広がる青空を一瞥する。


 さよならを告げる中で、俺はまた来る時に自分を含めた全てがどうなってるのかという思いを馳せるのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る