第119話良い話と悪い話のうちの良い話の方

 いささか気まずい空気が流れてるが、内容上避けられない話題の結果だ。俺もあちらもこの程度で動揺するほど軟なメンタルしてねーよ。


 壁や天井から水の流れる音を聞きつつ俺はコップを手に取り少し残ってた中身を飲み干した。


 やや音高くテーブルに空コップを置くと、今まで固唾を飲んでトップ同士の会話を聴いていたメイドの一人が慌てて部屋の隅に置かれていた水差しを持ち出してお替りを注ぎにやってくる。


 そのリアクションが良い切欠になったのか、双子の当主も俺の左右に居た面々(ド畜生二人除く)も遠慮がちに飲料のお替りを求めだす。


 しばしそういう動きがあった後、リールさんが小さな溜息を一つ吐いた。


「……深刻さを再認識したところで私達に出来る事なぞたかが知れてるわけですし、景気の悪い話も程々にしておきましょう」


「同感ですな」


 俺は数度頷き返しつつ短く答える。


 今回で何もかも論じて決める予定ではない。あくまで互いの危機に対しての認識や情報を幾らか提示するぐらいでよかろう。


 実際リールさんが言うように節令使だろうが豪商ともいえる老舗商会だろうが即座に国政を左右する力を持ってるわけでもないからな。


 彼らが将来的にどう考えてるか分からんが、少なくとも俺は今後も持つ気はなく自己保身のみ考えるわけだが。


 それにしてもこうして現状把握する都度この国の壊れた時限爆弾っぷりはやべーな。そりゃ自分らから話振っておいてなんだか気が滅入る。


 この流れでさてどういう良い話をしていくべきか。


「他の地域もさることながら、まずは北部三州に関してでしょうなそちらが手を打つべきは」


「伯もそうお考えになられますか」


「私でなくとも今の有様では通常営業どころか存続も危うくなると判断しますな。差し出がましいですが、パクレット王国も当然として他の二国との交易状況次第では早々と見切りつけるべきかと」


 遠慮ない口調でそう言うものの、正直なとこ会って間もない部外者がそこまで口出していいか迷った。


 だが二人の表情や様子見てると第三者からの口出しによる後押しを欲してるように見受けられたからな。


 俺の言葉に双子の当主は揃ってやや俯いて口元に手を添えて考え込んだ。


 性別による体格差はあれども同じタイミングで自然と同じ仕草されると同一人物に錯覚してしまいそうだ。と、俺は双子への雑な印象を抱きつつ注視する。


 幾度目かの沈黙であったがすぐさま終わる。無言で頷きあった後にラーフさんが顔を挙げた。


「完全撤退は当面はしません。情勢悪化次第ですが今はまだ規模の縮小で乗り切ろうかと」


「なるほど。まぁそれでよろしいかと」


 俺みたいに最初からパージ前提で行動してないならその決断に落ち着くだろう。


 限りなくゼロに近い可能性とはいえ万が一持ち直した場合、完全撤退したらまた一から構築する手間がかかる。理由はどうあれ逃げ出した後の地元に対する信用回復も骨が折れるだろうな。


 その上にこの段階で大手老舗商会が逃げ出すと他の商人連中も雪崩現象起こして逃げ出しかねん。そうなったらただでさえボロボロな州が経済方面でトドメさされて再起不能だ。


 大いに危険と分かっていても根付いたしがらみというのは容易に断ち切れない以上は迂遠承知で段階的に逃げていくしか方法はない。


 しかし縮小するにしてもそれはそれで問題は生じるんだよな。


 何故こうも早く動くのか?的な詮索されるという点はさして問題にはならない。今の有様を知る者なら機を見るに敏と肯定的に解釈してくれるだろうから。


 では何かと言われたら、それは人材だろうな。


 どの店に何人居るかは知らないが、接客業以外にも経理や事務員、仕入れ係、解体加工係、運搬係、材料調達及びその護衛係、細々と下雑用係とそれなりに数を抱えてることだろう。その家族も含むとなると更に多いだろう。


 調達や護衛に関してはある程度は冒険者ギルドに依頼もしてるんだろうが、報酬や仲介料次第では自前で人員用意した方が安上がりになる。規模の大小あれども中規模以上の商人はどこもお抱え持ってたりするしな。


 破産して倒産というなら雇用されてる側の言い分あれども一応は無理矢理クビにする動機にはなる。


 けれどもそういうわけではないからな。むやみやたらに路頭に迷わせる真似は商会の評判に関わるし此方の知識や経験持った奴を他所に引き抜きされて損しかない。


 なので人数維持したままの縮小という都合の良い着地点を見つけなければならない。


 そんな虫のイイ方法取れるか甚だ疑問だ。しかし現状維持しても良い事一つもないからやるしかないのだろう。


 そして方法がないわけではない。


 相手側のアイディアを予測したが俺から言うわけにはいかない。恩を売りつける機会を自ら潰す間抜けではないからな。


「それにしても縮小ともなれば従業員の解雇は避けられませんな。それとも事情が事情故に解雇者を当面面倒みる方針で?」


 他人事のように気のない風を装いつつ訊ねる。


 駆け引きとしては初歩中の初歩。当主の座に就いて日が浅いとはいえそれまでも現場で経験積んだ二人も俺が薄々気づいてると察してることだろう。


 腹の探り合いする必要性も薄い。状況を把握してるなら選択肢は限られてしまうわけだからな。


 俺の問いかけに双子の当主は首を横に振る。


「いえその方法はとりません。幾ら我が商会の財力に余裕あるとはいえ仕事をしない従業員に金を出す無駄は惜しみます」


「それに深刻な理由があるとはいえ他州の支店の者に知られたら不公平感抱かせる懸念ありますので」


「では如何するおつもりか」


「アテはあるつもりです」


 重ねて問うと意を決してたのか即座に返ってきた。


 見当はついてるが一応確認の為にワンクッション置こうかな。喰いついてきたと解釈してくれればいいんだが。


「アテがあると仰るが、それは私が訊ねてもよい話ですかな?差し支えなければでよろしいのだが」


 ラーフさんとリーフさんは俺が喰いついたようなリアクションを見せた事で安堵と余裕の混じった微笑を浮かべた。


 俺も俺で考えどおりの流れになった事に内心少し安堵した。


「よろしいです」


「よろしいですわ。えぇそれはもう伯に聴いて頂きたい事なので」


 そう言って二人は咳払いを一つした。


「北部三州にある一六支店。そこに勤める従業員で希望する者をレーワン伯が治められてるヴァイトへの移住と職の斡旋をして頂きたいのです」


「……」


 瞬きを幾度かした以外のリアクションをとらず俺は無言で相手側の提案を耳にした。


 まぁ予測どおりだな。


 定石でいうなら王都、副都、此処商都のいずれかに移住させて面倒見る方が支店の従業員達も喜ぶことだろう。


 だが国全体が不穏に包まれようとしてる現状を顧みると土地が開けており交通の便が整ってる王都と副都は安全の保証が出来ない。平和なときなら長所でも乱世では短所だからなその地理的条件。


 俺はともかく双子の当主がどこまで最悪の事態想定してるか知らないが、なんとなくきな臭さは嗅ぎ取ってはいるんだろう。


 商都はまだその点マシではあるが、こちらも今後の政情次第ではきな臭い事態に巻き込まれる可能性が高くなる。


 翻ってヴァイト州は大山脈に護られてるような形なので回廊方面が突破されない限り外敵の心配はないし統治も安定している部類。


 しかも政治的にも軍事的にも辺境地と軽んじられてるので商都のあるレーヴェ州と比べたら見向きもされない分は面倒事に巻き込まれる可能性は低い。


 商会側としてはヴァイトを万が一の保険場所と定めて今の内から人材含めた財産を一定数置いておきたいとこなのだろう。


 ついでに言えば、もし思ったよりも被害は出ずに収まった場合も考えてるのもある。


 なまじ都会に住まわせていざ故郷に戻そうとしてもゴネる可能性あるからな。誰だって都会から田舎にランクダウン喜ぶ奴もそうはおるまい。


 その辺り俺んとこなら大した未練もなくオサラバ出来る土地と思われてるのは釈然としないが、今の所事実だから反論出来ない悲しさよ。


「如何でしょうかレーワン伯?」


「そちらも州に人が増えるのは喜ばしいので損はないと思われますけど」


「そうですな。一四州の中で一番人が居ない所なので移住者は歓迎すべきでしょうな当地の節令使としては」


「では」


「いやしかしですな」


 ラーフさんの言葉を遮って俺は懸念を伝える。


「一時的な移住だとしてもそれはまぁいいのですよ。ただ、そうなると仕事の斡旋という点ではあまり良い仕事をお約束は出来かねる」


 多分余程でない限り永住になるだろう。と、俺は思ってるけど、立場上は一時的な移住者という前提で話していかんとな。


 そういう前提とすれば俺が彼らに紹介してやれるのは日雇い仕事が関の山。


 いつ居なくなるか分からない人達に地元民の雇用枠潰してまで仕事用意するお花畑思考は持ち合わせてない常識的に考えて。


 あちらもそれぐらいの問題は既に気づいており何か案も用意している筈。


「それでしたら懸念には及びません」


 リールさんが断言するとラーフさんも同意するかのように大きく頷く。


「何故なら解体や加工など技術的な人員以外は伯が行ってる事業の方でお使い頂いて構わないので」


「ほう私のですか」


「えぇそうです。例えば、幾つか進められてる中で予定よりも遅れてるモノもあると耳にしております。それが純粋に人の手が足らないだけというならこちらの申し出も悪い話ではないかと」


「……」


 表情の選択に悩んで無意識に片手で顔を撫でて誤魔化していた。


 やれやれこの時代の情報収集能力をちとばかし過小評価してたかもしれん。事業そのものは把握されてたとしても滞ってるのまで掴まれてるとはな。


 この案は予測はしてた。だが先程のとは違って「そっちに来てもらえたらなぁ」というささやかな願望混じりであったので、いざ提案されると驚く。


 通信事業は事が起きる前にせめて関所と州都のラインを構築しておきたい。次点でメイリデ・ポルトとのラインだ。


 この時代の望遠鏡のクオリティだと頑張っても八㎞先しか見えない。当初は十㎞ぐらい欲しいとこであったが今の限界がこの距離だ。


 ヴァイト側の方の関所から州都までの間がおおよそ六十㎞あるかないか。なので七、八基は建設する必要がある。


 そのうち一基は既に完成してる上に州都出てすぐ近くの広場なので州都駐留兵士の見回りついでに警備すれば問題ない。


 プル―ミエの町と関所も駐在する兵士に任せるとして、問題なのはそれぞれの間に建てるやつだ。道路以外人の手が加わってない何もない場所。魔物という厄介な物が急に飛び出してくるような場所。


 施設動かす人員は育成中なので極端な話すると警備員用意できるか否かで事業進むんだよ。


 だが幾度も言ってるがヴァイト州は四十五万を少し超える程度の人口。兵隊も常備五五〇〇有してるとはいえやらせる事多々あるので遊ばせる人員はいない。


 高を括って無防備晒すとしても、建設初日で野生の魔物襲ってきて破壊されるなども十分あり得る。メンテナンス費用だけでなく常に修繕費も用意するとか浪費もいいとこだ。


 なので方法としては他所から雇うのがベストなのでこの申し出は渡りに船ともいえた。


 あちらは確保した従業員を可能な限り手放さずに済む、俺は人手確保して事業が進む。まさにwinwinといえよう。


「……確かに互いに損はない話。ですが移住希望者全てが警護に回せるわけではないのでは?」


「勿論解体加工と警護以外の者に関しては別の職場をと考えております。そうですな、書類仕事や素材調達仕事してる者はヴァイト州西にて行う予定の交易所へ派遣など如何ですか?」


「そこですか。まぁそちらも適正ある人材多いに越した事はないですが……」


 抜け目なさに流石は商人だと当たり前の感想抱きつつ微苦笑する。


 リヒトさんらが人集めをしてる最中。彼らなりに伝手があるとはいえ大山脈は広大というにはあまりにもデカい。人が足を踏み入れる範囲に絞ったとしてもだ。


 何名来るか分からないが大手商会から人が派遣されるとなれば通信事業同様仕事が捗るというもの。


 けど交易所や素材採掘は地元貴族及び地元商人限定ではなかったか?と疑問が生じるだろうが問題はない。


 屁理屈や詭弁の類の理由になるが、フォクス・ルナール商会ヴァイト支店はヴァイト州に店を構えて約八十年。外部どころか地元においても古株枠である商店。


 そこまで長いと地元に根付いてるも当然な上にリヒトさんらとも懇意にしているので実質地元商人扱いでも問題にはならないというわけだ。

 

 無論だが大手だからとて優遇はせずあくまで一商人として部族との交易や大山脈での調査に携わってもらうがな。そこのとこも支店の責任者にも念押ししてるし。


 おそらく既に支店経由であの方面の事業の経緯は聞いてるだろうが一応確認の為に説明すると、双子の当主は生真面目な顔して応じたものだった。


「当然ですね。長期的かつ継続的な利益を考えれば擦り合わせすべきとこは擦り合わせしていくべきです。あぁ勿論それはそれとして本店としては積極的に買取させて頂きますので」


「歴代当主どころかあの父ですら指一本触れられなかった大山脈奥地。それを私達の代で開発の一歩を踏み出せるとは僥倖というもの。その為なら規則遵守を改めて誓いますわ」


 冷静さと穏やかさの隙間から興奮の漏れを読み取れる。先代とは違う事業を開拓出来るかもしれないという事に血の滾りを抑えられないのだろうな。


 まぁ俺としてはその熱意が俺に対する協力の原動力となり人や金の投資になってくれればありがたい。


 大山脈の方もだが俺としては少しでも計画の遅れを取り戻したいと思ってた通信事業をようやく前進出来そうなのが嬉しい。


 さっきまで甚だしく景気の悪い話してた分こっちの景気良さげな話は余計に気分が良いね。


 万事こういうご機嫌なままに進んで欲しいもんだ。

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