第120話ひとまず商談成立
「では申し出に関しては正式に契約を結んでも構わないということでよろしいでしょうか?」
「問題ないです。それで幾人ほどヴァイトに送ってもらえるのですかね?」
「選定は今から行っていきます。支店の縮小準備も並行して行っていく予定ですので、諸々終えるのは早くとも年末。人数は今の所千人前後と考えております」
「早いに越した事はないですが無理に送る様な真似だけは避けて頂きたい。ただでさえ評判がイマイチな場所への移住なのですからな」
「勿論。職を失っても故郷を離れたくない者、身内の都合で容易に遠くへ行けない者など、人によって様々な理由があるのは百も承知してますわ。伯を煩わせる真似は誓って致しません」
新たな商売への足掛かりを掴むようなものなので双子の当主は真剣そのものの面持ちで断じてみせる。
俺としても特に断る理由ないどころか懸念を一つ潰せそうな機会を逃すつもりはないから快く応じるつもりだ。
二人が契約書の準備の為に部屋の隅に控えてた使用人らに指示を出してる間、ここまで雰囲気に押されてダンマリしてた平成が小声で俺に話しかけてきた。
「いやよく分からないんですけど、これいいんですかね?」
「何がだ」
「いや、あの、リュガさん節令使じゃないですか。公務員の偉い人みたいなもんじゃないですか」
「そうだな。公務員って言われたら一気にファンタジーっぽくなくなるが間違いではない」
「だからその、こういうのって勝手にやっていいもんなんですか?後で国の偉い人から怒られるんじゃないんですか?」
「成程。まぁお前さんの懸念抱くのも無理はない。だが多分大丈夫だろう」
俺が即座且つ明快にそう言ったので平成だけでなくモモとターロンも首を傾げた。
「坊ちゃんが幾ら王都の面々と距離を置くからとて進んで挑発するような真似して危なくないですか?」
「ターロン殿の言う通りだな。まさか何かやるから此方に無関心な筈だとかな根拠だったりするのか節令使殿」
「いやいや俺の考えが正しければ王都の連中が大きな問題にすることもない。精々軽い詰問の手紙を形式的に送ってくるだけで済むさ」
解せぬと言いたげな同行者らに俺は軽く説明をすることにした。
まず今回の話で取り決めたのは通信施設の護衛、交易所及び大山脈調査要員の派遣。
この二点はヴァイト州節令使府の名義で確かに行っているが、物事を進めやすくする為に許可貰ったにすぎず全州で行う国策の一環とかではない。
節令使府というより一節令使独自の地域開発事業のようなもの。節令使が公務の傍らで何かしら己の為に副業やってるのなんて珍しくないから差ほど怪しまれない。
王宮に住まう貴族共からしたら国防など戦略や政略に大いに影響するか甚だ怪しい、全然意義を見出せないおかしな事を試してるとしか思われん。
十中八九そんなのに一々構ってられないとほぼ無視されるだろうな。あの頃から実感している。
その無理解無関心に付け込んでる。そういう認識を助長させるように俺も王都に許可貰う際の報告書に細々とした説明は書かずに提出してた。
資金も全額俺の私財投じてやってることというのも大きく動いてるな。
仮に口うるさい奴が居ようとも国の金を銅貨一枚も使ってないという点持ち出せば黙り込む。自分の金でしかも別に悪事働いてるわけでもないのだから言えば言う程周りから見苦しく突っかかってると思われるだろう。
それ以上追及される部分もあるにはあるがそこまで熱心にやる奴が今の王都に居ない筈だ。
現在やってる要塞建設ですら未だに「昨今の治安悪化に伴う州境警備強化の一環」でまかり通ってるぐらいだぞ。本当にウチなどどうでもいいんだろう。
とまぁ俺がそう語り終えると、三人は各々の個性で納得と困惑をブレンドさせたような顔して再び首を傾げるのだった。
「上手くいくんですかねその理由で」
「上手くいかせるんだよ。駄目なら適当に謝罪して無視決めこめばいいんだよ。或いは利益出たら少し恵んでやって黙らせるとか」
「うわぁーちょっと雑っすね。リュガさんたまに投げやり気味に決断しますよね」
平成が口端を引き攣らせてやや引き気味に感想を述べる。それに対して俺は自覚がないわけでもないので黙って肩を竦めてみせるに留まるのだった。
現代地球のちゃんとしてる国なら一州預かるトップの独断による州改革に一々目を光らせたり問い詰めたりするんだろうけど、この世界のこの時代は身分と権力isパワーなとこあるからなぁ。
さっき挙げた理由の上で大丈夫だろう多分。一節令使が州の片隅でやる事に構ってられないような事が起きるやもしれんなら猶更な。
そんなやりとりをしてる内にいつの間にかラーフさんとリールさんが契約書の準備を整えていた。
「レーワン伯、念の為書類内容のご確認を願います」
促されて俺は契約書を手に取り文面に目を走らせる。
つい先程やりとりした内容はほぼそのまま書かれており、そこに履行時期や報酬や待遇に関して近日中に改めて話し合いを行う場を設けると予定の明記もされていた。
次回の話し合いとやらで改めて契約書書くことになるだろうが、とりあえず当面はコレが双方を結びつける糸となるわけだ。
特に言うべき事もなかったので「これでよろしいかと」と述べて一番下部分にある署名欄にサインを記す。
もう一枚同じ内容の物にもサインをして双子の当主に差し出す。相手も俺の記したサインを確認しつつ互いに紙面に名を記した。
こうして対面から僅か一時間もせずに一つの取引が成立した。
相手はリスクダメージの軽減の為の逃げ場を確保して俺は一時的だが人手不足問題を先送り出来るという実に誰もが笑顔になる商談なものだ。
「ではこちらの一枚を伯へ。これで私どもフォクス・ルナール商会とヴァイト州節令使との誼の第一歩を印したわけですね」
「今後とも何卒よろしくお願い致しますね」
「こちらこそ王国でも指折りの商人との縁は大切にしたいので何かと頼りにさせてもらいますよ」
お互い営業スマイルに幾らかの安堵感を注ぎつつ握手を交わし合う。
今後どうなるか分からないが、現時点で論じるなら地元にも根を伸ばしてる豪商とのパイプが出来るのはありがたい。
物資の方は今はともかくだ、情報や人材は俺と違って憚りも隠しもせず色んな意味で開けてるあちらの方が集まりやすい。活用できるならしていきたいものだ。
となると連絡手段どうにかしないとな。州内で腕木通信運用可能になったとしても州外からの連絡はどうにもならんしな。
いっそ冒険者ギルドが保有してるような通信用魔導具を金に糸目つけずに取り寄せてみるか?ポケベルレベルでもないよりマシだ。
やれやれ考え事が尽きる事ないな。
一つ片付いたと思いきや新たな課題が生えてきたという現実に内心苦笑する。
こういうもぐらたたきのような人生を歩む羽目になったのも自分の為故な自覚は常にある。
だが許容できるからと言って楽しくはないよな。
「ひとまずの取引を終えたのでなんですけど」
俺が自縄自縛への思いに馳せてると、リールさんが声をかけてきた。
「……何かありますかな」
「いえ、国や州の話はひとまずあれだけです。実は今日他にもお話したいことありましてね」
そう言って彼女は俺の左右で居眠りこいてるマシロとクロエに視線を向けた。
さっきからやけに静かだと思ったら顔の上にハンカチ乗せて天井見上げた姿勢で寝てやがった。
「……」
胆力とか順応性とかそういう次元の話でなく物凄く無礼極まりなさすぎじゃない君ら?
数十秒前の安堵感なぞ空の彼方まで逃亡してしまった。俺は内心の狼狽を表に出すまいと必死に抑えつつ左右で居眠りするド畜生共の肩を軽く叩いた。
「おい起きろ。頼むから伯爵で節令使の客分としての礼節守るフリぐらいはしろやくださいませ」
「はいはーいー。起きてる起きてるー。話あるならこのまま聞いてあげうからどうぞー」
「何言ってんだお前」
「くくく、スリーピングゴーイングマイウェイのひと時を邪魔する愚者の血染めのルーム」
「何言ってんだお前」
ハンカチを顔にかけたままぞんざいに俺に手を振るマシロとクロエ。
そんなデンジャラス無礼働く二人に唖然とする周囲。そして青筋浮かべて鬼の形相してるであろう俺。
俺に対する態度はもういいけど今どこに居て誰とお話してるか確認しろやコラ。
「……聞きしに勝る破天荒ぶりですね」
俺らの様子に唖然としていた双子の当主が自失から覚めて笑みを浮かべる。ただ笑みの種類が笑うしかないから笑う類のやつだったがな。
「誤解のないよう先に申し上げときますが、私含めて誰に対してもこのような無礼極まりない態度をとるような者らでして。例え国王陛下や宰相閣下だろうとも変わらないだろうから常に不安を募らせてる次第ですはい」
「いえ大丈夫ですレーワン伯。調査した中である程度人柄も耳にしてますので心構えはしてるつもりですので私どもは」
「そう仰って頂けるとありがたい」
「そういう社交辞令いいから早く用件言いなさいよー。いい加減退屈してきて早く出ていきたいだけど私らー」
うるせー馬鹿!来てまだ一時間な上にお前ら場の空気無視して飲み食いしてただけやろがい!!
と、怒鳴りつけたいのを堪えつつ俺は双子の当主に軽く頭を下げた後、マシロとクロエを再度軽く揺すぶって姿勢を正させようと試みた。
「そ、それでこの二人に何か伺いたい事とは?」
ド畜生どもから軽やかに手を叩き落とされつつ俺は引き攣り気味な笑みを浮かべて相手に問うてみる。
訊ねられた双子はしばし躊躇う素振りを見せたが意を決したのかリールさんが口を開いた。
「リッチからの報告ですと、マシロさんという、そちらの白い服を着た方が去年秋に大怪我負った方を治癒魔法で一瞬にして治されたと聞いております」
「……確かに私の隣に居る者は治癒魔法も使える者ですな」
リールさんの返答に俺は再度内心身構えつつ肯定する。
ウチんとこのギルドマスターが密かにツッコミたくて仕方ない部分。出来ればあまり触れて欲しくない部分。
治癒魔法の使い手でも数千人に一人居るかどうかぐらいには一瞬にして治すレベルの者は希少。無詠唱ともなれば我が国含めて周辺諸国ではマシロぐらいではなかろうか。
目撃者はそれなりに居る者の今の所はヒュプシュさんがその件で話の一つもしたがってる以外に騒がれてはいない。
ほぼヴァイト州の住民であり大半が他所の州の人間に話す機会もそうはないのもある。
冒険者ですらそれは例外ではない。効果の凄さをイマイチ実感出来なければ治癒魔法使える奴が居るぐらいの認識に落ち着くだろうから情報売買の対象にもなり難い。
あれから半年以上経過してる。このまま有耶無耶に忘れ去られるのを期待してたと同時にいよいよ他所様から触れられる時がきたかという思いもあったり。
「それでそれがどうかされましたか?」
「間近で目撃したというので嘘ではないでしょうが確認の為に今一度披露して頂きたいと言いますか、当家に仕える者の治療を頼みたいと言いますか」
「というと?」
俺が重ねて訊ねるとラーフさんが答えた。
「実は数日前に当家の使用人がある貴族に痛めつけられまして。幸い命までは取られなかったとはいえ、痛めつけられた箇所が悪かったのか腰から下が思うように動かなくなったのです」
「それは気の毒に」
ポーションだエリクサーだ回復魔法だとある世界とはいえ半身不随する大怪我はこちらでも生涯左右するぐらいに大事だから俺は率直に同情した。
これが彼らの親族だったり貴族に勝るとも劣らない金持ってる奴なら上級や特級の物を大枚はたいて購入して使えばいいが、豪商に勤めてるとはいえ一介の使用人では望めないだろう。
しかし貴族だからとて商都で堂々とやらかす馬鹿が……居るわ。
居たわ。昨日遭遇してるわそんな馬鹿。
「もしやそちらの使用人を痛めつけたという貴族というのは」
「えぇ、伯の想像通りの方です。ワルダク侯爵の嫡男アクダイカ。正確には彼の取り巻きがやったのですが命じたのは彼となのは多数の目撃証言得てましてね」
口端に苦々しさを浮かべつつラーフさんは俺の考えを是とした。
弟の気持ちに同調してるのかリールさんも柳眉をやや険しくして頭を振る。
「当家の者が何かしたというわけでもなく、単に道を無理矢理空けさせた際に少し応じるのに遅れた事に立腹してというもの。しかも当家の者以外にも既に幾名か同様の被害が出ております」
「待たれよ。白昼堂々そのような横暴働くともなれば節令使府も流石に動くのでは?」
政敵の息子がやらかしてるのだからマルシャン侯爵は嬉々として捕まえそうだが。昨日叩きのめされるまで好き勝手やってたのかアイツら。
「マルシャン侯は三日前までレーヴェ州西部の視察で不在だったのです。故に侯爵の息子相手に強気の対応出た場合の責任の所在が分からずじまいで現場は動くに動けなかったのでしょう」
当然の疑問に対する返答に俺は頷かざる得なかった。
なるほどな。俺が来た直後に戻ってきたというか俺が来る時期計って帰還日時決めてたのかもしれんな。
でだ、視察での不在中にワルダク侯爵一家が商都に来てしまった。半分公務だからチェックいれとく俺と違いあちらは完全に旅行だろうから一々把握はせんだろうしな。
侯爵という立場で大概の事は揉み消せると元々強気な上に同格の奴が不在と分かって調子に乗った末の愚息の愚行ということか。
被害受けた人々はこの間の悪さの犠牲になってしまったわけだ。おまけに相手は侯爵という身分だから庶民の訴えなぞ黙殺される可能性高い。
政敵とはいえマルシャン侯爵も同じ貴族。恐らくは切欠なければ波風立てる事を避けるためにはした金握らせて終わりにしてた筈。
俺という伯爵であり節令使である人間が被害受けた事でなぁなぁで済ませなくなっただろうからこの際攻撃に方針転換する踏ん切りつけたのだろう。
やれやれ。そういうの抜きにしても身分問わずに悪さした相手への対処はしっかりやらんと駄目だろ。こういう嫌な遠慮が罷り通ってるからこの国腐る一方なんだから。
「分かりました。話を戻すと怪我の治療依頼すると共に治癒魔法の効能の確認したいということでよろしいか?」
「はい。治療費はお支払い致しますのでどうか助けてやってもらえないでしょうか」
「多く居る使用人の一人とはいえ昔から仕えてる顔見知りの一人でもあるのです。それが寝たきりのままなのは忍びないと思ってた所に今回の訪問が重なりました。ぜひともお願い致したく」
「私は助けになるなら応じるつもりなので、あとは本人がよければ……」
使用人の為にそこまで思いやる気持ちあるのはいい。全国展開してる老舗商店の当主にしては良い心掛けともいえよう。
だけど俺らの訪問の事があるから魔法の実証の為に本格的な治療は控えてたという辺りは流石人権意識の軽い時代だなぁ。最低限の治療はしてやったんだろうけどそれ差し引いてもね。
そこはもう良し悪しとかの話でなくこの時代では当たり前みたいなものと割り切るしかない。
たまに突き付けられる現代地球とのギャップに軽い頭痛覚えつつ俺はマシロの方を振り向く。
ハンカチを退けてはいるが相変わらずソファーにもたれかかって天井見上げてるマシロに俺は「どうだやってくれるか?」と訊ねる。
双子当主から見れば主人側が仕える側に命令でなく遠慮がちに訊ねる光景は奇異に見えるかもしれん。
一応立場や世間的には主従だが実情はどう贔屓目に観ても同格だからしゃーないわ。頭ごなしの命令なぞして鼻で笑われて拒絶とかなしくじりだけは回避したい。
マシロは即答せず同じく天井を見上げてたクロエの方に視線を向ける。相方に視線向けられたクロエは片手を挙げて小さく振る。
それで意思疎通出来たのか、マシロはあからさまに面倒そうな溜息混じりに承諾の言葉を紡ぐ。
「へーへーやりますよー。小さくても恩を売っとくほうがいいからねー。高くつかせるか後で決めるけど精々ありがたく思えばいいわー」
その発言は誰に向けてのものなのか分からないが、とりあえず依頼を受けるということで一安心だ。
言い草に面食らいつつも早速怪我人を運ぶように指示する双子当主と気怠そうな雰囲気のままに欠伸をしてるマシロを交互に観つつ、俺は用件の一つ済ませられた実感をようやく得るのだった。
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