第111話商都カオフ・マンシー到着

 それから三日後、俺達は商都まであと一歩とも言えるカオフ丘まで来ていた。


 この丘は街と港を見晴るかすことが出来るのでゴール寸前の目印として知られておりこの方面から訪れる者はほぼ立ち寄るらしい。


 今は俺達一行のみしか付近に居ないので遠慮なく丘の上から見える景色を眺めていた。


 ここまで予定通りには来られたが、何もなかったとイコールにはならない。


 あのデカいカブトムシ以降Aクラスの大物は居なかったとはいえだ、そこからフィーバータイムに入ったかのように頻繁にBやC相当の魔物の襲撃を受けた。一々カウントしなかったが大小十数回はあったかもな。


 全てがマシロとクロエによって遥か手前の地点でぶっ殺された。ターロン達は剣の一振りどころか弓の一矢も放つこともなかった。


 それは良いんだよ。実に頼もしい護衛だ。無駄に武器を消費することなく人的被害ゼロはありがたい。


 だからって心楽しくなるわきゃねーんですわ俺。


 なんでここに来る前では退屈な旅だったのに最後の数日で地味にデンジャラスな感じになってるわけよ。


 どうせなら最後まで無難で終わって欲しかったぞこちとら。


 遠くから見える広大な大海原。ヴァイト州のとは違いかなり開けた地形で遮るものはほぼないので一面が蒼い海である。


 吹きつけてくる風も心なしか海の匂いがするような、いかにも海に来たという気持ちにさせてくれる解放的な景色。


 遠路遥々来たんだからこの光景眺めてもう少しはしゃいでもいいと思うんだがな普通。


 概ね仕事で来ているの差し引いたとしても俺のこのイマイチ納得いかない気分は我ながら無いわ。無いと分かってても抑えきれないのもまた腹立つわぁ。


 海を見て感嘆の声を上げてる周囲の無邪気さに同調しきれぬままに俺は無言で腕を組むしかなかった。


 どうせ俺の巡りあわせ的に簡単に事が済むとは思ってないが、手心加わって欲しいもんだこれからの展開には。


 誰に向かってお祈りしてるのかも分らぬままに俺は心の中で切実に思うのであった。





 しばし雄大な景色を鑑賞し終えた後、改めて隊列を整えて行進を開始する。


 それも長い事ではなく、丘を下り始めて十分後には州都カオフ・マンシーの正門前へ到達していた。


 州の中心地であり州都庁所在地であるからその辺の所よりも立派な門構えはしてるものだ。


 そういう前提があったとしても、商都とも呼ばれるこの都市のスケールは王都に次ぐものがあった。


 正門及び周辺の大きさや造りのクオリティはヴァイト州州都の軽く数倍はあるだろう。


 使ってる石材木材の類も一目見ただけで立派そうに見受けられる。それらを惜しみなく使っておりちょっとした城や砦並みの堅牢さが窺えた。


 けれども随所に施してある彫刻や壁の至る所に塗られた塗料の鮮やかさが威圧感を和らげている。見た範囲ではあるが歩哨の兵隊がうろついてなければ観光名所と言われても納得してしまうことだろう。


 門をくぐっていく人々の顔に緊張もなく土地に馴染んでる風だ。それだけでも平和と豊かさの一端を窺い知れる。酷いとこだと入る時点で空気が悪いかつ重かったりするからな。


 内心で感心しつつ俺は節令使用の謹直そうな表情を張り付かせつつ周囲に改めて整然とした行進を指示する。それに応じて兵達でなくターロンやモモも背筋を伸ばし顔つきを引き締める。


 例外は俺の背後に位置ついてる巨大な荷馬車の中でバイクを背もたれにして寛いでるマシロとクロエ。


 欠伸を噛み殺しつつ空を見上げてる様子は「いいからさっさと入ろうや」と言いたげなものだ。


 確かにいつまでもお上りさんよろしく周りを見てるわけにもいかんよ。


 けどな節令使だからといって前に並んでる群衆蹴散らして進んでいく真似は出来ない。他は知らないが俺は出来ない。


 流石商業都市だけあって各地から冒険者や行商人、更には旅の芸人一団など様々なタイプの人種が今か今かと街へ入るのを待っている。


 厳格な審査などがあるわけではない。一応人口多い場所故に形式的に他所から来た者へのチェックをしてるに過ぎないが、形式的な簡単なものでも人数多ければ混むのは仕方がない。


 もう到着したも当然なんだし今更小一時間待たされるぐらい構わないだろう。寧ろ俺らを見つけてそそくさと別口案内するような贔屓をしないのは好感が持てるってもんよ。


「それってさー、単に来訪の事前告知してないだけじゃねー?どうせ上客とか上モノ持ち込んできた奴とか理由付けて優先的に通してるやつよこれー」


「思っててもそんな事言うなよ。俺だって思わないわけじゃないんだからさそういう糞みたいな現実的なことはよ」


 マシロの言う事は最もだが最初からそんな悲しくも空しい現実持ち込むなよ気分的な意味でさ。


「それに流石に俺も無策で待ちぼうけを享受してるわけじゃねーぞ」


「そうなんだー、じゃあ何かあったらそんとき呼んでー」


 やる気の欠片もない声でそんな風に答えたマシロは再び荷車の中へ消えていく。


 待ち時間退屈なのは事実だけども露骨にそんな事してくれるな。真面目にやってる俺が馬鹿みたいで泣くぞこんにゃろう。


 とまぁ時折周囲の人々と雑談している内に列は進んでいき、一時間後ぐらいには厚く高い正門を潜っていた。


 入ってすぐさま街の中。とは行かず、石畳の通路をしばし歩くと広場に出た。


 広さは百や二百は収容出来そうなものであり、そこではこの土地の役人らが来訪者相手に簡単に聞き取りや荷物検査をしてる光景が見受けられた。


 空港の検査場みたいなものか。ウチをはじめとして基本的にやらないので珍しい光景ではある。


 関所以外だと王都と副都と此処ぐらいではなかろうか。それだけ人の出入りが多くて用心すべき事も多く生ずるということではあるが。


 などと考えながら律義に順番を待っていたときだった。


 傍で周囲を見渡しながら同じく待っていたターロンが何かを見つけたのか、馬を更に寄せて俺に耳打ちしてきた。


「坊ちゃん。前方の、ほら役人らが集まってるとこから見知った顔が此方に向かってきてますぞ」


「見知った顔だと?」


 言われて視線をターロンと同じ処へ向けると、確かに数名の男が此方へ近づいてくる姿を見つけた。


 中でも先頭に立つ男は確かに見知った顔。


 頭髪と髭の半分が灰色になってる目つき鋭い壮年の男。歩く所作にも隙はなく、常に臨戦態勢を維持されてるかのような機敏さを感じさせる足取りなどから強者の風を感じさせる。


 以前はいかにも流浪の傭兵といった実用性と簡素さが前に出た服装をしていたが、今は装飾品らしきものは身に着けてないものの卸したてのように汚れ一つない衣服に身を包んでいる。


 近接殺しのリッチの異名を持つ歴戦の傭兵セルゲ・リッチ。


 もう一つの顔はフォクス・ルナール商会に当主の護衛として仕える者。


 去年は格闘技大会参会者兼使者としてヴァイト州へやってきた男が今度は迎える側の一人として俺達の前に姿を現したのだ。


 何事かと振り向く人々を搔き分けてやってきたリッチはあと数歩程で俺の眼前という所で足を止めて片膝をついて首を垂れた。


「大変ご無沙汰しております節令使様。ご連絡を受けまして急ぎ駆けつけた次第であります」


「出迎えご苦労。しかし思ったより早く駆け付けた所を見ると近場で張り込んでいたのか?」


「ご明察恐れ入ります。本日到着予定と伺っておりましたので朝から付近にて待機しておりました」


「そうか。待たせてしまってすまないな」


 俺がそう答えるとリッチと彼に付いてきた者らが恐縮して更に頭を下げた。


 マシロに先程言ったのはコレの事だった。


 到着と同時に文官の一人に門付近に居る役人宛に俺の来訪を告げてもらいに行ってもらってたわけよ。


 そこからは告げられた役人が中に入って検査場に居る責任者に報告。そこから更に上へ報告もするだろう。


 更に更に現地の役人どもは俺の来訪理由は簡単には知ってるだろうからすぐさま商人連中に知らせに走るし、そこから呼んだ本人であるフォクス・ルナール商会にも伝わる。


 こうして俺や俺の同行者らがぼんやりと列の中で待ち続けてる間に知らせは広がり迎えが駆けつけてくれたということとなる。


 幾ら目的地到着したから慌てず落ち着いていこうぜ気分だからとて、こちらから探し回って出向くのは時間のロスな上に長旅直後で地味に疲れる。


 ついでに立場的にも節令使が乞うてやってきたんでなくあちら側が乞うたから来てやったわけだからな。こういうトコでケジメぐらいつけとかんと。


 そこから更に二言三言会話を交わした後、リッチは立ち上がり恭しく再び頭を下げた。


「ではこれより節令使様方の宿泊先へご案内致します。検査に関しても受けなくともよいと、予め州都庁や商会の指示はされてるようなのでこのままお通りくださいませ」


「そうか。ここまで来たら受けても構わないが、そちらの配慮に甘える事としようか」


 鷹揚に頷きつつ俺はターロン達に後方に居る兵士達への伝達を指示する。ターロンやモモが背後に下がる姿を見送りながら俺はすぐ後ろの荷車へ目線を落とした。


「これから街入るからそろそろ起きやがれよド畜生ども」


「はいはーい。くつろぎタイムの続きは宿着いてからするわー。一番イイ部屋私とクロエでシクヨロー」


「くくく、ゴージャスなリラックスの約束されし部屋の選定。入るべき狂騒の街の嵐の前のサイレンス」


「はいはいわかったからこっから先はもう少し俺の言う事聞いてくれよな」


 一応反応しただけ良しとした俺はそう言い捨ててリッチらに案内されて列から外れていった。


 正門とは別に役人や一部の商人が急用事に使用する別門があるらしくそこを通って中へと入るという。


「本日と翌日は宿にて旅塵を落とされて旅の疲れを癒されるようにと、当主から伝言をお預かりしております」


「それはありがたい。まぁ今日はともかく明日は街の見物がてら当地の節令使殿にご挨拶に伺うから休む暇はなさそうだがな」


 おそらく商会の当主殿もその辺見越しての配慮だろう。


 商売の話に専念したいからそれ以外の事は可能な限り済ませてもらいたいと遠回しに頼んでの事と思われる。


 まぁ頼まれずとも面倒そうなものはさっさと済ませて本題に集中はしときたいとこだな。


 それも精々レーヴェ州節令使に挨拶するだけだからいっそこのまま向かっていいぐらいだが、流石に露骨に片手間とかついで感でやるのはマズイぐらいの心得はあるつもりだ。


 貴族やらお偉いさんやらを忌避してるとはいえ最低限の礼節を振る舞うぐらいの世渡りは出来ないと話にならん。


 しかしあれだ。


 とにかくまずはさっさと宿に行って休みたい。万事休息してからだ。


 脳内で素早くそう結論出した時には既に門を潜りぬけて商都の中へと入っていた。


 一目見てここは商いの地であることを感じさせる光景がそこにはあった。


 まず視界に飛び込んでくるのは至る所に居る人や物もだが、それよりも印象深いのは大きな道であろう。


 大通りとはいえ三十m前後の幅広さを有してる。道々に石畳を敷き詰め、隙間にも加工した石を詰めて穴を塞ぎ、道脇には水回り対策として用水路が作られていた。


 この時代の水準で考えたらこれ程整備されてる広い道は此処以外だと王都か副都ぐらいなものだろう。俺のとこですらまだそこまでやるに至ってないのだ。


 確か資料によればこの大通りを直進していけば港の方へ至るという。直通道路故に大勢の人や物が常に往来するならばこれぐらいの事は必要となるのだろう。


 現に俺達一行のすぐ傍を隊商と思わしき集団が馬や人を使って荷車を押しつつ通り過ぎていく。


 さっと見た所俺達と同数かそれ以上の規模にも関わらず殆どの通行人は振り向きも一瞥もしていない。日常の光景であり見慣れてる故か。


 なので俺達の方も特に視線を向けられる事もなく、精々傍を通りすぎる時に一瞬だけ視線を向けられておしまいな程度だった。


 これはまぁ俺が節令使であること喧伝しながら練り歩いてるわけでもないのもあるな。普通なら幾ら大人数が闊歩するのに慣れてる住人らでも少しは騒ぐだろうから。


 こういう場所なので周囲を珍し気に歩いてる者は概ね商都の外から来た者となる。挙動が大袈裟な奴ほど田舎から来た奴に観られてることだろうな。


 何せ兵士達の大半が今まさにおのぼりさんよろしく感嘆しつつ周りを見回して歩いてるからだ。


 節令使のお供の立場考えたら窘めるべきか少し迷ったが、現代地球ならまだしもこの世界のこの時代の感覚で判断するなら無理からぬことと割り切ることにした。


 偉い人のお供とかでないとこういうとこに行く機会もそうはないだろうからな。ここは寛大な気持ちでスルーしてやるのも上司の務めか。


 ちなみに俺の身辺に居る面子の反応はというと、モモがいつもの不機嫌そうな顔しつつもさり気なく視線をあちこちに送ってるぐらいなもので他は大してはしゃいでいない。


 俺やターロンは最近まで王都住まいだったからこういう場所には慣れてるし、マシロとクロエ、平成からしたら地方で一番大きな街の繁華街でお祭りやってる規模な感覚なのだろう。


「ヴァイトよりかは大きいっては聞いてましたけどホント意外に人多いっすね。なんか日本居た頃の繁華街歩いてたの思い出すつーか」


「これでもこの国で三指に入る人口誇る栄えた都市なんだがな」


「あーそういやそう言ってましたね」


「ちなみに今更な質問だがどこ住んでたわけ?」


「えっ、東京っす。実家は横浜の辺りっすけど」


「……そりゃそういう感想になるの納得だわ。首都圏の密度と比較すりゃそうなるわな」


 平成の他意の無い感想に俺は苦笑を浮かべつつ溜息を吐いた。


 現代日本人にかかれば商都の大通りの人込みもそんな感覚か。


 マシロとクロエも何も言ってこないがいつもの投げやり笑顔持続させてると言う事はリアクションとる価値も見いだせないか今の段階では。


 いや俺も元とはいえ同じ側だから凄く分かるけどね。桁が違うとこと比べたら話にならないじゃんよ。

 

 現代組はどう思ってようが、ここが人の数だけ様々なものが存在する騒がしい場所であるには違いない。


 明日からはそんな所で利益を得る為に忙しくなることだろう。


 ここまで来たからには苦労に見合った収穫を得て帰りたいものだ。


 リッチらに誘導されつつ俺は馬上でそう思いを馳せるのであった。

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