第110話少し真面目に話つつ目的地へと

「あれだけの手助けでよかったのか?」


 口と手に食料を満たしつつ感謝の声を上げる避難民達。そんな彼らに手を振りつつその場を後にする俺達。


 その最中にモモがふとそんな事を口にする。


 不満とかではなく少しばかり湧いて出た素朴な疑問だろう。


 なにせ発言の割には未だ歓呼の声を上げる人々を振り向くわけでなく前を向いて歩いてるのだから。既に終わった事扱いしてるよねこの娘。


「そうだな。此処が俺の支配地域なら他にやりようはあるだろう。しかし他所様の所では流石の俺も制約がある」


 俺の爆買いっぷりと直後にそれらを無宿な流れ者らに無償提供(したように見える)という行動を目にしてた通行人らの様々な感情が籠った視線を受けつつ、俺はモモに軽く説明してやることにした。


 今も述べたがここは俺が統治を任されてるヴァイト州ではない。故に節令使としての権限やレーワン家というか俺個人の財を存分に振るえはしない。


 食料だって俺の現時点のポケットマネーでやれる範囲での事。いやまぁあれだ。マシロとクロエが使うことなく貯めこんでるやつとかあるけどあくまで最終手段扱いだ俺の中では。


 あの場の全員が腹を満たしてもまだ半分ぐらいは残る程度には買い込んだとはいえ、切り詰めたとこで数日分が関の山。その間にこの町の冒険者が依頼引き受けに顔を出すのをお祈りするしかない。


 気休めかもしれない。ならば護衛の融通してやればといいだろうと思われるだろう。


 護衛代金の肩代わりでもいいし、俺らの一行に加えて送ってやってもいい。そういう方法もあるにはある。


 だが冷たい言い方になるがそれはそれこれはこれだ。


 確かに境遇に同情はする。だからこそ食料を与えたのだが、あくまで個人の善意内でのことだ。


 それ以上をやる義理や理由はないし俺は正義の味方でも奉仕に身も心も捧げてるお人好しな聖職者でもない。


 手持ちの金も無限にあるわけではない。大金得る予定だが現時点だと予定なだけなのだからな。


 一行に加えるというのも、こちらの行進速度に合わせるならまだしも女子供老人抱えての移動となれば予定より遅れが出てしまう。


 現代地球より色々勝手が違うんで幾日か猶予込みでスケジュール建ててるとはいえ遅いよりか早い方がイイに決まってる。


 加えて道すがらあちこち人助けしながら来ているなどと中途半端に評判上がられたらこの地の節令使か配下の役人らにあらぬ疑念抱かせかねないからな。


 食べ物恵む程度ならどこでも誰かがやってる事だからセーフなだけだ。


 意図も特にないのに目立ちすぎるのも駄目なのよ政治配慮的に。


 という感じで俺も何でも出来そうな男じゃないわけよ。あとは上手い事やれるといいなと願うだけだ。


 通りを歩きつつそう語り終えると、モモは片手を顎に添えつつ「なるほどな」と一応納得したような頷きを返してきた。


「それにしても前々から此処から更に遠い北が危ういとは節令使殿が言われてたが、他もあまり良くはないようだなあの人々を見ると」


「この調子だと来年以降はアレの比じゃない規模が各地で拝めるぞ」


「それは嫌な未来だな。しかしここのように平和なとこもあればまだ大丈夫そうに思えるのだが?」


「……と思うだろうが現実考えたら気が重いもんだよ」


 モモの率直な楽観思考を即座に否定してみせた。


 どの国でも言えることだが、地方格差は平時もだが世が乱れる時にも顕著となる。


 尻に火が付く寸前まで平和なとこもあればまさに今ぐらいには既に破綻してるとこもあるという極端な構図がある。


 政治的条件地理的条件経済的条件云々と幾つかの要素によって生じるものとはいえ不思議なものだと常々思う事柄だ。


 しかしそういう平和なとことて破滅への足音は聞き及んでる。


 なにでだ?それは他所からやってくる難民という形でだ。


 今はまだ数人数十人と運よくここまで辿り着けた人達だけ。


 その程度なら商都には幾らでも受け入れる余地はある。上手く伝手を見つけられれば新たな生活始められるのも不可能ではないだろうな。


 だが数が増えたら?そして量の増大は質の低下を意味するとなれば、雪崩れ込む人々の中にはよろしくない輩も多く紛れているだろう。


 来る都度援助や配慮はするだろう行政や治安維持考えたら。しかし数の多さに追いつかなくなっていずれキャパオーバーになるのは目に見えてる。


 純粋に対応が追い付かないのもあるがこの時代の行政クオリティで大量難民に対する支援など不可能だからだ。マニュアル等がロクに確立されてないその都度対処がメイン故に。


 それほどまでに他州の現状が楽観視出来なくなりつつあるのだ。


 おまけに今回で限ってならタイミングが悪いのもある。


 節令使が打算狙いに媚売るの優先にしろ馬鹿正直に命令実行してるにしろ不作の年に無茶ぶりをやらかしたのが痛い。


 いやそもそもやるなよという話。


 現代地球と比べたら概念も意識も薄いにせよ公僕として下々への配慮や示し考えるなら上への媚売りなぞ言語道断案件。


 百歩譲ってウケをよくしたい気持ちに理解示すにしても、もう少し考えた上でやれる範囲内でだけやればよかっただろうにと思うよ。


 どうせ保有する武力があればちょいと脅して大人しくさせられる。という考えなのだろう。


 それも効果はある程度上げられてきたからタカも括りたくなったのだろう。こいつらだって死にたくないから逆らう事も出来ないとか考えて。


 けれども飢えて死ぬか賊に襲われて死ぬかの二者択一に直面するとこまで追い詰められた人々は「いっそのこと」と決断する。人間なんだから堪忍袋の緒がキレるわそりゃな。


 逃げるだけならまだしも賊になって暴れ出したともなれば初手の対処誤れば泥沼だ。


 例えばだ、訓練受けて完全武装した兵士だろうがチート性能持ちでないなら一人で手製の槍持った百の暴徒に敵うわけがない。


 質を問わず搔き集めれば数は居るとはいえ、地方の州が保有してる正規兵の数なぞ数千。それも一人残らず賊討伐に動員出来ればまだしもそういうわけにもいかない現実。


 いまに同数或いは万を超える困窮して追い詰められた、現代日本風言い回しするなら「無敵の人」やらに分類される人々を結集する輩も出てくる。


 これは推測ではない歴史の経過として必然の流れ。


 その時になってからでは一節令使では対処しきれんだろう。少なくとも武将でない文官や御飾り貴族ではな。


 国が内側から崩れていくパターンの一つには失策の積み重ねの挙句鎮圧対象を舐めてかかって手の付けられない勢力に成長していきついには!というのがある。そして高確率でどの国にも当てはまるパターンだ。


 俺が今回ほんのちょっと手助けした人達はそういう未来を感じさせるものを直に見た形だな。


 たまたま不運な人達だったで済ますわけにはいかない類。積もれば国という人を押し潰す山に成りかねない塵。


 俺はそういうの発生させんように日々頭悩ましてるんだが、さて王都もだけど、手を打つ打たない以前に他州の節令使の中でどれだけの人数が現状見えてるもんだか。


 とりあえず商都に着いたら此処の節令使に挨拶がてらそれとなく訊いてはみようかね。


 うんまぁこの国のお偉いさんに対して基本冷ややかな俺からしたら結果は予想出来るんだがそれが外れる事を期待したいとこだな。


 町は見たまんまの情報量だったが意外な生きた情報を手にすることが出来ただけ良しとするか今日は。


 そう結論づけた俺は周りの露天商らの期待の視線を軽やかに無視しつつ宿へと戻るのであった。





 こうして休息と欠乏してた分の物資補給を終えた俺達一行はバッサンの町を後にした。


 町から数日かけて移動すれば商都。


 先日も述べたが他州と比較すれば不逞な輩が徘徊してる率はかなり低いので警戒すべきは魔物の襲撃。


 事前に調べてる情報によれば、この州も強い魔物が居る場所とそうでない場所は当然存在してる。FやGクラス冒険者が相手にするレベルの魔物の種類もケーニヒもヴァイトも此処も大して変わりはない。


 地域の特色という点では、ヴァイトと同じ海に面してるのもあって海の魔物に関するクエストが多いのと、南方の上に特に遮るものも存在しないので季節の移り変わりの際に他州の魔物が寒さ除けに移動してくることがある。


 ヴァイトみたいな特殊なとこ以外なら大体そうなのでは?と思われるだろうし実際のところ間違いではないその疑問。


 けれども人にもそれぞれあるように魔物にもそれぞれの生き方があるのだ。


 生まれ育った場所でしか生きられないやつもいれば、縄張り意識や帰巣本能高い故に特定の場所を動こうとしないやつもいる。脚や羽根の出来次第で行動範囲も限られてる故に長距離移動しないのだって居る。


 逆に住みやすい場所や食い扶持に余裕ありそうなとこを転々とするやつもいれば、強さや数を頼んで人間ばりに勢力伸ばそうとあちこち徘徊するやつもいる。環境の変化に合わせてその時居心地のいい場所へ行くという避暑避寒という概念持つやつも居る。


 でまぁ最後に述べた避暑避寒の類に当てはまるのがレーヴェ州北部から中部にかけて出現する魔物らというわけだ。


 この時期だと避寒に来てた魔物が元居たレーヴェ州以北地域に戻ろうと群れを成して移動しており、と同時に他所から来ていた魔物が去った事で元々生息してた魔物らが息を吹き返しだす。


 年に何度かある活発時期の一つがこの月だ。


 俺らが進んできたルートは王路など頻繁に使われてる道から外れた所なので比較的遭遇率は低い。それでも油断は出来ないぐらいには通常より高くはなってるんだがな。


 けれども人も魔物も道が整備され往来の多いとこに何かしら安心を感じるのか、活発時期における主要道路での魔物出現率は概ね高くなる。


 なのでこの時期にレーヴェ州にある王路を利用してると血相変えた兵士やクエスト受注中の冒険者が傍を走り抜けるというのを頻繁に見かけるようになるらしいのだ。


 魔物討伐を主な収入源にしてるタイプの冒険者にとって掻き入れ時ではあるがそれ以外にとっては命の危機も感じる面倒事。


 俺も例外ではなく道中ひたすら何も出ないように内心祈りつつ移動してるのであった。


 護衛は大勢いるし、この世界では恐らく地上最強の肩書が似合うド畜生二人も居るから身の危険はあまり感じてはない。


 だけどな、それはそれとしてここまで来たならもうトラブルはノーサンキューな気分になるわけだよ。


 魔物という存在が当たり前の世界で生まれ育ったからって俺は元々そういうのは漫画かゲームでしか触れてない日本人だっての。


「……などと意味不明な供述をしておりましてー、この脳みそやメンタルをアップデートしきれてない糞チキン悪徳貴族様は往生際悪すぎじゃないかとー」


「くくく、蒙昧なるノブレスの愚者。勇気振るいしタイムを逸するは嘆きのソウル」


「うるせー馬鹿!人の切実な願いを知った風な口で論ずるなや!?平和に終わるに越した事ねーだろうが!」


 荷車の中で寝そべりながら熱の無い口調で辛辣な事を垂れ流すド畜生どもに俺は怒声を張り上げる。


 無論マシロとクロエにはなんら効き目があるわけでもなく「怒鳴る元気あるなら魔物の襲撃も大丈夫っしょー」とか無責任な返事が来る始末だ。


 資料読む限りだとこの辺ぐらいなら強くても精々Eぐらいのやつとはいうが、活動期なので元の生息地に戻る高ランクの魔物と遭遇する可能性だってゼロじゃねーんだぞ。


 そんなもんがあってたまるかい。


 あっても先日まで歩いてた森林地帯ぐらいので十分だわ。


 引き連れてる兵士でまぁ大丈夫だろう。少し手強いのいてもターロンとモモが出ればなんとかなるだろう。と、強く思いたい。


 気まぐれの暇つぶしで進んで出ない限りお前らの出番なんて無い方がいいんだから俺のメンタル的にはよ。


「ったく、もうちょいで商都なんだから大人しくしとけよ」


 俺が忌々し気に呟くと、小さな欠伸をしつつマシロが身を起こして俺の方を向いた。


「なんだよいきなり」


「この間も言ったけどさー」


「あん?」


「私ら喧嘩売られない限り買わない平和主義者なわけでー」


「そんな戯言言ってたな」


「なので売られたらバーゲンセールタイムなわけよー」


「だからなんだってんだよ」


 訝しむ俺を無視してマシロは人差し指を天高く掲げた。


 その所作に俺や俺達の周囲に居る者が思わず上を向くと同時に。


「トロピカル~」


 などと意味不明な呟きと共にマシロの指先から槍の穂先のような一筋の光が音もなく飛び出した。


 それから数秒後、空の遥か上から言葉で表現し難い断末魔が響き渡り、更に数秒後には道から少し外れた平地に何か重たい物が落下したような衝撃が轟いた。


 当然ながら轟音に驚いて隊列は止まる。俺が居る付近での事なので緊張に包まれた風の兵士達が何事かとすっ飛んでくる。


 俺も何が何やらで落下地点に視線を向ける。


 舞い上がる砂塵もしばらくすると晴れていき、少しずつ正体を現していく。


 完全に晴れて衆目に晒されたのは、鉄のような質感や光沢を放つ皮膚をした巨大なカブトムシ。どれぐらい巨大かというと、目視だけでも軽く数メートルはあると察せられるぐらいには。


 突然落下してきたソレにマシロとクロエ以外の面々は唖然として棒立ち。無論俺も目前の現実に対して脳の処理が追い付かず呆然とした。


 カブトムシの頭部は半ば吹き飛ばされている。こう、何か細いレーザー光線で薙ぎったような感じの傷。


 つまりさっきの一筋の光は攻撃魔法というわけか。マシロとクロエどっちかが遥か空の彼方を飛んでたコイツを察知して先制攻撃したのか。


 どんなやつなのか気になったので、周囲の目を気にしつつ鑑定スキルで魔物の詳細を確認してみることに。


 無論俺の事詳しく知る者以外にはいつもどおり「昔ギルドの資料を読んで覚えてた」で説明だがな。




 ビッグアイアンビートル:シュタインボック州森林奥地に生息してるAランク魔物。時折レーヴェ州北西部に出現する場合もある。外殻は幾重にも重なった鉄で構成されており、身体の硬さを駆使した角の攻撃や突進は一撃で分厚い壁も粉砕可能。




「ファッー!!?なんでやー!?」


 思わず俺はそんな素っ頓狂な叫びを上げていた。


 いや色んな意味で叫びたくもなるだろ。


 Aランクをお手軽に一撃で撃墜とかおかしいだろ相変わらず!?つーか言った矢先に高ランクが頭上飛んでたとか勘弁してくれ!!よりによってなんで俺が通過してるときに飛んでるんだよこのカブトムシぃぃ!!


「なにその叫び声マジウケるー。ネットスラングとか二十年以上ネット環境無かったのにすぐ出てくるとかスキルの無駄遣いじゃないのー?てか少し古くないチョイスがさー?」


「くくく、懐古に浸りし老人ネットワークスラングの言葉遊び。語彙力のスローさは知識減退の悲しきアウトロー」


「誰の所為だと思ってんだよ!?」


 マシロとクロエの嘲笑に俺は頭を抱えつつ怒鳴り返した。お前らなんちゅーもんをお出ししやがったのよ!?


 いや分かってる。別にアイツらが連れてきたわけでなく、恐らく襲い掛かろうとしたところを遥か手前で察知されて撃ち落とされたのだろうこの魔物は。


 俺達というか俺を守ったってことになるのは分かる。なんだかんだでちゃんと仕事してるのは分かる。


 けど即フラグ回収な上に悪い意味で当たり引くとか商都到着前に不吉にも程があるやろがい。


 Aランクの魔物である事が判明して周囲が騒然とする。そんな騒然も気にした風もなく一撃で倒した魔物を退屈そうに指で突くマシロとクロエ。


 軽い頭痛を感じつつ俺は手で額を抑えて項垂れるしかなかった。


 商都到着まで順調に行けば後三日程といったところ。


 頼むから平静を立て直すひと時を俺にくださいよマジで。

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