第101話勇 英雄の憂鬱(中編)

 石造りの階段を降りたら確かに庭園があった。


 ただ、小さいと言ってたけど俺からしたら全然小さくはなかった。


 お城にあるぐらいだから一戸建ての庭ぐらいとは思ってはない。でも精々体育館ぐらいのを想像してたらちょっとした学校のグラウンド半分ぐらいの広さがあるんじゃないかここ。


 ラッキーなことに庭園の中心らしきとこにここからでも分かるぐらいの大きな木が生えてるのであそこを目指してみようか。その途中で井戸あればいいけど。


 大きく息を吸うと自然豊かそうな空気が入ってくる。昨晩は王様達の臭いがどうしてもキツかったのもあり気分が良くなりそうだ。


 緑の多い木々や綺麗な花が咲き乱れていた。


 植物の種類はよくわからない。だからなのか場所は違えど植物は植物なんだなとか変な事なんか考えてしまった。


 チラチラ見える大きい石を積み上げた壁さえ目に入らなければここが異世界だということを忘れてしまう。


 見逃してくれた見張りの人らに迷惑かけたくはないから早めに戻らねばと思いつつも足はさっきよりゆっくりとしたものになってる。


 このまま元の世界のどっかの庭園に繋がってるとか、実は生々しいリアルな夢でしたとかだったらよかったのに。


 けど昨日から既に何度もやってる頬をつねったり頭を壁に叩いてみたりしてみても、痛みだけが残るだけ。


 現実なんだと本物なんだと言われてるような気がした。


 なんで自分なんだろう。


 こういうのは普段から何か凄い奴とか秘められた何かありそうな奴とかが呼ばれるもんじゃないのか?


 昨日の夜にステータスとやら見せてもらって少し説明も受けたけど、数字とか能力とかさっぱり分からない。


 自分が怪力になった覚えもなければ試しに手のひらかざして念じてみても火も水も出やしなかった。


 本当に自分が勇者なんだろうか。


 王様達もミスったと思ってても引っ込みつかなくなって押し切ろうとしてるだけなんじゃないのかな?


 そうとしか思えないけどあの場にいた人たちは誰もが俺を勇者だと言い切る。


 まだ一晩しか経ってないからお互いどうこう言えないかもしれないけど、少なくとも俺の中には勇者と呼ばれて良い気分なんてまったくなかった。


 知らない土地ってレベルじゃない知らない世界にいきなり連れてこられたんだぞ。


 誰もが自分の喜びを見せてくるだけで俺に対して慰めどころか気遣う言葉の一つも無かった。


 きっと言い出してなければ状況説明すらも無かったんじゃと疑いたくぐらいだ。そんな様子に一瞬だけ背筋が凍る思いをしたけどあれは何に対しての怖さだったのか。


 一体これからどうなるんだろう俺。


 折角部屋の外に出られたのに俺の気持ちはあんまり上がらなかった。


 そうこうしてるうちに目的地の大きな木に着いちゃったし。


 木から少し離れた所に井戸もあったので散策を延長する理由もない。多分もうそろそろ戻らないと俺を迎えに来るとかいう人たちも着てしまうんだろうな。


 溜息を出しつつ俺が井戸の方へ向かおうとしたときだった。


「そこの方お待ちなさい!」


 女の人の大きな声がした。


 思わず声のした方を振り向くと、そこに居たのは肩まで届く長い金髪の綺麗な女性。ズボン履いた動きやすそうな服装してるけど、見るからに貴族そうな雰囲気した見た目の人。


 右隣には黒っぽい紫色の髪を後ろに束ねた、綺麗に日焼けしたような少し色黒な肌をした、女の忍者が着てるような服に色々パーツつけたような戦いが得意そうな雰囲気の人。


 他にも二人の女の人の少し後ろに剣を腰に下げたいかにも騎士とかやってそうな男の人や女の人が沢山。


 共通してるのは、俺の事をよく思ってなさそうな表情してることだった。


「あ、あの、何か俺に用でも?」


「用事があるから呼び止めたんだ。当たり前のことを訊くな!」


「は、はいすみません……」


 忍者っぽい女の人がイメージどおりの怖い感じの声で叱ってきたので思わず謝ってしまう。


 そんな俺の様子が気に食わないのか女の人達がしばし俺を睨み続けている。


 体感時間数分ぐらいそんな気まずい空気が続いた時、金髪の女の人が機嫌悪そうな溜息を吐きつつ俺に近寄ってきた。


「お話がありますの。少しだけお付き合いくださる?」


「えっ、でも、俺早く戻らないとなんか支度整える人たちが来るとかで」


「いいから付き合いなさいな!事と次第によってはワタクシらが口添え致しますから今はこちらだけを見なさい!!」


「拒否出来ないんですか!?」


 怖い怖い。一体俺何されそうなの!?


 恐怖に震える俺を無視して女の人達が俺を囲むように距離を詰めてきた。


「申し遅れましたわ。ワタクシはレギーナ・フォン・エクエス。エクエス侯爵の娘にして王宮騎士団第一部隊隊長を務めておりますの」


「私はトレラン・ティア・シーカーリウス。王宮騎士団第二部隊隊長にして対魔物に特化した訓練や戦闘をしている対魔人の一人だ」


「あっ、どうも。俺は勇 英雄って言います」


「知ってますわ。昨日の召喚の儀にワタクシとティアも参加してましたので」


「そうなんですか」


 じゃあ俺が勇者として呼ばれたのは知ってそうだけど、あの後俺何かしたかな?この人らに不愉快な思いさせた覚えないんだけど。


 疑問に首を捻る俺にレギーナさんが咳払い一つした後に俺を指さしてこう言いだした。


「これから言う事をよくお聞きなさい」


「はい?」


「あなたみたいな弱そうな殿方を勇者様なんてワタクシは認めません!」


 そんな「バーン!」みたいな効果音が出そうな勢いで叫ばれても俺困るんですけど。


「いや、王様が勝手に言ってるだけですんで別に俺は」


「言い訳とは男らしくないぞ!お前を勇者とは認めてないが陛下が認めてる以上は勇者としてどんと構えるべきだろう!」


「結構滅茶苦茶な事言ってません!?」


 正直に答えると今度はティアさんが一歩前に踏み出して俺の襟首掴みかねないぐらいの剣幕でまくし立ててくる。


 いやいやおかしいからね。


 別に好き好んでここに来て勇者名乗ったわけでもないよ。言うなら誘拐されて無理矢理名乗されそうになってるからね俺の今って。


 なんで俺が悪いみたいな風で責められようとしてるのか訳が分からない。朝からこんな理不尽な目に会うぐらいに俺は何か悪い事したか?


 俺が頼りないっていうなら自覚あるから謝るけどさ、なんかこの人達の様子だと謝って済みそうにない気がする。


 突然の言いがかりに混乱する俺を無視してレギーナさんが言葉を畳みかけてくる。


「おだまりなさい!今からワタクシ達が見極めて差し上げますわ。あなたが命を預けるに値する者かどうか、剣を持って証明してごらんなさい!証明出来なければ死んで頂きますわ!」


「なにそれバイオレンス過ぎて怖いんですけど!?」


 想像以上にヤバイ展開になって本気で震えが込み上げてくる。


 勝手に呼ばれて勝手に押し付けてそして勝手に生死を決められようとしてる。


 なんで自分なんだろう。


 理不尽への怒りもあるけど今は目前に迫る死の恐怖が強く身も心も縛り上げていく。


「見た所短剣すら帯びてないなお前。無手の者を一方的に斬るのは卑怯だ。だから剣を貸してやるからさぁ構えろ!!ほら、こうやって持って!」


「勘弁してくださいぃぃぃ!」


 ティアさんが震える俺の手に無理矢理剣を握らせた。


 ずしりとした金属の重みと使い込まれて手に馴染みやすくなってる柄に巻かれた皮の感触。


 よく確認しなくてもわかる、作り物ではない本物の剣。斬ったり刺したりしたら傷つけたり殺したり出来る危ない道具。


 俺はそれを持たされて、目の前に居るレギーナさんも慣れたように剣の柄に触れていつでも鞘から出せる様な構えをとっていて。


 あぁ俺はこれから殺されるのか。


 血の気が引くとともにそんな考えがよぎった。


 こんなにも早くあっけなく、ただ連れてこられただけで嫌がられた挙句に殺されてしまう。


 理不尽で不条理で不合理で、そしてとても不愉快で不快で。


 なんで自分なんだろう。


 暗い思いが心を満たす。


 レギーナさんが剣を抜き放とうとした瞬間に俺の意識が飛んだような気がした。


 死んだかと思ったけどそうではなかった。


 数瞬ぐらい感覚に間があったような。言葉で表現しにくい感じのひと時に浸ってたような。


 それが晴れた時に俺が見たのは、剣が手元になく、片膝をついて驚いた顔して俺を見上げてるレギーナさん。


 次に知覚したのは、俺がレギーナさんの首元に剣を当ててること。あと一、二㎝ぐらいで肌に直接当たるぐらいに近かったということ。


 後からその場に居た人たちに聴いたところ、俺はレギーナさんの剣を素早くかわしてそのまま一歩踏み出し、空振りした為に隙が出来たレギーナさんの手というか剣の根本部分を狙って軽く剣を振って叩き落として返す刀で首へ当てにいったとか。しかもほんの僅かな時間にだったらしい。


 自分がそんな事やってのけた驚きよりも相手に真剣を当てそうになってる事態に慌てて剣を引っ込めた。


 俺は一体何をしたんだ?


 重さを訴え続ける剣を呆然と見ていたけど、気配を感じて顔を上げた。


 眼前に悔しそうな表情のレギーナさんが立っている。なんなら目尻に涙浮かんできてそうだった。


 こっちは殺されそうになったのだから、被害者なのだから文句の一つも言うべきなんだろうけど、目の前でこんな綺麗な人を凹ませてしまった事にちょっと動揺してしまった。


 自分は我ながら人が良いのかもしれない。或いは昨日からの事で感覚麻痺してるかもしれないだけかも。


「あの、大丈夫ですか?なんか身体が勝手に動いたというか……」


「くっ、殺せ!」


「はぁ?」


 あなたは一体何を言ってるんだ?


 突然の物言いに俺の思考は再度フリーズしかけた。


 確かに殺されそうになったんだから報復として殺そうとすると考えてても変じゃないと思う。


 けど俺は人を殺すどころかロクに傷つけたりせず生きてきた平凡な高校生だから相手の考えどおりの行動なんて出来るわけがない。


 あっちから見たら未知なる世界の常識なんて知るわけないだろうけど、それにしても極端すぎない?


「いや殺さないですからね!?なんでそうなるんですか!しませんからそういうこと」


 慌てて俺がそう言うとレギーナさんは意外に満ちた顔をして俺をマジマジと見つめてくる。


 さっきまでの好意的じゃない感じのものではないのは確かだけど、なんか熱っぽさを感じてしまって別の意味で嫌な予感に捕らわれた。


 もしかして俺の言い方間違えたとかかな?いやでもあれ以外に言い様なんてないだろうし。


「殺さないんですか?あなたというお人はなんと甘い方でしょう。……でも、そこがあなたの良いとこなのでしょうね」


「あのー、なんか勝手に納得してなんか顔赤くしてるのなんでですか」


「失礼な物言いをした挙句に無礼な真似をしたというのに、なんとお優しい。勇者様、ワタクシ心入れ替えてあなた様に誠心誠意お尽し致しますわ!」


「話聞いてくださいよ!?」


「勇者様、いえ勇様!これからワタクシのことはレギーナと御呼びくださいませ!」


「その前に落ち着いてくださいお願いしますから」


 この人凄く思い込み激しい人だ。悪い人じゃないけど物凄く面倒そうな人だこれ。


 綺麗な人なのになんか残念っぽさが急に漂ってきたぞおい。


 嫌われるよりかは好かれてるに越したことないとはいえ切り替え早すぎない!?


 やべーやつ扱いして拒否るにしても好意向けてる相手な上に相変わらず囲まれてる状況に変わりないからやれないからマジ困った。


 本気で斬り殺そうとしてた筈なのに今やすっかり顔を赤らめて俺の手を握らんばかりに寄ってくるレギーナさんにどう反応すべきか悩んでると。


「レギーナを容易く倒すとは中々やるな。だが、人より手強い魔物相手に戦ってきた対魔人である私は勇者なんかには負けない!」


 ティアさんがレギーナさんを押しのけて腰に下げてたもう一本の剣を抜き放っていた。


 この流れでなんでそうなるんですか。もう勘弁してくださいよ本当にさ。


「いやだからですね!?」


「問答無用!!」


 俺が抗議の声を上げようとするもティアさんは最後まで言わせずに剣を振るってきた。


 今度こそ駄目かもしれない。一瞬だけそう思ったものの、そうはならなかった。


 剣と剣がぶつかる音が庭に木霊する。


 ティアさんが横に振るってきた剣を俺は自分でも驚くぐらい冷静に手に持ってた剣で受け止める。そして大振りに剣を振り上げてティアさんの剣を跳ね飛ばしてみせたのだ。


 そしてティアさんの剣が何mか先まで飛ばされる合間に俺は剣を振り下ろして彼女の頭の天辺にて寸止めしていたのだ。


 俺が本当にやれたのか?


 レギーナさんのときよりかは自分が何をしたかの実感があった。


 けれども二度に渡って自分より強いであろう二人の女性をあっという間に一本とってみせた事実は強さに喜ぶよりも恐怖を感じた。


 ステータスが高い云々は昨日の夜聴いてたとはいえ、俺みたいなのがこんなに強いのは何かの間違いではないのだろうか。


 自分の身体に何か起きてる。


 自分自身でも知らない何かが起きてるというその事がとても怖かった。自分が知らずに何かに変わろうとしてることに軽い嫌悪感がよぎった。


 一人だったらすぐにでもその場に座り込んで恐怖に頭抱えそうになってた。


 けど周りには人が居て、すぐ目の前には自分を殺そうとしてたけど即手のひら返ししてのけた人と、歯ぎしりしつつ無念そうに俯いて身体震わせてる人がいた。


 その光景を見て我に返った俺が剣を引っ込めると同時にティアさんがさっきのレギーナさんみたいな顔して俺を睨んでた。


「勇者には勝てなかったよ……くっ、殺せ!」


 あなたも一体何を言ってるんだ?


 なんなのこの世界の女の人は勝負に負けたら死ぬ選択肢しかないヤバイ世界なの?それとも殺すか殺されるかしか許されない価値観しかないとこなの?


 俺も殺されそうになったからこんな事言うの変かもしれないけどさ、こんなんで一々死とか殺すとか言い出してたら命いくつあっても足りないよね!?


 別の意味で頭抱えそうになりたいのを堪えて俺は必死に首を横に振って拒否を意思を見せた。


「だから殺しませんって!?こんな事したって意味ないじゃないですか、ほらもう気にしませんから今回の事は」


 俺がそう叫ぶと、ティアさんが呆然と感心が混ざったような感じの顔をした。


 あれこれもしかして俺また何かやっちゃったやつ?


「なんという男だ。強く懐の深さも兼ね揃えてるとは……私の負けだ。好きにするがいい」


「いや、いいですから。なかったことにしていいですから顔赤らめて身体密着させてくるのやめてくださいぃぃぃ!!」


「慎ましさもあるとは、勇は知れば知るほど味わい深い男なのだな」


「会ってまだ五分も経過してない上にいきなり呼び捨てですか!?」


「私の事はティアとでも呼ぶとよいぞ」


「あなたも落ち着いて人の話聞いてくださいね!?」


 この人も凄く思い込み激しい人だ。悪い人じゃないけど物凄く面倒そうな人二号だこれ!?


 いやいやいやまだ異世界来て半日ちょい(と思う)でこんな面倒なフラグ建つとか無理だから。まだロクにこの世界の事も分からないのに情報量濃いの辞めて欲しいんですけど。


「ちょっとティアさん!?」


「なんだレギーナ離れろ!?」


 右にレギーナさん左にティアさんが引っ付いてきて俺越しに口喧嘩を始め出した。周りの騎士の人達も僅か数分ぐらいで起こった急展開についていけないのか口を開けてこちらを見てるだけだ。


 なんだこれ。


 ある意味悪夢みたいな光景魅せられてる気分になり、俺は救いを求めるように周囲を見回した。


 ふと、ある方角を見た時だった。


 遠ざかる後ろ姿が目に入る。


 草木に囲まれてる場所ということもあり気づいたときにはよく見ないと分からないぐらい遠ざかってたけど、何だか目に焼き付いている。


 もしかして昨晩見かけた後ろ姿の人なのだろうか?


 だとしたらなんでこうも気になるのだろうか?


「「ちょっと勇(さん)聞いてるのか(ますか)!?」」


 左右で騒ぐ美人二人の張り合いの巻き添えとなってしまい、それ以上疑問を深める事も確認する事も出来ず終わった。


 この騒ぎは心配になって探しに来た護衛の兵隊さん達や侍女さん達に見つかるまで続くのであった。





 これが生涯を共にする大切な人達との出会いだった。


 全てを分かってくれなくとも、全てを理解出来ずにいようとも、全てを打ち明けることが出来ずにいようとも、自分達なりに一生懸命に俺という個人に寄り添おうとしてくれた人達。


 最後まで一緒に歩いてくれたかけがえのない人達との最初の一歩。

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