第97話王都での評判その2

Side:王都のSランク冒険者達





「今思い出すだけでもあの日の悪寒にも似た感覚忘れがたいですね」


 クランストンの述懐にジェイソンらは各々の個性に準じた頷きを返した。


「教会に未だ在籍してれば神を理由に思考を止めれたのでしょうけど、俗世に身を置く今では流石の私もあの二人の存在をどう解釈すべきか分かりませんわ」


 アンの歎息混じりの言葉に皆が肩を竦めあいつつあの日の出来事に思いを馳せ続ける。





 谷はそこまで広くも深くもなかった。あくまで難所や名所と称される谷と比較すればだが。


 遠くから魔物と思わしき怪鳥の鳴き声が木霊するのを聞きつつジェイソンらマハト・ゾルダートはレッドドラゴンが居座ってるであろう谷の奥へと馬を走らせていた。


 ここに来るまでに魔物の遭遇を覚悟してきた彼らであったが結果は空回ることとなる。


 まるで道しるべか何かのように道々に堕ちている魔物の死体。


 馬を走らせながらなのでよく確認は出来なかったが、現地情報どおりなら恐らくどれもこの辺りではBランクに入るレベルの魔物ばかりである。


 Sランクであろう自分らでも上手く切り抜けるには一々立ち止まって対処せねばなるまいのに、時間と速度を考えたらマシロとクロエがほぼ立ち止まらずに駆けながら倒してるのかもしれない。


 そう考えたジェイソンは軽く身震いした。これだけでもCなんぞに収まるような器でないのは確実なのだ。


 もしかするともしかするかもしれん。


 見極めたいという冒険心ともいうべき探求の欲求。或いは怖いもの見たさというべき度し難い心理の発露。


 いずれにせよ彼らは胸中をざわつかせつつも魔物が跋扈してたであろう死屍累々の道を駆けていく。


 地図と王都からの情報が正しければあと数分も馬を走らせれば奥側というべき領域に至る。そこから先は大型魔物の十や二十は余裕で入れる程の広場があるという。


 恐らくレッドドラゴンもそこに鎮座してることだろう。


 そしてそこに既にあの二人も居る筈である。


 周囲を警戒しつつ可能な限り馬を早く走らせていた一行。考えではギリギリ立ち会いに間に合うという予測をもっての進行である。


 だがもう少しという所まで到達した時であった。


 何か巨大なものが爆せたような轟音と共に思わず馬を止めてしまう程の地響きがジェイソンらを襲った。


「うぉっ!?」


「きゃっ!?」


 突然の事に反射的に声が出たもののSランクである彼らはすぐさま動揺から立ち直り体勢を立て直す。


 怯える馬を宥めつつ一行は震源地である道の先へ視線を集中させた。僅かながら黒煙が登ったのが確認できる。


「……おいジェイソンまさか」


「……そうだな。急ぐぞ」


 言葉少なに確認を取りあうとすぐさま表情を引き締めなおして移動を再開させる。


 再行動から数分後、ついに彼らは自分らの抱いていた疑問の答えを得る事となった。


「…………」


「……おい、嘘、だろ?」


 現場に足を踏み入れた一行は眼前の光景が信じられず絶句。ようやくトミーが幾度か口を空振りさせつつ発した言葉に誰も応える者は居なかった。


 レッドドラゴンは既に倒されていた。


 何をどうすればこうなるのか、胴体の半ばは吹き飛んでおり、少し離れた場所にて首は胴と泣き別れして恨めし気な瞳をして地面に転がっている。


 ドラゴンが居たであろう場所の周りにはワイバーンや上位種であるエビルワイバーンの死骸が多く転がっていた。


 ジェイソンらがざっと見た所百は軽く居ると推測された。


 恐らくドラゴンの手下もしくは暴れた後のお零れ狙いで付いてきた群れなのだろう。ワイバーンがこれだけの数で群れて行動してるだけでもA+案件確実なものだった。


 広場は魔物の死骸だけが転がっていた。何一つ生きてるものはおらず、何一つ生きてるものは居させないという空気を漂わせた凄惨な光景。


 そんな中で、彼らが追いかけてきた二人の少女、マシロとクロエがそこにいた。


 半分以上消し飛んでるレッドドラゴンの死骸を前に佇んでいる。後ろ姿ではあるが様子から見て無傷であろうか。


 風の吹く音以外声を出すのも憚れるような異常な静寂が支配してるような場。


 その静かさだからか、距離がそれなりにあるというのに二人の会話が一行の耳に流れてくる。


「なんか思ってたより弱かったわねー。まさかクロエの一撃で終わる程度とかないわー」


「くくく、羽の生えたトカゲの有象無象のシューティングの如きウィークDEソフト」


「緊急だ一大事だと騒いでるから顔出してみたけどあれねー、なんかお話にならなすぎて無駄足っぽかったかなー?」


「くくく、ディフィートを追い求める愚のドゥム。我らが高みのオールナッシン」


「……そうね。もう負けたくはないし周りが超絶雑魚いぐらいがちょうどいいかもね今の私ら的に」


「………………そういうこと」


 こいつらは何を言ってるんだ?


 会話を聞くことになったジェイソンらは眩暈を覚えて驚愕と恐れの呻きを洩らす。


 S指定のドラゴンを一撃?


 ワイバーンの群れも軽く全滅してのけたというのか?


 しかもあちらとこちらの突入時差を考えたら一時間足らずで終この光景を生み出したというのか?


 戦慄して立ち尽くすジェイソン達。自分達の直感が正解であった事への嬉しさよりもSランクの自分らですら手の届きそうにない存在が眼前に居る事への慄きが心身を縛っている。


 そんな彼らに気づいたのか、或いは気づいてた上で放置していたのをようやく対処する気になったのか、マシロとクロエはゆっくりと肩越しに振り返る。


 しばし前方に居る冒険者達の姿を見つめた後になんでもなかったかのような足取りで声がハッキリ届く距離まで近寄ってきた。


 何気ない所作というのに、ドラゴンを容易く殺したという事実もあってか、気圧されるような強いものを感じ取れる。


 前の出会いの時とは違う強者のオーラともいうべき見えない力が圧迫感として圧し掛かる。Sランクの自分達ですら辛うじて踏みとどまれる程の威圧に息苦しささえあった。


 ジェイソンらがそのような感覚を味わってるとも知らずにマシロとクロエはいつもと変わらぬ投げやり気味な笑みを浮かべつつ小首を傾げあっている。


「えーっと、ギルドの命令で来た人達ー?見ての通り終わったからもういいよー。あっ、それと後ろのやつ欲しいー?」


「ど、どういうことかね?」


 一か月前に会った事をまったく覚えてなかった様子の事もだが、突然の問いかけにジェイソンは冷や汗を流しながら質問を質問で返すしかなかった。


 相手が質問に対して返答しなかった事を別に気にも留めずマシロは顎で後ろにある死骸の山を差す。


「いやほらあのデカいやつ倒したから首とか幾つか残骸持ち帰って証明するだけでいいんで自分らー。全部持って帰るの面倒だしー、お金とか別にそこまでいらないんでー」


「しかし倒したのは君達なのだろう?横取りするような真似は……」


「倒した側が勝手にどうぞって言ってんだからいいじゃないー。おじさんらが欲しくないなら欲しい人らで摑み取り大会してればー?」


「……」


 強さも考え方も理解の範疇を超えている存在。冒険者として明らかに異常で異質で異端な存在。


 そんな相手にジェイソン達は唖然とする以上の反応が起こせなかった。


 彼らの答えを元より聞く気もなかったのか、マシロとクロエはそんな彼らを一瞥した後に踵を返して鉄の塊で出来た謎の乗り物の方へ歩みよる。


 そしてアイテムボックスらしき小さな穴を生じさせたかと思うとあっという間にレッドドラゴンの首と胴体の半分程を取り込み、さっさと乗り物へ乗って広場を去っていったのだった。


 爆音の轟きが谷間に木霊する中で残されたジェイソン達は竜種魔物の死骸らを未だ唖然とした顔で凝視するのであった。





「あの後大変だったなぁ」


 トミーの溜息混じりの発言に一同は実感を込めて頷き返す。


 茫然自失から立ち直った後、ジェイソン達は慌てて二手に分かれて行動を開始。


 片方は先程立ち寄った騎士団の陣へ急報へ、もう片方は残敵確認しつつ彼女らが放棄していった死骸をどうするか話し合う事に。


 先陣きって突入した自分らだけで独占する。というのはSランクとしての矜持と詳細判明後の評判を考えたら即座に破棄すべき選択であった。


 冒険者の中には世間の評判や同業者の白眼視よりも利益を求める者も大勢居る。譲られた物が精々金貨の一、二枚程度の物ならば肩を竦めて身内だけの内緒事として懐に入れてたかもしれない。


 けれどもレッドドラゴンの半分と百以上居る筈のワイバーンは多少の欲深さも肩を竦めて受け取る気軽さも押し潰すぐらいには大きすぎた。


 討伐した張本人らが譲渡、しかも譲る相手を指名せずともなると最終的にはギルドが判断して分配されるとはいえ、第一発見者であるマハト・ゾルダートには多めに渡されるかもしれない。


 無論素材なりお金なりを受け取るのは冒険者として否やではない。大金持ち願望持ち合わせてないとはいえ日々の生活や装備のメンテなどあるからお金はあるに越したことはない存在。


 しかし今回ジェイソンらは馬を走り回らせただけである。それなのにちょっとした大金を得ることに流石に躊躇いがあった。


 マシロとクロエを除けば唯一谷へ突入した冒険者達ですらそうなのだ。他の冒険者などは大半はまだ王都内で準備を急いでた頃。つまりロクに働いてもいない。


 そうなると誰にどう分配すべきかという話になるのだ。まさか招集かけたから参加賞とか言って素材やお金を渡す訳にもいかないのだから。


 政治や運営に関する判断は領域ではないとはいえ、Sランクである以上は可能な範囲でギルドと共に処理に携わらなければならないともなると、これから起こる面倒事に頭抱える羽目になる。


 事務屋みたいな真似やらされるならまだ魔物と切り結んでいた方がマシだ。と、メンバー全員が同じ思いに捕らわれた。


 おまけにあの二人があっという間に討伐した事で大騒ぎは必須。たとえ素材回収的には落第点だろうともそれ以外では文句の出ようがない成果。


 倒した瞬間は見てないとはいえ斃した直後に居合わせた人間として様々な相手に証言すべく顔を出す事態になるのは避けられない。


 それから半月ほどは懸念どおりになった。彼らの十六、七年に及ぶ冒険者生活でも滅多に体験しない類の多忙さであった。


 以降もベヒーモスやグリフォンの群れなどレッドドラゴンに勝るとも劣らない騒ぎが起こる都度、二人の少女が気軽に赴いては容易く討伐しては大騒ぎ。という流れが起こり、CからBへ昇格してギルド内でもどのランクもが話題をする存在となっていった。


 ジェイソンらもベヒーモス討伐へ駆けつけた際にやはり同じように観てるだけで終わった。


 違うとすれば倒された直後ではなく倒す姿も見れたこと。


 レッドドラゴンの事は嘘偽りではなかったのだ。同格扱いのベヒーモスが一撃で絶命する光景は彼らは長い事忘れる事はないであろう非現実的なものであった。


 末はSどころかSSになるのではないか?それほどまでの活躍をあの年頃の少女らがやってのけてるのは只事ではないのだから。


 けれども周りがどう思おうが二人は気にも留めず変わらなかった。


 彼女らにとって冒険者は暇つぶしぐらいの遊びなのかもしれない。故に相手がなんだろうともどうでもいいのだろう。


 時折ギルド内で見かけたマシロとクロエは相変わらず話しかけてくる相手を雑にあしらいつつもいつも通り好き勝手に振る舞っており、初対面の時から変化のないそのブレのない姿に瞠目したものだった。


「それはヴァイト州でも変わりないようですね」


「だな。伯爵様もさぞ苦労されてるだろうな」


 彼女らを庇護してるというリュガ・フォン・レーワン伯爵の不機嫌そうな渋面を思い出したジェイソン達は苦笑を浮かべる。


 ザックが負傷してから数日後に治療費と詫びの代わりにと金貨の詰まった袋を携えて頭を下げに来た青年貴族。


 お高く止まってるような貴族しか知らない彼らにとってその行動の異色さはマシロとクロエとの出会いに相当する驚きがあった。


 そしてドラゴンもベヒーモスも一撃で倒すような化物じみた強さを持つ二人に対して恐れもなく怒鳴りつける若い貴族の姿はアレはアレで彼らに強い印象を抱かせてもいた。


 幾多の苦難や冒険をこなしてきた彼らであっても印象深く残る面々だった。


「こう言ってはなんだけどそれと比べてしまうとねぇ」


 トリニーが名前を挙げはしなかったが、その一言でジェイソンらは誰の事を言ってるのか察する。


 浮かぶのは先日まで護衛の一員として行動を共にしていた「勇者様」の不安げな表情とイマイチ感が漂う雰囲気。


 王宮から直々の依頼で秘密裏に勇者育成の手伝いをすることになった一行は、ここ半年ほど勇者とその護衛の騎士団と共にケーニヒ州各地のAやBランクの魔物が活動する地域で討伐補助を行っていた。


 ジェイソン達Sランク冒険者らが適度に魔物を倒して露払いを行い、騎士団が援護しつつ勇者がそこそこ手強い魔物や程々に負傷させておいた魔物を倒すという作業。


 勇者とはいえ初心者のお守りに自分らのような高ランクを引き連れる必要性が差ほど高くないと思ってた彼らからすれば、貴族の大臣や騎士たちがどんなに持ち上げようとも勇者に対してやや辛口になってしまうのは必然。


 しかもそういう偏見や感情を抜きにしても鳴り物入りで現れた勇者の言動はとてもではないが強さを感じさせるものがなかったのだ。


 なるほど確かに武器を一切持たずに生きてきたという少年が僅かな期間で一通りの武器を扱えるようになったのは凄い。


 最初はDやF程度の魔物相手でももたついてたのが先日にはワイバーンを斬り捨ててみせたのは目覚ましい成長速度であろう。


 だがマシロとクロエという存在を知ってしまった彼らからしたらワイバーンの一匹を二、三度斬りつけて倒してる勇者を素直に「凄い!強い!流石!」と褒めるのは難しかった。


 ワイバーンをそれぐらいで倒せるのは常人では無理だ。普通は少なくても十数人がかりでよってたかって一匹倒せるかどうかの難易度。


 ジェイソン達とて一撃で倒すとなれば幾分かの幸運を味方に付けないと無理な話だ。それ故に単身で成し遂げられる勇者を軽く見るつもりはない。


 しかし如何せん百を超えるワイバーンをレッドドラゴン共々一時間足らずで全滅させたインパクトが強すぎるのだ。以降の活躍も込みだと現時点での貢献度や周囲の印象は断トツともいえる。


 あっちの方が実は勇者様でしたと言われたら即信じるだろう。


「年齢は見た感じ同世代と見受けられましたけど、こうも対面して印象の違いがあるものなのですね」


「格好の奇抜さ抜きにしてもあの二人には雰囲気だけでも何か違うってもんがあったけどよ、あの勇者様は言われないと気づかないぐらい少しなぁ」


「勇者様の世界では一市井だったらしい。だが肩書の割には物静かというか押しの弱そうで不安になるね」


「あー、まぁお偉いさんがアレが国を救う勇者様になると喧伝するなら勝手にどうぞだな。俺達は仕事をこなすだけだ」


 このまま話を続けてると勇者批判及び国への批判に発展すると悟ったジェイソンが無理矢理話を打ち切る。


 リーダーの発言に自分達が不穏な発言をしかけてた事に気づいて気まずそうにある者は咳払いをして、ある者は報告書に再び目を落とし、ある者は大ジョッキに満たした酒を一気飲みする。


「……ヴァイトの地で何をやろうとしてるんだろうねあの人達」


 気まずそうな沈黙の中でトリニーがぽつりと呟く。


 その問いかけは割と好奇心を刺激するものだった。


 少なくとも今のようなお守りと待機の日々と比べたらだ、動向を調べたりあしらわれる可能性高くともあの二人と接してた方が面白くはあるだろうとも。


 しかし再度の批判的な発言を繰り返しそうになる危惧があるからか彼女の問いかけに応える者は誰も居ないのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る