第95話こうして日常は消化されていく

 三日後に行われたAランク魔物(大型)の受け渡しも一応滞りなく終わった。


 何故一応と付け加えたかというと当日では終わらなかったからだ。あくまで最終的に問題なくという意味での滞りなくだ。


 マンティコアなどちょっとした建物より大きい魔物は数体も出すと室内でロクに身動きとれなくなるということで、先月使用した競技場にて野外解体を行うことに。


 それでも一体出すことに数十人が群がって必死こいて解体。時間もえらくかかってのことだから日暮れまで粘っても三分の一しか出来ず。


 肉の一片血の一滴も疎かに出来ないとはいえ効率という言葉が失笑しそうな有様。


 しかしながらこれでも手早く行われてるというのも承知してるのでとやかく言うのも非礼というのも心得てもいる。


 結局大まかな解体が終わり後は細かい部分の切り分けやそこから改めての査定という段階に至ったのは四日後の事であった。


 そこから報酬の用意やら王都側が持ち帰る素材の腐敗防止処理や詰め込みやら諸々の作業もあって、シーカさんが明日には出立すると俺に報告してきたのは更に一週間後であった。


「帰りも含めたら二か月程不在にしてたわけか。そちらも多忙だろうにギルドの長を長期間拘束してすまないな」


「いえいえ、私の判断が必要な案件ありますなら先日のように知らせが来ますので。それがあれ以降無かったということはまだ何事もなかったのでありましょう」


 州都庁の応接室で迎え入れたシーカさんに軽く詫びの言葉を紡ぐも、彼は一仕事終えた直後の安堵と疲労の混じった表情にてそう答えた。


 明日にはまた三週間近くの長旅と考えたら今日ぐらい休んで当日に挨拶きてもと思わないわけではないが、なにせついさっきまで作業立ち会ってたというから仕方がない。


「代わりではないですが、明日はご挨拶に出向かず明け方にここを出る予定でございます。節令使であられる伯に対して礼を失してるやもしれませんがご容赦頂けたらと」


「構わない。今日は挨拶を終えたら身体を休める事を第一に考えるといい。なら私も此処で用件を済ませておこうか」


 来訪を告げられた時点で予感していたので、そう言って俺は席を立って椅子の傍に置いてあった長めの鉄箱を手に取りテーブルに乗せる。


 中身は言わずと知れた名剣ティルフィング。勇少年への贈り物となる予定のアイテムだ。


 乗せた後に俺は懐から二通の手紙を入れた封筒を取り出した。


 一通は弟のヒリューに対して。一通り用件を伝えてシーカさんと共に王宮へ赴くようにという旨を書いている。


 もう一通は勇少年に対して。


 こちらは日本語で書かれており、彼以外には奇妙な記号か暗号にしか見えないであろうもの。内容は別に大したものではなく、慰めとも激励ともとれる素っ気ないものだ。


 上手く彼の手に渡ればそれを読むことで自分以外にも日本人が居る事を知るだろう。


 自らバラすことでもないと思う。いや寧ろそこから俺がどういう存在が周囲に半端に注目されでもしたら計画に支障出かねないから困る正直。


 だが俺の正体を完全に把握は出来ずとも察する程度でも彼にとって幾らか生きる支えにはなるだろう。モチベーション維持の一つになってくれればという俺の出来る限りの応援というやつだ。


 今の俺ならやろうと思えば他に大体的にバックアップ出来る。


 しかし俺は俺の為にそれは出来ない。勇少年には大変申し訳ないがそういう血生臭さ伴う面倒な事は極力引き受けてもらいたい。


 きっとこれは偽善が形となって出たやつだ。「やらない善よりやる偽善」とかいう低レベルな言い訳をしつつやる少しばかり卑怯なやつだろう。


 ただ、言葉の一つもかけてやりたいという気持ちは嘘ではないから。


「……こちらのレーワン家の紋章の方は弟のヒリューに。もう一通は勇者殿に剣と共に渡してもらいたい。武運を祈る的な図を記してるとでも説明してもらえたらと」


「かしこまりました。宝石類は国王陛下と宰相様。それと、先日挙げられた幾名の方々に献上すればよろしかったでしょうか?」


「うむ。賄賂を捻じ込むような真似は正直やりたくはないが、双頭竜討伐の功績の件も含めてこちら側へある程度配慮はしてもらいたいからな」


「心得ております。こちらとしてもギルドへの余計な介入の前例をあまり作りたくはないですからな。総本部とも話し合って善処致します」


 王都のギルドマスターの言葉に俺は深く頷いた。駄目なら駄目で切り替え出来るとはいえ、是正出来るならしてもらいたいもんだわ。


「次に会うのはいつになるかな?商都には流石に顔を出す程暇ではなかろう?」


「気にはなりますから行きたいところですが、まぁ私ではなく副マスター辺りを派遣することになりますな。流石に二か月と少しは事前に告知してたとはいえ不在すぎました」


「これは単なる予感だが恐らく年単位で会わないということもあるまい。次の再会もそう遠くないものと思って次を楽しみにしてるぞ」


「ありがとうございます。次は仕事以外の世間話の一つもする余裕は確保したいものですな互いに」


 これが面会の終わりの合図となった。俺とシーカさんは席から立ち上がり互いに軽い会釈を交わし合う。


 随行してた職員らに剣の入った鉄箱を持たせつつ辞去するシーカさんを見送った俺はまた一つやる事を終えた安心感からくる溜息を一つ吐くのであった。





 二月の終わりから三月半ばまでダンジョンクエスト案件ばかりが目立っているが大小含めてやることなぞ幾らでもあった。


 一月に視察した回廊の要塞化もだが、冬場も動くべきものは動いてはいる。


 民生に治安に軍事に税務と様々。


 大概は下で処理されはすれども偶に上の判断を仰ぐような話も持ち込まれる。


 即答できるのもあれば考慮の為に日を置いて回答すべきものもある。そういったのもマメに処理しないと後回しなんぞしても自分の為にも人の為にもならんからな。


 暖かくなれば視察に出向く機会も増えるだろうから節令使というのも暇ではない。


 と、幾度も実感してるんだがどうにも半ば不可抗力的に管轄外の事も関わってるのは何故なんだろうなぁ。主にウチんとこのド畜生が原因だが。


 個人としても引きこもり事業がもうすぐ開始一年目迎えることもあるから目が離せない。


 要塞は一月に観た通り。人員も警備要員の増加が急務であるが建設作業員に関しては今の所問題ないから順調といえよう。


 公衆衛生事業も三月現在でようやく一区画に一銭湯の建設という最低限の目標は到達。冬場で銭湯の有用性実感した州都民らが増えた故に何かと協力的になってくれたのが効いた。


 一年目迎えるまでには州都に住まう人々らが余裕もって利用出来るぐらいに増設をして、次はメイリデ・ポルト辺りにも進出させていきたいものだ。


 と同時に啓蒙活動ももう少しテコ入れ欲しいとこだな。広報活動に力入れるとなると、紙芝居や講釈師の動員増やしたり、講習の機会増やして参加賞でも付けて呼び込みかけるか。


 食料自給率についてはまだ農業で試行錯誤中なのでこれからだがな。上手くやれれば二年目から成果は出る予定とはいえ。


 今の時点でもヴァイト州四十五万の民がなんとか食べてはいける。


 だが「なんとか」ではなく「食べれて当たり前」「備蓄して当たり前」に引き上げなければいけない。


 それこそちょっとした不作が起きても動揺しないぐらいの余裕あってようやく今後の展望論じられるわけで。


 経済活動もお金はとにかく以前よりも動いてるのは把握してるからそれにブーストかけたいとこだな。


 幸い経済回すようなタネは幾つかあるからな。


 部族側との交易、格闘技大会のような新たな催し物、去年と先日の魔物討伐によって出回る素材、俺んとこの店舗もそろそろ本格的な立ち上げしていくし。


 商都との繋がり次第ではこんな辺境地に金持った奴がやってくる機会も増えてくるだろうから起爆剤には困らないのは有難い事だ。


 通信施設事業は……この中で思ったより難航してる。


 人手不足っていうのも勿論ある。企画立ち上げた時点でも考えてないわけではなかったが、いざやりだしてみると思ったより人が必要になってくる。


 ちゃちゃっと建てて後は動かす人員配置しておしまい。なわけではない。何故企画してる時に思い至らなかったのかと自分の迂闊さが腹ただしくなるぐらいだ。


 交代要員、警備、そもそも建設前後の建設地周辺の安全確保の為の人員揃えないと話にもならん。


 現代地球みたいにちょっとした野生動物ぐらいが徘徊してるだけならいいんだよ別。ほら、山奥にだろうと電柱とか電波塔あるみたいなもんだよ。そういうの壊すぐらいのヤバイのそうはいないわけで。


 でもこの世界には魔物という存在がいる。


 道路から少し離れた場所に建設予定だが、ケーニヒ州みたいなとこならまだしもウチんとこだと主要街道でもあまり気が抜けないぐらいに魔物の出現率は高い方だ。


 建設中の間ぐらいなら兵士達に近辺の巡回と掃討をやってもらえたら当面の安全確保出来るだろう。


 だけど建て終えていざ運用ともなれば一つの建物に常時何十人も警備にまわせるわけがない。防犯対策として数人充てるのが関の山。


 無論毎日のように州都に駐留してる兵を見回りにいかせるという手段も使えないわけではない。


 けれど最終的には州の主な道路に設置するやつだからそれしたら手持ちの兵全員投入する羽目になる。コストがどうとか言うのも馬鹿らしくなるな。


 通信手段の確保は俺としては捨てたくない。去年語ったように情報がいち早く伝達されるのは大事なのだから。


 とはいえこの現状は人が一気に増えるか、せめて道路からいきなり出てこなくなるぐらいに魔物が居なくなるかでないと打破の目途が立ちそうにないのが悩みどころ。


 とりあえず当面はまだまだ腕木通信員育成だけをするしかなさそうだな。


 こんな感じに順調なものもあれば予想外に煮詰まってしまったものもあると悲喜こもごもしつつ仕事を片付ける毎日である。






 多忙ながらも大きな面倒事が今の所起こらず日々が過ぎていき、いつしか三月も下旬となっていたある日のことだ。


 執務室で書類決済してると、デスク前にある来客用ソファーでいつものようにダラダラしてたマシロが何か思い出したような顔をしつつ俺の方を向いた。


「そういえばさー、今年どうすんのー?」


「あっ?何がだよ」


「誕生日よーたーんじょーびー」


「……愚問承知で一応訊ねるが、どこのどちらさまの?」


「私らの目の前に居る節令使様のよー。ほら確かもう二十五になるんだっけもうすぐー」


「くくく、バースディの呼び声は無為への打破へとなりうる歳の重ね」


「……」


 なんと返事していいか浮かばず俺は片頬を引き攣らせて無言でマシロとクロエを見据えた。


 確かにさぁ俺の誕生日もうすぐよ。四月一日だからねすぐだよね。


 去年は勇者召喚や節令使任命とその準備やらと忙しくて屋敷の面々には祝い不要と通達してたので誕生日会開いてはなかったからな。精々ヒリューが祝いの言葉と共に「今後何かの足しになれば」と言って銀製の腕輪贈ったぐらいだ。


 大体二十五歳ともなればいい歳した大人だろう。現代地球では若造もいいとこだが、この世界では十分いい歳扱いされる機会の方が多い。


 祝われるのは悪い気はせんが一々誕生日会開いてお祝いして喜ぶような歳でもなかろうよ。と、俺は思ってる。


 王は生誕日というより即位日を在位中の祝日として扱っており、当日は真心よりかは形式の度合い強いながらも王都中が祝い気分で盛り上がったりする。


 貴族や高官の中には己の立場を誇示したり自己顕示欲満たす為に誕生日会を開いて一日中祝宴開いたりする奴も割と居る。


 節令使にも資料を紐解けば自分の誕生日を統治してる州の民に祝わせるような真似した奴が幾人か存在はしてたらしい。


 だが俺は別にそういうの興味ない。


 そしてもう一度言うが祝われて喜ぶ歳でもねぇんだよ。


「別にさー、大勢読んで乱痴気騒ぎする勢いのパーティ開こうとか言ってないじゃんー。去年やらなかったんだし落ち着いた先でやろうって話なだけよー」


「そんな暇ねぇよ。つかお前らが暇だから何かしたいだけじゃねーか」


「まぁ否定はしないわー」


「おい」


 私物であろう知恵の輪を適当に弄りつつマシロは俺の胡乱な視線を軽く受け流す。


「この間のダンジョンときも似たような事言ったけどさー、今のうちにやれる余裕あるやつはやっといたがいいよー。ホームパーティーなんてこの先リュガがマトモにやれるか怪しいしさー」


「くくく、フェスティバルの貴重なるオーディネリ。平穏求めしも届かぬかもしれぬタイムリバーの激しさ」


「引きこもり準備整ったら壁の中で幾らでも祝い事やれる余裕あんだろが。今後やれない前提で言うなや不吉な」


「えぇー本当でござるかー?本当に自分の発言信じてるのー?マジなら脳みそお花でも咲き乱れてるのー?」


「ははは、その無駄によく喋る口に靴先叩き込むぞド畜生どもぉ」


 喉を鳴らして笑うド畜生二人にライトな殺意を抱きつつも俺は深い溜息を吐く事で嫌々ながらも遠回しに肯定の意を示した。


 周りの状況と共に俺の立場も中々難しいものになることだろう。いや今の身分と立場も大概軽いモノではないけどさ。


 俺の動向、一挙一動が何かしらの意味を持つのではないかと疑われるようになる日も来るとなれば、なるほど確かに今だけだろうな特に意味もない事をやれるのは。


 流石に大勢呼ぶとか誕生日記念に大盤振る舞いするとかはしない。まぁやってもターロン、モモ、平成辺り呼んでいつもより食事を豪勢にするぐらいだろうな。


 それぐらいでいいならまぁやっても差し支えはあるまい。五月の就任含めてひとまずの区切りを実感する機会とでも思っておこう。


 しかし二十五か。この世界に来て四半世紀経過しちゃったんだな俺。


 もうすぐ巽龍牙だった頃の歳になると考えたら少しは感慨も湧くというもの。


 来年には同い歳となり再来年には追い越して地球の日本に住んでたときよりも長くなることになる。


 現代地球に関する知識のアップデートはスキルのお陰で随時されてるので概ね把握出来てるし周りには日本人が居るから今は実感薄いけど、こうして少しずつ巽龍牙という日本人青年は遠ざかっていくのだろう。


 同い歳になったときにはどうなっているのだろう。


 追い越しだした歳になったときにはどうなってるのだろう。


 自分は、この国は、この世界はどうなっているのだろう。


 想いは馳せてみるもののすぐさま感傷に引きずられそうだったので打ち消した。


 二年後どころか数か月先の自分が何をしてるか周りがどうなってるのか不透明だ。何か迂闊なやらかしか巻き添えくって死んでる可能性だってあるわけで。


 知識スキルという一応チート持ちで立場も年齢の割には上等とはいえ油断はできないな。


 最終的にどこまで行けるか分からんが、ひとまずは来年の今頃こうやって他愛ない話の一つもしてる余裕を作れる環境を構築しとかんといかんな。


 とりあえず今は目の前の仕事を片付けてさっさと本日の業務終了させて休むとしよう。


 誕生日をやるの確定したのか他の話題を駄弁りだしてるマシロとクロエを眺めつつ俺は半年先一年先の安泰と余裕を確保する為の仕事を再開させるのだった。

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