第94話偽善を承知で思いを馳せてみたり

 本番ともいうべきAランク魔物解体開始というのに空気がちょいお通夜気味である。


 当の本人らがまったく気にしてないのに二人のギルドマスターの感情の乱れが空気に出てきており、解体係の職員らも剣呑さを察して先程までの威勢よく解体してた気迫がステイしてる。


 繰り返しになるが気持ちは分かるんだよ。


 虚名底上げの為に横取りされるとかふざけてるとしか思えないのは分かるよ。ヒュプシュさんなんて人の居る前で土下座までしたんだから腸煮えくりかえるわ。


 でも俺どころか狩った当人らが微塵も気にしてないし、多分素材買取で生じる利益は確保出来そうな見込みなんだし切り替えして欲しいんだがね。


 もしかしたら利益も危ういかもだがその時は俺の居ないときに爆発でも精神的葬式でも好きなようにしてくださいな。


 俺も思考の遊戯の範囲内で利益をいかに使うかと考えてはいたけど、あくまで予定外の収入とも考えていたから元々無いものと割り切れば痛痒に値はせん。


 商都には双頭竜の件抜きに元々赴く予定だったしねしかも。


 なので王都の連中のあざとさ欲深さには呆れはするが怒髪天突く程の怒りもないわけで。


 とりあえず俺はさっさと今日の用件済ませて州都庁に戻りたいんだよ。


「あーまぁ諸君らは気にせず作業続けてくれたまえ。上の事情は上で収めるから」


 手を二、三度叩いてそう声掛けする俺。


 この場に居る中でトップである人間からの促しなので良い切り替えの切欠となったのか、職員らは互いに顔を見合わせつつ次の作業の為の準備を再開していく。


 流れを察したマシロとクロエも相変わらずめんどくさそうな顔しつつアイテムボックスから魔物の死骸を取り出して床に投げ出しはじめた。


 全部出すには狭すぎるのでマンティコアなどの大型は日を改めて行うことにして、今日はバイコーンなど中型規模を出せるだけ出す事となった。


 それでも百体以上のAクラスの魔物が床一面に転がされる光景は王都でも差ほど見ない光景だけあってその場の九割方が息を呑むものがある。


 余程の外れでもない限りどこも無駄には出来ない高ランク故に先程以上に慎重に損傷を調べたり解体を行ったりする職員達。


 仕事熱心な姿を見つつ俺は後ろに立つ二人のギルドマスターを肩越しに振り向いた。


「大型は明日……いや流石に間を置いた方が良さそうだから三日後に改めてでよろしいか?」


「……あっ、まぁ私はそれでよろしいですけど、王都の方々は滞在の方は」


「こちらも構いませぬ。依頼を受けた時点である程度の日数確保してはきてますのでな。急ぎに目が行って仕事疎かにする愚は犯しませぬよ」


「よろしい。なら本日はこれで失礼させて頂く。双頭竜の件は申し上げた通りなので返信や以降の話は任せるぞ」


 返答を貰った俺は鷹揚に頷き今度は身体ごと向きを変えてドアへと向かう。マシロとクロエも出すもの出したのかすぐ様隣に立った。


 見送ろうとする二人を丁重に制して足早に解体作業場を後にする。


 分かってはいたが大漁というのもこういう面倒という点があるから一概にご機嫌な事ではないものだ。


 また来なきゃだが質量共に異例なのだからしゃーないか。これも稼ぎの為だしな。


 と、そこまで考えて俺は顔を顰めて大きな舌打ちをした。自分の考えが本来考えるべきものではなかったの思い出した。


 だから俺は冒険者じゃねーっての。





「しっかしマジでブラック職場みたいっすねそれは」


「それなー。怒るよりも呆れたわ本当に」


 平成の率直な感想に俺は真顔で全面的に同意する。


 執務室へと戻った俺はすぐさま仕事を再開させつつ、定時報告に来たというモモと平成を迎え入れて雑談に興じていた。


 そこで先程あった出来事を語るやモモは素朴な部族の価値観からか「立場を利用して獲物の横取りとはけしからん」と不快そうに吐き捨て、平成は今の発言しつつ嘆息したのであった。


 提供された熱い茶の満たされたカップを手にしつつ平成が首を傾げる。


「バレたら炎上もんでしょこれ。こんなバレバレな事やるとか意味分からないっすね。偉い人が嘘ついたらマズイんじゃ?」


「俺らが居た世界と違って言論の自由に制限かかってる上に発言内容次第じゃ不敬罪とかで殺されるからな。見え透いてても黙るしかないからこんな馬鹿やれるわけだお偉いさん方は」


「えっ、何か言っただけで死刑もあるんですか」


「あるある。現代日本と比べたら信じられないレベルに庶民の命なんてアッサリ消される程度にはな」


「だとしてもこれここの国の人たちマジ信じる人居るもんなんかなぁ」


「そこは俺も知りたいよ割と」


 平成の疑問に俺は肩を竦めてみせた。


 いや本当それな。


 無知無学な奴の割合大きい中世とはいえ素直に信じて勇者の威信を高めるのに役立つかどうか未知数だ。


 ある程度学のある層なら猶更だ。信じるというか自分の利益の為に信じるフリするのしか居ないんじゃなかろうか。


 最悪虚飾を弄した事で不信感を抱かれて面従腹背の事態もあり得る危険がある。この場合の危険をいの一番で受けるのは当事者なのに蚊帳の外に置かれてる勇少年なわけで。


 情報化社会に漬かりまくってる現代地球人と違って素朴さ残ってる分騙されたと分かった時の反動とか普通考慮して二の足踏むべきなんだよな。


 まぁ実際問題既に召喚されてるであろう各地の勇者に対抗する為にリスクに目を瞑ってるんだろうけどさ。


 実績と虚構を合体させた勇者同士の潰し合いを高みの見物する側になる為には俺も呑気にしてられんくなったということかな。


 見えない何かからの尻叩きというのは考えすぎか?俺の知ってる神様はそういうことしそうにない奴っぽいから違うか。


 俺は決済した書類の束を机の隅に追いやり、まだ手の付けられてない書類を取る。それに目を通しつつ会話を続ける。


「俺がやれる事も大してないよだとしても。高度な政治的判断云々は遠くで勝手にやってろだし、勇者にしてやれるのは物を贈るぐらいだしな」


「十分すぎると思うんすよねー。凄い剣を持つ事に成る凄いスキル持った勇者。とか僕らの感覚だと完全にゲームの主人公だから勝ち組っぽい存在なんですけどね。女の子に囲まれてるとかいうの含めて」


「俗っぽすぎるがまぁ確かにな」


「なにー?平成太郎羨ましいわけー?やっぱ召喚されたからにはハーレム系俺TUEEEしたかったのー?」


 マシロの問いかけに平成は苦笑を浮かべて首を横に振る。


「いやー、一度は想像とかしちゃうやつですけど、いざ成りたいかと言われたらちょっと。ほらだって、もしやらかした時に責任とれるか考えたら怖いというか」


「なんだヒラナリ情けない。行使出来る力とそれを支えて貰える環境を持つならそれに相応しい働きをしてみせるべきだろうが。国一つ担うともなれば使命を果たす為に全力を出すべきだろう」


「モモさんみたいにそういう考え方強いつーか頑固つーか、そういう人なら向いてるんでしょうけど普通無理ですよこんなトンデモ設定。それに」


「それに?」


「魔物はともかく人を殺せってなるとやっぱ駄目ですわ。平和ボケ日本人感覚かもしれないっすけど、少なくとも僕ぁ出来ません人殺し」


「まったくヒラナリは弱腰すぎるぞ。何かを成す為には戦うそして相手を倒す。そういうものではないのか。もう少し鍛えた方がいいのかやはり」


「……平成の言い分は間違いじゃないさ。人道という点では論じるまでもなくマトモな考えだからなそれ」


 軟弱と受け止めたモモが不機嫌そうにそう言ったが、生粋の一般人枠日本人の発言に俺は笑いも茶化しもせず生真面目に肯定した。


 そうだよなぁ。そりゃそう思うよなぁ。


 俺も自分をマトモな部類と思ってはいるけど、やはり転生してこの世界で生まれ育った人間なんだなと少し苦みを帯びた実感を噛みしめてしまった。


 今はまだ魔物との戦いばかりとはいえ、戦争やるからには人を殺める事になるだろう。


 平凡に平和に暮らしてた高校生がそう遠くない未来に大量殺人をする現実。


 俺もその辺が軽くすっとばしてたと認めざるえない。


 国同士の戦争というマクロ目線で考えてたからというのもあるが、そもそもまだ人を殺めたという報告は受けていなかった時点で懸念すべきであった。


 魔物相手に無双出来てるとして、実戦投入したときにいきなり人を斬れ魔法で殺せと言われたら実行出来るのか?


 実行出来たとしても直後にどんなメンタルになってどうなるのか?


 心折れて戦意喪失して使い物にならないならまだいいが、狂乱して暴走して被害拡大ともなれば目も当てられん。


 いやかといって俺は「だから実戦に挑む前に人を何人か斬って耐性つけさせろ」とかいう真似はさせたくはないなぁ。


 俺なんかはそういうクチだったがな。


 あれは十代前半、まだ家督継ぐ前の頃にターロンから武芸を学んでる際の事であった。


「坊ちゃん。幾ら剣や弓の腕をを鍛えようともいざ使う時になれば臆病風に吹かれるときもありますぞ」


「そうなのか?」


「そうですとも。研鑽積んでもいざ人と対峙した際に『自分に人を傷つけたり殺したり出来るのか』と躊躇いをみせたが故に返り討ちにあった者を様々な所で幾度もみてきましたからな」


「まぁ、そりゃなぁ。修行と実践じゃ違うし、いきなり人を斬れとか言われて躊躇いなく殺れる奴なんて武芸の才能持ちか殺人鬼の才能持ちかだろうよ」


「坊ちゃんはゆくゆくは伯爵家を継がれる御方ですし、もしかしたら王宮にて政治に参加される身分になられるかもしれませぬから差ほど必要でないかもしれませぬ。ですが常に万が一を考えて自らの身ぐらいは護れるぐらいの強さは必要ですぞ」


「もっともだな。常に護衛が居るとも限らないし、場合によっては暗殺とかも警戒せなばなるまいしな護身は大事だ」


「だからこそ私は坊ちゃんを鍛えるからにはその辺の貴族の凡庸な面々みたいな触り程度の技で満足されては困ります」


「つまりどういうこと?何させる気なのお前」


「まぁいわゆる一つの度胸試しと思ってやってもらいたいものでしてな」


「だから何させる気なんだって訊いてるんですがねぇ俺!?」


 このようなやりとりの後、俺はこの時代の刑務所みたいな罪人収容施設へと連れてこられ、刑場の一角にて多分死刑判決受けたであろう罪人相手に剣を振るい槍を突き立てる修行をさせられたのであった。


 今思ってもスパルタってレベルじゃないとんでもない修行。


 いや修行と言うのも怪しいような、本当に度胸つけさせる為だけに伯爵家の嫡男が込み上げる嘔吐感や人を殺すという常識的な罪悪感に苛まれながら武器を振ってる軽い地獄みたいなひと時だった。


 当然俺は抗議の声を上げた。だがターロンはムカつくぐらいナイスガイスマイルで親指立てながらこうのたもうたものだ。


「体験学習ですよ坊ちゃん。将来損にはなりませんからこの修行も」


「うるせー馬鹿!お前父上のお気に入りじゃなきゃクビにしてっからな本当に!!貴族の跡継ぎ息子に何させてるんだ!?」


「怒鳴る元気がある内は大丈夫。どうせ生きてても世の為人の為にはならん屑どもですし良心の呵責なぞ無用でずぞ。ささっ、しくじっても私がトドメさしますのでまずは慣れですぞ慣れ」


「お前がウチに雇われる前は傭兵だっていうの実感したわ。なんだこの何もしてないのに罰受けてる感……」


 こうして俺は一時期ちょっとトラウマになりつつも、腹正しいが確かにグロ耐性も身に付いたし前よりかは剣技も迫真さが増した気がしたのであった。


 だが流石に弟のヒリューには体験させなかったがな。そこは俺が両親と大喧嘩する覚悟でターロンにクビをチラつかせて思い止まらせた。


 この辺りで俺もある程度感覚がこの世界のこの時代の人寄りにシフトしていったんだろうな。


 人権なんて概念も発達してないのもあるからどうしてもやるときはやるみたいな感覚を当たり前と思うようになってきてたし、概ね一般常識としておかしくもなかったから是正もなかった。


 マシロとクロエという同じ現代日本人でもコイツらは例外中の例外。普通は平成のような考えをマトモもしくは良識と評するもんだった。


 とあればここに来る前は普通の高校生だったであろう勇少年だって勇者としての使命補正だけでどうにもならんだろうこの問題。


 この世界で生まれ育った俺でさえあの修行やってる間はその日の飯もロクに喉通らないぐらいには憔悴したんだぞ。


 しかも慣れるまで根気よく継続していく。という俺の時のような手段はとる暇なぞないだろう。


 戦に放り出されたが最後その場で折れて死ぬか無我夢中で殺しつくして後から発狂するかだ。


 そして嫌な想像を更に募らせるなら、相手側の勇者がメンタル上だった場合は個人の敗北からの全軍潰走も十分あり得るということだ。


 一国に一人居るの前提だとしたらかなりマズイのではないかこのハンデ。勇者ありきで事を起こそうとしてるザル具合だから勇者駄目なら即終わりだぞ。


 相手も勇少年と同じように対人経験ゼロである事をお祈りせにゃただでさえ低い勝率が更にダウンじゃないかこれ。


 内乱は覚悟してても余力ある他国の進軍は勘弁してもらいたいぞ。自国の再統一をゴール設定にしてるのに他国との戦争なんて泥沼になる未来しか見えない。


 いやでも危惧したところで俺から勇少年に「だから頑張って人を殺したまえ」と言うわけにもいかないんだよなぁ。


「別に出来ないならそこまでの子ってだけじゃないー。リュガがこんなとこで悩むだけ時間の無駄ー」


 俺がやや懊悩の沼に片足突っ込んでる様子に見受けられたのか、マシロが冷たく突き放すような台詞を紡ぐ。


「殺らなきゃ殺られる。単純明快な理をここに来て一年近く経過しても感じられないようなら勇って勇者もその程度よ。自分の為でも誰かの為でもどっちでもいいから戦えないなら死んだ方が幸せよ」


「言いたい気持ちは分かるがストレートすぎやせんかそのストロングな弱肉強食発言」


「くくく、デッドオアライフのせめぎ合う決断。闘志もエゴも貫けぬ弱き者の末路は定まり不可避のチキンレース」


「……」


 クロエの言葉に俺は無言で彼女を睨むに留めた。


 いつものインチキ中二病単語の羅列であるが声音がいつもより冷めてるというか、素の時に近い低さがあるのでこれ以上は踏み込んではいけないと直感が働く。


 肯定も否定もせず、二人は相変わらず投げやり気味な笑みを絶やしてないが、目だけは遠いものをみるかのようにここにあらずに見受けられた。


 このド畜生どもはつまりそういう生き方をしてきたということかな?


 いやどうすればそんな域に達するんだよお前らさ。


 まぁ発言はともかく内容としては「お前がそこまで心配しても仕方がないから感傷も程々にしとけ」ということだろうな。


 俺は俺でやる事も考える事も多くあるのだから確かに一個人への同情ばかりしてもいられない。


 視線を転じると先程まで話題に加わってた筈のモモと平成も俺を気遣う様な視線を向けてる事に気づき、俺は困惑したような笑みを浮かべつつ片手で頭髪を掻きむしった。


 やれやれ気づかぬ内に雰囲気暗くさせていたか俺。


 こんな話題で暗澹な気持ちになる立場ではない筈なんだがなぁ。


 それも純粋な善意ではなく俺の当面の防壁期待から端を発する偽善なら猶更そうだ。


 今出来る目先の事をやりつつ偽善を承知で遠くのロクな面識の無い同胞へ思いを馳せる。


 一年経過しようとしてるが、まだ俺の力もこの程度しかないということかね。


 自嘲寸前の想いが胸中を満たしていくのを感じつつ俺は再び書類仕事を再開させるのであった。

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