第92話買取だったり贈ったり
「確かにこれは地方支部では扱いきれるところもそうはないでしょうな」
シーカさんの発言にヒュプシュさんが複雑そうな顔しつつ無言で頷く。
相手に悪意など他意が一切無いのは理解しつつも、都会に居る人間の優越さが滲み出る発言。と、つい僻み根性出してしまいそうになるのは仕方がないのかもしれん。
出現した魔物とその数が記された書類をじっくり見つつ時折唸り声を洩らす。
しばしの間シーカさんがそのような所作をしていたがやがて紙の束を机に置いて俺の方へと目線を向ける。
「今の心境を正直に話しますとですな、にわかには信じがたいと言うべきですなうん」
「気持ちはわかる。穴場と言うには些か重過ぎるでしょうな」
ダンジョンは自然発生するある種の生き物みたいなものだ。王都もあり冒険者が一番集まってるケーニヒ州ですら年に一回あるかないかの頻度とはいえ新たなものが発見されてるのだから。
それを踏まえても今回のに頭悩ませるのは、ここ何十年ぶりかの難易度高いものであるからだった。
最近のは発生しても精々C辺りが経験値とお金稼ぎに出入りするような可もなく不可もなくなダンジョンばかり。稀に強敵潜んでるとしてもBの上位辺りなら踏破出来なくもないレベル。
我が国だけでなく近隣諸国でも公式発表信じるなら概ね似たような感じだ。
ギルドの記録によればこの辺りで難易度高いダンジョン出現してちょっとした騒ぎになったのは四十年前にパクレット王国北西部出現したものがある。
あちらは三〇階層で構成されており、五階層から低ランクとはいえモンスターハウスが出現し、十五階層から幾多の罠が仕掛けられはじめ、二十五階層からは毒の沼地などフィールド変化もあるという。
そしてダンジョンボスは巨人サイズのデュラハンらしいと、こちらと比べて派手でいかにも冒険心くすぐられそうな造りをしている。
ちなみに発見されギルド公認解放されてから十七年後に当時パクレット王国に在籍していたSランクによって踏破はされてるらしいな。
でまぁひたすら魔物の物量で押してくる地味なダンジョンとはいえ強敵揃いという点では引けを取らないウチんとこのダンジョン。
通常のダンジョンや解放許可下りてる狩場でも中々お目にかかれない魔物の数々。それらから得られる素材の数々。
目移りしてしまいそうな浮かれ気分と同時にだ、地獄の窯の蓋の上で過ごしてるかもしれないという現実にうすら寒いモノを感じてもいよう。
とにかくも当面閉鎖維持で俺らは合意してるので気持ちを切り替えることにした。
「とりあえずあの二人がやらかした。という前提を抜きにして話すなら骨や皮は此方も多めに欲しいとこですな。Aランク魔物のやつは多少値を上げても買う方は絶えませんので」
「購買力で言うならそちらの方に多く回した方がよろしいでしょうがこちらとて買い手が居ないわけではありませんわ。場合によっては私経由で商都へ持ちかける方法だって」
「いやいやそれならやはり王都へ回された方が賢明ですぞ?そちらへ損はさせないよう配慮しますしな」
「いえしかしですね……」
という感じでシーカさんとヒュプシュさんがリスト片手に見えない火花散らしつつどこをどれだけ欲しいか希望を言い合ってる。
今日はこの時点で昼過ぎなので明日に持ち越しになるだろう解体及びその場での大まかな査定。
解体現場で大まかな作業見た上で取り分正式に決めるのだが、その前に二人なりに腹を割っての話し合いをしときたいのだろう。
幅広い需要がある骨や皮、魔法関係者やコレクターが欲しがる魔石、薬や魔術実験に使う為に必要な血や身体の至る部分。ランクの高いやつは余すとこ無く何かしら金になるものだ。
話し合いが白熱しようが明日には損傷具合次第ではバケツ一杯の冷や水ぶっかけられたかのような気分を味わうって薄々分かってるだろうにご苦労なこった。
ギルドの面々があーだこーだ言い合うのを退屈そうに見物しつつ俺は素直な感想を抱いたものだ。
いやだって俺が狩ったわけでもないしただの巻き添え被害者なだけだからね?特に今の所何か口出すこともないからね?
王都から人を呼んだ本人でもあり此処の総責任者ともいうべき立場故に離席もままならず。内心退屈でも顔に出す訳にもいかず謹直な表情で相槌打ち続け。
ただただ「早く他所でやってくれんかね」と願いつつも、結局そこから一時間弱を椅子を温める簡単なお仕事しかやれなかったのであった。
翌日、俺は本日の業務を午前で済ませる範囲で済ませて昼食を摂った後にマシロとクロエを引き連れて冒険者ギルドを訪問した。
たった二人である。相変わらず少なすぎる護衛に何か言いたげな役人が居ないわけでもないが、まだ当面はこのスタンスで過ごさせてくださいよ。どうせ嫌でも増えるんだろうしこれから。
この地へ来てもうすぐ一年経過するが、州都の住民も俺を「少ない護衛で出歩く変わった偉い人」みたいな感じで慣れ始めてるのか、ギルドに顔を出した時に振り向く人らは以前より減っていた。
しかし露骨に振り向かなくなっただけでその場に居る冒険者や職員らの好奇の視線が集中するのは肌で感じた。
今回の件が徐々に話出回ってるからだろう。案内された解体作業場にはいつもより警備員の数が増えており、少しでも近づこうとする冒険者らを厳めしい顔して追い払う姿が見受けられた。
通された現場には既に王都とヴァイト両ギルドのマスター及び解体係が集結しており今か今かと待ち構えていた。
「……約束の刻限には間に合ってる筈なんだが、上も下も随分と精勤なものだ」
「申し訳ない。怖さ半分楽しみ半分の心境で落ち着かないものでしてな」
俺の軽い嫌味にシーカさんが苦笑しつつ誤魔化すように片手で後頭部を掻きむしる。
いいんだけどね別に。その欲望に端を発したものとはいえ熱意は評価するよ。
部屋には数十人程居た。二人のマスターと四、五名のいかにも事務方みたいな人を除けば全員が解体要員ということか。
「今回の件を受けて王都に所属する解体係から二割連れてきましたのでな」
「私の方も八割をこちらに。お陰で今日明日は解体業務の方はやや滞ってしまいますわ」
「急を要する解体案件来ない事を祈りたいものだ」
大量解体の依頼がある時は近隣のギルドから人手借りたり業務の一時縮小で人をやり繰りしたり。というのはあるが、いざそれをさせる原因になると少し申し訳ない気持ちにはなる。
だが俺だけらしい。当の大量解体をさせる二人はというと興味なさそうに周囲を一瞥しつつ。
「それだけいるならさっさとやってさっさと終わらせてねー。早く帰ってゴロゴロしたいわー」
「くくく、暖房の恩恵を受けつつ怠惰を享受する小さき至福。邪魔する無粋な欲の事柄はクリアーに帰すべき」
「……」
何度も言ってるしこれからも言い続けていそうだが言うぞ。
おめーらは一冒険者としての最低限の空気を読んでくれ。普通なら罵倒や怒声がくるからなその冷や水ぶっかけ発言。
俺の苦虫潰したような表情をド畜生どもは微塵も動じずスルー。ついでにシーカさんやヒュプシュさんらもすぐさま作業に取り掛りたいのかこちらもスルー。
結果として一人で勝手に不機嫌になってる態にされた俺を横に解体作業が始まろうとしてた。
「ではお二人とも早速ですが」
「へーへー」
促されてマシロが後ろに控えてたバイクの方へ手を伸ばしてアイテムボックスを開き無造作に手を伸ばした。
まずは本命のAランクを前に身体を温める為と簡単なものはさっさと済ませていく。という理由で十層以降で前半の階層に出てた魔物の解体から始まった。
次々と出される魔物の山を眺めつつシーカさんが嘆息している。
「久々に観ましたが相変わらずですな二人の倒しっぷりは」
主に頭部と心臓部を正確に砕かれてる有様。
しかも衝撃の余波なのか首筋や上半身部分もひしゃけた感じになっており、素材回収的にはお世辞にも良くはない損傷具合である。
マシロとクロエは一撃でしかも確実に絶命するであろう箇所を正確に狙う。まぁ狙わなくてもこいつらの力だとどこに当たっても即死するんだが。
単に強さや手際の良さというなら文句のつけようはない。相手が最低ランクだろうが最高ランクだろうがお構いなしの無双っぷり頼もしい。
ただ冒険者の魔物討伐クエストというのは倒せばいいという仕事でもないわけで。
ランクの低い魔物は頭部や心臓辺りは解体したところでそこまで得る物はない。ああいうのは基本肉、皮、骨だ。
だが種類によってはそうとも言えなくもない場合もある。
例を一つ上げれば、角のついてる系の魔物はその角が武器の素材や薬の材料にもなったりする。或いは大きさによっては鎧兜の装飾とかか。
なので極端な話、角の状態が良ければそこ以外がミンチになってても査定結果がそこまでマイナスにならない場合もあるのだ。
だがマシロとクロエは例えばその角の価値なぞ知ったことではないから容赦なくへし折る。頭殴りつけたついでのような雑さで折る。
自分の稼ぎにも大いに影響するから如何に損傷少なめで魔物を倒すかというのも冒険者として考慮すべき基本的な事なのだ。
そういう常識に基づくとだ、シーカさんやヒュプシュさんからすれば出鱈目に強いんだから殆ど無傷で倒せそうだからそうしてくれと言いたくなる。
ギルド側の常識的な切実な願いも知らぬ顔でマシロとクロエはゴミを捨てるような感覚でポンポンと魔物を取り出しいってた。
床に投げ捨てられる都度、両州の解体係の人らが拾っていきすぐさま回収出来そうな箇所をチェックしていき、確認を終えたら道具片手に捌いていく。
手際よく行われるがまず前半のみでも百や二百は軽く居るのだから膨大と言えば膨大だ。時間もかかるのは避けられない。
しかし思ったよりかは早く進んでるのは皮肉にも損傷著しい故にチェック部分が少ないからだった。
まったく手を付けないわけではないらしいが、後々再度確認の際に何かあれば回収ということで、損傷激しい部分は切り取られた後は魔物ごとに大樽に放り込まれていく。
そんなこんなで黙々と始まった。室内に聞こえてくるのはチェックする職員らの声と道具にて魔物を解体する音。無駄口叩く暇もない忙しさに瞬時に変わっていく。
ただ解体作業見てるのも退屈だ。かといって完了の都度ギルドマスターの執務室と解体部屋往復も面倒だ。
なので解体部屋の隅の方に椅子と机を持ってこさせて俺やギルドマスター達はそこで話すべき事を進める事に。
席に座ると俺は早速用件を切り出す。
「それでは改めて今回の買取に関してだが」
「実際解体して収穫された量によって変動はありますから正式な総額は後日に。ですが素材の取り分は昨日の話し合いどおりでよろしいかと」
「そうですな。まぁ今回はヴァイト州支部の顔を立ててと新ダンジョン開拓及び踏破の祝儀を兼ねてということで」
苦笑浮かべつつシーカさんが俺にそう告げる。
結局昨日は激論交わした末に以下のような感じに収まりはついた。
骨や皮それと爪や牙などはヴァイト側8の王都側2で買い取ることに。代わりに魔石や臓腑など富裕層向けに需要のあるものに関してはヴァイト側1の王都側9での買取に。
肉に関してはシーカさんがアイテムボックスならぬアイテムバックという魔導具にAランクの肉を詰めれるだけ詰め込んで残りは全てヴァイト州ギルドで買取。
宝石やアクセサリーに関しては半々で分け合うことで合意した。ここでの解体以降で大桶入りした損傷部分から出た素材に関しては可能な限りヴァイト側で買取を行うという。
魔石とか大きいお金動きそうなの殆ど王都のギルドへ渡すとはいえ、トータルだと地方のしかも田舎に類するとこからしたら大冒険な取引になるなこれ。
しかもまだ解体中だから正確な額決まってない段階だぞ。損傷の激しさ差し引いても想定より減る事はなさそうだし大丈夫なのかね?
「男爵夫人一応確認するがよろしいので?」
「えぇこれでよろしいですわレーワン伯。大丈夫ですわすぐに売り出せば問題ないですので」
「買取してから売り出して買われるまでの短い間が怖いと思うのだがなぁ」
「去年以上の一世一代の商機の気持ちで挑みますわ」
「そういうものですか……」
どの時代も商魂逞しい人のいざという時の度胸は飽きれ混じりに感嘆してしまう。
俺はあまり分の悪い賭けは好きではないからこんな状況に遭遇したくはないものだわ。
まぁ本人が覚悟してやるというならこれ以上は言わないでおこう。
俺はそう思い定めて頷くと書面に見届け人としてのサインをした。
続いてヒュプシュさんとシーカさんもサインしたことで、これをもって両ギルドによる取り決めは正式に定まる事になる。
双頭竜の件が残ってるとはいえこちらはまず無事に解体出来て尚且つ三州のみで買取可能かによるから何とも言えないしな。
あとは解体で如何ほど回収かの話はそちらでやってくれとしか。
とりあえずの取引を終え、俺は次にシーカさんへの依頼の話をすることにした。
「物が物なので防犯の観点から渡すのはそちらがここを発つ際になるが、国王陛下と勇者殿への献上品を頼みたい」
「承知致しました。責任重大ではありますが必ずや王都へお運びしましょうぞ」
「王宮へ赴く際は弟のヒリューも共に連れていってくれ。ヴァイト州節令使としてだけでなくレーワン伯爵家としても誠意と国に対するお心を示すつもりなのでな」
「となりますとヒリュー様へも何かお渡しするものが?」
「あぁそうだ。手紙と宝石を幾つか包んだのを献上品と共に渡すから王都へ帰還したら当家へすぐに向かってくれ」
「畏まりました。いやはやこれ程のモノを献上されれば陛下の覚えも目出度くなり伯の立場も改善することでしょうな」
「…………いや別にどうでもいいな今更」
「おや?今何か仰れらましたかな?」
「あぁいやなんでもない。そうなれば州の統治も今以上に裁量振るえるというもの。そう願うばかりだまったく」
無意識に呟いてしまった事を誤魔化すように大きな咳払いを数度しつつシーカさんの発言に同意の言葉を紡ぐ。
いかん危ない危ない。思わず本音が漏れてしまったよ。
勇少年はともかくそれ以外はもう自滅するなり破滅するなり勝手にしろやってスタンスだからな俺。
あくまで王様や宰相に渡すのは当面の覚えよくしてもらうのと、剣をちゃんと勇少年に渡してくれるようお願いする為の賄賂みたいなもんだ。
王たちからは何かと評判悪いが「金払いだけはいい」のが唯一の取柄と思われてるからそれは当面崩さないようにしないといけない。
潔癖な事を言い出すならそういうのもけしからんが、これも今後の布石に成りうるかもしれんからな。
無事に生き残って引き籠る為には清濁併せ吞む必要性もあるということよ。
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