第80話ダンジョンどうでしょう~バイクダンジョン制覇ラリー(九割方嘘)~

 ヒュプシュさんらギルド関係者に見送られてマシロとクロエ、そしておまけである俺及び俺の護衛する冒険者達はダンジョンへ足を踏み入れた。


 自虐や自嘲でなくマジもんのおまけだ。なにせ常識的に考えたら俺いらないからね?居る必要性皆無だからね?


 迷彩服みたいなのを着て護身用にと持たされた鉄の剣を腰に下げた姿は一冒険者っぽいけど、こう見えて伯爵様で節令使様なんだけどなぁ。


 まったくなんでこんなことになったのやら。


 サイドカーの席上でぼやきつつ俺は周囲を見回した。


 俺の前を歩くのはマシロとクロエだ。


 うんちょっと落ち着いて欲しい。


 別に怒りのあまり発狂したわけでも認知の歪みを起こしたわけでもないれっきとした事実を述べただけだ。


 じゃあバイク誰が運転してるんだよと思われそうだが、単純明快な答えがあるんだなこれが。


 なんとコイツラのバイクは自動運転も出来るのだ。


 前々から俺も未だ知らない機能を搭載してそうな感じはしてたし、幾つかお披露目してもらったときは「俺の知ってるバイクにそんなもんはねぇ」とツッコミしたものだった。


 この自動操縦もその一つになる。倒れるどころかまるで人が乗って操ってるかの如くバランス崩すことなく洞窟内の道を悠々と進んでいる。


 高性能AIのお陰だとか言うけど、それだけで済ませていい代物かこれ?少なくとも俺の転生前時点における時代じゃあり得ないぞこんなの。


 とまで考えて俺は自分が馬鹿な事を考えてるのに気づいて舌打ちした。


 バイクよりも出鱈目な存在が俺の目の前を歩いてるじゃねーか。


 それと比べたら乗り手無しで動くバイクぐらいでガタガタ言うのもアホくさくなった。


 少しだけ肩の力が抜けたので座席に深く座り直しつつ俺は前を歩くマシロに声をかけた。


「しかしここまで乗り物連れてくるんか。そりゃ能力考えたら必要とはいえ」


「そうよー。貴重な荷物持ちなのよねー。まっ、行けるとこまで連れ歩くけどバイクじゃ無理なとこまで来たら引き返させるけどー」


「成程な。自動操縦機能そういうとき役立つわけか」


「イイ子達よー。マッピング機能あるし武装も充実。その辺の雑魚なんて百や二百余裕で蹴散らして帰るわー」


「くくく、友情の轟き冒険魂。進退を選ぶナイスマインドありし鉄騎の綺羅めいし」


「はー頼もしい事だ。ついでに俺も州都の自室へ連れて帰ってくれんかねその自動操縦機能搭載万能バイクで」


「私らの言う事以外聴くわけないじゃないのー。まーだ脳みそ覚醒してないの?馬鹿なの?頭の中身常夏トロピカってるのー?」


「哀れな被害者の心からの発言なんだがなぁ。帰してくれんかねー」


 歎息しつつ次は左右を見渡した。


 俺らの心温まる会話とは裏腹にバイクの左右に位置して並行して歩く護衛の冒険者達の空気は重かった。


 目は死んでおり顔色も悪く見るからに緊張で強張らせている。小さな物音一つにもびくつく有様だ。


 今回俺の護衛を受け持つことになったのはBクラスパーティー「トューハァト」そう、去年格闘大会に出場した槍使いヒイ・ロユ・キィがリーダーを務めてる所だ。


 例え誠意見せる為だけの露骨な飾りとはいえ、マシロとクロエ以外でランクも実力も高い冒険者を護衛につける事が現時点でヒュプシュさんが出来る数少ない事。


 なので本当なら現在二組存在するBランクをもって俺の護衛をしつつダンジョン踏破の補助を担う筈だったのだろうな。


 しかし異世界ヤンキーことフージ率いるドキメギメモリアルズは間が悪い事に先週、ちょうどヒュプシュさんが州都庁まで乗り込んで依頼歎願してきたその日に故郷の村へ遅めの帰省へ旅立ってたのだった。


 マシロとクロエ、あと俺を説得することでいっぱいいっぱいだったのか根回し疎かにするとはとんだ迂闊さである。


 かといって質より量とか思い直して腕の立ちそうな奴を片っ端からかき集める真似はせず少数精鋭方針貫いたのは辛うじて理性動いたと解釈しておこう。実際居ても邪魔なだけだからなコイツラの。


 何が出てくるか分からない未知のダンジョン、そこで護衛する相手が伯爵で節令使というお偉いさん、あからさまな戦力外扱いなのにしくじったら自分らどころかギルド規模の問題になるという責任重大。


 幾つもの条件が重なっておりご機嫌になれるわきゃないな。全てを捨てて逃げ出してもおかしくないだろうに。


 トューハァトのメンバーは男五人で構成されており、ジョブとしても槍使い、剣士、魔法使い、弓使い、レンジャーとまずまずバランスのとれた面子である。


 Bランクまでのし上がってきた男らが顔面蒼白になりつつ歩く姿はまるで冒険者に成りたての素人のようである。移動だけでHP削られてそうな勢いだ。


 そんな中で唯一気勢を上げてるのがリーダーであるキィであった。


 顔色は仲間と同じくよろしくはないが、足取りはしっかりしており愛用してる槍を握る手には力が籠っている。


 なによりも恐れ戦く仲間達を鼓舞しようと声かけてるのは流石リーダーというべきか。


「い、いいかお前ら。このクエスト成功させて俺達がヴァイト州一の冒険者であることを示すんだ!これを足掛かりに出来たらAランクも夢じゃねぇ。つまりそれはあのフージの奴よりも俺や俺達メンバーが上であり目立つ存在になるわけだ!!」


 相変わらず異世界ヤンキーに対して変な対抗心燃やしてるのが分かる発言に内心苦笑は禁じえないがな。


 そして彼には大変申し訳ないが同じBランクならまだ異世界ヤンキーの方が戦力としては頼りに思えてしまうのだ去年の大会での活躍的に。


 基本的にあのテンションうざいんだが実力は本物だからな。馬鹿だがうちんとこのド畜生二人の言う事は大人しく聴くから扱いやすくはあるし。


 翻って今もなお虚勢混じりつつもやる気を見せつけてる槍使いはしょうもない泥試合の印象しかない。


 いやあれだよ。本来の武器である槍を振るわせれば意外に強いのかもしれんけど、果たして今回自分の身を護る以外で発揮出来るか怪しいものだし。


 その辺の事を口に出してやる気を削ぐ程に俺は馬鹿ではないので黙ってはいる。精々死傷せず帰還出来るよう努力してくれたまえとしか言えないよ俺。


 次に俺の視線は洞窟内へと移った。


 俺らの周囲はバイクのライトとキィらの松明で照らしてるが、それを抜きにしても洞窟内が全体に渡って仄かな光を発してるお陰か夕方から夜になる直前ぐらいの明るさが保たれていた。


 確か昔ターロンや王都のギルドマスターが語る所によれば、ダンジョンというのは普通の洞窟とは違って様々な要因で発生するものであり、それには魔力が関わる事も多々あるという。


 微量の魔力がダンジョンを形成する土や石に付着。一つ一つは無いに等しい魔力含有量だが、それらが数多く合わさることで共鳴し合い発光したり魔術行使の際の天然の陣となったりとするというのだ。


 大陸にあるどこかの国では高名な魔術師が小規模のダンジョンを占拠して天然の魔術工房として運用してるという話もある。


 このダンジョンがどのような性質のものなのか未知数だ。しかし少なくとも大概のダンジョンと同じく自然の蛍光灯みたいな作用はあるらしいから助かるな。


 などと考えつつ足を踏み入れてから十分程しか経過してない。


 肩越しに振り向くと当然だが出入口前に居たヒュプシュさんらの姿は見えない。


 道が続くのはダンジョンの広さを示してるといえるが、そろそろ広間や分かれ道ぐらい出てきてもおかしくはないと思いたいがさてどうなることか。


 もう正直眠気残ってるからこのまま何も出てこず居眠りこきたいんだがなぁ。


 俺のささやかながらも切実な願望も、それを嘲笑うかのようにすぐさま破られることとなった。


 ようやく広場へと出たのだ。


 そこは広さでいうと畳で例えれば四十畳前後ぐらいのものだった。狭くはないがバイク含めた俺らの人数で入るとそうでなくなるのを感じてしまうような。


 全体はそこそこだが天井の高さはそれなりにある。とはいえそれも精々二階建てのビルぐらいだろう。


 先の方を見ると分かれ道があった。どうやら分岐点の役割をしてる小部屋みたいなとこなのだろうか。


 と、ここで俺らは道の辺りに屯ってる何かも見つける事となった。


 十数メートル先に居るソレらは薄暗い洞窟内でも一目で分かる異形の姿。数にして三、四匹は居るか。


 子供程の大きさで猫背気味の体躯、頭の先から下半身にかけて体毛がない緑と土色が混ざった肌、尖った耳と鼻と牙をしておりほぼ白濁した色の大きな目がこちらを睨んでる。


 どう見ても友好的そうな見た目をしてないソレらは見た目通りな反応を示してきた。


 つまり、唸り声を上げて爪を振りかざして襲い掛かってきたのだ。


「お前ら、武器を――」


「必要ないわー」


 キィが仲間らに戦闘体勢を促そうとしたが、そこに気の抜けるようなダルそうな声が重なった。


 彼らが鼓膜にその声を知覚したときには既に終わっていた。


 一陣の風が吹き込んだような音がしたと同時に前に居たソレらが四散して果てている。何が起こったのか分からず視線を彷徨わせるも、死体以外には面倒そうに指先で頭を掻いてるマシロの姿があるのみであった。


 なんてことはない。マシロがいつもの無詠唱魔法を一発かまして終わらせたのだ。今年の初めに野盗集団に放ったのと同じやつだろうと思われる。


 本当に相変わらずトンデモナイことをスナック感覚にやってくれるなおい。


 内心呆れつつも俺は何もなかったかのように歩き出そうとするマシロとクロエを呼び止め、俺の傍らで呆然としてるキィらに声をかけて死骸になったそれらの調査を命じた。


 アホみたいにぽかんと口を開けて沈黙してたキィらは我に返ると慌てて死骸に駆け寄ってチェックを始める。


 差ほど時間がかかることなく俺に報告してきたということは既に冒険者らが把握してる魔物ではあるわけか。少なくとも入って即未知の魔物遭遇になったわけではないのは安心だ。


 報告によると、襲ってきたのはダンジョンゴブリンというゴブリンの一種。ランクでいうとDだが地域によってはC認定されることもあるとか。


 外に生息してるゴブリン種と生態は大して変わる処はなく、特色というとダンジョン内を住処にしており土色の肌を保護色にして隠れつつ獲物を狙うぐらいだという。


 そこまで厄介ではないがDランク扱いされてるので弱くはない。一匹だけでも奇襲かけられたらEクラスパーティーを壊滅の危機に陥れる事も可能というから油断は出来ない。


 ただ、キィらが言うには強い光を嫌う習性もあるからダンジョンでもこんな入って差ほど間を置かずに遭遇は滅多にないというのだ。


 幾つもフロアがあるダンジョンなら三階四階ぐらい降りてようやく遭遇。地上フロアに居たとしてもかなり奥の方に住み着いてる。


 ダンジョンの種類によるが、現在この地で許可が下りてる場所のはどこも最初の階層で出てくるのはスライムや大蝙蝠や化物ヤモリなどGやFでも倒せなくもない奴らで、強くてもEクラスの魔物が精々。


 ダンジョンゴブリンがこんな場所で遭遇するということは、たまたま数匹が住処を離れて徘徊してたという願望寄りの予測を排するとだ。


 この時点でDだとするとこの先に更に上が居る可能性がかなり高い。という、ギルドにとって朗報で巻き添え喰らってる俺には悲報となるのだ。


 報告を聞き終えた俺は口元を手で押さえつつ溜息を洩らさずにいられなかった。


 おいおいおいやめてくれよ。


 規模も分からない上にこの先にはもしかしたらBどころかAに相当する魔物がうようよ居るとか勘弁して欲しいよ。幾ら最強のセコム居るからって寿命縮むような恐怖体験マジしたくないんですけど。


 こんなベタなパワーこそ正義な弱肉強食領域で知識スキルは差ほど役に立たない。なにせ対策考えてるより早く魔物が襲ってくるからな。


 よしんば素早く浮かんだところで実行役が居なければ机上の空論にすぎない。俺一人でどうこう出来るような場所じゃないんだよ常識的に考えて。


 俺が病的な心配性だったとしてこれある事を予期して武具を用意しておいたとしても、夜明けの奇襲からの拉致で着の身着のままで連れられてるから虚しい空想になる。


 つまり俺の生殺与奪の権はこんなとこすらピクニック感覚でまかり通ってしまうトンデモ畜生に握られてるのですよ。


 入って早々こんなげんなりしてしまうとは。


 窺うように視線をキィらに向けてみると、彼らもこんな早い時点でDランクの魔物と遭遇したことに危機感や嫌な予感を覚えて表情を益々強張らせている。


 無理もない。ただでさえ俺を守るためなら死ねと言われて送り出されたようなものなのに自分らでは手に負えない魔物とこれから戦うかもしれないともなれば絶望感も半端なかろうよ。


 互いに違う理由で重苦しい雰囲気を醸し出しつつ中でマシロとクロエは微塵も感応することなく「もういいー?早く行こうよー」とか言ってきやがった。


 うわーい空気読もうとしないド畜生どもに呪いあれー!


 ヤケクソ気味にそう怒鳴りつけたい衝動を堪えつつ俺はキィらに死骸から素材として回収出来そうなものを拾わせる。


 これから高級素材得られそうなのに必要かって?ダンジョン攻略の一環として一応な。


 それとキィ達に少しでも取り分として渡せるものがあればと。


 お高いのはどうせギルド側が必死こいて買取するだろうしな。報酬以外でもこれぐらいのお零れでも貰わないとやってられんだろうし。


 死体処理に関してはいつもなら土葬か火葬なのだが、ダンジョンはある種の生きた鉱物のような性質を持つらしく、消化されていくかのように土に還る速度が外よりも早いらしいのだ。


 加えてダンジョンの魔物は余程飢えてない限りは軽々しく血肉の匂いには寄ってこないという。本能なのかダンジョンという小さな世界がそこに住む種に刷り込みでもしてるのか、罠の可能性を考えた上での行動ではないかと推測されてる。


 いずれにせよ野外のように放置すればするだけ厄介にならないという点だけはダンジョンに有難さ感じるとこか。


 今後も考えて最低限の回収を終えたのを確認して俺らは再び移動を開始した。


 俺だけは乗り物に乗っての移動なので身体は楽である。


 多分余程でない限りこのままだろうし、持たされた剣を振るう機会なぞ無いだろう。傍から見れば呑気にバイク移動の旅に思われそうだ。


 けれども精神的な疲労に関してはこの時点で怪しい雲行きだ。


 まだ最初の階層でしかもほぼまっすぐの道を十分ぐらい移動しただけというのにだ。今でこれなら生きて帰れたとしても当分精神的に廃人確定だよこれ?


 いやぁ、帰してくれんかね本当に。


 心の中で魂の叫びをしても誰にも聞こえないので無駄である。


 そして仮に聞こえたとしても聞き届けられることはないのでやはり無駄である。


 新年開始して一か月目を終えたばかりでこの仕打ちはあんまりじゃないかね?


 俺が幾らボヤこうとも、俺を含めたダンジョン探索チームは粛々と進んでいくのであった。

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