第79話ダンジョンどうでしょう~ダンジョン制覇の旅(強制)~
まだ朝陽が上りきってないからか周囲には幾つもの篝火が灯されていた。
周りを見渡すと、俺の到着を前から待ってたのか天幕が幾つも張られているのが見える。遅くとも昨晩ぐらいからここで設営して待機してたのだろう。
遠くからの朝焼けと篝火のみなのでまだ薄暗い。そんな中でさっと数えると二十人前後は居る。見えないとこにも居るとすれば二倍ぐらいは周囲に居るんだろうなうん。
などと冷静に状況把握をしてるが、あくまで非常時に常に備えてる脳みその一部が働いてるだけだ。
今のそれ以外の俺は怒り心頭だった。いわゆる激おこというやつだな。
無言なのは口を開けば「よくもやってくれたな」から始まる憤怒の抗議を延々と喋くるのが自分で分かってるからだ。理性が辛うじて働いてる結果と言える。
腕を組んで怒りに顔を歪ませて無言で佇む節令使。
普通ならこの姿だけで大概の奴らは恐れ戦く。
現にヒュプシュさんを含めてこの場の九割九分は地に頭を擦り付けんばかりに首を垂れて俺の反応を待っている。
例外はマシロとクロエのみ。こいつらはいつもの調子で平然としてる上に俺のこれからのリアクションを今か今かと待ってるあり様だ。
「…………説明はしてもらえるんだろうなマシロ、クロエ」
罪悪感が砂粒程にも無さそうな相変わらずなド畜生どもに腹は立つが、他の面々が震えあがって会話おぼつかなさそうなので経緯説明役を振らざる得ない。
「まーまーステイステイ。話してあげるからちゃんとー」
「くくく、オーディエンスのコレール。ヘイト走らすのをストップする語りの回想」
俺が割と怒ってる事も気にもせず二人は語り出した。
とは言うものの長々と語る様な事でもないらしい。
話は数日前の依頼の件直後まで遡る。
俺が言う事言ってそそくさと出て行った後、残されて途方に暮れかけていたヒュプシュさんらに声をかけたのはマシロとクロエの方だった。
曰く「私らがなんとかしますから、そちらは誠意見せる為に探索日当日は現地で待っててくださいよ」的な事を自信満々に言ったという。
最難関と目してきた相手が依頼引き受けただけでなく厄介な案件も処理してくれるということに感激したヒュプシュさんらはそれはもう嬉しそうに出て行ったという。
けれどもコイツラは別に何か名案があったわけではなく、無理矢理連れてきて帰りたくても帰れない状況に置けばいいやぐらいしか考えてなかった。
数日後、つまりつい一、二時間前の事だった。
寝ているところを叩き起こされたかと思うといきなり縛り上げられてあれよあれよというまにクロエのサイドカーに乗せられてしまい、静かな夜中に爆音鳴り響かせて州都の外へと強制ドライブ敢行されましたわ。
ノープランってレベルの話じゃねーぞ。
不在の間どうするかの問題も、当日にでも「しばらく冒険者ギルドの用事で留守にするので後の事は頼む」という置手紙を執務室のドアに貼ったり、護衛の面々らに渡してそれ経由で役人らに告知すればいい程度の対策しかやってない。
俺に気づかれずにはまだしも、当日含めて誰も止めれなかったのか?
止められる可能性は限りなくゼロに近いがストッパー役担えそうなモモは間が悪い事に平成共々州都郊外へ他部隊との野外演習で留守をしていた。
ターロンも帰還してないのでこれで俺の身近な奴で誰も制止する役は担えなくなった。
俺よりも下とはいえ地位の高い役人やそれこそリヒトさん達みたいな立場ある人が知れば騒ぐのではないか?
地位が高いだけでどうこう出来たり止められたり騒ぎになって後日の叱責恐れるような奴らなら、俺は今頃寝巻姿でこんなとこまで拉致られてませんよ。
これは完全に後から問題になるわツケ払う為に忙しくなるわのやつだよ。
マシロとクロエに向けていた視線を移動させて頭を下げたまま固まってるヒュプシュさんへ固定させる。
目が地面に向けられてるが俺の責めるような視線を肌で感じたのか、彼女は震える声で弁明をはじめた。
「そ、そのですね、あの、てっきりお二人が親しい間柄をもってして伯を説得してくれるものかと思ってたものですのよ。よもや有無を言わさず拉致してくるとは思いもよらず……」
「あの時の私の発言を聞いて説得に応じる余地があると思われたのでしたら、男爵夫人はお疲れ気味のようだからしばしギルドマスターの職務休まれた方がよろしいかと。なんなら私の権限で休ませてあげますよ?」
「……」
ヒュプシュさんの弁明を冷然と斬り捨てた。
俺は大袈裟な溜息を一つ吐いた。
「これは立派な国家反逆罪ですぞ?節令使を拉致してこんな危険な場所へ連れ出すとは貴方方は逆賊としての汚名を好んで着たいのですかな?弁明の余地もない重罪の自覚はおありか?」
その発言に周囲が騒然となった。中には恐怖を感じてへたり込む者も出た。
普通に仕事してた筈がいきなり国に反旗を翻す重罪行為に繋がる行為と断じられたらそりゃ動揺するわ。
俺もここでどうこうするつもりはないし出来もしない。あまり脅しすぎて逆上した冒険者らに刺されでもしたら馬鹿らしいからな。
けどな、こんな真似されたんだから少しは嫌がらせはしてやりたいわけよ。これぐらい脅しておかなきゃ今後もこういう手法で押し通せるとか勘違いしそうだしね。
ヒュプシュさんらが悪い人とは思わない。嘘を並べ立てて誤魔化そうという気もないかもしれない。
寧ろ仕事への意欲があるのは良い事だし長年の不遇から脱却する一大チャンスともなれば暴走もしてしまうのだろう。
いやけど頭じゃ理解しても感情がねぇ。
しかも今回の俺は100%被害者ポジなわけだから許す義理もない。
どうしたものかと考えつつも更に言いつのろうとしたとき、肩に手を置かれたので振り返るとマシロが傍に立っていた。
「リュガちょいこっちきてー」
「おうこら俺はまだ話をしてる最中であってだな」
「それいいからー。はい皆さんこの人一旦預かるから準備諸々シクヨロ―」
「だから何を勝手に……!」
抵抗は無意味であった。空いてる方からクロエが姿を見せたと思いきやすぐさま俺の肩を掴んで引きずり出した。
しかも相手は薄紙でも掴んでる感覚だろうに容易く俺は引きずられるがままに十数メートル先まで移動させられた。
突然の事に唖然としてたヒュプシュさん達はマシロの言葉をようやく飲み込めたのかこちらを伺いつつも各々の作業を再開させる。
その光景を見て舌打ちしたげな顔をしてる俺にマシロとクロエが馴れ馴れしく肩に手をまわしてきた。
傍から見れば美少女二人に密着されて顔を寄せられてる光景。
だがコイツラの中身を知ってるつもりの俺からすればまったく興をそそられもしないものである。
「……お前らあれだけ渋ってたくせにどういうつもりだよ」
露骨に不審気な視線を投げつつ俺は問わずにはいられなかった。
この間まで相手側から訪問して土下座しないといけないぐらいに消極的だったのに一度受けたら俺を拉致ってまでダンジョン行こうとするとか、俺からしたら訳わからないんだがな。
そもそも王都居た頃も別に俺を誘わず勝手に行ってきて適当に荒らして踏破してきてみせただろうに。ここでも変わらずやればいいじゃねーか。
そう思いそう口にする。それに対しての返答はというとだ。
「いや別になんとなくー。去年と同じでキレ気味リアクション芸みたいとかー」
「……」
そのなんとなくに巻き込まれる身にもなってください。そして俺は芸人じゃねえってんだろ。
「まー強いて理由つけるとあれかなー。気分転換とかかなー」
「はぁ?なんだそれ訳分かんねぇ」
ストレートな反応を見せるとマシロは口元に人差し指をあてて考える仕草しつつ話を続けた。
「ほらあれよー。リュガもこれから忙しくなるわけだし。遠出もやるの決まってる上にさー、今後はこんなバカみたいな事も軽々しく出来ないわけじゃないー?」
「今後どころか今も普通に軽々しくこんな事してられる立場じゃないんですけど?」
「とりあえず今のうちにブラブラ出来そうなとこ選んであげようかなーっていう親切心ていうかー」
「おうこら人様の正論ガン無視してる上に余計なお世話という単語を持ち出すような真似するイカレ具合反省しろよ」
不満あり気に口元を歪ませ疎まし気な目で睨みつけてみるが、左右に侍る少女二人は俺のそんな様子に喉を鳴らして笑うだけである。
「大体な百歩譲って気分転換とか自由謳歌するひと時必要だからって魔物蔓延る洞窟探検で堪能出来るかよ。俺にとって何も嬉しくないしギルドマスターだけが喜ぶやつじゃねーか」
「くくく、ディザイアな執着。オネストなマインドを沈めるアタッカーコマンドの切り札」
「今回の件で私らの承諾含めて諸々を貸し扱いにして今後取引や交渉有利に働かせるようにしたらいい。って、クロエは言ってるわ」
「いやまぁこの話題出た時点でそのつもりではあったがそんなに上手い事転がせられるもんかそれ?」
「だってあのおばさんさー、この間はダンジョンの件しか言わなかったけど次は絶対私らの魔法の事でアレコレ言い出すわよー?」
「あっ」
マシロの発言に俺は思わず視線をヒュプシュさんの方へ向けた。
そういえばそうだったな。
去年の格闘大会での熱い視線や新年挨拶の圧の強い発言思い出すと、寧ろあの時その話が出てないのが不思議なぐらいだった。
いやもしかしたら俺が話し合い打ち切って退室したから出なかったのであって続けてたらその話題確実に持ち出してたな。
大怪我も瞬時に治すレベルの治癒魔法の使い手。一国どころか近隣諸国でも貴重な存在。
利用し尽くしてやろうとかそういう欲深な事は考えてはないと思う。基本的に善良な人という点を抜きにしてもだ。
やりすぎたら本人らが冒険者辞めてしまうだろうし場合によっては大暴れの挙句に人も物も悉く潰される。
おまけにパトロンポジな俺の冗談抜きの不興被る可能性大きい。初歩的なリスク計算もやれない程愚かではないだろう。
けれどそれはそれとして色々と詮索して把握して自分の目の届く範囲内に置いておきたくはあるだろうな。それをコイツラが受け入れるかはひとまず考えず。
マシロとクロエもそうだが、俺も今はまだそんなにトンデモっぷりを無駄に広まっても欲しくはない。
ギルド内や関係者の間で評判になってるぐらいならまだしも、絶対テンプレ的な馬鹿貴族か権力者が寄こせとか言い出して押しかけてくるのが目に見える。
忙しいのにそんな手合いに構ってる暇もないし精神衛生上関わりたくもない。だから必要以上に注目されたくもないわけで。
いつかは避けられないにしても当面の口封じをするなら今回の件を奇貨とするべきか。
この時点で二人がダンジョン依頼を引き受けた事、手のついてない未知のダンジョン攻略なされる事、俺を拉致して無理矢理ダンジョン同行させた事で余程理不尽な要求でもしない限り俺は交渉に有利な立場となる筈。
駄目押しに探索で大当たりなものでも見つけ出せたらヒュプシュさんは何も言えなくなるだろう。
それに今後の職人への依頼も多少の無理難題も優先して行ってくれるだろう責任をもって。今後を見据えればここはやるべきかもしれん。
あと可能ならば今年はクエスト同行なぞしたくないから丁度いい釘差しになってくれれば。
にしても俺はなんでこうも長い目で見れば得だが短い目で見たら損な出来事しか巡り合わないんかね。
たまには俺だって目先の利益とか幸福を求めたって罰は当たらんぞ。
「んなちっさいの求めるぐらいならこんなお仕事せずに王都でお貴族様生活やってりゃいいのよー。そっから背を向けた時点で求めるだけ無駄無駄ぁー」
「くくく、愚かなる求し小さなラッキー。踏み出しは不条理と過労のカラミティでスパイシーな日常の揺り籠」
「うるせー馬鹿。言われなくても分かっとるわそんぐらい」
煩わし気に密着してる二人を引き離した俺は盛大な溜息を一つ吐きつつヒュプシュさんらの所へ戻っていった。
「男爵夫人」
「は、はいレーワン伯」
「今回の件ここまで連れてこられた以上は私も二人に同行致しましょう。ですが戻ってきたらこの件に関してじっくり話し合いましょう。私が今も良い気分ではないことを考慮した上で納得のいく話が出来るの期待しておりますので」
「……本当に感謝致してますし同時に誠に申し訳ありませんでした。こちらで出来うる事ならなんでも致しますのでどうかご寛恕を請う次第です」
マシロとクロエなら「んっ?今なんでもって?」とか茶化しそうだが、俺もまだ和やかな気分には程遠いので愛想なく頷くに留まる。
「信じましょう。とりあえずまずは着替えたいので何か服を用意して頂こうか」
「はい。えぇそれはもう急いで用意させます」
そう言ってヒュプシュさんは職員らを連れて足早に天幕の一つへ入っていった。
しばらくして出てきた彼女の手には服が一式。俺が普段から着るようなものではなく、冒険者が纏う様な活動向きな感じの服であった。
デザインは大概の冒険者や肉体労働者が着用するありふれたものであるが、素材に関してはCないしB認定される魔物の皮を幾重にも使ったものだという。
要人向けの防護服として開発していて出来た試作品の一つであり、ランクそこそこ高めの素材で作られてるだけあって薄そうな見た目の割にはその辺の皮の鎧並みの防御力を誇るとか。
何種類かの皮を使ってるからか斑模様的なのもあって俺が思い浮かんだのは現代地球の軍隊やミリタリー愛好家が着ている迷彩服であった。
この世界でこういう服を着る日が来るとは。と妙な感慨抱きつつ、俺は服と靴を貰って近くの茂みで早々と着替えを済ます。
服を着てる間、茂みの向こう側からヒュプシュさんの声が聴こえてきた。どうやら今回俺の護衛を担当する冒険者らに言い聞かせてるらしい。
「いいですか貴方達。今回のクエストはダンジョン攻略でもなければ魔物討伐でもありません。そういうのは全てマシロさんとクロエさんが行います。貴方方の役割は節令使様の護衛と機嫌を損ねさせないように気を回すことです」
「は、はぁ」
「なんですかその返事は。よろしいですね、万が一の事がもしありましたら貴方方の命どころかヴァイト州冒険者ギルドの存続が無くなるのです。それだけは避ける為には何があっても節令使様をお守りするのです。露骨に言うなら肉壁になって死んでもお守りするのですよ」
「そんな無茶なギルドマスター」
「無茶とかでなくやるのです。護衛成功したらランク査定も善処しますし報酬も通常のBランククエストの三倍は払います。節令使様のご機嫌麗しい状態で帰還された場合は増額も視野にいれます」
「どんな魔物出てくるか分からない上にダンジョンでどうやって節令使様の機嫌を良くしろと!?」
「それを含めての今回のクエストです。ギルド権限で今回は緊急クエスト扱いとしてるので今更拒否は出来ないのですよ。そしてこれはお願いでなく命令ですので観念して節令使様を命を懸けてお守りするように。いいですね!」
「無茶すぎじゃないですか嫌だぁぁぁ!?」
俺は額を抑えて呻いた。
そうなるなら俺の護衛部隊にも事前に話を通してればよかったものの。
部隊内には冒険者も居るんだからもうちょいスムーズに行ってた上にあんなパワハラじみた光景生じさせることもなかったろうに。
誠意見せる為の見栄張りっぷりも原因だが、マシロとクロエに半ば任せたのが悲劇だな。あいつらにそんな気配り期待するほうがどうかしてる。
この場合俺なのか俺を守る羽目になった冒険者らなのかは知らん。或いはどちらにとっても悲劇かもしれんけど。
とにかくこうして俺のダンジョンクエストが不本意ながら始まるのであった。
何度も繰り返して主張するけど、俺一応この地で一番偉い人の筈なんだけどなぁ。
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