第77話ダンジョンどうでしょう


 建設の進み具合の確認と今後の当面の方針を決めた事で視察は終わった。


 ターロンは十名の護衛部隊と文官数名を引き連れてヴァッサーマン州の節令使への使者として既に出立していた。


 俺も用件済ませたので長居は無用とばかりに翌日の朝早くには建設現場を後にした。いつまでもお偉いさんが居座ってたら現場の人間もやり難かろうしな。


 半年ちょいでここまでやれてるのだから期待したいとこだが全てはコンクリートまで上手く辿りつけれるか次第である。


 ヴァッサーマン州側以外でも現在簡易休憩所が設置されてる地点やヴァイト州側の関所も今以上の防衛力にして二重三重の備えにしたい構造もある。


 しかしながらはじめたばかりならこんなものだろう。という事にして逸る気持ちは抑えておこうかねぇ。金出してるとはいえやってる人々らの肉体労働のキツさ考えたら無茶ぶりも出来ん。


 備えといえば年内には取り付ける防衛兵器も用意しとかんといけないな。


 デカい壁あるだけでも相手側に攻めさせる気力萎えさせる事出来るだろうが、攻撃まで加えられたら攻め入る側にとってそこまでする程価値を見出せずに撤退してくれるやもしれん。


 戦わず相手を退かせるという戦略的な要素を高める為には必要ではある。しかし職人ギルドも忙しいからなぁどこまで発注受けてくれるやら。


 去年だけであまり作ったことない面倒そうなの造るだけに飽き足らず今後は大量生産もワンセット。


 他所から職人連れてきていってるとはいえ追い付かない可能性のが高いから渋い顔不可避だ。


 そもそもギルドの元締めにまだあんまり会いたくない気分もある。


 いや俺個人は別に含むとこないんだよ。引っかかってるのは俺の傍に居るロクデナシ二人関連なだけで。


 この間の新年の挨拶の時の発言がちらつくんだよなー。公務理由に引き延ばすのも限度つーもんあるからなぁー。


 マシロもクロエもこの件に関しては馬耳東風だしな。迂闊なリアクション起こして辞められたら困るからヒュプシュさんも大いに悩んでるわけだ。


 かと言って俺をアテにしてもらっても正直困る。


 というのは内心どころか度々口にしてるわけだが、双方ともにガン無視に等しくて「節令使とは?」となって途方に暮れる。


 お願いだからどっちか諦めてくれないものか。と願うんだが、それを例えば俺の傍に居る自称か弱い美少女二人にに言えば。


「アンタが諦めれば早いわけよねこの場合ー。まぁだとしても簡単に請け負う気はおきないわーだるいわー」


「くくく、拒絶と否定のダブルアタッカー。放置を望みしフリーダム魂の気まぐれロード」


 容易に想像出来てしまってげんなりするわ。


 となればギルドマスターの方が折れてくれないものかと思うわけだが、あちらもあちらで千載一遇を逃すという愚は犯さない。一世一代どころか空前絶後の機会かもしれないのである意味命懸けであろう。


 ゼロどころかマイナスな勝率を一桁でもいいからプラスに転じるには俺の同席と俺が巻き添えになるの不可欠だからなんとしても早期に顔合わせしたいのだろう。


 勤勉と怠惰に挟まれる身にもなってもらいたいよまったく。





 やや憂鬱気味な気分で州都へ帰還して幾日かは平穏な日々が続いた。


 この場合の平穏というのは、俺が州都庁の執務室で黙々と通常業務を処理して一日が終わるのを差すのであって決してぐうたら過ごすという意味ではない。


 当たり前にやる仕事を当たり前にこなす社畜っぷりが平穏の類とは失笑もんだが為政者である以上は仕方がない。


 案件の幾つかは先延ばししてる自覚があるからか、当面こんな日々が続けばいいなぁとか利己的な気分があったりするのだ。


 しかし終わりというのは確実にやってくるものだった。


 あと数日で一月が終わろうとしていたとある日。ついに来るべきものが来た。


 いつものように書類決済をしていると、役人の一人が慌てた様子で執務室へとやってきた。


「せ、節令使様。冒険者ギルドマスターであるローザ男爵夫人が面会をご希望とのことで受付の方へ来られてるのですが」


「……」


 今日はアポとってないから追い返しても良い。


 これが取るに足らん奴は当然だが急ぎの用でないなら身分問わずひとまずそう言って出方を窺うぐらいはする。


 しかし今この場で追い返したところで近いうちに相談の一つもする際にその件が貸し借りの話にでもされたら何を要求されるか分かったもんじゃない。


 アポなし訪問を受け入れる度量を魅せつつ貸し一つぐらいに持ち込んだ方がこれからの話し合いに有利かもしれんな。


 気は進まないがやるしかないのか。


 と言う事を十数秒の思案中に浮かばせた末に俺は男爵夫人の要望に対して受け入れる返事をした。


「つーわけだからお前らも同席しろ。てかお前らに用事があるんだからちゃんと応対せいや」


 役人が出て行ったのを見計らって俺は眼前にて座ってだらけてたマシロとクロエに厳しめな声音でそう言った。


 不動明王みたいな顔して凄んでみせたとこで蚊が刺した程にも何も感じない二人はそんな俺に「嫌だわー世間の柵に捕らわれた社畜はー」とかのたもうた。


 嫌な予感しかしないがそもそもなんで新年早々俺が嫌な予感させてソワソワせにゃならんのか原因共は少しは察して労われやこら。





「ご無沙汰と言う程ではないですが、新年の挨拶に出向いて以来ですわねレーワン伯」


「そうですな。お互い多忙な地位にいますと時間の流れが速く感じますな男爵夫人」


 ギルドマスターと冒険者同士で気が済むまでお話してくれや。


 という場面に結局俺も半ば強制的に同席させられてる件な。


 苦虫潰したような顔してる俺を無視してヒュプシュさんは表面的にはいつもと変わらぬ風な態度で挨拶を交わす。


 俺の隣に座るマシロとクロエは完全に他人事みたいな態度で欠伸したり俺が従者に命令して出させた菓子を頬張ったりしてるし。お前らがメインの話題やぞ今回。


 本題入る前からこの態度である。普通なら誰だって怒って悶着起こす。俺だってそうするだろう。


 しかしヒュプシュさんらギルド関係者は金の卵を産むガチョウを手放してなるものかと徹底的に眼前のAランク冒険者の礼儀無視の不遜な態度を無視する構えらしい。


 可能な限り視線を俺に固定させつつ二人の些細な言動も感知しようと時折鋭くチラ見している姿が必死すぎる。


 今年が始まって最初の月にして山場迎えようとする空気をギルド側から感じて俺は内心辟易した。


 気持ちは分かるけどさ、保険に多忙な身である節令使殿を同席させようとするの何か違うよね?俺も俺で無理を聞いて貰ってる身だから強くは言わないけどさ、俺を使って言質引き出す手段を選択肢に入れるのは如何なものかと思うのよ。


 そんな各々の温度差が出る中で話し合いは始まった。


「マシロさんクロエさん。去年の夏以来クエストどころかギルドへ顔を出しに来ない件なのですが。Aランクになったことですしそろそろ何か行動の一つでも起こして頂けたらと」


「用もないのに行きませんやだぷー。拙者ら働きたくないでござるー」


「くくく、流浪になフリーダムエックス。催促へ反逆すべき手段のスタンス自由なフライングゴートゥー」


「不満があるならこちらは冒険者今この場で辞めてもいいんだぞ。ってクロエが言ってるわー」


「……」


 言葉尻に被せるように即答してきた二人にヒュプシュさん絶句してしまいましたよ。被害者寄りの俺も思わず気の毒になるレベルにバッサリ言ったなコイツラ。


 既に散々公言してるのだがマシロとクロエはあくまで冒険者という立場が都合がよかったから登録してたのであって、護衛という名のレーワン家客分という衣食住不自由しない立場に居る現状では大してメリットがない。


 俺を含めて周りが「折角なんだし居るだけ居た方がいい」と言ったので引退手続きもせず惰性で所属してただけなのだ。


 寧ろここでギルドマスター直々に「他に示しつかないからやる気ないなら冒険者辞めてしまえ!」と言われたら嬉々として頷くことだろう。


 ヒュプシュさんはしばし絶句して視線を彷徨わせていたが気を取り直したのか咳払い一つして切り替えてきた。


「……お二人がご自分で赴かれないのは自由。自由度の高さもまた冒険者という職種の良き所。しかしAランクを遊ばせておくのもギルド的にも何かと困りますので、今回は私直々に持ち込みしましたのでこれを見て頂けたら」


「いや別にしてもらわなくてもいいしー。前半と後半の発言矛盾してるとかどうなんー?」


「くくく、大人の汚さの残酷なテーゼ。身勝手な欲望のパトスは神話にならないルフラン」


 少女二人から最もなブーイング喰らいながらもヒュプシュさんは強行突破を図ろうとガン無視を決め込んで話を続ける。


 不興被るの覚悟でとにかく最低でも話ぐらいは聞いてもらおうという意志の強さを感じた。感じただけであって同意や共感なぞないが。


「実はダンジョン攻略をして貰いたくてこちらまでお伺いした次第ですの」


「ダンジョン?」


 RPGでよく聞く単語なアレである。魔物が徘徊して宝が転がってるお約束な冒険的なお馴染みスポット。


 冒険者ならば一度は挑んでいるであろうし一攫千金の可能性を有する狩場ともいえる場所ともいえるな。


 実は俺も昔一度だけターロンに連れられて彼と彼の知り合いの冒険者らと共に行った事がある。


 ただそこは俺にダンジョンがどういうものか身をもって知って貰うため故かライトな所であった。


 地上一階地下二階の構成で各階層の広さも徒歩で二十分ちょいもあれば隅々まで行ける程。しかも既に詳しくマッピングされており初心者の練習向けみたいなダンジョンだった。無論出てくる魔物も主含めてEクラス辺りならなんとか倒せる程度の強さである。


 ダンジョンの数だけ違いは様々にある。大体は似たり寄ったりとはいえ、特殊な環境形成された階層があったりフロア一つ違うだけで魔物の強さが段違いになる初見殺し的な要素あるのがあったりと、国どころか地域ごとに個性あったりするらしい。


 当然このヴァイト州にもあるぐらいは把握してるんだが、最近まで一番高位でもBランクしか居なかったようなとこにこの二人が出向く程のものあるのかねぇ?大方踏破済みとかじゃないのか普通。


 疑問はあるが迂闊にそれを口にしたら突破口にされるだけではなく「節令使様が興味あられるから同行して頂きましょう!」となり、クラーケンの時みたいな流れになりかねない。


 いやこれ絶対なるだろうが。


 だから俺は腕を組んで聞き役に徹する。沈黙を続けてヒュプシュさん側だけに喋らせ続ける。


「この地は辺境扱いからか人も多くはないのは御承知の通り。なので発見されてもまだまだ手のつけられてないダンジョンは幾つも存在しているのです」


 ヒュプシュさんが語るところによれば、この地におけるダンジョン事情は以下の通り。


 当地のギルドが把握しており尚且つ出入り許可を出してるのは大小合わせて十。その内G~E向けが三つ、それ以外はBランクまではまぁ行けなくもない物だとか。


 それ以外に同じ数だけのダンジョンの存在を発見してるものの諸々の事情により探索許可が出せずに居るという。


 これまでは把握してる分だけでも稼ぎとしては十分であったので積極的に人手を割る事もせず放置していたけど、マシロとクロエという実力実績兼ね揃えた人材が現れたのでこの際開拓してみようかと決断。


 中でも幾つかの目撃情報から少なくともB以上に相当する魔物の存在する可能性があるという場所へ今回行ってきて、可能ならば踏破してきて魔物討伐やお宝回収お願いしたいというのがギルドマスターの依頼というか熱望だ。


 一しきり話終えたヒュプシュさんが俺らに熱視線送って反応を確かめようとしてる。


 だが彼女の熱さとは裏腹に俺ら三人は割と冷めていた。


 なんならマシロとクロエは白け通り越して無関心無関係を隠そうともしない無の顔になってる。


 いやはや珍しくコイツラと気が合うな。


 うんまぁ俺らの今の心境を一言でいえば「面倒くせぇ」に尽きるわけですよこれ。


 攻略とか踏破とか言い方色々あるが一切合財出来るか否かで言えば余裕で出来るだろうこの二人なら。


 けどまぁそれで得するのはギルド側だけであって二人に得はない。


 いや、お金は入るしなんならSランクへの道を一歩記すという冒険者的な得はあるんだが、クドイようだけど二人はそういうのに興味ないからノーカウントなわけだ。


 俺に関していえばあれだ。去年の夏と違って別に未踏破のダンジョン放置したところで治安的に問題なぞない。精々出入りする魔物に気をつけるよう周辺へ足踏み入れるの禁止を布告してやるぐらいだ。


 経済的な旨味だって未知数だ。いざ足を踏み入れたところで何も無かったもしくは既に多く出回ってる品々の可能性だってある。


 仮にお宝出たところで一時的にギルドが潤いそのお零れで今年収まる税金の額が少し増えておしまいだと意味はない。継続的な利益弾きだしてからでないと話にならん。


 新しいダンジョン開拓されてしかもドロップアイテムが高額品ともなればそれを売りにして冒険者呼び込めるかもしれない。というヒュプシュさんの期待も理解出来る。


 未知数だから万が一のリスク考えると在籍中のBクラス中心に探索隊編成して行かせる手段もとれないことも分からないでもない。


 しかし単に行ってこいと拝み倒したところでパンチ弱いんだよね。行こうと思わせる程の何かがないと駄目でしょうこれ。


 心底どうでも良さそうな気分が顔に出てしまっていたのか、ヒュプシュさんらギルド側が狼狽気味だ。まだ冬真っ盛りなのに冷や汗掻いて意味もなく頬や頭を指先で弄りつつ言葉を探してる。


 ここまでがギルドマスターとして押してきたものの言う事言って暖簾に腕押し状態。「それがどうした」とか言われたらそこで終わりな空気にまでなるとは思ってなかったのだろう。


 そんな様子を見つつ俺は俺で内心やや困っている。


 何でかって、この空気だと相談や頼み事し辛いんだよ。確実にそこから攻められるから言い出し難いんだよ。


 緊急を要するわけではない。しかし早めに職人や冒険者の協力仰ぐなら元締めとは話をつけなくてはならない。


 難しいかもしれないと覚悟はしていたがこれほどまでに言い出し難い空気になるとはな。


 こりゃ一旦帰宅させてほとぼり冷めてから交渉した方がいいかもしれんな。


 俺がそのような結論に傾きかけたときであった。


「はーい、しつもーん」


 マシロが手を挙げてヒュプシュさんへそう言った。


「なんでしょうかマシロさん」


「その依頼なんですけどー、それやってなんか私ら得あるんですかー?別にお金も評価もいらないからそれ以外の納得出来そうな理由を百文字以内でオナシャスー」


「……ッ!?」


 驚愕のあまり噴き出しかけた声は俺なのかヒュプシュさんなのか。ほぼ同時に噴いたので分からない。


 ていうかドストレートに何を訊いてるんじゃ馬鹿!そして訊いてどうするんだスカタン!!


 黙ってればこのまま俺が穏便に今日はお引き取り願おうとしてたのにコレで変に拗れたら今後の計画に支障出る恐れあるからやめてくれよ。


 反射的にクロエの方へ視線を向けた。


 相方の出方にコイツも思う所あるかもしれないという一縷の望みかけた。


 だが俺の視界に映ったのは、片頬を笑顔で歪ませているゴスロリ美少女の姿。声を出してないのに「くくく、答えてみせよ欲深き者よ」という幻聴が聴こえてきそうな嫌な笑みだった。


 そんとき俺は悟ったね。


 あぁ察してしまったね。


 答え次第では行くつもりだ。当然俺を連れて行くの前提で。

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