第62話交流x格闘技大会(試合続行中)

 エルフ族のケリィと歩兵部隊隊長を務める老兵ロビンの試合が開始されようとしていた。


 均整の取れた長身が多いエルフの中でも脚がやや長めの造りをしているケリィ選手。それを生かして彼は弓や魔法よりも走ることや蹴り主体の体術を会得する方に熱中していたという。


 その蹴りの威力や大概の相手を一撃でノックアウトしていき、魔物相手でも有効打となっていて弓での狩りを行う際は貴重な前衛としてヴァイト州在住エルフらから重宝されてるとか。


 御多分に漏れず地方のド田舎故に我流である。彼みたいなのにムエタイやテコンドー習わせたら結構イイ選手になれそうではなかろうか。


 個人的興味のみで言えば、彼も含めて現代地球の武術系知識を伝授して修練させたらどれほど化けるか見てみたい。だがまぁこいつはもうちょい世の中が平和なときの余暇の使い方に類するかな。


 対するロビン選手は駐留軍の幾つかある歩兵部隊の一つを任されてる男だ。年齢で言うならリッチ選手と同じかやや下ぐらいの兵士歴二十五年の叩き上げだ。


 我が国は腐敗や矛盾など数々の問題が現在進行形で蓄積されているが今のとこ平和な国だ。今はヤバイ火種各地で燻ってるとはいえ内乱や動乱など称される規模の内戦もここ数十年やることなく過ごしてきたのは確かだ。


 彼は兵士になってから幾つかの他国の要請で行われた外征や国内の小規模の内輪もめなどに参加したこともある実戦経験者。その辺の兵士と比較すればまさしくベテランと言うべき男だ。


 だがベテランだろうが新米だろうが兵士である以上は配属先は選べず他意もなくあちこち異動させられるもの。彼も数年前に前任の節令使のお供で赴任して以降この地で黙々と働いてるという。


 常にというわけではないが実戦を経験してるのは兵士としては得難いアドバンテージだ。肝が座っており闘い方も勢いで押すのではなく堅実に進めるべきと感覚で捉えてるとこもある。


 他の出場兵士と比べたら地味ではあるけど着実に追い詰めていく手際は中々のものである。


 しかしリッチ選手と違い苦戦もあった所為か疲労の色がやや見える感じがするな。ただでさえ相手は蹴り主体で寄せ付けない戦い方してくるというのに身体の鈍りは危うい。


 ポーションはあくまで傷や病気癒すのであって体力回復効果は差ほどの筈。しかも今大会は一日で終わらせる方針なので小休止挟んでも連戦には違いない。


 勝ち進めばいいという話ではないということだな。傷はともかくスタミナ配分間違えると後が怖くなってくる。


 俺の懸念は当たる事になった。


 試合開始直後は蹴りを避けつつ接近して打撃を叩き込もうとするロビンと接近させじと旋風脚みたいに脚を振り回し続けるケリィの攻防となった。


 しばらくするとロビンの動きがダメージ負ってもないのに開始よりも鈍くなっていく。


 潜り込もうとして行っていた前進やフェイントの回数が減っていき代わりに相手を近づけさせないように腕や足を振り回すことの方が多くなってる。


 相手もそれに気づいたのか回し蹴りから徐々に通常の蹴り技へと移行しつつ追い詰めていく。


 ついにはロープ際まで追い詰められたロビンは逃げようにもケリィの長い脚から繰り出されるハイキックに阻まれる。


 防御して凌いでいたがやがて疲労回復よりもダメージ蓄積の方が早かったのか無念の呻きを挙げながら崩れ落ちてしまった。


「勝者ケリィ選手――!!鮮やかな蹴り技の数々をもって攻勢崩さず勝利をもぎ取りましたぁ――!!」


 これでうちの軍隊出身者全滅か。まぁ素手というハンデもあった割には善戦したほうではなかろうか。いわゆる残念ながら当然の結果というか。


 そして迎えた第八試合目は異世界ヤンキーのフージと自警団所属の獣人アンリだ。


 虎頭のアンリは幾つかある自警団の一つに属しておりそこの団長を務めてる男。


 腕っぷしの強さと肉食系獣の頭した奴によく居る頑強な肉体を頼みとして街中を見回っている。性格も勤務態度もまず真面目といってよく州都で悪さする奴らから警戒されており、俺みたいな治安を気にする奴らにすれば有難い人材ともいえる。


 優勝して肩書得れば悪党どもへのハッタリに通用するし賞金は自警団の運営費に回すことも出来る。と考えたら参戦する選択肢しかないといった感じで飛び込んできて今に至る。


 普段は樫の木で作った棍棒振り回してるそうだが、獣人の身体能力故に素手でも健闘を見せていた。チンピラや野盗相手を叩きのめしてきて培ってきた格闘技術をここでも惜しみなく発揮している。


 一方のフージはというと、予選を悉くワンパンで決めてきた勢いを落とすことなく一回戦を勝ち抜いてきてる。


 元々が冒険者でも珍しいガチで素手で魔物とやりあってるからか、人間種が概ね素手での戦いで苦戦してる中でいつも通りの力を発揮してる数少ない奴といえよう。


 コイツ以外で上手くやれてるのは傭兵のリッチぐらいで、先程敗れた武闘家ペガルでさえ少しばかりやり難そうにはしていたのだからヤンキーの勝ち進み具合は目を瞠るに値する。


 いつもの鉄製のナックルではなく分厚い皮製のに変えてる以外はいつもどおりのスタイルでリングへ上がるフージ。アンリも一声吠えて体格らしからぬ身軽さでリングへ飛び込んでいく。


「いよっしゃぁぁ!!今回も勝つぜぇ―!!アンタ相手でもやぁぁってやるぜぇ――!!」


「相変わらずうるせぇ兄ちゃんだなぁ……」


 デカい声で意気軒昂な発露をするフージに呆れ気味な反応を見せるアンリ。自警団と冒険者と職種は違えど警備関係で仕事する機会もあるだろうから面識あってもさもありなんというわけか。


 そんな両者もレフリーの掛け声とゴングの響く音と共に戦う顔つきにすぐさま変貌して構えをとった。


 睨み合い。しかしそれも時間にして一分足らずで終わりを告げる。


 先に仕掛けたのはフージだ。アイツは構えを解いた途端に片腕を一直線に横に伸ばして突進した。


 プロレスで言うラリアットだ。見え見えの技だがフージの勢いに数瞬遅れてしまったアンリは受けざる得なくなった。腕がぶつかりなんと数歩分とはいえ身体が飛ばされてしまう。


 フージはそのまま膝を曲げたままの足を正面から打ち込む、いわゆるヤクザキックを叩き込み更にロープまで追い込んでいく。


 アンリの体重がかかったロープが軋みを挙げて大きく揺れ動く。


 追撃にと拳を叩き込もうとしたフージであったが、アンリも先手を取られただけでやられっぱなしではなかった。彼は降りかかる拳を拳で阻んでみせる。


 正面からぶつかると下手すれば拳が無事では済まないだろう。だが片や一応グローブで防護しており片や獣人の頑強さで耐えきるからこその打ち合い。


 弾かれたフージが僅かながらもバランスを崩したのを察知したアンリがすぐさまタックルをかまして今度は逆にフージをロープにまで追い詰めた。


 そのまま場外へ落そうとするがフージは両手を合わせてそれをアンリの背筋に叩き込む。


 勢いを削がれたアンリが力を緩めたと同時にフージが力任せに相手を投げ飛ばす。だが投げの体勢が完璧ではなかったので引きはがす程度に留まった。


 観客の大歓声。俺も思わず歎息するぐらいには真っ当な格闘技をしてるよあの二人。


「両者互角の攻防かぁ―!?初手はまさに一進一退ともいえるものでしたが、節令使様如何ですかね!?」


「そうですね、まず互角と言うべきでしょうがやはりフージ選手の勢いは目を瞠るものがありますのであえて優劣つけるならフージ選手優勢でしょうか」


「このままいけばフージ選手の勝ちと?」


「アンリ選手も質は大幅に劣るにせよああいう手合いを日常的に相手してる分勝負の駆け引きにおいては遅れはとらないでしょう。その辺りを攻略するかされないかが勝負の決めてになるかもしれません」


 シャー・ベリンと観客に俺がそう述べてる間にも試合は続いてる。


 改めてリング中央にて対峙する二人は今度は組み合っての力比べをしていた。ともすればここからでも力籠った歯ぎしりが聴こえてきそうな形相で睨み合う両者。


 獣人、しかもガタイの良い肉食系獣タイプと互角の力比べ出来てるだけでもヤンキーの底力凄いのが分かる。やはり居るものだな現地人でも一般人より何かしら突出してる奴というのは。


 拮抗してるかに見えたがまたまたフージが動いた。アイツは可能な限り首を反らしだしたかと思いきや力任せに頭突きをぶつけてきたのだ。


 堪らず呻きつつも押し合いを辞めようとしないアンリ。だがフージは構わずに二度三度頭突きをぶつけていく。


 これには流石に参ったのかアンリが乱暴に手を振りほどいて距離をとった。ご自慢であろうリーゼントが乱れながらも押し勝った事にフージは笑みを浮かべてみせる。


「頭ガンガンするけどよぉ、今猛烈に攻めてる感じして悪くねぇ気分だぜぇ―!」


「頭痛いんならちったぁ静かにしろよ」


 笑うヤンキーに痛む額を片手で摩りつつアンリが愚痴を呟く。


 互いから視線を逸らさずに距離を詰めようとにじり寄る両者。緊張と興奮が場内を包む。


 二度続けてフージに攻められたからか今度はアンリの方が踏み込んでいった。


「――ッ!!」


 正拳突きを繰り出すもフージはそれをガードする。だがアンリは攻撃の手を緩めることなく腰元めがけて蹴りを放つ。


 まともに入ったのかフージがぶっ飛ばされるが五、六歩程先で踏みとどまる。そこをアンリが再び側面狙いのパンチを繰り出してくる。


 それを片手で弾いてもう片方の拳を振り上げるフージ。それが見事にアンリの頬に食い込んでいた。


 魔物も倒すぐらいの威力持ってるパンチだ。普通ならここで終わるのだろうがやはり人種による身体の造りの違いが有利になるのか、アンリは倒れず持ち堪えてみせた。


 このまま弾かれるのかと思われたが、フージはここで拳を押し込むことはせずにもう片方の肩を使ってのショルダータックルで相手を倒しこむ。


 仰向けに転倒したアンリはすぐさま起き上がろうと試みたが、その隙を突いたフージが相手の服の首元を掴んで救い上げの要領で水平に投げ飛ばす。


 飛ばされた先にリングの支柱がありそこに頭頂部がぶつかる。頭のてっぺんを強めに打ったのか今度は即座の反応が出来ずにいた。


 そこへフージがフライングニーキックを胸部目掛けて叩きつけた。


 見事に踵が胸の中央に叩きつけられたアンリが呻き混じりの咆哮を挙げる。フージは気を抜くことなくすぐさま起き上がってアンリの両足首を脇で挟み込んで抱え上げた。そして中央へ戻りつつも相手を振り回し始める。


 ジャイアントスイングとかこのヤンキーは本能的にプロレスキメてきてんなおい。


「おおっと回る回る回るぅ――!!フージ選手、アンリ選手を力の限り振り回してるぞぉ――!!」


 この技を心得てる人は自分も回りすぎて平衡感覚失わないようなコツを持ってるらしいが、プロレスのプの字も知らずにやってるヤンキーは大丈夫かね。


 思ったとおり、十数回ぐらい回ってるとフージの足元もおぼつかなくなっていた。本人も限界悟ったのだろう、雄たけびを一声上げると同時にアンリの足首を離した。


 振り回されたアンリが回転された勢いで再びリングの柱に激突する。回りすぎてふらつくフージがそれでも構えをとっていたが、しばらくしてアンリが弱弱しく片手をあげた。


「ま、まいった。もう無理だわこれ……」


 宣言を聞き遂げたレフリーがギブアップ確認宣言と共にフージの勝利を告げると会場が沸いた。


「勝者フージ選手ぅ!!白熱した勝負を見せたが最後は力任せの一発が自警団の最強格を見事撃沈させたぁ――!!」


「しゃあっオラァ――!!!」


 シャー・ベリンの一声と同時にフージが両腕を挙げて咆哮した。回転によってふらついてなければ勝利の図としてはまずまず映えただろうに、この微妙な残念具合はらしいとも言えるのだがな。


 しかしまぁ闘いそのものは観客が観たがってたであろうものを自分のスタイル崩さずに体現してみせたのは高評価だ。同じ冒険者でもキィの泥試合と比較したら段違いと断言していい。


 敗退したキィには悪いけどあのヤンキー超えるのは当面無理だわ色んな意味で。


 こうしてベスト8が揃って対戦カード決めの抽選会と小休止が行われた。


 今のうちにとトイレへ向かう者もいれば、小休止アナウンスと共に飛び出してきた物売りに声をかける者もいる。当然ながら仲間内で先程までの激闘について論じる者らも会場内でチラホラ見かけた。


 会場の外では祭りの盛り上がりと別に悲鳴と歓喜の入り混じった声が聴こえてくる。どうやら賭博の途中結果発表でこの時点で外れが出た者もいたとみえる。


 俺も差し出された木製のコップを手に取り中の水を一息に飲み干した。隣に居る実況より喋ってないとはいえぶっ通しでやってると一息つくタイミングも中々ないものだな。


 やはり次回開催は数日ぐらいかけてのやつにするか。と考えつつリングの方へ眼をやると、抽選が終わったのか選手らが互いを見据えてる光景が映った。


 準々決勝は以下の通りとなった。



 ケリィVSジョセフ


 フージVSファンユー


 リッチVSジャガーネル


 ガーゼルVSモモ



 準々決勝第四試合に関して観客がざわめく。ついでに俺も内心呻き声を上げてしまう。


 今大会でドワーフ除けば一番デカい奴と一番小柄な奴とのぶつかり合いかよ。


 公正な立場を示す為に少なくとも今日は出場選手、特にモモやフージなど顔見知りには接触どころか声掛け一つしないよう心がけてるんだが、そうでないなら今すぐ駆け寄って危惧の表明してるとこだわな。


 モモだがフージも今大会一、二を争う防御力持ってる奴とやるし、常識的な流れなら人間種で準決勝行けそうなのリッチ選手ぐらいではなかろうか。


 それが駄目というわけではない。しかしよりにもよってせめて準決勝行くまでは当たって欲しくなかった相手とやり合うともなれば平静ではいられんよ。


 モモの後ろ姿を見てた俺は視線を背後に居るマシロとクロエに移動させた。


 規格外というか世界が違いすぎる奴らに意見訊ねたとこで無意味無益なのは分かってるが、人間とりあえず人の意見訊いてみたくなるときあるよねってことで。


「……勝てると思うか?」


「いやー私らならあれぐらい異世界ヤンキーのときみたく一撃で瞬殺だけどさー、モモっちどうだろうねー。負ける姿のが想像しやすいわねー」


「まぁそうだろうよ振ってみた俺が馬鹿だったよ」


「ただねー」


「あっ?」


 怪訝な顔する俺にマシロが欠伸を噛み殺しつつ話を続けた。


「モモっちのとこの謳い文句がただの迷信でないならワンチャンあるんじゃないかなーって思ったりねー」


「くくく、伝説なるフォルクローワ。竜の顎が魔の人を捉えるクリティカルな一手の可能性」


「…………あれかー。いやでもなぁあれどうなんだ」


 回りくどい言い草であるがスキルのお陰でなんとか記憶の引き出しの隅から心当たりを取り出せた。


 だが取り出せたからといって不安は消える訳ではない。下手したら余計に不安になる要素でしかない。不確かな情報で余計な希望持っても駄目だったときのガッカリ感というかさぁ。


 優勝期待してない癖に可能な限り粘って欲しいという虫のイイ願望から来るハラハラを払拭できぬままに、準々決勝の開始の鐘が場内に鳴り響き出したのであった。

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