第34話予定通りの和約

 思いもよらぬ事にマシロとクロエを除くその場に居た全員が何とも言い難い顔して沈黙していた。


 俺もあまりのアホらしさに二の句が継げずにいた。


 敵のトップがだ、跡目であろう息子らと共に先陣きってまずやることが略奪で、しかも損傷具合からして爆発直前まで中身を気にせず漁り続けてたっぽいという欲張り具合で真っ先に死んでる。


 モモの反応からしてもこいつらが飛びぬけて欲望に忠実だっただけなのだろうが、こんな有様では敵対側にどう落とし前つけさせればいいのやら。ケジメつけさせる相手が悉く死んでるとかなにそれ。


 相手側の損害次第では泣きっ面に蜂というか死体に鞭打つ事に成りかねない。あまりにも徹底的に追い詰めて叩きのめすと数十年後ぐらいに騒乱の火種確定だぞ古今東西の歴史見ても。


 それだけ恨みというのはおっかないもんだが、かといってここで変に配慮いきなりぶっこむとただでさえ茶番なのにいよいよ「なにしたいんだよ」と言われるレベルの茶番になってしまう。


 こうなれば場合によっては族長らに丸投げだな。俺は相手が懇願してこない限りはノータッチ。うん、なんかその方が良さそうだ。


 滲み出る汗を拭いつつ俺は思考停止を選択した。本来なら俺はそういうのは好きではないので可能な限り止める方ではない。人間考えるの辞めたらそこで終わりだわ。


 けれどもごく希にこういった案件が湧いて出るときはそうでもなくなる。人間だもの生きてれば一度や二度ぐらいあるよこういうの。


 俺の提案にその場の全員が賛同した。モモも親達にこんな馬鹿みたいな出来事の尻ぬぐいさせることへ躊躇いをみせつつも拒否はしなかった。


 方針が定まったので、俺は兵士らに死体処理作業を再開するよう命じた。


 遺品になりそうなものを取り外し、死体は浅めに掘った穴に投げ入れていく。場にある物を全て投げ終えたら油をかけて火を点けて骨と灰になるまで燃やし続ける。それも終えたら後は土を被せて埋め立てる。


 時間や人や物資に余裕があるならもう少し丁重にやるし、なんならささやかながら慰霊も行い墓みたいなのも建てるもんだが、今回はそんな余裕がないので簡素に済ます。


 決してこいつらに呆れ果てて手抜きしたくなったわけではない……と思う多分な。


 一連の作業を滞りなく行うよう命じて俺はその場を後にした。マシロとクロエ、遺品を抱えたモモと平成がそれに続く。


 照りつける太陽と熱のこもった風に当てられながら黙々と歩いていたが、やがてモモが深い溜息を吐き出した。


「この件は我ら山に住まう部族らの教訓として学ぶよう義務付ける必要あるな」


「いやまぁ流石にアレらが例外なだけではないのかな?」


「今のままだと確実に何年何十年後かに第二第三が出てくるぞ。同じ山に住まう者として断言してもいい」


「……これは真面目に学校の一つでも建てるの検討しないといかんね」


 同化政策という言い方は適切ではないし極端な表現になるが、ある程度の価値観や論理感というものは共有させたほうが今後の為ではある。確かに学校は今後必要性増していくな。


 そういう意味ではここであの蛮族みたいな連中を掃討できたのはよかったかもしれんね。あの山脈に住む人ら全員把握してはないけど、とりあえ脳みそ蛮族な敵対勢力の存在を考えずに済むわけで。


 無理矢理前向きな事を考えようとしてるが、やはりこの最後の最後で判明したベタな愚行への脱力感は拭いきれない。


 なんで勝った側がこんな気分になるんですかねぇ。こういうのって普通は「俺TUEEEE!」なノリでワッショイやる場面じゃないんですかねぇ!


 誰に向けて言ってるか自分でも分からない愚痴を胸中に呟きつつ俺らは陣地内へ戻っていくのであった。






 作業もその日のうちに終えて夜はささやかな祝勝会行ってそして一夜が明けた。


 勝ち戦の宴なのでそれなりには盛り上がったものの、やや精彩を欠くというかぎこちない空気が終始付き纏ったものであった。


 なんでかといえば参加者全員敵側の醜態知ったからですよ。


 他方面に出向いていた兵士らにも事の顛末を語ると皆一様に軽く引き気味な反応を見せた。


 心の片隅で蛮族と侮る気持ちはあれども、まさか本当に自分らが想像してるような蛮族的な行動をしてあんな結果出てきたとなると反応に困るよね。


 事情は既に知れ渡ってるので捕虜という立場ながらも宴に参加してるモモは周りから同情と「やっぱりあそこの人らって」的な反応を一身に受ける羽目になっていた。


「ゲンブ族の私が何故こんな辱めを受けねばならぬのだ……おのれぇコッワ族とフエールサ族ども……」


 盛大に赤面してなんなら涙目になりつつ憎しみを込めた呟きをする族長の娘殿。そんな彼女を気の毒そうに見ながら慰めの言葉が浮かばずに傍でちびちびと飲食してる召喚者なお付きの魔術師。


 俺もどう声をかけていいのか分からないので黙って生温い安物ワインを飲み干すのであった。


 まだ戦地であることを差し引いてももう少し盛り上がっても良いとこだが、そんなこんなで明日に備えて早めに休むという名目でそこそこで解散となった。


 お陰様でというわけではないけど、俺を含めた全員は眠気や昨日の疲労を差ほど引きずらず朝を迎えることが出来た。


 朝支度を終えてまず命じたのは会談の準備である。


 とは言うがこんな所で重々しいものや派手なものがやれるわけないので、周辺の清掃や日差し除けの天幕準備、あとは騎兵らに身支度整えさせて隊伍をとる用意をさせとくぐらいか。


 周りが動いてる間に俺はテントの日陰になってるとこで報告書に目を通すことに。


 昨日の戦の双方の損害を纏められたものだ。ある程度の数字の誤差は想定内にいれてる概算なんだがね。


 まず俺達側であるが、戦死者報告は受けてないのでゼロである。で、負傷者は五七名。


 そのうち一四名は火薬爆発の音に驚いたり魔物群の出現に驚いて落馬しての負傷。残り四三名のうち重傷二名、軽傷四一名。重傷者もポーションでの手当が早かったので命に別状はなし。


 そんでまぁ部族連合の方はというと。


 死者一一四〇名。これは掃討段階と死体処理時にまだ息のある負傷者にトドメを刺したのも含めた数字だ。そういうわけで負傷者はゼロ。


 モモが率いてたこちら側の一〇〇名も数として引くとしたら、逃げ帰れたのは三割ちょいぐらいか。規模は小さいけど損害七割とか普通滅多にない数字じゃん。


 こちらの火薬攻勢もあるんだろうが、スタートと同時に指揮官役が悉く死んでればそうなるもんなのかねぇ?


 どれがどの部族か判別出来ないのでどれだけ削いだが見当つかないが、負傷者も含めたら両部族ともそこそこ長い再起不能期間に入るだろう。


 数だけでみればまだこいつらより少ない部族は多くあるので油断は出来ない。けれどもこちら側の支援を得たゲンブ族をはじめとする親ヴァイト州派ともいうべき面々が睨み聞かせていくことになるだろう。


 まぁ欲を言えばこれを機会に蛮族脳な両部族も物分かりのいい奴が長になって帰順してくれたらいいんだけどね。


 報告書に目を通した俺は無造作に折り畳んで懐に仕舞い込む。


 まだターオ族長らが来るまで時間もあるけど、正直やることはない。


 なにせ以前の訪問で大まかな事は決めてるので今日のやつも形式と確認がメインなんで今更考えることもない。


 というわけで暇を持て余した俺は隣のテント前でモモにやり方を教えながらウノなんぞやってる現代日本人組に混ぜてもらうことにした。






 昨日の今頃は戦の終わりかけぐらいだったな。忙しいと時間の経過早く感じるのは社会人あるあるだよね。


 とまぁ他愛ないことを考えつつ俺は眼前に迫りつつある集団を出迎えようとしてる最中。


 ウノで白熱してて時間はあっという間に正午頃。


 俺と平成が最下位争いになるぐらいに連敗を喫してる辺りに偵察及び物見からの報告で百を超す集団がこちらへ向かってくる報告を受けた。


 それを受けて俺は身だしなみを整える―まっ、上着のボタンを留めなおして襟を正す程度ではあるが。


 半歩後ろにマシロとクロエを控えさせ、半歩前には建前上捕虜であるモモと平成を立たせて陣地出入口前で待機。


 日傘をさすような真似はしなかったけど流石に暑いので団扇を仰ぎながら待っていると、前方から出迎える対象が見えてきた。


 前を武装した者らに警護されつつ姿を現したのは約一か月ぶりにご対面するゲンブ族族長殿。


 相変わらず厳つい顔を崩してはないが、暑さには参ってるのか頬や額から伝う汗をハンカチと思わしき布で絶えず拭っている。


 周辺に武装させた兵士らを控えさせてるとはいえ、あくまで形だけなので俺は前後の面々を促して歩き出した。


 あちらも俺らが接近しようとしてるのに気づいたのか周囲の者らに何か言いつつ足を速めてるように見える。


 数分後、俺とターオ族長は互いに手を伸ばせば届く距離に居た。


「久方ぶりですな族長殿」


「節令使殿もお元気そうでなにより。そしてコッワ、フエールサ両部族との戦お疲れ様でした」


 そう言って俺らは握手を交わす。


 建前では捕虜引き渡しと和平会談なんだが、出だしの時点でこんな感じというのが八百長だ茶番だというのを隠す気ない。


 とにかくもこの八百長もこれで幕を閉じようかね。






 挨拶を交わし終えた俺らは話し合い用に設置されたテントへと場所を移動した。厳密には運動会のときに設置されるような屋根だけのやつに椅子とテーブル置いただけだが。


 周囲を部族側の護衛一二〇名と州側からターロン率いる護衛九〇名が固める。


 部族からはターオ族長をはじめとして統合に賛成した部族の長や補佐をしてる立場に居る者ら四五名。こちら側はマシロとクロエ、あとモモや平成抜きにしたら書類作成係の文官二名しか居ないので実質俺一人。


 節令使なんだからもうちょいスタッフ居てもおかしくないんだけど、人材が居ないのと居たとしても今の俺の評判知ってるから馳せ参じるようなの居ないから御覧の有様だよ!


 軍事はまぁいい、行政もまぁいい。どちらも今の所はある程度は自分の考えで処理出来る中級クラスが居るからなんとかなる。


 けれどこういう外交折衝の類は当面はトップ自ら顔出して全部自分でなんとかしなきゃいけないな。今はいいけど将来の為に人材発掘しときてぇなぁ。


 ということを考えつつ俺は冷たい水を一息で飲み干した。


 マシロに頼み込んで全員分用意してやってる。族長らは水の冷たさに驚きつつも嬉しそうに飲み干していく。


「貸し一つねー節令使様ーよろしくー」


「こんぐらいで貸しになるんか。いやまぁいいけどさぁ釣り合うぐらいのにしてくれよ?」


 相手が喉を潤してる間に俺とマシロは小声でそんなやりとりをする。こんなんで一々貸し作るのもなんだから氷室絶対作らんとなマジで。


 密かな決意を新たにしつつ俺は早速話し合いを行うことにした。


 まずは捕虜の引き渡し。


「おねがいたします、わたしのむすめをかえしてくだされー」


「だめだー。おまえらにそのようなたのみをするけんりなぞないー」


「どうかおじひをくださいませーわれらこころをいれかえますので、むすめをかえしてくだされー」


「しかたがないー、そこまであいがんするならきさまのむすめをかえしてやろうー。かんだいなしょちにかんしゃしろー」


「おお、ありがとうございまするーむすめよーよくがんばったなー」


「うわーいちちうえありがとうーせつれいしさまありがとうー」


「ふははは、わがくにのいこうにひれふすがよいぞー」


 事前の打ち合わせどおり、形式的ながらこのようなやりとりをして「話し合いは当初からやや揉めた」と文章係に記録させる。


 しかしなんだな、最初から白々しさ全開なの自覚してるから俺含めて全員棒読みとか三文芝居以下だなおい。マシロとクロエなんて「笑ってはいけないなんちゃらかよ!」とか言って笑い堪えてるし。


 俺の隣でやりとりを記録してる文官に至っては「あの、これ、あの、流石にそのまんま王都に報告しませんよね?しませんよね!?」とこの場で唯一真顔なままで俺に迫る勢いで質問してくるし。


 大丈夫、流石にやらない。ちゃんと体裁取り繕った文章に清書させるから。


 記録係を宥めつつ俺はさっさと次の議題へ移らせた。


 次は部族側との取引である。


 まずこちら側は毎年金貨二千枚と銀貨八千枚を文化発展支援金という名目で王国というより親レーワン派となった部族らへ支払う。分配は族長会議で話し合って決めてもらう。


 最初の数年は俺の軍資金から捻りだすが、いずれはヴァイト州の収入も増加してるだろうから州予算から正式に引き出すものとする。


 引き換えとして親レーワン派に組した部族らは今後一切ヴァイト州内での略奪をはじめとする不法行為を禁ずる。破った部族は支援金の停止。悪質と判断された場合は族滅も視野に入れた討伐を行うこととする。


 お金で安全買ったようなもんだが、俺が十万以上の軍勢を所持していてそれらを余裕で運営するぐらいの経済力あるとかならともかく、そうでないなら間違った選択はしてないと思う。


 続いてこれを機会に交流を持つことにしたので、麓付近に交易所の建設を行うことにした。


 彼らにとって日常で当たり前のように触れてるものでも、大山脈に足を踏み入れることのない王国側からしたら割と貴重品に値する産物は色々あることだろう。


 部族側から買取それを王都や商都で売ればそれなりの利益を見込めそうであるし、物によってはヴァイト州のみでしか入手出来ないという謳い文句でここの価値が上がるかもしれない。


 まずはビジネスライクからスタートしていきゆくゆくは町の一つでも作って雑居していき、やがて各地の往来が当たり前になれば、それは発展といえるだろう。


 開設からしばらくは官営でやっていくが、商売が安定してきたら少しずつ民間に権限移譲していく。最終的には役人はあくまで監視に徹するとこまで下がっていけたらと。


 商人もヴァイト州に根を下ろしてる地元の奴限定だ。あくまでヴァイト州の発展が優先なので他所に利益流れ込むのは本意ではないからな。


 そして昨日モモに少し話したが、学校の建築も提案してみた。


 話す前に昨日の戦に関しての顛末を伝えたところ、族長らは皆最初は唖然としてみるみるうちに赤面して額を抑えて呻きだした。ほぼモモと同じリアクションである。


「数を頼んで好き勝手やり続けた挙句に欲望を制御する術も見失ってたとは、こんな奴らが居るから我らは蛮族と侮られるのだ……!」


 短くも重い沈黙の後、ターオ族長は舌打ちしつつそう独語したのであった。


 文字の読み書きもだが、二度とこのような愚行を起こす者を減らせるように部族間で共通の価値観や論理感そして最低限の法律を学ぶ場は必要であることを説いた。


 恐らく戦の詳細聞く前なら半信半疑に首捻ってただろうが、死して反面教師となった二大部族の事を持ち出した後だとあっけない程に全員素直に同意の頷きを返してきた。


 駄目押しに建設の予算は州側で負担する旨を告げると、族長らは驚きつつも謝意を示してきた。うん、やっぱり自分の懐痛まないと分かればハードル下がるもんだよね。


 その流れでこちらに反抗してきた部族への対処を依頼してみた。


 責任者悉く死亡したとはいえ今回の件で無罪放免というわけにはいかない統治者的には。


 かと言って部族に差ほど詳しくない身で迂闊な処断して禍根残しかねないも避けたい。


 ならば同じ山々に住んでおり昔からそれなりに交流のある面々に一任してみようというわけだ。事情知ってれば上手く取り計らう事も出来そうだしね。


 俺としては最低限の条件として今後反抗をしないのを含めた恭順さを何らかの形で示すようにというのをやってくれるなら、それ以外はターオ族長らの判断に任せる。


 俺がそういう辺りの話をすると、彼らも顔を見合わせて小声で短い話し合いをしていたが最終的には俺の意見に従うのを決めた。


 あとはあちら側が沙汰を待ってくれるような暫定責任者的な奴が居るかだな。まさか全員ヒャッハーではなかろうし。


 それからこれまでの被害者への謝罪と補償、州側と部族側の境界線の再設定、民間交流の段階決め等それから幾つもの取り決めをしていき、日が傾きだそうとする時間にようやく一通り纏まりをみせた。


 あとは条約の調印かな。と思ったときである。


「そうだ節令使殿、娘から提案がありましてな」


「提案……あー」


 そういえば聞きそびれていたことがあったな。


 俺はモモの方へ視線を向けた。


「いや差ほど難しいことでも意外なことでもないからそこを考慮した上で聞いて頂きたい」


「まぁかなり重要なら合流直後に言ってるだろうからな。で、なんだね?」


 俺に促されたモモは咳ばらいを一つしてこちらを直視する。


「私達西方部族の者らをあなたの旗下に加えてもらいたい」


「……別に進んで人質にならずとも死んだ両部族と違って賢明そうに見受けられるが?」


「それもないわけではないが、そうじゃないぞ節令使殿」


 俺のマキャヴェリズムに爪先突っ込んだような発想に対してモモは即座に否定してのけた。


「今回の件を機会に私はもっと己の見聞を広めるべきだと実感した。様々な事を直に学んでいきそれを今後の我らの発展に繋げていきたいのだ」


「この和約によって今後はそちらも我が領土内の通行自由になる予定なんだが」


「旅に出るというのも考えたが、一人二人で放浪するよりも政治や軍事などの視野の広いモノを学びたいと願うならば、この地の最高権力者と行動を共にする方が良い」


「旗下に加わるということは私の管理下に属することになる。つまりは命令一つで色々やらされる立場に置かれるぞ」


「承知の上だ。学ぶからには色々携わっていきたい私は」


「……」


 顎に手を添えつつ俺はターオ族長に目を向ける。


 族長は娘の意思を尊重するのか、はたまた根負けしてるのか厳つい顔に困ったような笑みを浮かべて軽く頭を下げてきた。


 親であり長である人が許可してるんなら強く拒否する理由もないんだが、それにしてもなんとまぁ行動力の塊よ。


 しばし黙り込んだがやがて呆れと感心が入り混じった軽い溜息を吐き出した。


「……今日明日は無理だ。こちらは受け入れの準備を、そちらは人を選抜をしてからだ。最初は諍いの一つ二つは起こるだろうからすぐに激発するような者は連れてくるなよ?」


「……!そ、それでは!?」


「戦力増強事態は歓迎する。正式なものは後日としてよろしく頼むぞモモ・ゲンブ殿」


「あぁ。あぁわかってる。ありがとう節令使殿」


 提案が受け入れられた事への喜びを抑えつつモモは何度も俺に頭を下げてくる。


 あんまり頭下げられるとこちらも反応に困るから程々に宥めつつ、俺は記録係に書かせた議事録を取り上げて下の空白部分にサインと節令使の印を捺した。


 そのままその書類を族長らに渡して署名を請うた。もっとちゃんとしたの必要なら後日改めて作成するとして、これが俺と西方部族との間で交わすことに成る条約の証となるのだ。


「いえーい、これにて一件コンプリートってやつー?」


「くくく、アマゾネス加入の雑多なる混成。新たなるステージへのフラグを予感させるディステニー」


 次々とサインか捺し印を記していく族長らの姿を見て口笛を吹いて小さく拍手するマシロとクロエ。やや場違いなその突然なリアクションに困惑に顔を見合す族長たち。


 そんな和約会談らしからぬ雰囲気に俺はただただ腕を組んで苦笑するのみであった。


 これが、ある程度段取りが決まっていた和約会談の終わりを告げる合図となった。


 最後の最後まで無事に予め決めてたとおりに進行してほっと一安心だわ。






 旧王国歴四一九年七月。ヴァイト州節令使リュガ・フォン・レーワン伯爵、西方の山岳地帯に住まう部族連合をツアオ平原にて一日にして撃破。


 初陣でありながら千を超える首級を上げ、更に激しく追い立てた末に四十を超える諸部族らを自らの統治下へ組み入れることに成功。


 以降西方部族らに恭順を約束させることによりヴァイト州の治安を強固なものとする。


 と、後々編纂された公文書や歴史書及び彼個人の伝記にはそう記されている。


 記述自体に誤りがないのは複数の証言によって確認されているが、同時に後の政戦両略を見据えたプロパガンダとしてあえて詳細を周囲に積極的には語ってはいないという事も補足として記されることとなる。


 レーワン伯本人も公式の場で進んで語らなかっただけで別にこの件に関して秘匿してなかった。なので知ろうと思えば差ほど苦労せず調べられた。


 故にこの戦の詳細を知った者はこのツアオ平原会戦と前後の双方のやりとりを含めて「インチキ征伐」と通称で呼ぶこととなるのであるがそれはまた遠い未来の話。

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