Rev.5
鮫が口を開いた。
『おお…ようやく解放された!!今度こそ全てを食い尽くしてくれる!!』
禍々しい声が辺りに轟いた。悪魔というに相応しい声だった。その鮫がこちらを向いた。ギロリと鋭い殺意に満ちた目に睨まれ、俺の体も彼女の体もビクッとなって動けなくなった。
その目線を遮るように、女神が立ち塞がった。
『ゲェッ!!』
鮫が一点して素っ頓狂な声をあげた。何か見たくもないものを見たような声。拍子抜けである。
『なんでまたアンタが!!』
『アンタが暴れ出してるからじゃないの!!折角この間宇宙に放逐してやったのに帰ってきやがって!!』
女神が叫んだ。その声には先程までの神秘的なオーラは皆無で、ただの怒鳴り散らすおばさんのそれであった。台無しすぎる。
『そら帰ってくるわ!!あんな狭苦しいもんに入れられてよぉ!!やってらんねぇよなぁ!!』
『アンタがデカくなりすぎなのよ!!海で飼えなくなったと思ったら陸の人達に迷惑かけおってからに!!この海の恥さらしめ!!』
崖の下に広がる惨状に比較して、余りにも低俗な会話が繰り広げられている。
『言ったなこのアバ○レ女神が!!食い殺してくれる!!』
そう言うと鮫は女神に飛びかかった。だが女神はカウンターの如く槍をその体に突き刺した。
『グエー!!』
『ご主人様に向かってア○ズレとはよく言った!!その勇気褒めて遣わす!!褒美に二度と戻れない場所に吹き飛ばしてくれる!!』
女神は叫ぶと、鮫の突き刺さった槍を天に向けて掲げた。すると先刻降り注いだ隕石の破片が鮫の元へと戻っていった。
『やめてくださいー。助けてくださいー。もう反逆しませんからぁー。』
『嘘つけこのクソペットが!!すぐに牙剥くつもりなのは知ってんのよ!!もうアンタの面なんか見たくないわ!!燃えて死ね!!』
女神が無茶苦茶な事を言うと、槍の先から隕石が宇宙に向けて射出された。向かう方向は太陽の方角。
『ちくしょおおおおおおおお覚えてろおおおおおおおおおおおお!!』
鮫の禍々しくも間抜けな捨て台詞と共に、隕石は太陽へと飛んで行った。きっと燃えかすになるのだろう。
『ふぅ、漸く処理出来たわ。…あ。』
女神は俺達が怪訝な顔で見つめている事に気づいたのか、取り成すように荘厳な態度に切り替えていった。
『人間達よ。危機は去りました。またもし同じ危機が訪れた場合は、この槍を使いなさい。使い方は同じです。』
そういって彼女は、俺に槍と宝玉、穂先の三つのパーツを渡した。
『それと、今の会話については決して口伝しないように。いいですね?』
最後の言葉には、極めて強い圧力が込められていた。俺達は無言で頷いた。
『よろしい。それではあのクソペ…ごほん、厄災の被害は、私の方で戻しましょう。』
女神は街の方に振り向くと、手を翳した。するとその手から光の奔流が迸り、街がその光に包まれた。その光が収まると、街も人々も元通りになっていた。
『人よ。厄災は去りました。神はいつでもあなた方を見ています。』
そういって女神は消えていった。人々は畏敬の眼差しで彼女が消えるまでじっと見つめていた。
俺達はというと、ニコニコと笑顔を浮かべていたが、彼女が去り、全てが終わったのを悟った瞬間、しかめ面をして肩を落とした。
「こんな事のために…。」
「苦労したのか…。」
裏を明かせばただの神の管理不行届けだったわけだ。要するにあの鮫は海の神のペットだったが、大きくなって暴れ出したので宇宙に放逐し、それが帰ってきてしまった、と。
「阿呆らしいオチだ。」
俺は思わず呟いた。
「でもまぁ、あのままだと確かに世界を食い尽くしてもおかしくない勢いだったし。女神の撒いた種とはいえ、ちゃんと助けてもらえたんだし、いいんじゃない?」
声子が言った。まぁそれは同感である。
「そうだな、そういうことにしとくか。」
俺は穂先をポケットに入れると、丘を降りて五十嵐資料館へ戻ることにした。資料館で槍と宝玉を保管してもらうためだ。
「ねぇ。」
「ん?」
丘から降りようとした時、声子が呼び止めた。
「なんであんな事したの?」
飛び降りた時のことだろうか。俺は言った。
「ああ、あれは、古文書にあったんだよ。飛び降りて勇気を示せ、みたいなことが。」
「それにしたって度胸あるわね。何か理由でも?」
「あ、えーと…。」
言えなかった。まさか声子の笑顔を守りたいと思ったからなんて。
俺は言い淀み、何か上手い言い訳が無いかを考えていたが、やがて彼女から言い出した。
「…あ、その、いや、もういいわ。行きましょ。」
そう言って彼女は丘を下り始めた。どうしたのだろうと思ったが、やがて思い出した。彼女が人の心を読める事に。
その後は、俺も彼女も顔が真っ赤になっていた。まるで空に浮かぶ太陽のように。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます