第5話 まちがい

 眠れない夜に使う強い酒を口移しで流し込んで、麻衣子は晃を見上げた。

「相、原……なに」

「馬鹿。なんで来たの」

 晃は酒に弱いのを知っている。麻衣子はふふっと笑うと、よろめいた晃を部屋に引き入れて扉を閉める。

 ベッドに向かう時間も惜しくて、床でのしかかって晃の着衣を解く。抵抗しようと晃が伸ばした手を、裸の胸に当てた。

「触ってみて。どきどきしてるでしょう?」

 心は泣いているのに、まるで悪役のように笑うのを止められない。

 実際悪役そのものなのだろう。こんな風に璃子を裏切って、きっと二度と会えなくなるのがわかっている。

 でも止められない。ばらばらになった心が、もっと壊してしまえと麻衣子を責め立てる。

 ネクタイをほどいて、吸い付くように喉にキスをする。晃が息を呑む感覚さえ、触れているのが心地よかった。

「相原、やめろ!」

 それでも晃は男性で、麻衣子より力が強かった。ふいに体を起こして、麻衣子をひきはがす。

 一瞬流れる沈黙、ぜえぜえと荒い呼吸。麻衣子は耐えられなくなって頭を押さえていた。

「わぁぁぁ!」

 麻衣子は子どものように顔を上げて、わんわんと泣き出した。

「嫌なの! もう嫌ぁ……! 全部忘れたいの!」

 ひぐっ、ぐすっと、情けなくしゃくりあげて泣く。

「私でいいって言って! まちがいでいいから。二度と邪魔しないって誓うから……!」

 晃が呆然としている。こんな訳の分からないことを言われて、迷惑してる。

 私の馬鹿。いっそ消えてしまいたいのに、晃の目に映ってるのが私だけの今が少しだけ、うれしいと思ってる。

 ふいに呼吸が詰まる。引き寄せられて、強く抱きしめられたから。

「……ずっと前から好きな奴がいるって知ってる」

 私、晃の腕の中にいる? そう思った途端、また涙があふれた。

「いいのか、まちがって。後悔しないか」

 体を離して、晃はぐしゃぐしゃになった麻衣子の顔をみつめた。  

 入社したその日、怒ったように麻衣子を見たまなざしと同じだった。懐かしくて、麻衣子はすがるように腕を回していた。

「晃がいい……」

 名前を呼んだとき、少しだけ彼の体が震えた。

 抱き上げられて、ベッドに運ばれた。まるでお姫様と、舞い上がりそうだった。

「麻衣子。……ずっと好きだった」

 これは幸せな夢。明日になったら消えてなくなってしまう。

 でも、これでいい。十年間、宝物のように胸に抱いていた夢だから、まちがいじゃない。

 唇を合わせながらからめた体が、彼の熱だけを追っていた。

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