沙希はセンター試験で私に負けて怒り狂った(前編)
私は、高三の夏で部活を引退した。私の高校は学区内二位の、沙希に言わせると「“自称”進学校」だが、“自称”進学校であろうと私たちだってこの時期にはみな、受験に向けて準備を始めるのである。
私の代の新聞部員は全部で三人。人文系の学部がいいけど四年間文学についてがっつり勉強するのもなんだか違うような気がする、と悩んでいる文系クラスの私に対し、写真を撮るのが好きだけど新聞づくりにも興味があるから、と入部した瑞穂は写真を学べる大学か専門学校、入部目的がいまいちよくわからないが活動については何事もそつなくこなす男子部員の滝口は、親がやっている動物病院を継ぎたいから獣医学部志望、とそれぞれ進路希望がばらばらだが、引退後も時々はみんなでファストフード店に集まって、おしゃべりの合間に勉強するような時間を持った。
瑞穂は専門学校の合格をひとつ確保した後、いくつかの私大の写真学科を受けることになった。本命は日大芸術学部なのだそうだ。芸術系の学部については全くわからない私だったが、瑞穂の口ぶりからは、日大というのは相当難しいということが窺えた。滝口は、とにかく受けられる限り受けまくる方針だが、実のところ実家の跡を継ぐことについては親に強く望まれているわけでもないのだとかで、それほど切羽詰まっているわけでもなさそうだった。
私は結局、二年生から学科・専攻に分かれることになる東京の公立大学の人文学部を第一志望とすることにした。自分は何を学びたいのか、どうしても決められなかったから、一年ゆっくり考えられる大学にすればよいと考えたのだ。一方沙希はといえば、北海道大学一本に志望校を絞った。他のところには一切興味がないから、滑り止めは受けないそうだ。随分強気なスタンスではあったが、沙希らしいといえば沙希らしいのかもしれない――そんなふうに思った。滑り止めを一校も受けないなんて危なっかしいこと、普通はそうそうできるものではないが、沙希には、自分は絶対大丈夫だという自信があったのだろう。
私と沙希、ついでに滝口は、雪が降りしきる中、市内唯一の国立大学のキャンパスでセンター試験に臨んだ。座席は五十音順に割り当てられており、私と沙希は同じ教室の同じ列、私が前から七個めくらい、沙希はその真後ろの席だった。
この町に高校生向けの塾や予備校といったものはなく、模試は学校で受けるのが常だったから、初めて来る場所で他校の子と混ざって試験を受ける機会そのものが初めてだ。会場内には恐ろしくなるほどの緊張感がみなぎっている。
私は沙希と一緒に割り当てられた教室に入ったが、休み時間には沙希に話し掛けるのを避け、滝口のところに行って試験の手応えなどを話した。滝口は、「やべぇ全然ダメだったわ」などと言っていたが表情からも口ぶりからも悲壮感は読み取れなかった。聞けば、もともと国公立は“受かればラッキー”くらいの気持ちで受けるつもりだから、別にセンターで失敗しても構わないのだそうだ。
滝口の態度はポーズに過ぎないのかもしれないとは思ったが、私は、「あんた気楽でいいね」と軽くあしらって済ませた。本人が深刻ぶってないのなら、こちらもこの程度の返しで構わないだろう、と考えてのことだ。
そういえば昼休み、沙希は私に話し掛けてこなかった。いつもなら、自分の自信のほどについてこちらが辟易するくらいしゃべり倒すはずなのに、と思うと違和感がないではなかったが、まぁ、沙希は私に話し掛けたりするよりは静かに集中したい気分なのかもしれないし――と、その場では深く考えなかった。正直なところ、こんな大事な試験の日くらい、沙希の自慢話を聞かされずに休み時間を過ごせるならそれに越したことはない、というのも事実だった。
私は、国立大学に出願するつもりでいる沙希たちより受験科目が少ない。英語と国語だけを受けて、先に帰ることになった。集中しているんだろうから邪魔したら悪いかな、と思ったので、すぐ後ろの沙希にも挨拶しないまま、私は教室から出た。
外は吹雪だった。朝よりもずっと天気が悪くなっている。この程度の雪で試験に支障が出るような土地柄ではないが、それでも、天気が悪いのはやっぱり嫌だな、寒いし――そんなことを考えながら、帰路についた。
帰宅すると、家にはもう夕刊が届いていたので、挟み込まれた解答速報を見ながら自己採点をした。本当は、二日間の日程が終わってからする方がよいものだと言われて知ってはいたが、じりじりと待つ方が落ち着かなくて、待ちきれなかったのだ。その結果、思いの外点数が取れていたことがわかった。特に英語は、文法問題を二つ落としただけだった。嬉しくなった私は、明日受ける日本史で何点くらい取れれば安全圏だろうか――などと、皮算用を始めてみたりした。
ひとしきり計算を終えて新聞を定位置に戻した。窓から外を見ると既に薄暗くなっていて、白くほのかに雪が舞うのが見える。雪の勢いは少し落ち着いているようだ。このままやんでくれるとよいのだが。
――それにしても沙希が遅い。何をしているのだろう。
ちょうどその時、玄関の引き戸が開けられる音がした。
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