沙希は私の部活をこき下ろす

 公立高校が圧倒的に優位なこの土地で、公立トップ校に通うというのは「地域で一番優秀な生徒」の集団にいることと同義だ。沙希はだからすっかり気をよくして、「ウチの数学、すっごい厳しいんだよ。きっとお姉ちゃんは付いてこれなかったね。だって私でも毎日大変だもん。だからお姉ちゃんはこっち来なくて正解だったよ」などと上機嫌でうそぶいた。

 さすがに私だっていくらなんでも、沙希のこの言いようには思うところがないわけではなかった。いや――この頃にはさすがに「私は沙希にバカにされている」と認識することができるようになっていたし、こんなふうに上から物を言われると肚だって立った。そのことを、私は認めなければなるまい。

 しかし私が言い返したところで、のらりくらり言い逃れるか、逆ギレするか――いずれにしてもロクなことにならないのは目に見えていたから、私はこれまで通り曖昧な笑顔をつくりながら、「そうだね。私は数学苦手だから、きっと大変だったね」などと受け答えしていた。

 

 双子だからなんでもお揃い、なんでも一緒――とは行かないのは当たり前だとしても、どうしてこうも沙希に高みから見下ろされなければならないのか、どうして私はそれを笑って受け入れなければならないのか――という疑問は日々心の中に渦巻いていた。この関係はいびつだ――とも、思った。他にいるのだろうか、こんなふうに明確な上下関係が成立してしまっている双子のきょうだいというものは。

 しかし、いくら疑問に感じようが、一度成立してしまった上下関係を覆すのはもはや不可能なところにまできていた。やはり沙希と私の高校が分かれた時が、運命の分かれ目だったのだと思う。


 高校生になってから、沙希は、口を開けば上から目線で私を貶すようになった。通う高校のレベル差が沙希を増長させている――そう思った。沙希との間では何気ない会話というものができなくなった。私の方は普通に話そうと思うのに、いつの間にか沙希にバカにされ、こき下ろされ、言い負かされてやり取りが終わってしまう。それが嫌で私の方から話し掛けるのを避けると、沙希の方からべたべたと近付き、話題を振ってくる。その話題というのは結局のところ自慢話だ。自分の学校はすごい、自分の成績はすごい――内容は時によって変わるが、つまるところ言いたいのはそういうこと。

 そんな幼稚な自慢話、聞き流せばよいのに――そう思われるかもしれない。けれど相手が四六時中この調子では、受け流し続けるのにも無理があった。沙希が醸し出す強気な雰囲気――今風に表現すると「圧が強い」という感じだろうか――にも、息が詰まった。一緒にいるだけでなんだか疲れるので、できるだけ家にいなくて済むように新聞部の活動に打ち込んだ。

 字数に気を付けながら記事やコラムを書いたり、企画を立てたり、時には学校の外に取材に出たり、といった活動は楽しかったが、沙希は私の部活についても辛辣にこき下ろした。

「新聞記者ごっこなんか何の役に立つの? お姉ちゃんまさか新聞記者になりたいの? だとしたらお姉ちゃんには無理だよ、だって記者はいい大学出ないとなれないし、そもそもお姉ちゃん人と話すの苦手じゃん。高校生の記者ごっこだからみんな相手にしてくれるんだよ?」

  ――たとえばこんなふうに。

 

 沙希は高一の文化祭の時、呼んでもいないのに私の学校に来て、模擬店の取材に出ていた私をわざわざ見付け出して「お姉ちゃんの記者ごっこを見にきてあげた」と称して付いて回ることさえした。 

 校舎がボロいとか私たちの質問内容が幼稚だとか、とにかく私のこと、学校のこと、部活のことについて散々こき下ろして勝手に満足して帰って行った沙希には、本当にいい加減にして――という気持ちを抱いた。


 「お姉ちゃんの学校なんか一度見たら十分だから」と言って、その一回しか沙希が私の学校に来なかったのは、せめてもの救いではあったのだが、それにしても、私だってそうもバカにされれば本気で怒る、ということを沙希にどこかでわからせておく必要がきっとあったのだし、高一のあの時はそうするべきタイミングだったのだろう――と、私は今でも後悔している。

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