沙希は私に負けたくない

金糸雀

沙希が死んだ

 沙希が死んだ。



 札幌の不動産屋の店舗で爆発事故が発生し、複数の死者が出たというニュースはもちろん知っていたが、まさか店の中に沙希がいたとは思っておらず、私は父からの電話で沙希の――妹の死を知った。

 沙希は、その不動産屋の従業員で、事故当時は残業中だったそうだ。沙希が不動産屋で働いている――いや、働いていたということも、その時、初めて知った。


 

 沙希。

 私は、沙希のことが――


 大嫌いだった。いい加減にしてくれと思うような出来事がいくつもあった。だから、縁を切った。十数年前のことだ。

 そうしたらせいせいした。生きていくのが楽になった。でも、死んでほしいとまでは決して思ってなかった。今すぐは無理だろうけど、いつか仲直りできたらいいな――心の片隅でそう願っているうちに、随分長い年月が経ってしまったのだけど、こんな形で永久に仲直りが叶わなくなるなんて、思ってもみなかった。


 

 私は、夫の諒太と共に葬儀に参列した。

 急いで現地に向かおうとはしたのだが、冬の嵐で北海道方面行きの飛行機が軒並み欠航となったことで、到着が予定より遅れてしまった。

 私たちが葬儀会場に入った時には、沙希は、既に焼かれて骨になっていた。私の地元には、通夜の前に火葬を済ませてしまう習慣があるのだが、私たちは出棺には間に合わなかったのだ。沙希が爆発事故に巻き込まれたのは確かだが、決して、「遺体の損傷が激しかったから、とにかく早くお骨にしなければならなかった」とかそういう理由があったわけではない――少なくとも私は、そう聞いている。

 

 告別式にはどうにか間に合ったが、遺体と対面せず、死に顔も見ずじまいだったせいか、沙希が死んだという実感は薄かった。それどころか現実感も希薄で、真っ赤に充血した目で喪主としての責任を務める父や、参列者への挨拶もままならず、魂が抜けたようになってぐにゃりと椅子に座る母の様子も、口々に弔意を伝え、精一杯慰めてくれようとする親戚たちの言葉も、労災は降りるのか、いや、損害賠償を請求してはどうか、と息巻く、誰だかわからない人達の剣幕も、まるで現実味を伴わなかった。


 

 親族としての振る舞いを言われるがまま機械のようにこなし、気が付くと、葬儀は終わっていた。妹を亡くした悲しみはきっとこの先、少しずつ心に迫って来るだろう。私は諒太に支えられながら歩いて、会場を後にした。

 

 私は――ちゃんと泣けるだろうか。

 悲しんであげられるだろうか。沙希が死んだことを。 

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