02話

 試合が始まる直前に、ギャラリーの数が一気に増えた。

 外での試合が粗方終わったのだろう。そして、この試合が準決勝だからかもしれない。

 そう思ったのは束の間で――

「きゃーーーっっっ、藤宮せんぱーーーいっっっ!」

「海斗くーーんっ、がんばってえええっ!」

「司様あああっっっ!」

 あちこちから熱狂的な歓声が上がる。

 ……もしかして、海斗くんと藤宮先輩って、騒がれてしまうほどに人気があるの?

 確かにふたりはとても格好いい。けれど、人気があるとかそういうことを気にしたことは、今の今までなかったのだ。

 よくよく思い返してみれば、海斗くんは誰とでもすぐに仲良くなってしまうし、学年全体と仲良しといった感じ。さらには、こういう場で騒ぎやすい雰囲気を持っている。

 声をかけられれば声の方を振り返るし、手を振られれば手を振り返す。その点藤宮先輩は、海斗くんとは真逆。どの声にも反応を見せることはない。

 外見も対象的だけど、内面も対照的なようだ。

「海斗、ファイットー!」

 隣の飛鳥ちゃんから大きな声が飛ぶ。その直後、少し離れた場所にいた佐野くんと視線が合ったようで、飛鳥ちゃんはわかりやすく視線を逸らした。

 いつもなら、佐野くんも一緒に応援していそうなものだけど、本当にどうしてしまったのか……。

 佐野くんはバレーとサッカーに出ていたので、この試合は応援。

 少し場所を移動して、佐野くんのもとへ行く。と、私が来たことに気づいて座る場所を空けてくれた。

「あ、いいよ。サッカー終わったばかりで疲れているでしょう?」

「でも、御園生立たせておくとクラスの人間にしばかれそうだから」

 にこりと笑うも、笑顔に元気がない。

「佐野くん……飛鳥ちゃんと何かあった? 大丈夫?」

 ふたりの間では聞こえても、ほかの人には聞こえないくらいの声でたずねると、佐野くんは少し困った顔で、

「んー……あったと言えばあったし、だからといって何も変わらないと言ったら変わらないし」

 コートを見ている佐野くんの横顔を下から見ていると、

「俺、もしかして心配されてる?」

「うん。……だってふたりとも変だから」

「……そっか。変か。それは良くない」

 佐野くんは言葉を区切り、

「あのさ、立花が何か話してきたら聞いてやってよ」

「うん」

「じゃ、変なのは良くないからあっちに行こう」

 佐野くんは私の背中を押して、飛鳥ちゃんと桃華さんが並ぶ場所まで移動した。

 でも、飛鳥ちゃんや桃華さんのところへ移動しても、一緒にいるのに変な空気なのは変わらなかった。極力いつもどおりにしているようだけど、飛鳥ちゃんがどこかよそよそしい。

 ケンカをしているふうではないのだけど……。

 思わず頭を抱えてしまう。と、

「翠葉、試合始まってるわよ? 応援しなくていいの?」

 桃華さんが意地悪く笑った。

 それはつまり、クラスの応援をするのか藤宮先輩を応援するのか、という笑み。

「桃華さんの意地悪……」

「あら、心外だわ。私はこんなにも翠葉を愛しているというのに」

 可憐に微笑まれると、心まで蕩けてしまいそう。

 若干の恐怖を感じながらも、そんな笑顔には慣れつつあった。


 試合はかなりの接戦で、点を採っては採られての繰り返し。

 意外だったのは、細いと思っていた藤宮先輩が、筋肉のついた引き締まった身体をしていたこと。

 弓道とは、あんなに身体が引き締まるものなのだろうか……。

 今まで制服姿と袴姿しか見たことがなかったし、「静」と「動」なら色濃く「静」を感じる性質のため、今日のTシャツにジャージという出で立ちは新鮮すぎた。

 やだなぁ……。藤宮先輩、どうして無駄に格好いいんだろう。

 いつか文句を言いたい。「必要以上に格好いいのは反則です」と。

 何度見ても格好いいと思うのだから、好きな顔ストライクであることを認めざるを得ないようだ。

「翠葉もっ! 声出して応援しよっ!」

 飛鳥ちゃんに促されるも、どうしてかできない。

「どうしたの?」

「……クラスを応援したら、藤宮先輩も応援しないとあとが怖いでしょう?」

 正直に答えると、

「そんなの、どっちも応援しちゃえばいいんだよ!」

 周りの女の子たちに言われ、声出し応援に参加することとなる。

「海斗くんっ、小川くんっ、河野くんっ、鈴野くんっ、瀬川くんっ、がんばってっ!」

 クラスメイトの名前をひとりずつ呼んで応援すると、周りからもちらほら声があがった。

「小川ーっ! 負けたらバスケ部の恥と思えー!」

「がんばれえええっっっ!」

「いっけーーー!」

「二年がなんだっ! 次は三年と試合だよっ!」

「最後まで勝ち残れーっ!」

「負けたらクラスにジュース奢りーーー!」

 聞いていると、結構言いたい放題な応援だった。

 それらに紛れ、相手側のただひとりに声をかける。

「藤宮先輩ふぁいとっ!」

 声が届いたかはわからない。けれど、藤宮先輩はこちらを見て口端を上げたように見えた。

 そんな表情ですら格好いいと思う。

 でも、どうしてそんな笑みばかり……? 普通に笑ってくれたらいいのに。そしたらきっと、もっと格好いい……。

 想像したら、遅れて恥ずかしさがこみ上げてきた。

「翠葉……顔、真っ赤だけど?」

 隣にいた桃華さんから指摘され、

「え? あ、そうかなっ!? ちょっと興奮してて熱いかもっ」

 手で両頬を仰ぎ押さえてみたけれど、

「なぁ……御園生って、もしかしてあの先輩のこと好きだったりするのか?」

 佐野くんに訊かれた時点でアウトだった。

「えっと、あの……なんていうか、あの顔が好き? なんか、ど真ん中ストライクで……。あ、嘘、そうじゃなくてっ――」

「くっ……あの顔が好きって。アリだけどちょい失礼」

 佐野くんが背を丸めて笑いだした。

「あの男には失礼すぎるくらいでちょうどいいのよ」

 と、桃華さん。

「え……失礼、かな? 失礼、なのかなっ!?」

 わたわたしていたら、飛鳥ちゃんに「どうどうどうどう」と宥められた。

 結局その試合は、鈴野くんの放ったシュートがカットされたところでタイムアップ。

 四点差で負けてしまった。

 残念だけど、とてもいい試合だったと思う。

 守りよりは攻めの姿勢を変えずに、最後まで戦っていた感じ。何度点を採られても、「必ず採り返す!」「全力で打ちに行く!」――そんな気持ちが目に見えるようなプレイだった。

「Never give up.」――

 その姿勢が格好いいと思う。

「負けた~」と悔しそうに男子が戻ってきても、応援席に文句を言う人はいない。

「お疲れ!」と労いの言葉をかけ、スポーツドリンクを渡したりしている。

「翠葉ぁ、翠葉が司のこと応援なんてするからだぞー? あのあと、あいつの動きのいいこといいこと……」

 海斗くんが言うと、ほかの男子も口々に言う。

「ホントだよ。翠葉ちゃん、頼むよぉ。うちのクラスの勝利の女神なんだからさっ」

「ねぇっ!? 藤宮先輩ってあの人何者っ!? 忍者か何か!? 急に目の前に現れて笑顔でボール奪われたんだけどっ!?」

 河野和総こうのかずさくんの言葉に答えたのは桃華さん。一言、「あれは曲者よ」と。

 それを聞いて思う。

 やっぱり敵チームは応援しちゃいけなかったのかな、と。

 そう思っていると、クールダウンした藤宮先輩が近くまでやってきた。

「約束履行ありがとう」

 それだけ言うと、通り過ぎて行く。

「司、てっめ、本気出すなよなっ!?」

 海斗くんが絡むと、

「本気を出しても出さなくても、どっちにしろ海斗は怒るだろ?」

 先輩は面倒くさそうに答える。

「いやーん! やっぱり司先輩って格好いいよねー?」

「サラッサラの黒髪っていうのがまたいい!」

「なんといってもあの笑顔! たまにしか見られないからいいのよねっ!」

 周りの女子が騒ぐ中、

「……やってらんないわ」

 と吐き捨てた桃華さんの声を、確かに私は聞いた。

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