10話

 委員会決めが終わると、四限が終わるチャイムが鳴った。

 周りの人たちは、小さなグループに分かれてお弁当を食べ始めている。

 私はというと、ひとりお弁当を持って桜香苑へ向かおうとしていたところを、飛鳥さんと桃華さんに呼び止められた。

「どこへ行くの?」

「あの……桜香苑で食べたいなと思って……」

「それ、私たちも一緒していいかしら?」

「……はい」

 三人校舎を抜け出て、今は桜香苑の芝生に座ってお弁当を広げている。

「翠葉って頭いいんだね? 海斗があんななりして頭いいのは知ってるんだけどさ」

「外部生だから、と言われればそうなのだけど、それでもこの時期に生徒会から打診がくるって尋常じゃないわ」

「桃華だって毎回二十位以内に入ってるじゃん。私なんて中の下だよ。いいなぁ~、生徒会」

「うちの学校は確かに学力レベルは高いけど、中はどんぐりの背比べよ? 同順位だってゴロゴロいるんだから、上も下も大した差はないわ。……とは言っても、やっぱり上位を狙うのは簡単じゃないのよねぇ。私なんて少しでも気を抜いたらすぐに圏外よ」

 やっぱり「超」進学校と言われているだけのことはあって、みんなそれなりに順位を気にするようだ。

 それは理解できなくないけれど、飛鳥さんはどうして生徒会に入りたいのだろう。

 桃華さんは生徒会入りを拒否したいがために、クラス委員になったと言うのに。

 何がいいの……?

「翠葉ったらわかりやすいわね。今、何がいいんだろうって思ったでしょう?」

 クスクスと笑う桃華さんにたずねられる。

「……そんなにわかりやすいかな?」

「うん、嘘とか絶対つけなさそうだよね」

 飛鳥さんに言われて、少しかまえた。

 私という人間を知られる前に、決め付けられるのはいや……。

「……嘘をつくのは苦手。隠しごとは試みてはみるのだけど、成功したためしがないの。最近は嘘つくくらいなら黙秘しちゃう」

 すると、ふたりに笑われた。

「じゃ、翠葉が黙ったら『否』ってことじゃん。でも、私も嘘や建前、そういうの苦手ぇ~。だって面倒くさいんだもん」

 飛鳥さんが食べ終わったお弁当箱をしまいながら言う。

「女の子がそうなのか、自分がいた環境がたまたまそうだったのかわかんないけどさ、腹の探りあいしてる人たち見てると、『あぁ、面倒だな』って思っちゃうんだ」

 これは信じてもいい言葉……?

 内容的には私も同感だけど、口にしたことがすべて本音とは限らない。

「桃華はさ、そういうのがないんだ。反対意見もポンポン言うし、きれいな顔に満面の笑みを浮かべておっかないことさらっと言ってのけるし」

 その言葉を聞いて、本心なのかもしれないと思った。

 飛鳥さんは芝生の上にゴロンと転がる。

 そんな飛鳥さんを見ながら、まだお弁当中の桃華さんが口を開いた。

「だって、同じ人間じゃないんだから、意見なんて違って当然でしょ? それを周りに合わせてばかりいてもねぇ……。そんなことするくらいなら、自分の意見を言って賛同してもうらほうがいいじゃない」

 ……自分の意見を言うだけじゃなくて、賛同させちゃうの?

 これはさっき、クラス委員に立候補したときの言葉を彷彿とさせるものがある。

「あ、別に自分の意見を押し付けたりはしないわよ? ただ、ツンケンした顔でいやみ言ってもマイナスの印象しか与えないけど、笑顔で言われたら聞かざるを得えないこともあるでしょう?」

 にこりと笑う顔は可憐そのもの。なのに、内容が少し物騒だ。

「中等部の生徒会で学んだのよ。とある人にね……」

 その言葉にふと頭をよぎる人物がいた。

「それ……もしかして藤宮先輩?」

 小さな声でたずねると、

「あら、外部生なのによく知ってるわね? 私の尊敬すべき大嫌いな人よ」

 最上級にきれいな顔で、相反するような言葉を口にする。

 尊敬はしているけれども大嫌いなの?

 訊こうとしたら、芝生に転がったままの飛鳥さんが、

「出たっ! 桃華の藤宮先輩嫌い」

 と、合いの手を入れる。

「桃華ね、中等部のときに散々先輩にこき使われたからって、根に持ってるんだよ。でも、その先輩のやり口はちゃっかりマスターして、今はこの女帝っぷり。さすがだよね?」

 それはすごい……。

 なんとなく、自分の顔が引きつっていないか不安になって、頬に手を添える。と、

「あの男には気をつけるのよっ!?」

 キッ、と目を吊り上げ、桃華さんが私の顔を覗き込む。

 きれいな顔が般若のように見えた瞬間だった。

「口を開けば容赦ないし、仕事に関しては鬼のよう。ま、色々と学ばせてもらったけど、あの男がいる生徒会には二度と入りたくないわね」

 そんなことを聞いてしまうと、やっぱり生徒会に対して二の足を踏んでしまうわけで……。

 でも……昨日の先輩を思い出してみても、「鬼」というほどの印象は受けなかった気がする。ただ、容赦のない様はしっかりと感じることができたけれど……。

 何より忘れられないのは――

「氷の女王スマイル……」

 うっかりと口をついてしまい、その場の空気がしんとする。

 けれど数秒して、桃華さんの笑い声が辺りに響いた。

「何それっ! あの男のイメージ? 翠葉ったらうまいこと言うわね。でもあれ男よ? あははっ、女王だって女王っ! あの男を見てキャーキャー騒いでる女子たちに聞かせてあげたいわっ! あはははっ! いっそのこと女装させる? あははっ、お腹痛っ」

 お腹を抱え、目には涙まで溜めて笑っている。あっという間に麗しい顔が崩れた。

 本当に笑ってるんだなぁ……。

 私の左側にいた飛鳥さんは静かになったな、と思っていたら、電池が切れたように眠っていた。気持ち良さそうな寝顔が小さい子みたいでかわいい。

 ようやく笑いがおさまった桃華さんは立ち上がり、制服についた芝生を払う。時計を確認しながら、

「私、職員室に呼ばれているから先に行くわね。あと十五分くらい休み時間あるから、飛鳥起こしたら先に教室戻ってて!」

 そう言うと、校舎へ向かって走り出した。


 飛鳥さんは相当お疲れの模様。規則正しい寝息に穏やかに胸が上下する。テニス部への入部を決めた飛鳥さんは、早速朝練が始まっているとのことだったから、この時間になると眠くなるのかもしれない。あまりにも気持ちよく寝ているものだから、もうしばらくそのままにしておくことにした。

 風が吹くたびに頭上の桜から花びらが舞い降り、芝生へと積もっていく。

「きれい……」

 ひらひらと舞う桜を見ていれば、あっという間にタイムリミット。

 起こすのがかわいそうな気もしたけれど、教室まで戻る時間を考えるとそろそろ起こさなくてはいけない。

「飛鳥さん、もう少しでお昼休み終わるよ」

 控え目に肩のあたりを叩くと、パチ、と目が開いた。

 どうやら寝起きはいいようだ。

 けれど、眩しそうに目を細める。

「うぅ……眠い」

 そうは言うものの、ガサゴソと身体を起こす。

 飛鳥さんの背中に付いた芝生を払うと、私たちは桜のアーチをくぐって教室へと戻った。

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