【第30話】勝利か敗北か
特攻を行ったレイブンに、体力は残っておらず、いつもの素早さがない。そこにワイバーンからの鋭い鉤爪攻撃が来た。しかし、回避行動も取ることが出来ず、遠くに弾き飛ばされてしまう。何とかガードして致命傷は免れたが、飛ばされた衝撃で動く事が出来ない。
レイブンを無視して、ダリアとロバートに止めを刺そうとするワイバーン。
それに対し、ヒューは気づかれないように後ろから近づく。そして、残りの気を半分程使用し生成したオーラボールを、ワイバーンの背中にゼロ距離で放つ。
轟音が鳴り響き、ワイバーンの左翼と、体の左胸辺りが吹き飛んだ。
―――グギャアアアアアア
叫び声をあげたワイバーンは、首だけをこちらに向け、ヒューの事を睨みつけると、勢いよく尻尾を振るう。
「ヒュー避けろ!! それを食らうと体が痺れるぞ!!」
吹き飛ばされたレイブンが、片膝をつきながら叫んだ。しかし、大きな攻撃をした後で体勢が崩れているヒューは、尻尾の攻撃を完全に避けることが出来ないため、オーラアーマーを腕に3枚重ねて作り、受け流す。攻撃を受け流したにも関わらず、そのうち2枚が破壊された。
3枚にして正解だった。まさか、落下したことで、気づきがあるとは。これこそ怪我の功名。
普段、道場の人間もしくは低ランクモンスターとしか戦っていないヒューは、戦闘時にアーマーを一枚纏えば十分だった。しかし、強大な敵の前にそれでは足りないことが分かった。
そのまま、尻尾に向けてウォーターカッターを発動するが、頑丈な鱗で水が弾かれてしまう。
おいおい、まじかよ。
接近されているのが嫌だったのか、ヒューの方に振り向いてブレスを放つ。普通のワイバーンはブレスを吐くことがないため、少し焦るが、攻撃速度が遅いので躱す事が出来た。
ヒューを敵と認識して睨みつける。後ろからダリアがサンダーアローを放つが、ダメージが通っていないので、無視している。その時、ワイバーンは急に自分の尻尾を食べだした。すると、失ったはずの左翼とボロボロだった右翼が急速に再生していく。その隙に、残りの気を全て使いオーラボールを作成しようとするヒューだったが、ワイバーンはそれを阻止しようとブレスを吐いて来たため、中断せざるを得ない。
尻尾を食って回復した? だが、ダメージは確実に与えられているはずだ。
―――ギエエエエエ!!
もう一度、追撃を行おうとしたヒューだったが、耳を裂くような咆哮を上げてきたため耳を塞いでしまう。
そして、ワイバーンはその隙に、どこかに飛び立って行った。
呆然と飛び立つ姿を見つめていたが、ハッとした顔をして、ロバートのもとに向かうヒュー。ロバートは左腕を上腕部分から失っており意識が朦朧としていた。
近くにいたダリアが、腕の付け根をきつく縛ったのか、ある程度出血は抑えられている。それでも、血がだらだらと流れ続けており、このままでは、街まで持たないだろう。それを悟り、暗い顔をするダリアとレイブン。
しかし、ヒューは諦めていなかった。ロバートの傷口を確認し、どうにかできないか考える。そしてある考えが浮かぶ。
ゆっくりと傷口に手をかざす。そして、オーラアーマーを使用し、ロバートの傷口を塞ぐ。完璧に塞ぐことは出来たのだが、ヒューが傷口に手を当てたままにしないとならないため、このままでは移動が出来ない。レイブンがロバートを背負い、ヒューが傷を塞ぐことで、ゆっくり移動できたとしても、街までロバートが持たないだろう。
次にヒューが試したのは、ロバートの体に巡る気を自分の気と同期させることだ。
マチが、俺の体に触れていた時のように、あの感覚を思い出せ!!
ゆっくりと2人の気が同期してくる。そして、ロバートの傷の部分にだけアーマーを纏わせ、ロバートを背負うヒュー。血が止まったのを見て驚いたレイブンとダリアだったが、そのような場合ではないため、何も言ってこなかった。
「レイブン、ダリア、俺は先に行くが、お前らは平気か?」
「ああ、少し下った場所で、体力を回復しながら、運び屋を待つさ」
「私たちはいいから、ロバートをお願い」
そのようなやり取りを交わし、バトルアーマーを足に使用して猛スピードで街に向かうヒュー。地形をすべて無視して駆け抜けていく。その間に襲ってきたモンスターも全て無視だが、前にいて邪魔なものは蹴り飛ばしながら進む。
…
……
………。
2時間かけて街まで戻ってきたヒューは、直ぐに治療院に向かう。
しかし、既に背中のロバートは冷たくなっていた。
あれから、1月が経った。あの後、運び屋と共に帰ってきたレイブンとダリア。ヒューと別れた後、マウンテンエイプに襲われてかなり苦戦したらしい。そして、戦いながらとはいえ、行くのに数日かかった道のりを、ロバートを背負い2時間で帰ってきたヒューの足は、骨が折れて皮膚を突き破ったりと全体的にボロボロだった。
紫色のワイバーンについては、現在ギルドも捜索を行っているが手掛かりはない。名前が無いのは、呼びにくいので、体の紫色から、アメジストと命名された。というより、ヒューが名前をつけた。
ヒューは現在、道場で鍛錬を行っており。傍らには、ロバートの大剣が立て掛けてある。「必要の無いものだから、お前に使って欲しい」とのことだ。その大剣を見つめてワイバーンとの戦いを思い出すヒュー。
気の増加と、練成速度を上げるために、練って消して、練って消してを繰り返す。それを、納得がいくまで続けていく。
暫らくして、レイブンとダリアが訪ねてきた。
「ヒュー、追加でクエストを頼みたい」
「と言うと?」
「俺たちと一緒に、王都に行ってほしい」
少しだけ考えたヒューだが。
「分かった、俺も王都には行きたいと思っていたからな」
「よし」
「やったわね」
「それに、あれを使ってモンスターを倒したいしな」
ヒューは壁に立て掛けてある大剣を親指で指しながらそう言った。2人もその大剣を見つめ少しだけ悲しそうな顔をする。
「ああ、そうだな、お前が使えばあいつも喜ぶ」
その時。
「待てって、けが人を置いて行くなんて、ひどいぞ」
そう言って現れたのは、ロバートだ。左腕は無くなってしまったが、それ以外におかしな点は見当たらない。
「怪我はもう治ってるだろ?」
「もう元気だから、普通に歩けるって言ってたのはあなたじゃない」
「まあ、武器屋が気になって寄り道したんだがな、ははは」
医師の話だと、失血多量で体温の低下は起きていたが、ぎりぎりで生きており、後何分か遅れていたら手遅れだったらしい。治療院に着いて直ぐに造血剤を投与され、何とか一命をとりとめた。ハンターは基本的に生命力が高いので、1か月で歩けるまで回復したのだ。ちなみにヒューの足もかなりひどかったので2週間は安静にしていた。
元気になったロバートの腰には、ブロードソードが装備されている。片腕では大剣を扱うことが出来ないので、ブロードソードを使うことにしたのだ。
「お前のおかげで命が助かった改めて礼をさせてくれ」
ヒューの目をしっかりと見て、頭を下げるロバート。
「礼ならもう、もらったが?」
大剣を見つめながらそう答える。
「自慢の大剣だが、それでも、命より大切なものはない」
いつまでも、感謝してきそうなので、お礼を1つ追加する。
「大剣の使い方を、教えてくれればそれでいい」
「そんなの、お安い御用さ。そもそも、お前が大剣を買った後に教えるつもりだったしな」
なんやかんやあり、王都に行くことになったヒュー。それをエレナとセイレンに言うと、自分たちも一緒に行くと言い出した。ゼルバの件でショックを受けていた2人だったが、ショックから立ち直り、ヒューとパーティを組むことになったのだ。
ちなみに、どんどん無口になっていたボッカスだが、お菓子屋さんになるために冒険者を辞めた。元々、ゼルバに誘われて冒険者をしていただけで、ゼルバが居なくなったことにより、辞めることにしたそうだ。
ゼルバについては、奴隷に落とされたらしい。
マチと受付嬢のニーナにも、暫らく留守にするという挨拶はした。
マチには
「少しだけ、寂しいな。今回みたいに怪我はするなよ?」
と心配そうな顔で見送られ。
ニーナには
「そうですか、気をつけて行ってきてください」
と言われたが、その際、ケモ耳は垂れていた。多分、心配してくれてるのだろう。
一応ガノンにも言ったが
「そうか」
だけだった。
そして出発の時が来た。初めて、別の街に行くのだ。しかも向かうのは、この国の王都であるミネドラだ。Sランクハンターも大勢いると聞く。移動は馬車を使うらしい。ヒューは、東門から初めて外に出た。西側と変わらない草原だが、雰囲気が違うように感じる。転生してから、他の街に行ったことのないので、期待に胸が膨らむ。
この1つの旅から、運命が大きく変わっていくことを、ヒューはまだ知らない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます